57話 新たなる戦いの始まり
日本で2番目に栄えていると言われている、ここホームランドシティはかつては『新宿』と呼ばれていたこともあったが、今ではこちらの名の方が通ってしまっている。大規模な地下駐車場を始め、幾つものアミューズメントパークや施設が所狭しと並んでいる。
その中でも一際街を賑わせている場所が存在する。『A地区 コロシアム』である。ナイトブレスを使用することで体験することができるMRMMORPG『Night Carnival』の地区大会予選、本選を行うスタジアムのことである。周辺にはVR機器を大量に設置した練習場が設置され、何人ものゲーマーが日々プレイしている。
ナイトブレスは元々大災害ポータルナイトの復興支援機器として世に出回る機会を得たのだが、その後に発売された『NightCarnival』により、そのイメージは大きく改変された。RPGとしてのゲームの要素を持ち合わせながら、軍事利用されるほどの精密な立体物の再現を可能とするナイトブレスを最大限に応用したこのゲームは一躍有名になり、今では知らない人はいないソフトウェアとなっていた。
特殊金属と称されるナイトブレスによって召喚できる物質は、国家機関のとある部隊しか使用することが許されていない。なぜなら、それは特殊であるだけで、物質そのものは他の金属とはなんら変わりないのだ。尖った刃に指を当てれば切り傷ができるし、長い棒に当たれば打撲も免れない。ゲームの存在を逸脱したこの技術は、いつしか人々の記憶から消え去り、それは戦争や警察のみでしか使われなくなっていた。
だが、犯罪の凶器はナイトブレスだけではなかった。従来の犯罪に使用される拳銃や爆弾は未だに裏社会を横行し、さらにはナイトブレスの違法チューニングを行うことで特殊金属を使用することができる人間があらわれてきていた。
そのために結成された国家機関、レイズ。結成当時の団員の実力は恐ろしく、犯罪発生率を半年間で約半分まで陥れた。
だが、2年目の冬。裏切り者と称される、当時第一機動隊隊員穂村 仁により、レイズ本部が倒壊事件に遭う。死者を多数出したこの事件をきっかけに、レイズは一時解散となった。
この時、まだ人類は知らなかった。この事件の裏に隠された真実を。そもそも特殊金属とは、一体何の原子を使っているのかを...。
吹き荒れる風を切り裂き、赤く鈍く光る刀を天へと突き刺す。衝撃で体は言うことを聞かずに地面を擦って移動する。靴裏には火花が散り、地面に埋め込まれたレンガは悲鳴を上げて宙へと舞う。どうにか体を回転させて体制を整える。
向こうも最終戦闘状態に入ったらしい。3つの刃を煌めかせ、真っ直ぐ俺の方へ突き出す。紫のラインが入ったその摩訶不思議な武器は既に武器というものではなくなっていて、使用者の右腕と同化しているようにも見えた。中心からは紫色の光がまばゆく光っている。
それに合わせて俺も呼吸を整えて腰をゆっくりと屈めて刀に手を添える。右腕から解き放たれた真っ赤な炎を纏った龍が俺の右腕目掛けて突進してくる。怖さなどない。龍を覆う赤い炎は次は俺の体に纏わり、体には赤い装甲が装備される。そして、ファンタジーの住人の最終形態へとなっていく。右腕に装備された赤龍の口腔から日本刀が突き出され、剣先を煌めかせている。大地を踏みしめ、心の中で思いっきり叫ぶ。
ー フレイム・ディスパージョン!!!
