58話 あの日、あの時
更新がとてつもなく遅れたことを、お詫び申しあげます。
ー でも、結構先まで話できたから...w
俺たちの間にあった光の球体はだんだんと奴の近くへと迫っていき、数秒で奴の胴体に衝突した。破壊的な物理的な威力を持つ光線に奴の体は大きく跳ね上がりすぐさまに遠くへ飛ばされた。
標的を失った真っ赤な熱線は奴の胴体を外れると、そのまま真っ直ぐ細くなりながら空へと突き進んでいった。かろうじて建物へは当たらなかった。
体に纏っていた赤の装甲は消え去っていた。
豪炎龍バーニングドラゴンの体の一部とも言える真っ赤な装甲は、必殺級スキル『フレイム・ディスパージョン』によってDEFまでをも削って四散したのだった。四散と言っても、データが消失するのではなく、ゲームから一時退場するという意味である。数時間経てばすぐに使えるようになると俺の右腕に宿る赤龍は言っていた。
『シンイチ』と呼ばれた、通称『死神』と唱う奴の放った『ダーク ディストリビュー』との威力はほぼ互角だが、一瞬の気の緩みが勝負を決した。
「ちょっと、今の、何なの?」
改めて結の妹の声がする。名前は確か、御影 風花。結の敵としてある日俺を襲ってきた忍術使いの少女だった。背丈は姉のそれとは幾分か異なり高く、頭の上で結ばれた小さなポニーテールが特徴的だった。
「…うっ」
精神までをも大量に消費する紅蓮の咆哮を放った後では声一つ出すにしても苦行であった。その瞬間、無数の痺れと疲労感が俺の体を襲っていた。おかげで立っているだけでも一苦労っていうものだった。俺はゆっくりと重たい体を持ち上げると黒衣の闇騎士を目だけで探した。
だがいつのまにか奴の姿はなく、そこには俺と一人の忍者の二人だけだった。
「ちょっと、聞いてるの?アンタ」
彼女は事の重大さを雰囲気で察し、目にも止まらぬ速さで俺のところに駆けつける。
「アンタ。さっきのは何なの?ちゃんと説明しなさいよ」
いい加減に溜まった疲労が悲鳴をあげそうだったので、ひとまず俺は彼女の小柄な肩を力強く握りしめ、「よっこらしょっと」と掛け声をと共にようやく立ち上がった。その反動で彼女の体制が一気に崩れたが、あまり気にしてはいない。今のところ。
「ちょ、何すんのよ。…お、重たい!」
彼女は冷血にも俺の手を力いっぱいに叩いた。さすがに年頃の少女がいい歳した男に肩をがっしり掴まれれば嫌悪感を抱くのは無理ない。だが、それよりも先につい先日自分を殺しにきた忍者娘の方が、よっぽど怖いってものだ。これではどっちが悪者かわかったものではない。
「なんだよ。この老体にも等しい体の俺を助けないつもりか?これだから最近の若者は、、、」
「うるさいわねぇ。アンタのそれは自業自得のようなものでしょ!それよりも、さっきのは一体何だったの?ってさっきからで聞いてるでしょ。早く答えなさいよ」
どうやら俺の重体は自分の質問の二の次らしい。当然なのか?
だが、訳を話さない理由も俺にはなかっただから、俺は長くはなるが彼女のことの顛末を話すことにした。
俺たちの戦闘をただの大喧嘩だとばかり思い込んでいた彼女は最初は落ち着いた表情で話しを聞いていたが、海坂を含む人体実験の話を始めた途端表情を一気に変えた。無理もなかった。さらに、『シンイチ』という男の存在。戦う理由は違えど、剣を交える必要は確かにあった。
全てを話し終えた後、彼女は俺の抱えているものと自分の抱えているものをもう一度頭の中で再確認した。天秤にかけたわけではないことはすぐにわかった。人の命に天秤の釣り合いなど関係なく、それぞれの想いと願いを真摯に受け止めることが最善で最低限にしてやれることだった。
それは、立場が逆でも同じだった。イクリミナル砂漠で失踪ー恐らく死亡ーした御影 結の妹という立場と同じ小隊に属していた仲間という立場では明らかに重要度や失意の観点が大きく異なる。彼女は彼女なりの観点と思考を駆使して、今自分が何をするべきなのかを考えているのだ。
そして数分の時間を掛け、ようやく彼女は口を開いた。
「その…あなたを少し勘違いしていたわ。まずは…この間のことは、ごめんなさい」
ー なんだ。少しは話がわかるというか、バカではないんだろうな。でも…
でも、もし自分が彼女と同じ立場にあったら、俺は彼女と同じ判断ができただろうか。否、恐らく無理だっただろう。正常な判断が欠けているのは俺の方なのかもしれない。
「そうか。…まぁ、わかってくれればいいんだ。…俺も少し敏感になってたところがあったかもしれないな」
そう言った俺の反応を受けた彼女は続けて、
「あの…こう言っちゃ何なんだけど、あなたのその…道場に…入らせてくれない…かな?」
ー は?
