表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
NITE -傷だらけの翼-  作者: 刀太郎
第4章 現在編-動きだす物語-
52/69

49話 Step!Beat!Spark!

 今が寒々しい冬だなんて忘れてかのように、ライブ会場は熱狂の渦に巻き込まれていた。


 恵美が好きなバンド『スカーレット』と紅葉がファンというアイドルグループ『Hope's』のクリスマス合同イベントライブがこの街で行われるということで、会場には数千人もの客が押し寄せていた。


 普段はC地区のスタジアムとして『ナイト カーニバル』のデュエル会場とかによく使われているらしいが、今日ばかりはそんな物騒なイベントなんてものはない。ある意味で騒々しくはあるが、またそれも一興だとも思える。


 『Hope's』のリーダーの島崎 園華そのかに鼻を伸ばしてたのが恵美にバレていることは重々承知だったが、彼女もまた同じような趣味を持っていそうでそのことについてはこれまで触れていない。


 隣の紅葉は、他のガチ勢とは打って変わって普通の服装はしているものの、活気だけは誰にも負けずにいるらしい。先程から『Hope's』のレクチャーばかり受けている。ちなみに紅葉の推しは俺とは違い、いつもリーダーの左隣にいる篠崎 真奈という子らしい。


 まぁそんな話はどうでもいいとして、既に時間はライブの開始時刻の五分前を切っていた。


ー あいつ、まだなのか?


 辺りを見回してみるが彼女らしき姿は見えなかった。もしや視界に入っていないだけではと立って見渡すがやはりいない。


 もしライブが開始してしまうと、途中退場や途中参加ができなくなってしまう。『スカーレット』のライブを心の底から楽しみにしている彼女にとってそれは痛恨の事態でもある。無事に会場入りしてほしいものなのだが...


 ふと右手のナイトブレスを見下ろす。


 この中に一つの人口知能が入っていると言えば、誰もそんなこと信じないだろう。だが、そう易々と否定できないのも確かだった。

 自分のことを豪炎龍バーニングドラゴンと名乗るそいつは、本当にRPGの世界からやって来たんじゃないのかと思うほどファンタジックな事を言い、俺たちに新たな知識と驚異を与えた。


 だがしかし、それが決して良かったと言い切れるものでもない。


「なぁおい。さっきから黙ってるようだけど、お前何してんだ?」


 周りの人からすれば不審極まりないが、こうするしかこいつとコンタクトを取れないとなると、恥ずかしがっても仕方がなかった。


 すると、ナイトブレスのディスプレイがポッと明るくなり、中から荘厳な声が響いた。


「...済まない、今アイドルグループの『Hope's』について検索をかけているところなんだ。...しばらく話しかけないでくれたまえ...」


 お前もかと呆れるばかりだ。


「あのさぁお前。お前がここにいるだけで、どんだけ俺のブレスの容量食ってるかわかってんのか?ちったぁアイテムの整理でもしとけよな...」


 だが、返答は来ない。


 ついでに、写真フォルダに50枚の新規画像が追加された通知が届いた。

 もしやと不安になってフォルダを開けると、そこには『Hope's』のメンバーの写真が(主に一人の子を中心に...)入っていた。


「おいコラテメェ...何、人のデバイスの勝手に推しキャラの写真入れてんだよ!!!」


 さすがにここまで来ると、人工知能かなんてものは二の次で、このただのキモいおっさんをどうにかしなくてはならないとやけになる。


「よいではないか。この紗里奈という子を見たまえ。とても可愛らしい面構えをしている」


「面構えって、お前は一体何時代の奴だ!」


 人工知能まで人間に対して好き好きを判断される時代になったのかと思い、またもや落胆する。

 そして、さらに数枚写真が追加されたのを最後にドラゴンの奇行は幕を閉じた。


 ライブ会場が盛り上がりを見せたそのときだった。


「ごめん、遅れて。...待った?」


 後ろからポンと肩を叩かれ振り返る。


「恵美、やっと来た」


 すると、彼女は少し俯き気味で返事をした。


「あ...あぁ、ごめんなさい。随分と待たせたようね」


 肩が上下に頻繁に上がったのを見る限り、全速力で来たらしい。やけに彼女から別の熱気が感じられたが、あんまりそういうことを言うと変態扱いされそうなので黙っておく。


「ほら、始まるぞ。ライブ」


 そう言って恵美の肩に手を乗せる。


「ええ。そうね」


 俺よりも前に一歩出ると、隣の紅葉に耳元で何かを言い、それからは真っ直ぐステージの方を向いた。


ー 何かあったのか...?


 そんな一抹の不安をよそに、ステージからはありったけのガスが噴出し、ライブの開始を伝えた。ステージの奥からキラキラした服装の5人組と、暗い赤色のジャケットを着た4人が現れた。


『メリークリスマス!!!!』


 マイクを通して会場全体に響いた声に、観客が声を揃えて返答する。


『メリークリスマス!!!!!!!!!!!』


 轟音にも似た声量に耳を塞ぎそうになったが、一気にライブ感が出てきて興奮してきていた。

 『Hope's』のリーダー島崎 園華が一番前に立って司会役のようなものを勤めている。可愛らしいのは容姿と共に声もだった。まさにザ・アイドルのような子は嫌いではない。


 既に紅葉は興奮の渦に完全に飲み込まれ、狂わんばかりの声援を上げている。対する恵美も、静かながらも目をキラキラ輝かせて隣の4人組を見つめていた。


ー 兄弟揃ってご趣味が似ていること...


