50話 鼻を伸ばした嘘つき
化粧室で特殊金属製のオリジナルの服に着替えると、足早に店を出た。
卵色のカーデガンを白の長袖のセーターの上から羽織り、赤色のスカートを選んだのには理由はない。ただ、真っ赤なスカートが銀世界にたった一粒の紅桜を咲かせたようで、自分だけが注目して見えた。
まだ寒い冬のある夜。人生の中で特に何事もない1日の終焉を今日も迎える。
私はいつも気分が下がると一人でバーに行くことがある。行きつけの場所があるわけではないが、つい目に入った所に立ち寄ってみたくなるのだ。
そして、私はいつも通りこの街のバーに寄ってみてしまった。
モダンな雰囲気の店内は、さっきまでいたカフェとはまた違った落ち着きがあった。少し暗めな証明は足元だけをゆっくりと照らし、一歩一歩進んで行くごとに姿を消していく。突き当たりに店長らしき人物が訝しそうにこちらを見ている。何がおかしいのだろうか不思議にも思ったが、今はそのようなことを考えている暇もなかった。
2年前の冬。何もない砂漠の地で、愛する人を失い、大切な友人までをも見殺しにしてしまった。そして何よりも、そんな現実を受け入れられないまま1年間の療養を言いわたされ、ずっと殻に閉じこもっていた自分が許せなかった。
ずっと自分を呪っているのは自分だけじゃない。それぞれ悩みや苦しみを抱えて、それでも頑張って生きている彼らを見ていると、自分が情けなく思えてくる。
穂村を逃したあの日、本当は心がはち切れそうなくらい苦しかった。日が沈むその瞬間まで、私は彼を見送っていた。その後ろ姿が守に似ていた気がしてならなかった。そして、そう思っていないと頭がどうにかなってしまいそうだったからだ。また一人、また一人と仲間が、大切な人たちが自分の前から消えて行くのを見る度、私の内側にある本当の私は死んでゆく。
何も、克服できていないのだ。守を失ったことも、隊のリーダーとしてあるべき行動を見失ったことも。結を失ったことも。
焦げ茶色の椅子があるカウンターに座り、店長にカクテルを一杯注文した。
店長の顔はまだ晴れやかではなかった。だが、注文にはしっかりと頷き、カクテルを取りに厨房の方へと向かった。
右腕に巻きつくナイトブレスをこれみよがしと言わんばかりに起動する。機種は現役時代となんら変わりないレイズ用のナイトブレスだった。ステータスもそのままだ。
だが、なぜかレイズが解散して以来、これといった力というものが出ない。精神的に参っているのだろうか、それとも何かの病気にかかっているのだろうか。答えを出そうにもうまい言葉が見つからなかった。
ただ、その疲労しきった精神が私自身の体を蝕んでいくことだけはわかっているつもりだった。
そっとテーブルに置かれたカクテルを片手に、虚ろな目で正面だけを見つめた。真っ暗なそこには何もなく、ただ虚無だけが広がっていた。この目に映るものがすべて真実であるとするなら、この虚無は一体何なんだろうか。
ふいに肩がポンと叩かれる。
「おい、そこの姉ちゃんよ。ちょっと俺らと遊ばねぇか?」
振り向いた先にいたのは20代の若い男二人組だった。一人はひょろっとした弱々しそうな男。もう一人はがたいの良い男だった。こちらを見ながらニヤリと笑い、歯からのぞかせた銀歯が嫌悪感を与える。
「すまないが、私は今そういう気分じゃないんだ。他をあたってくれ」
そう言って丁重に断ったが、男たちは一向に帰ろうとしなかった。
「まぁ、そう言わずにさ。ちょっとだけだから」
だが、嫌なものは嫌なのだ。それに、この男たちからは嫌な雰囲気が漂っている。変な関係にはなりたくもなかった。
「だから、断っているではないか!」
つい、いつもの癖で強めの口調で反論してしまった。
すると、男たちは急に顔色を変えてこう言った。
「んあぁ?アンタ、さっきから態度ウザすぎなんだけど...」
さっきまでは呑気に歌でも歌っていそうだった雰囲気が、急にシリアスな雰囲気に変わっていく。
「........」
黙り込む私。強くあたってしまったことを後悔もしながらも、本当のことを自分を騙すようで口には出せなかった。
「おいおい、ガン無視くれてんじゃねーよ!」
そう言って男の手が私の胸ぐらを掴む。
咄嗟に振りほどこうとするが、思うように力が出ない。
ー どうして?!なんで力が入らないの?