「は?」
ー は?
「は?」
状況が把握できない。もうちょっと賢かったとは思うんだが、彼女は一体何を言ってるんだろう。
「…だーかーらー!...私、今日も泊まるところ、ないのよ…」
そう言って彼女は恥ずかしそうに俯いた。頰を赤く染めた彼女が急に愛らしく見えてしまう。
ー そ、そんな顔されると…
「…はぁ」
少しの戸惑いと、少しの期待と、少しの落胆をため息に乗せ、俺は彼女にそっと手を伸ばした。
「わかったよ。後は家で、な?」
途端に彼女の顔が少し明るくなったような気がした。気がしたのだ。
その時、俺はまだ何も知らなかった。彼女がいかに俺たちの”物語”に影響を及ぼすのかを。俺はまだ知りたくなかった。仲間に引き入れることで、俺の辛い過去や、ずっと心を痛め続けている恵美や、これから待ち受ける恐らく最悪であろう結末を、一変に受け入れて、そこらへんのゴミ箱に捨てれるようになるのだと。まだ誰も知らない何かに、俺はずっと怯えっぱなしでいた。
そして、同じ痛みを知っているでろう、あの死神と名乗る男は、今何を思っているのだろうか。俺たちが剣と剣を交わらせたのは、ただ戦いたかったわけではない。互いの考えを知りたかったのかもしれない。そうやって、自分で考えることを俺は諦めていたのかもしれない。
今目の前にいる少女一人の笑顔も守れなかった俺が今更何ができるのだろうかと、そう思う自分。
いいや、まだ俺にはできることがある。諦めるな。俺は、正義のヒーローなのだから、そう思う自分。
俺はどちらの俺も嫌いで、どちらの俺も好きだ。自分に与えられた力に邁進して、目の前のものから逃げてきたこの2年間を俺は一生後悔し続けるだろう。あの日、紅葉が俺の家に訪ねた時、俺は奇跡に出会ったのかもしれない。消えかけていた俺の最後の闘志が、あの瞬間だけ熱く燃えたぎった。それからまた、誰かと出会い、失い、別れ、またこうして誰かと出会った。その度に、俺は俺というものを理解しようと苦しみ、もがいた。
もがいた結果、俺は今何故か仲間ができた。許されるのだろうか。
今でも神崎が俺に言った言葉が脳裏をよぎる。
ー 覚醒者
それは一体何なのだろう。超能力?いいや、そんなもので収まるほど楽しいものじゃない。それに目覚めた者は、苦悩し、この世界の希望と絶望を見てゆくのだ。そんなのはまっぴらごめんだ。異世界ライトノベルのような主人公最強ハーレム生活を送れるとでも思っていたのか?
そうして俺は、俺たちは生きていく。その中で、守れる物を守っていく。結がしたように、俺も、命ある限り、命あるものを守り続けなければならない。
俺はその宿命を胸に、今はただただ彼女に手を差し伸べることしかできなかった。
事情を話せば、恵美や紅葉はきっとわかってくれるだろう。このまま、静かに暮らしていけば、何の問題もないんだろう。
だが、それができないのも事実だ。すぐそこにある恐怖から彼女たちを守る為に、俺は…
その日、俺は御影 結の妹、御影 風花を俺の居候している道場へと送り届けた。
「大丈夫なの?さっき、あなたたちが来た方向からとてつもない音がしたけど…」
恵美はそう言って俺を心配そうに見つめた。その目を見て俺までも心配になってしまった。
ー なんで…なんで…なんで…そんなに、やつれた顔をしてるんだ…?
普通なら、俺が何かを言ってやって、それから急いで何かをするのだろう。だけど、今の俺には、それができずにいた。彼女の異変の原因が俺にもあるのかもしれないという不安が俺をまた弱くしていく。
俺はそっと風花の耳元で予定通り囁いた。
「恵美のことを、紅葉のことを、よろしく頼む」
「えっ?」と体をビクつかせた彼女にも目もくれず、俺はまっすぐ自分の部屋へと向かって行った。
俺には、まだ力が足りない。俺には、まだ知識が足りない。この世界の不条理を、この世界で俺や結や、恵美が苦しんできた理由を、俺は知りたい。その為なら、何の犠牲も厭わない。
その次の日、全国指名手配されていた穂村 仁の居場所を聞きつけた警察隊が相澤家に押しかけた。
だが、そこに彼の姿はすでになかった。誰にも気付かれず、誰にも悟られず、彼はもう一度、風のように、火花のように、淡く消えていった。
58話 あの日、あの時 を読んで頂きありがとうございます。
次話は、59話 戦線離脱、揺れ動く闇 です。
それは、決して交わることのなかった糸。希望を失った志士と後悔を覚えた復讐者は"哀愁"を口ずさむ。
次話以降もよろしくお願いします。




