48話 静寂のクリスマス
ホームランドシティ出身で有名なロックバンド『スカーレット』と、ホームランドシティを活動拠点にしている人気アイドルグループ『Hope's』のクリスマス合同ライブに先に出かけた紅葉と仁を見送り、私は家事を済ませる為に台所にいた。
仁がレイズ時代に好物と言っていた醤油味のタンドリーチキンを作りながら、同時に白飯も炊く。ぐつぐつと隣でシチューも音を立てている。
今日は仁が来て、正式には穂村道場一回目のクリスマスパーティということでこの上になく豪勢な料理を作っている。あまり作りすぎて過分に余らせてしまわないか不安になるほどの数の料理に、自分で作っておきながら驚愕していた。といっても、食べるのはいつもの3人で、誰かを招待する予定はなかった。
紅葉の御用達のアイドルグループ『Hope's』は最近人気になったばかりの5人組ボーカル集団。リーダーを中心にそれぞれのメンバーが人気を博し、今ではファンは数万人にも昇るという。私自身、女性アイドルグループにはそこまで興味はなかったし、わざわざライブを見に行くなんてことは考えもしなかった。仁までその子達の写真を見て鼻を伸ばしているものだから、なおさら好きにはなれなかった。
でも、ロックバンドの『スカーレット』が一緒にライブすると聞いてはいても立ってもいられなかった。仁には冷やかされたが、私からすればまだ自分はファンの端くれに過ぎず、まだまだ彼らへの愛は深くはない。
全員が黒ずんだ赤いジャケットを着ていることから『スカーレット』と名付けられた4人組は、ボーカルのHaru、ベースのNatu、ギターのAki、ドラムのFuyuと春夏秋冬のハンドルネームを持つ。強いドラムの音が印象のFuyuが私のお気に入りだ。
だが、いつも私の悪い癖は彼らのことを考えているとその時やっていることを失敗をしてしまうのだ。
焦げた匂いが鼻につく。
「しまった...!」
醤油ベースにフライパンで焼いていた鶏肉の表面が焦げ出している。慌てて火を消すと、鶏肉を裏返して被害状況を確認する。幸い少しのコゲで済んでいたが、こうやっていつもの癖が出てしまうと、一人でも恥ずかしくなって顔が赤くなる。
前菜やご飯の支度を一通り終え、白のエプロンを取り外す。
髪の毛が少し焦げ臭いのが気になり、少しシャワーを浴びに脱衣場に向かった。
着ていた簡素な上着を脱ぎ、目の前の籠に放り投げる。紺色のズボンを脱ぎ下着姿になると、一気に寒さが襲ってくる。急いで下着も脱ぎ、シャワールームに入る。
43度と少し高めのお湯をシャワーから流し、一気に体を癒す。
この後に仁と紅葉とライブ会場で待ち合わせをしなければならないから、頭はさっと洗って早めに風呂から出なければならない。
シャンプーを手に取り、手のひらでかき混ぜた後に髪の毛を洗う。水に濡れた髪は胸のところまで垂れ下がっていた。
ー 少し長いかな...?
