5話 独走する孤高のエンジン
目が覚めたら、俺は病室らしきところにいた。それは、保健室独特の匂いとピンクのカーテンがそう俺に予測をさせたのだ。
しかし、体は思うように動かない。金縛りではないが、一種の筋肉痛ような状態に陥った気分だった。
「俺は一体...」
俺にはあの恐怖の瞬間の後の記憶がない。そのまま恐怖のあまり逃げ出したのか、それと勇敢にあのロボットに突っ込んでいったのか。どちらにしろ、今俺が置かれている状況は自分では理解できないでいた。
俺1人しかいないのか、病室は静寂に包まれていた。物音一つしないからか、だからこそのモスキート音が耳に執拗に入ってくる。
だが、急に人の気配がした。
「うぐっ...」
力一杯に体を横に向けると、そこには白衣を着た1人の男性がいた。俺よりも長身で、すらっとした体格で少し無精髭が目立つ、ちょいワルお兄さんらしき人物だった。
彼は俺の視線に気づくと慌ててこちらにやってきた。
「や、やぁ。目覚めたのかい。体調の程はどうかね?」
彼は自身の髭を撫でながら俺を見下ろした。
「だ、大丈夫、です。...あ、あの...」
今の状況を聞こうとした俺の言葉を遮るかのように彼は口を開いた。
「ここはレイズ本部の医務室だよ。君は昨夜の戦闘の後、気を失って...いや、あの場合は気を失わされて、ここに運ばれたんだ。覚えているかな?昨日のこと」
関心ありげな彼の目に俺はつい昨日と呼ばれる日に自分の身に起こったことをつつがなく話し出してしまった。もっとも、俺にはあの時の記憶は皆無に等しかったのだが...
「俺は、あの時のことをあまり覚えてないんです。みんながやられて、自分はどうすればいいのかさっぱりわからなくて、頭が真っ白になって...んで、その後...」
「その後のことはあまり覚えてないんだね」
無性に髭をいじる彼は最終確認をとった。
「はい。...あの、他のみんなは?」
その質問に彼はすぐに答えなかった。何故だかはわからない。白衣を着た男は服からスマホのようなデバイスを取り出し、なにやら操作をしていた。話していいのかどうか聞いているのだろうか。
一通りの動作を終えたのか、彼はスマホをポケットにしまうと、俺の方向に向き直った。
質問の返答をもらえないまま呆然としていた俺に彼が話しかけようとした...が、
「君が三体のレッドスローターを倒したんだヨ。それも一瞬でナ。だからフユミン達は大丈夫ダ。...いや~見事だったヨ。あの剣の動き、さらに獰猛な獣のような攻撃方法。どれをとっても君は2人目の覚醒者であることの証明だネ!」
どこからか声が聞こえてきた。どこかといえば、すぐにわかる気がした。
ー 上だ。
俺が頭上を見上げると同時に、白衣の男が声を出した。
「結ちゃん。出てくるときはちゃんと入り口から出てきて欲しいものだね」
ニヤついた顔で彼は俺の頭の上にいる女の子に喋りかけた。
俺は驚いて「うわっ!」っと驚かずにはいられなかった。
少女はニヒッとこちら向かって微笑むと、軽々しく体を反転させ、音もなく俺のベットの横に着地した。まさしく、忍者であった。
黒衣を身に纏ったその少女はぐいっとそのまま顔を近づけてくると、ふむふむと俺を観察し始めた。
思わず頰が赤らんでしまう。
ー 至近距離で女子に見られるのはなんだかこの上なく恥ずかしい。いつぶりだろうか...
