38話 悪夢のような朝焼け
目が醒めると、俺は自室のベットに横たわっていた。見慣れた真っ白なシーツが俺の体を優しく包んでいた。
時計を見ると、針はまだ5時を指していなかった。だが、外はやけに明るく、小鳥のさえずりが聞こえてきそうだった。
ー さっきまで見ていたのは...夢だったのか?
夢と現実との境界線がわからんなくなるのはいつものことだった。だが、さっきまで見ていた夢が俺の胸の内に粘り着くように残っていた。それが不安で不安で、仕方がなかった。
空から差す朝日はまだ紺色を残していた。太陽は完全には出てはいなく、体を起こすには不十分な光量だった。
俺は慣れた手つきでシーツをどかすと、霞んだ視界をかき消しながら、ゆっくり立った。
冷たい床が足裏にひたひたとくっつく。その冷たさがひどく痛く感じる。
壁に設置された照明ボタンを右手で押す。
一気に明るくなった部屋には、もちろん俺一人だった。でも、さっきまで誰かがそばにいたような気がしてならなかった。
寝ぼけ眼の顔をしているであろう俺は、そのまま洗面所へと向かった。
そして、そこにあった鏡を見て俺は驚いた。
「俺、泣いていたのか...?」
午前9:00、第一機動隊はレイズ本部を専用のヘリに乗せられ、目的地へと旅立った。
俺たちはヘリに揺られながら、二時間もの間自身の調整を行なっていた。
俺はそのときになってようやく朝食を摂った。朝はあまり食欲がなく、食堂には行かずに部屋でずっとナイトブレスの調整をしていた。
そんなところに、里香がやってきて、いつもの口調でこう言ったのだ。
「もう、先輩らしくないですよ」
言葉の裏には、確かに俺を励まそうという彼女なりの想いが込められていたのを俺は知っていた。だが、俺はそれにも応えられずに今日の任務に出動してしまった。
帰ったらまたいつもの呑気な先輩にならなきゃと自分で自分を律する。
アイテムストレージには、回復リキッドを20個と回復メソッドを20個入れていた。
回復リキッドは、使用するとHPが回復するというものだ。実際の体は回復はしないが、特殊金属の耐久度DEFは回復するのだ。
そして、回復メソッドは、使用すればスキルゲージが上昇する。スキルを使用するには、一定のバースト値が必要になる。それはスキルゲージとして左端に表示され、0になるとスキルがしばらく使えなくなる。
これらの仕組みはやはりゲームから導入されたものが多い。
今の時代、警察までゲームのシステムに頼っているのでは、これから先の人類は進歩しなさそうだ。
次世代型MRデバイス『ナイトブレス』は、現行のARメガネや装着型のVRヘッドギアの問題点と利点を兼ね備えた夢の機械と言われている。
世界各地で起きた大災害ポータルナイトの復興支援として急速に普及したナイトブレスは、今や誰もが持っていて当たり前のデバイスと化した。25年まで使われていたスマートフォンは急速な売り上げ低下を記録し、世界の大手スマホメーカーはそのほとんどが倒産した。
ナイトブレスにはメッセージ機能が付いている上に、ピンポイントにしか音を伝えないスピーカー『ワンセンテンススピーカー』も搭載している。そのため、携帯の代わりにもなっていた。ナイトブレスのディスプレイは基本的にスマートフォンのそれと酷似していて、操作性はスマホと同等もしくはそれ以上だった。
ナイトブレスに搭載されているアプリは無数にある。その中でも今一番人気を誇っているのが、新感覚MRMMORPG『ナイトカーニバル NIGHT CARNIVAL』だった。
プレイするには、毎月2000円程度の利用料が必要となり、最初はユーザーは少なかった。だが、大手スマホメーカーの中で唯一残った企業『レイズ』が開発企業を残りの資金を全て使って買収した。一世一代の大勝負に出たというわけだ。
そして、その勝負に会社は勝利したのだ。
なぜレイズがここまで独立して国家機関として大成している理由がここにあるとも言える。世界有数のIT企業となったレイズは、研究者を総動員して特殊金属の開発に成功。その功績を利用し、警察の上位機関を作り上げた。
今となっては、追加アプリが続々と配信され、この世界はまるでRPGの世界にでも風変わりしてしまったのだ。
俺はそんな世界が好きではなかった。でも、いざその世界に入ってみたら、そこまで悪いものでもない気がしていた。これまで仮想のものだったものが現実に現れる。これまで経験できなかったことが経験できるようになる。
子供騙しのゲーム機では置いておけない、この先の地球の未来を左右するデバイスであることは一目瞭然だった。
隣で結がナイトブレスを執拗にいじっている。何か打っているのだろうか?