意外すぎる自分のひ弱さに驚くしかない。2年間は私から心だけでなく、強さまで奪っていったのか?それならば悔しすぎる。
私と男たち以外、店長を除いてこの店には誰もいない。静かなバーは殺気に満ち満ちた空間になった。
店長が先ほどまでよりも険悪な顔をしている。この街では当たり前のことなのだろうか。止めようとはしない。注意もしない。
自分で解決しなければないのだろうか。
すると、そう思った瞬間、心の中で私でない誰かが囁いた。
『怠いなぁ。諦めて遊ぼっかな...』
ー 誰?!
ふいに聞こえた声は確かに私の口から聞こえたもので、そうでありながら私の脳はそれを拒否している。
『わかりました。では、一旦外に出ましょう』
おかしい。自分ではないのに、自分が言っている。矛盾している。脳内が熱くなって気が遠のく。
「...お?急にどうしたんだぁ?...ヤル気になったのか」
『...あぁ』
「おぉ、それならそうと最初に言ってくれよ。...んじゃ、外に出ようぜ」
ー 違う!それは私じゃない。一体急にどうしたっていうの?なんで動かないの?なんで喋れないの?
だが言葉は口からは出ず、頭の中でぐるぐると宙を舞ったまま形にはならなかった。
足がだんだん出口へと進んでいく。
ー 嫌だ...嫌よ...なんで...なんで...
男らに連れられ、ついにバーを出た。
空は真っ暗で、白い雪は一切光を帯びていない。降り積もった雪は足跡を一切つけず、きれいなままその形を残している。
「近くにさ、いいところがあんだよ。人目があんまつかないさ...」
ー 嫌だ...嫌だ...嫌だ...嫌だ...
偽りの自分がほくそ笑んだ。
ー 嫌だ...嫌だ...誰か...助けて......
そう願った瞬間、ふいに力が入った気がした。
途端、今出せる精一杯の力を振り絞って腕を掴む男の手を振りほどいた。
「おい、どした?」
「私は嫌だ!...帰らせてもらう!」
言えたのはそれだけだった。そして、かろうじて残った力で逃げようとする。
だが、
『...させないよ』
後ろへ2、3歩進んだところで体がまた動かなくなった。
ー 嘘でしょ...?
私に残されたチャンスというべきものは、これで終了してしまったらしい。さらには、さっきの言葉で男をまた怒らせてしまったらしかった。
「おいおい!さっきからなんなんだよ。ヤるって言ったり、ヤらないって言ったり。お前調子乗ってんじゃねーぞ!」
もう無理だ。そう思った。諦めてそのまま体がゆくままに前に進もうとしてしまった。
『.........』
もう一人の私は黙ったままだった。なぜ?
だが、その答えはすぐにわかった。
男たちは右手に巻いたナイトブレスに触れ、強くフリックすると一本の剣を召喚した。
きらびやかな金属。重そうな見た目。間違いない。特殊金属だった。男二人は違法な方法で軍用ナイトブレスを入手していたのだ。それだけで規制対象なのだが、今はその狂気を自分に向けている。さらには、自分は今動けない。
『これが、私のシナリオよ』
ぼそっと呟いた。必死で抵抗する気力もいつしか失い、私は自らの死を悟った。
剣先が私の喉に触れる。
ー もう、終わりなのね。...これが、誰も守れなかった私の...神様が下した報いなのね...
体が震えている。涙が出てくる。なのに、なぜか笑っている。それが偽物の微笑なのか、それともすべてのことから解放される安堵の微笑みなのか。
ごめんなさい。そう言える人もいない。
見上げた空に、光る銀色の星が一つ。藍色の剣尖が喉元を走った。
50話 鼻を伸ばした嘘つき を読んで頂きありがとうございます。
次話、51話 TrueBrave は、明日(4/18)予定です。
『銀色の銃弾』編、真実の弾丸は、全てを撃ち抜く。
次話以降もよろしくお願いします。