「こらこら結ちゃん。そんなに見つめちゃあ彼が赤面してしまうよ」
男が呆れた顔で少女に話しかける。まるでさっきまでの俺の心を見透かされていたかのような気がして、より一層恥ずかしくなってしまった。
「アァ、ゴメンゴメン」
そう言うと、彼女は一旦俺の観察を辞め、元の姿勢に戻った。
「そういや紹介を忘れていたね」
男が話を切り出した。
「私の名前は≪神崎 士郎≫という。ここでは主に隊員のサポートをしている。主に医務や観察を行っている。まぁ保健室のお姉さんならぬ、保健室のお兄さんと認識してくれて構わないよ」
流暢な口調で自己紹介を終えた男、神崎は隣にいる少女を一瞥した。「お前も自己紹介しろ」というメッセージだろう。
少女は神崎の視線を感じ、自らも自己紹介をし始めた。
「アタシの名前は≪御影 結≫。見ての通り忍者サ。と言っても、忍者を辞めて、遥々都会に出てきたってとこカナ?君よりも一つ先輩ダ。アタシも実は第一機動隊なんだゼ。まぁなんか面倒だから、こうやってサボってるんだがナ。そして、君と同じく覚醒者なる者ダ」
彼女が同じ職場で働く先輩だとは知りもしなかった。
御影 結という少女はそう言うと、両手を広げてえっへんと拳を腰に当て、キメ顔で咳払いをした。
俺は先程から気になっていた『覚醒者』という言葉について尋ねた。
「あの、覚醒者って一体何なんだ?俺が覚醒者ってどういうことなんだ?」
知りたいことを端的に、わかりやすい形で伝えた。今の俺には聞きたいことが他にもあり過ぎて、この程度でも頭を回転させるのに必死だった。
「覚醒者とはね、一種の特殊能力を持った人のことを言うんだ。それも魔法や錬金術みたいなことじゃない。ナイトブレスを介して発生する特殊能力だ」
神崎は俺の質問に淡々と答えてゆく。
「通常、ナイトブレスは空気中の窒素をポリゴン状に固形化させ、そこに特殊な電波を送ってプログラミングされた一定の形を作る出すのだ。そして、それは全て物理的な物だけなのだ。よって、召喚された武器には物理的な法則しか通用せず、又、発生した炎のエフェクトなどはナイトブレスで召喚された物体のみで反応しあい、実際に火傷はしないのだ。だから、召喚された銃から発射された銃弾は物理的な力は持つものの、属性による身体への影響はないのだ。まぁ銃で撃たれちゃったら、属性なんて関係ないのだけどね」
神崎が言葉を少し止めたところで、今度は結が話始めた。
「でも、覚醒者なる者はその属性効果を身体へ影響させることができるんダ。君なら火。アタシなら風。君も感じたんじゃナイカ?例えば、体が熱くなる感覚トカ」
その問いに俺は答えることができた。確かに、あの時体が炎に包まれるような感覚を感じたことを今でも思い出せる。
「あぁ、感じた。どこから湧いてくるのかわからない熱い何かをあの時感じました」
彼女はまたニヒッと微笑むと改めて話を再開した。
「普通、ナイトブレスによる召喚物によるもので属性効果を与えることは不可能なんダ。何にせ、元々は窒素なのだからナ。でも、覚醒者にはそれができる。面白くないカ?この力...」
面白い ー そう簡単に思えるには今は十分たり得る情報は無いが、聞く限り俺のにあるとある力は異能力と言わざるをえないものなのだろう。
俺は何故か少しばかりの期待と一抹の不安を抱えつつも、自己紹介をしてくれたお礼に彼ら2人に改めて自己紹介をした。
「でも、今は機動隊に復帰しなきゃ。俺にできることを精一杯やるつもりです。穂村 仁、第一機動隊所属の...覚醒者?第2号です!」
勢いよく名乗ってみたものの、予想通り恥ずかしくて顔は真っ赤になっていただろう。突然の自己紹介に2人とも顔を見合わせてクスッと笑っていた。
ー 2ヶ月後 ー
仕事にも慣れ、幾つもの任務をこなして、順調な日々を俺は送っていた。職場環境にも必死で慣れ、自分が覚醒者などという異様な存在であることもすっかり忘れてしまった雨が降り続けるある日の夕刻。
結 ー 呼び捨てでいいと初対面の後言われ、それからは呼び捨てで呼ぶようになっている ー はちょくちょく第一機動隊に顔を出しては隊長にこっ酷く叱られそうになり、目がそれた瞬間にお得意の忍術で姿を消してはの連続。
守との特訓もいよいよ大詰めとなってきていた。
だが、一つ悩みがあった。相澤 恵美。彼女だけは、いつもどこか違うところを見ていて、哀しそうな目をしてはすぐにどこかへ行ってしまう。まだ時間を作って話したこともない。時々任務中に指示を聞いたり、伝えたりする際に話すだけだった。
俺にとって謎に包まれた女性。ある意味神秘的で魅力的な対象に見えなくもないが、案外、そういう人物は集団行動の中ではあまり良い印象を持てない。
他人とコミュニケーションをとらない。そう断言できるわけでもない。だからといって、心の内側を晒け出せる友達もいるわけではなさそうに見える。時折見せるあの目が、俺をどこか遠くへ誘うような気がして、同時に哀愁感を漂わせる。そして、最後に『孤独』の1文字を俺の胸に切り刻む。