 『スカーレット』のボーカルを務めるHaruがマイクを手に取り、コメントを述べる。同じくらいの年齢だろうが、声はとても若くて透き通っていた。自分の低い声とは比べものにならないと意気消沈してしまうほどだ。


 煙に抱かれて登場した9人のアーティストは、それぞれがコメントを言い終えると静かにステージから姿を消し、その代わりにスピーカーから爆音が鳴り響いた。

 1曲目『Hope's』による『逆境センシビリティ』の前奏だ。続けて先ほどステージから姿を消した5人の少女達がヘッドセットをつけて登壇してきた。

 ポップなメロディに合わせ、彼女達の歌声がホール内に響き渡る。


 紅葉も嬉しそうにしているので、俺的には満足だった。


 ナイトブレスを見下ろす。さっきとは違い既に赤くディスプレイが光っていることから、こいつもライブを見たくてせめて音だけでもとこちらに出て来ているのだろう。


「見たいか?」


 仕方なしに呟いてみる。


「よいのか?」


 そこは謙虚なドラゴンは少し小さい声で返答してきた。


ー さっきまでの威勢はどこへ行った...


「あぁいいさ。...その代わり、ちょっと連れてってほしいとこがあんだ。いいか?」


 ドラゴンの訝しげな声が耳に届く。


「それは、どういうことかな?」


 その言葉を聞くや否や、俺は会場の出口に向かって足を運び始めた。




 雪の降る街に、一際熱を帯びた場所があった。掲示板に貼ってあったチラシを見る限り、どうやら今日はこの街で特別なイベントがあるらしかった。アイドルものにはあまり興味はなかったが、先ほどの彼女の様子から察するに、彼女の用事はこのイベントだったのだろう。


 彼がこの街にいなかったのは残念だったが、彼女だけでもちゃんと暮らせているのかと思うと、やはり元隊長としてホッとした。


 コロシアム以外の場所はイルミネーションに覆われ、街ゆくカップルが聖なる夜を楽しんでいた。燃えたぎるカップルへの執着心がみなぎるが、これだからいい年して彼氏の一人もできないのだと自分で感づいてしまい馬鹿馬鹿しく思えてきてしまう。

 そんな楽しい雰囲気の街を私が壊してしまわぬよう、腰に掛けていた護身用の刀も分解しておく。服装も隊員服からラフな私服のようなものに切り替える。下には簡素なコートを羽織っているだけなので、せめて見た目だけでもと清楚なものを選ぶ。ホログラムの服はあまり好まないが、特殊金属を使えば本物の服がその場で生成可能なので、女性隊員には嬉しい限りだ。


 どこかに落ち着けるカフェみたいなところはないかと見渡し、近場にあったカフェテリアに入る。

 暖かいオレンジの照明が体を間接的に温めてくれた。人の出入りも落ち着いており、好みの店に入れたと嬉しくなる。

 注文を聞いてきた店員にエスプレッソを一つと注文する。


 店員が去った後、物思いにふけて窓の外を眺める。


 こんなときに彼がいてくれたらと思ったのは今年で3回目だ。あれからもう2年が経ったのかと思うと、あれは遠い過去の出来事のように思えて仕方がない。だが、そうであってはならないと昔の自分が叫び続けている。


 あのとき、彼を目の前で死なせてしまった瞬間から、私は放心状態になり、部下達を危機に陥れた。さらにはその結果、大切な友人まで...


 その失態もあり、今では隣町の警備員をやってはいるが、あの日を忘れたことは一度もなかった。今でも夢に死んだ二人が現れる。私を指差して『裏切り者』と嘆くのだ。

 好きだった彼の最後の言葉も聞き取れず、大切な友人に迷惑をかけ挙句の果てには殿しんがりまでさせて死なせてしまった罪は重すぎる。


ー ごめんなさい、ごめんなさい...


 彼らが私を恨んでいるとは思っていない。でも、私の中にいる彼らがそれを許さなかった。


 ぽろりと流れた一粒の涙が頰を伝う。


「やだ...私、なんで泣いて...」


 流れた雫を必死に拭い、何事もなかったかのように周囲を見渡す。幸い誰も私が泣いていたことに気づいてないみたいだった。


 胸を撫で下ろし、すぐさま右手のナイトブレスに触れる。


 カレンダーには12/24と表示がされていて、クリスマス仕様のディスプレイになっている。夜七時を回ったところで自動アップデートしたのだろう。


 そして、連絡先のアプリを開ける。ゆっくり下にスライドして幾つもの連絡先に目を通す。その途中にあるとある一つの項目。



『春野 守』



 その下には『device unknown』と表示されている。もう一生使わないであろう連絡先。でも、決して消せないそれを、私は時折眺める。


ー 守...私、もうどうすればいいか...わからなくなってきてしまったわ......。


 今はただ目の前の犯罪を防ぐ。警官として、元隊長として。でも、どうしても拭いされない過去が私を襲った。

 それが、神様が私に与えた贖罪なのだと。

 

49話 Step!Beat!Spark! を読んで頂きありがとうございます。


次話、50話 鼻を伸ばした嘘つき は、来週の月曜(4/10) 予定です。


銀色シルバー銃弾バレット』編、真実の弾丸は、全てを撃ち抜く。


次話以降もよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