後ろで髪を束ねて水分を搾り取る。続けて石鹸で体を洗い、ものの数分でシャワーから出た。タオルでしっかり体を拭いた後、誰もいないので裸のまま早歩きで自分の部屋に戻る。
箪笥に並んだお気に入りの服を選び、下着と一緒に素早く着替える。化粧棚にあったドライヤーを手に取り髪を大急ぎで乾かし、シュシュを後頭部のところで結びポニーテールにした。鏡を見て化粧のし残りがないかを確認したあと、カバンに荷物を入れる。
そうやって、なんだかんだ料理が終わってから30分が経った頃、突然家のインターホンが鳴った。
「はーい。今行きまーす」
大きな声で玄関まで声が届くように叫ぶと、荷物を詰めたカバンを肩に掛けて部屋を出た。
階段を降り、そのまま玄関へ一直線で向かう。靴箱の上にある家の鍵を取りポケットにしまうと、勢い良く玄関の扉を開けた。
「すみません、遅くなって...」
まだ完全に履けてない靴にかかとを通しながら応対する。少し失礼だとは思ったが、今は急いでいるので仕方ないと自分の中で割り切ってそのまま話を進める。
「...こちらは、相澤恵美さんのお宅でよろしいでしょうか?」
自分宛の客などがいたのかと少々驚く。これまであまり外と関わりを持ってこなかった私は、知り合いといった者が極めて少なかった。唯一あるとするならば、それこそレイズ本部で出会った人たちくらいだ。
だがそんなことを思っていると、先程の声が何故か懐かしいような気がした。
「はい、そうですが...」
返事はない。
なんとなく答えてみたものの、声の主の顔があまり見えなくて誰かはわからなかった。
だが、フードを被ったその人は右手にナイトブレスを装着し、腰には重そうな日本刀を携えていた。どこかの警官なのかと思う前に、危険だという感覚が先に私を襲った。
「...あなた、何者?」
そっとコートで隠した右手のナイトブレスに左手を添えようとする。
すると、その人は急に慌てたかのような手振りを見せ、勢い良く被っていたフードをとった。
そこから現れた顔を見、私は驚いた。
「脅かしてしまって済まない...私だ。元第一機動隊隊長、坂田冬美だ」
そこまで聞いて確信を持てた。
「隊長?!...お、お久しぶりです」
それこそ仁と同じく2年ぶりの再会となる彼女は格好は変わっているが、その風貌や口調は全く変わってはいなかった。
だが、少し変わったとすれば、ちょっと気迫が足りなくなったような気がした。
「元気そうで何よりだ」
そう言って、いつもの隊長らしからぬ笑顔で私を見つめた。その笑顔の裏にある苦痛は私も知っていた。
「...それで?私に何か用ですか?」
用事があることを思い出し、単刀直入に質問する。
「...あぁ、そうだったな。...恵美、包み隠さず教えてほしい」
彼女のその言葉の続きが私には手に取るようにわかった。
「穂村が君の家に来てはいないか?」
胸の奥が締め付けられる。
レイズを正式に辞める際、私は仁が指名手配中であることを知った。そんな彼を本部から逃がしてくれたのが隊長とは聞いていたものの、今も彼の味方であるかどうかは正直なところわからなかった。いると言えば彼が警察に連行されてしまうかもしれない。
そんな嫌な不安が頭の中を駆け巡り、咄嗟に答えてしまう。
「...いいえ、来ていません」
自然と俯き、彼女と顔を向けたくなくなる。目を合わせれば、その瞬間に嘘がバレてしまいそうだったからだ。
少しの間を置き、彼女はゆっくり後ずさりして言った。
「そうか。いや、最近この近くでナイトブレスによる騒ぎが頻発していて、丁度調査しているところだったんだ。ついでに立ち寄ってみたんだが、やはり来てはいなかったか」
彼女ほどの人が私の嘘を見抜けないわけがないと高を括ってはいたが、本当にそうらしかった。
「すみません隊長、お力になれなくて...」
曲がった背中をさらに曲げてお辞儀する。
「いやいや、そんなに謝らないでくれ。...いいんだ。きっと、彼は彼なりに今もどこかで生きているのだろう」
ー 隊長...
下げた頭が上がらない。彼女のせいではない。自分のせいだ。今も昔も変わらない、自分さえ良ければ嘘だってつける。彼に救ってもらった代わりに、私は私であることをやめ、力を持て余したバーサーカーになっていたのかもしれない。
「それでは、私は失礼するとする」
そう言って隊長が振り返り、元来た道を行こうとした。
そんな彼女に言葉の一つでも掛けようと口を開く。
「メリークリスマス、隊長」
すると、足が止まりそっと振り返る。
「隊長はもうよせ。...そうだな、今日は...クリスマスだったな。......メリークリスマス、恵美」
既に彼女の中では私は友人なのだと知った瞬間、寂しさが襲ってくる。自分だけが昔のあの日に置き去りにされている気持ちになる。
手を小さく振った彼女はそのまま降る雪の中に消えていった。
冷え切った髪に雪の華が咲く。それを手で振り落とした後、真反対に向く。
玄関の鍵を閉め、私はただひたすら彼のことだけを考えてライブ会場へと足を運んだ。
自分でも驚くような嫌気に胸が締め付けられた。
48話 静寂のクリスマス を読んで頂きありがとうございます。
次話、49話 Step!Beat!Spark! は、明日(4/3) 予定です。
『銀色の銃弾』編、真実の弾丸は、全てを撃ち抜く。
次話以降もよろしくお願いします。