就任式の日、同じエレベーターに乗った時から感じていた何かは、今もわからないままだ。
雨が降り続くある日のこと。俺は廊下で彼女とすれ違った。ほんの一瞬の気の迷いだった。俺は興味本位ですれ違った後、彼女の後をつけてみた。
レイズ本部は侵入者対策により、全通路が入り組んでいて、新入社員だった俺は1ヶ月間はナイトブレスで立体地図を見ながら移動したものだ。
俺は彼女を見失わないよう、同時に彼女に気づかれないように気をつけながら冷たいコンクリで出来た廊下を進んでいった。
神崎のいる医務室に近いところで彼女は休憩室に入っていった。俺はそれを確認したら、さすがに休憩室まで入ったら怪しまれるだろうと元来た道へ引き返そうとした。
だが、その俺を止める誰かが俺の肩をポンと叩いた。
「ヨッ!」
左手を上げて俺を呼び止めたのは結だった。
「何だよ、急に。ビックリすんじゃねぇか」
肩をすぼめた俺を見て、結はニヒッと微笑み、俺の耳元で小さな声で囁いた。
「穂村っち、あの子のことが気になるのカ?」
少しニュアンスの違う問いかけに俺は「違う!」と突発的に否定をしてしまった。ここでは「違う」と言っても差異はないが、心のどこかでそうなのかと自問自答してしまう自分がいることがわかると、やはり顔が赤くなってしまう。
「ヘェ~、ホントかなあぁ~?」
あからさまに煽る結に俺は「違うったら違う!」ときっぱり言って、その場を一目散に離れた。無駄に忙しそうに小走りで去っていった俺の姿はあの時彼女の目にどう映っていたかは俺は知らない。知る由もなかった。
日はそれから数日が経った。「炎の覚醒者」という物騒な言葉は記憶の彼方に姿を消し、依然と変わらない日々。それからも彼女をこっそりつける日が多くなってきていた。側から見ればただのストーカーに見えてしまうのも無理はない。だが、俺はそんなことを気にするよりも彼女のことが気になって仕方がなかった。
彼女についてわかったことが幾つかある。無論、それは後ろからそっそり聞き耳立てて得た情報などではない。他の機動隊、守、副隊長、それに結に神崎さんから聞いたのだ。
わかったこと一つ目。入隊直後にも聞いた話だが、彼女は誰もが認める超優秀女騎士であった。数えきれないくらいの功績を残し、バーサーカーと呼んでもおかしくないくらいだった。しかし、そんな彼女は熱狂的な戦闘はしない。どんな状況にもその冷たい表情を変えず、持ち前のレイピアを敵の弱点部分にひたすら突き続ける。彼女の戦い方は決して華麗なものではなく、一種の事務作業のような面影がどうしても見えてしまう。展開こそ盛り上がるだが、一つ一つの戦いには熱気は全くない。
そして、わかったこと二つ目。彼女、平井 恵美の父親はここレイズ本部の上級管理職に在籍する幹部だった。名前は相澤 藤五郎。彼女は母親を早くに亡くし、レイズ幹部である父親と一人の弟と三人暮らしを送っていたという。しかし、問題なのはその父親の重圧なるものが凄まじいのだという。父親、藤五郎も娘に引けをまったくとらない優秀な功績の持ち主で、ナイトブレスによる実践経験は浅いものの元自衛隊だった時の残り火がまだ彼には残っているらしい。優秀な父親に最強の娘。弟はよくわからなかったが、この一家は俺が想像していたよりも凄い一家であることがわかった。
さらにわかったこと三つ目、と行きたいところだったのだが、今の所残念ながらわかるのはそれだけだった。
これまでわかったことで1つ確認しておきたいことがあった。それは、彼女は父親からの重圧をどう思っているのか、どう受け止めているのかを知りたかった。俺みたいな凡人剣士が何を抜かすか?と門前払いを喰らうことを覚悟で聞いてみたい。
そんなことで、俺は今彼女がいる屋上へつながる入り口にいるのだが...
「こそこそ隠れてないで、出てきたらどうなの?」
変態ストーカーとも言われかねない俺に彼女は先刻話しかけてきたのだ。これまで追てきた俺に罵詈雑言なり、軽蔑の言葉なりを延々と浴びさられるのかと思うと、ここ数日の自らの行いを心のそこから反省してしまう。まるで、好きな女子と学校の階段ですれ違うと、どうしても振り返ってしまう男子なら誰でもよくあるあの現象の延長線上である。あの子ってこの時間ここ通るよね?と、あわよくば話しかけようとする希薄な望みを持つ。純情な男子達に告ぐ。嘘とは言わせないぞ。
だが、今俺は社会人だ。学生の青春の一時とまとめてはモラルというものに反してしまう。そう自分では理解している。
ではなぜ、俺は彼女について知ってみたいと思ったのか。その理由については俺にも詳しくは表現できない。単なる興味本意なのか。それとも権力ある者に近づいて地位向上を狙っているのか。もしかしたら、結の言う通り、俺は彼女に好意なるものを抱いているのだろうか...
