45話 非情
隊長の悲痛な叫び声と共に、守は姿を消した。金色に光輝く光線が通り過ぎた後、そこには誰もいなかった。いるはずもなかった。
黒マントの怪物が放った光線に飲み込まれた守は一瞬にして消えていったのだ。
受け入れられない事実に俺を含む全員が驚愕する。
「なん…で…?」
光線を放った二本の光剣を先ほどと同じように宙に振り回し肩に担いだ。余裕の微笑を浮かべたその顔が次は俺たちの方に向く。
ふと守がいた場所を見る。
そこには見覚えのあるものが一つ残っていた。
ー あれは…ドラキュレーター…!
紺色のボディに銀色の装飾をつけているそれは、守が使っていた(正確には俺と守が練習で使っていた)ハンドガンだった。
地面に転げ堕ちたそれは虚しく一人で突っ立っていた。
迸る怒りの感情が俺を一歩一歩前に足を進ませる。
「テメェェェ!!!」
全力で駆け出し、剣を奴に突き刺す。
だが、それよりも先に奴は体をぐにゃりと曲げて華麗に避けた。
さらには剣を振り回して俺の動きを牽制してきた。
「うぐっ...」
腕を交差して防御の姿勢に入ったが、少なからずダメージを受けた。
そして、微かながらにも肉体にも傷が入っていた。
ー 痛ってぇ...
切り傷にも似たそこからは大粒の血が溢れていた。
いつからか、俺たちはこれが仮想の戦い(ゲーム)だと勘違いをしていたのかもしれない。機動隊に至っては、それはゲームである前に、ただの殺し合いであることを。そして、ダメージを受ければHPが減るだけでなく、実際の肉体をも侵食することを。
俺はよろけた体を利用して、足元に落ちていたドラキュレーターを拾い上げる。
自動的にオブジェクトの所有者権限が俺に付与される。
それを確認すると同時に、すかさず銃口を奴に向け、引き金を引く。
発射された3つの銃弾がマントをかすめる。
またしても奴は華麗に避け切ってみせたが、HPが減っていることに変わりはない。守が命がけで削ったHPをそうやすやすと回復させるわけにはいかない。
奴が緑のエフェクトに包まれる前に、次の一手を打ち込まなければ、最悪の結果となる。
右手に持った剣を左腰に持ってきて突進する。
左上から右上に切り上げる、片手剣スキル『エクスプロア』を放つ。
怪奇に蠢く道標を予定通りに切り裂く。瞬時の不意打ち、高速移動の積み重ねによって、俺は奴に大きなダメージを与えることができた。
続けて無我夢中に第2第3の攻撃を放つ。スキルなど遠くの昔に詠唱を忘れていた。片手剣スキル『エクスプロア』の発動を機に俺は一切スキルを使わず、がむしゃらに剣を振り回していた。
そんな攻撃が当たるはずもなく、華麗に避けては次々と追い討ちをかけられる。
ー これ以上は...俺も...
そんな俺の状態を察知したのか、どこからともなく4本のクナイが飛んでき、奴の体をえぐった。
「仁!逃げるんダ!」
結衣の声が後方から聴こえてくる。
「でも...俺たちはどこに...逃げればいいんだ!!」
俺たちを送ってきたヘリは、神崎が打ったミサイルにより撃墜された。飛行オブジェクトなんてものはナイトブレスでは作れない。
つまり、この状況から脱出するには奴ら全員を倒すしかないのだ。
だが、次に結衣が放った言葉はそうではなかった。
「さっきから救助ヘリを呼んでたんダ。もうすぐ来るから、それまで待っテ!」
結衣のこれまでになく必死な言い草。仲間が死んで動揺しているのだ。
かく言う俺も正気の沙汰ではなかった。今にも頭から血が吹き出そうな勢いであることに間違いはない。
だからこそ、今は冷静にこの場をやりとげるしかないのだ。
「わかった!」
そう言って俺は奴から大きく間合いをとった。
そのとき、奴がぼそっと何かを呟いた気がした。
「今...なんて...?」
問いかけるように口に出してみると、奴は次は俺にも聞こえる声で発声した。
『オマエ...キエル...オコッテイ...ル』
「どういう意味だ?」
すると奴は剣をデコンポーズした。
「...?!」
なぜ急に武装を解除したのだろうか?もしかしたら、奴は敵意・戦意がある者のみを対象に攻撃するのではないのか?