「なぁ結、何してんだ?」
普通はナイトブレスのディスプレイは使用者本人以外はもやが掛かって見えない仕組みになっている。これを一般的にプライベートウィンドウと言う。
「あぁ、これカ?『X-talk』ダヨ」
「『X-talk』?なんだそれ」
聞き慣れない言葉につい首をかしげる。
「知らないのカ。これ最近結構流行ってるチャットアプリなんだヨ」
「チャットアプリって、誰かの知り合いと話しをするのか?」
結は首を横に振る。
「いいや、その反対。全く知らない誰かとチャットをするんだヨ」
俺はそんな恐ろしそうなものをよく使う気には慣れなかった。
「よくそんなものを使うな。...で、今何話してんだ?」
俺はただ興味本位で聞いた。
だが、結はめずらしく恥ずかしがって顔を違う方へ向けた。
「嫌ダ。女の子のプライベートに関わるのは厳禁ダゾ」
こいつに女の子としての素養や態度があるかないかと言われれば、これまで男子中学生のようなことを共にやってきた仲間としては、素直に納得はできそうもなかった。
だが、結も一応は女子なのだ。年齢は俺よりも下だし、まだ恋をしている最中でもおかしくない。まだ青い時期でもあるのだ。
そんな子が軍隊のようなところに所属しているのもまた不思議なことだった。労働基準法とやらは一体どこへ行ったのやらと呆れる。
「そっか。また聞かせてくれよな」
「仁が覚えていたらナ。今いいトコなんダ。邪魔しないでくれよナ」
重要な任務の直前とは思えないことのアバウトさが、俺の緊張を和らげる。
ヘリから見える景色はいつの間にか金色の世界になっていて、生き物一匹いないのを明確に表していた。
イクリミナル砂漠。ここがそう呼ばれている由縁を知っている人はここにはいない。日本で数年前までは鳥取砂丘と呼ばれていたここは、ポータルナイトが起きて以降、カタカナ読みのこの言葉で言われるようになった。今や有名カフェ店や人気ファーストフード店も点在するのだから、鳥取も進化したと言える。
二時間の空の旅を終えた俺たち第一機動隊は、着陸態勢に入った。
ナイトブレスを軽くフリックし、防具と武器を召喚する。白い線が体を覆い、服をかたどっていく。腰には鞘に入った剣がうっすらと現れ始める。
俺の身に着ける防具『ブラック デナイ フロストコート』は耐熱の服になっており、特殊金属を使用しているにもかかわらず、触感は本物の衣服のようで、耐久性は抜群だった。だが、耐熱性に優れた服など普通の人には必要がなく、ガラクタとなって倉庫の奥に仕舞い込んであったところを俺が見つけたのだ。
そして、腰に携えられている青い剣『スカイソード』はアシスタントの里香のオリジナルの俺専用の武器だ。唯一現実の耐熱性に優れたオブジェクトになっていて、俺はこれ以外の武器は使えないことになっている。
恵美は赤い細剣『マッドネススピアー』を、守は金色の装飾が入った長剣『グランドオーダー』、結は胸ポケットや太もものポケットに無数のクナイを装備している。副隊長は背中に大斧『ランドブレイカー』を、隊長は腰に名刀『三鶴城』を携えていた。
万全を期した俺たちは、ヘリが地上との間の距離を縮めたのを合図に急いで飛び降りた。
縦横無尽に飛び散る砂嵐が視界を遮る。
11:00、予定通り第一機動隊は目的地であるイクリミナル砂漠に到着した。
38話 悪夢のような朝焼け を読んで頂きありがとうございます。
イクリミナル砂漠に到着した仁たち。彼らに待っていた任務は一体どう結末を迎えるのか?ここからはNO解説でお送りいたします。
次話、39話 金世界に誘われて は、明日(3/18) となります。
『Night』編、それは真実の物語。
次話以降もよろしくお願いします。