どちらにせよ、これはチャンスだ。彼女にいろいろ正式に聞くことができる。本当に聞けるかどうかは俺の度胸と紳士的良心によるが,,,
意外にも使い古されたドアは綺麗に掃除されており、昨日取り付けられたのかというほど新品に近く感じられた。
ドアにもたれかかる左腕に力を入れて元の体制に戻る。
目の前に広がる郷愁を感じさせる夕日に向かって、彼女は立っていた。微かに吹く風が黒色の髪の毛をなびかせている。夕日に照らされ、黒色の隊員服はほのかに赤みを帯びている。少々短めのスカートからは柄にもなく色柄の下着が少し見えている。
ー おいおい、だめだろ、ピンクは。そこはやっぱ白でしょ。
俺の視線に多少なりとも気づいたのかぎっとこちらを睨んできた。
「ご、ごめんごめん。い、今のは、風が悪いんだよ」
俺の顔に浮かぶものを見ながら彼女は再度嫌悪感たっぷりの声で話しかけてきた。
「で、何がしたいの?前からこそこそ私を観察ばっかして。そういう趣味でもあるの?」
冷徹極まりない声がこれまでの俺の行いをズバリ言い当てそうな感じで怖い。実際はそんな趣味はない。ないよ。もちろんない。これだけ否定するところ、もう完全に認めたようなものだが。
バツの悪そうな顔をしながら俺はそれに真摯に答えた。
「いいや、そんなことはねぇよ。ただ、最近何かあんたの様子が気になってな」
「何それ?新しい口説き文句?」
「ちげーよ」
急いで否定する。
「俺たちが初めて実戦に出たときのこと、覚えてるか?」
その言葉を聞いた瞬間、彼女の表情が強張ったのを俺は見逃さなかった。だが、俺はそのまま話を続ける。
「あの後さ、あんたが本部でどっかのおっさんに叱られてるところを見かけたんだ。それで、その後から何かあんたの様子が変で。それで...」
「それで、私をつけてたの?」
彼女が俺の言葉を遮った。
「言っとくけど、あなたには全く関係の無い話。...弱みを見せない悲劇のヒロインにはなりたくないから先に言っとくけど、確かに私は今あることに悩んでる。それであんたみたいなヒヨっ子に気を使われるほど実戦に支障が出ているのなら、改善するわ。でもね、もしそうでないなら構わないで。あなたみたいなヒヨっ子にできることなんて何もないし、私は今を変えて欲しいとも思っていない。それでもあなたが干渉するならば...はっきり言って、迷惑よ」
彼女の目には涙が...無かった。もう、諦めているのか?
「さっきからヒヨっ子ヒヨっ子って、俺はな、」
「ヒヨっ子よ。炎の覚醒者かどうか知らないけど、あんまり調子に乗らない方がいいわよ」
目から発せられる冷凍ビームが俺の胸を貫通する。
彼女が悲劇のヒロインであることはもはや明確だ。そこはやはり主人公の俺が助けるのが道理ってものだ。でもしかし、俺にはそれができない。いや、させてくれない。なぜなら、それは、俺が彼女を助けるということは、結果的に彼女を傷つけてしまうことになる。そう感じてしまったからだ。
「話はこれで終わり。もう私に任務以外で話しかけないでね」
彼女は急ぎ足でこちらに向かってくると、俺を見向きもせずに隣を通り過ぎ、階段を降りていった。
「おい。あんた、それでいいのかよ。あんたが何に悩んでるのかわかんないけどさ、俺にもできることがあんだろ?」
俺の不親切な呼びかけに彼女はついに声をあげて怒鳴った。
「だから、あんたには関係無いって言ったでしょ!あんたに出来ることは何もない!...ただ、それだけよ」
今度こそ、彼女の姿は見えなくなった。階段下から聞こえる足音が聞こえなくなるまで、俺はその場から動けなかった。
5話 独走する孤高のエンジン を読んで頂き誠にありがとうございます。
ストーカー穂村 仁はあっさりフラれちゃいましたねwそれにしても恵美も恵美で冷たい気もしなくもないですね...。
次話、6話 消失した強欲なるガソリン は明日(1/31)となります。
先ほど言った通りあっさりフラれちゃった仁君。そんな彼を邪険にした彼女は、そう邪険にするほど余裕ではない?
次話以降もよろしくお願いします。