奴のことは神崎でもわからないと言っていた。そんな奴が側にいてなぜ襲われなかったのか、ずっと気になっていた。もし、俺の予想が正しければ、奴を攻略する方法はいくらでもあることになる。
だが、俺はまだ剣と銃を両手に握り占めたままだ。これで戦意が有るか無いかなんてものは到底把握できない。
一体、奴はどうやって俺の感情を読み取ったのだろうか?
謎が謎を呼ぶこの正体不明の怪物を置き去りに、俺はその場をゆっくりと離れた。
俺に追いてくるように恵美と結が走っている。
そのとき、ふと思った。
ー 隊長は?
彼女がいないことに俺は気づいていなかったのだ。
守の死を目の前にし、好意を寄せていた人物を永遠に失ってしまった。
その悲しみは俺にはまだわからないでいた。だが、それが途方もなく悲しく、堪え難い事実であることはわかっているつもりだった。
後ろを振り返ると、そこには腰が抜けて地面に座ったままの隊長がいた。
「隊長!!早く!!」
だが、その言葉は彼女には届かなかった。
呆然とただ黄土色の空を眺めていた。目には大粒の涙が今でも流れている。
そんな彼女の周りをモンスターらが囲んでいく。
「隊長!!!!!」
最後の力を振り絞った叫び声に彼女はようやく反応した。
「...あっ...あっ..」
泣きすぎて声が出ないのか、ろくに声も出せなかったが、それでも彼女が何がしらの行動に出ようとしているとわかった。
すると、隊長を助けるために、結衣が先陣をきって振り向く。
「私が行ク!みんなは向こうに行っテ!」
今は判断している暇はなかった。
首を縦に振ると、俺と恵美は結衣を背に走っていった。
遠くで結衣が隊長の周りのモンスターを蹴散らす衝撃音が鳴っているのがわかる。
さすがは『風の覚醒者』だけある。一本のクナイで複数のモンスターを撃破していった。
結衣は自分の肩に隊長の腕を回すと、ゆっくりと立ってこちらに前進した。
ー よし、これで大丈夫だ...
同時に全員のナイトブレスに緊急コールが入る。
『こちら第4ヘリコプター!こちら第4ヘリコプター!第一機動隊、応答願います!』
救助のヘリが来たのだ。
やはり予想通り、予め組織されていた援護軍は神崎の仕業により違う場所に向かっていたそうだった。
俺はヘリの操縦者とのコンタクトをとると、急いで着陸するように頼んだ。
『わかりました!...でも、ちょっと天候とかもありまして...早めにお願いします!!!!』
「わかった」
単純なやりとりを終え、俺は恵美と一緒に着陸場所付近のモンスターを一斉に狩った。
片手剣範囲技『グローバル・スクエア』から始まり、恵美の鞭スキル『シャウトライト』が炸裂する。
攻撃を受けたモンスター達は次々に消えていく。
だが、数は一向に減らなかった。無限に湧出するプログラムがなされている機械がどこかにあるはずなのだが、今はそれを探す余裕はない。
結衣と隊長が俺たちの元に到着するまで、俺と恵美は全力で敵をなぎ倒していく。
数分後、ようやくヘリが見え、着陸態勢に入った。
さらには、結衣と隊長までもが到着し、俺たちは急いでヘリの元へと向かって行った。
「結!大丈夫か?」
「アァ、大丈夫サ...うん......」
なぜか最後に言葉を詰まらせた彼女に少し不安を抱く。
「どうしたんだ?」
だが、結は首を横に振り、真剣な表情で次の指示を促した。
「早くヘリに乗るんダ!」
「あぁ」
全身の力が抜け、喪失状態にある隊長を抱えてヘリのハッチへと向かう。
だが、強い風と、次々と襲ってくるモンスターの群れに俺たちは焦りを覚えていた。
『急いでください!!このままじゃ全員ここでおさらばですよ!』
操縦士が急かすように叫ぶ。
「わかってる!」
俺たちはモンスターの牽制をしながらヘリに乗り込む。
その時だった。
どこからかわからない、遠く離れたところから、一本のクナイが飛んできて、結の右肩を貫通した。
「結!!!!!」
急なダメージによろける結。右肩を手で押さえてはいるが、そこからは大量の血が流れていた。
「結!」
「結ちゃん!」
恵美と俺が必死で手を伸ばそうとする。
だが、突然ヘリの体制が傾き、その手は宙高く飛んでしまった。
45話 非情 を読んで頂きありがとうございます。
次話、46話 NIGHT は、明後日(3/30) 予定です。
『Night』編、それは真実の物語。
次話以降もよろしくお願いします。