途端、豪炎龍バーニングドラゴンの必殺咆哮が俺の右手から放たれる。
向こうも歯を強く噛み締め、紫の光線を解き放つ。眩い白と紫の光が俺の光彩を刺激する。
二人の丁度真ん中の距離で二つの咆哮は衝突した。全てを焼き尽くす勢いの火花が吹雪となって舞い散る。それは空を真っ赤に染め、空の色と混ざって鈍い色に変わっていく。地面のレンガなど既に遠くへ吹き飛び見る影もなかった。中心で起こった爆発を抑えきれず、狂ったような気流が発生する。
髪は吹き荒れ、服は破けそうなほどになびいていたが、俺たちの目はそれでもなお真っ直ぐ相手を見据えていた。
どちらのSPもだんだん減っていくのは当然のようにわかった。
俺の周りに現れている赤のゲージは刻一刻と灰色のゲージへと様変わりしていく。それに合わせ、向こうの紫のゲージも灰色のゲージへと変化していっているのだろう。灼熱の吹雪で向こうは見えないが、それでも俺たちは心が通じ合っていたかのようにお互いのことがわかった。
ついには地割れまで起き、遠くに突き刺さっていた街灯が倒れた。
だが、互いのゲージが残り2割を切ったその時だった。
「お前、一体何が目的なんだ?この世界に恨みがあんのか、それともただの暴走癖か?」
そう言い放った俺の言葉に奴は首を横に振った。
「違う。俺は、もう復讐なんてものはとっくに捨てた。だから、お前と戦う必要もない」
その男の目は以前会った時よりも、何故か生き生きしていた。
海坂が犠牲となったあの事件から既に3ヶ月が経っていたが、俺の奴への印象はまだ変わっていなかった。大きな黒のコートを身にまとい、寂しそうに歩く奴の姿は、いつかの誰かの背中を想起させ、すぐには嫌いにはなれなかった。それよりも、心のどこかでは『哀れ』だという感情までもがあった。だが、今日の奴は違った。
「じゃあ、お前は何の為に剣を取る?」
俺は拳を握りしめて話す。
「わからない。…だが、確かにわかるのは、俺のこの力はもっと別のものの為に使うのだと。それだけは何となくわかる気がする」
「そいつは見当違いだ。もしそうなら、お前はこんなところにはいないはずだ」
そうやって辺りを見渡す。どこもかしこも荒廃していて、ここが日本で2番目に栄えている街とは到底思えない。1年前に見た古代遺跡跡と大して変わらない景色がそこにはあった。たまたま近くを通り過ぎた工場が目の前でぶっ飛ぶのを見てからでは、さすがにそいつの言うことは信用できなかった。
「なぁ、知ってるよな?悪いことをしたらお巡りさんにしょっぴかれるって」
「あぁ、知っている。穂村 仁、お前が何を考え、何に苦しんでいるのか、俺は知りたい。俺の知らないこの世界の不条理を、俺は全て知りたい。…そのための犠牲は、何も厭わない」
「だったら話は早ぇ..」
次の瞬間、二人の手には銀色の剣が、二人の間には火花が飛び散っていた。
二つの迸る光が街を埋め尽くす。轟音と衝撃波に驚いた街のみんなは全員すぐさまに逃げていった。とある人はMRゲームのしすぎだと思ったのだろうか。それとも、テロかなんかだとでも思ったのだろうか。どちらにせよ、危険なことには変わりはない。
豪炎龍の力を使っても、ほぼ互角と言わざるをえない相手の力に驚くばかりだった。
攻撃エフェクトが継続するビーム系のスキルは発動時のSPの消費に合わせ、毎秒一定の量のSPを消費する。どちらも街の一角を吹き飛ばす勢いの攻撃を誇っている。それ相応のSPをどちらも消費している。
豪炎龍の力を借りることによって発動することができるという火属性のスキル『フレイム・ディスパージョン』。右手に宿った赤龍の口腔から突き出された刀を這うようにして現れる炎を集合させ、一気に相手に向かって放射する熱線とも言うべきこのスキルは敵を確実に焼き尽くす、はずなのだ。
だが、二つの光線が今にも途切れそうで、最後の咆哮を放とうとしたその時だった。
「何が起きてるって言うの!?これは」
どこから聞こえてきたのかはわからなかったが、大きな声で叫ばれたその声は俺の知っている声だった。
ー あの声は、結の妹…!
一瞬、手に入った力が弱まってしまう。
ー しまった!
形成を覆される。そう思ったが、事実は俺の予想よりも斜め上を行った。
「その声は、、、」
地獄の吹雪が吹き荒れる中、かすかに聞こえたその声は彼の集中を、力を刹那の間弱めたのだった。
そして、俺はただひたすらがむしゃらに、その隙を逃さずに最後の力を振り絞ってしまった。
57話 新たなる戦いの始まり を読んで頂きありがとうございます。
次話は、58話 あの日、あの時 です。
それは、決して交わることのなかった糸。希望を失った志士と後悔を覚えた復讐者は"哀愁"を口ずさむ。
次話以降もよろしくお願いします。




