4話 炎の覚醒
17:40をもって、作戦を開始する。
作戦内容は以下の通り。到着がまだの第三機動隊を除き、現場入りしている第一機動隊、第二機動隊で作戦は遂行される。第二機動隊は人質を中心とし、各周辺のコンテナに配置する。第二機動隊の副隊長の奇襲に合わせ、第一機動隊が前方、後方から追い込みをかける。第二機動隊は背後から第一機動隊隊員に特殊効果をかけていく。
ここまで完璧な作戦を数分で建てた隊長は流石としか言えない。
しかし、人質に関しては何の対策もされていなかった。第二機動隊がそれについては対処するらしいが、俺が言うのは何だが、あまり期待できない。
俺は守達のそばで待機していろと命じられた。残念だが、そうするしかない。つい数週間前までただの大学生だった俺には隊長が言う通り、荷が重すぎる。
広大なコンビナートを大量に有するA地区のコンビナートは碁盤の目になっていて、さらに似たようなコンテナが規則正しく並んでいるため、俗に「迷いのコンテナ」とも呼ばれている。
CODからの通信が入る。
「こちらCOD。現在、巡回中の警備員と犯人グループの1人が第三機動隊の近くで交戦中。第三機動隊は直ちにそちらの沈静化を」
オペレーターの指示を聞き、第三機動隊の隊長が「了解」と返事をした。
まずいことになった。敵に警戒心を持たせてしまった以上、奇襲とまではいかないからだ。犯人グループには既に情報が届いているだろう。場合によっては、拠点を変える可能性がある。
A地区のコンビナートは最近使われていない区域が多く、よく裏取引に使われているらしい、と以前飲み屋のオッさんから聞いたことがある。犯人グループはもう使われなくなったコンビナートの1区域を拠点としているらしい。
最初の通報は人質の友人からのものだったらしい。すぐにはわからなかったらしいが、携帯端末のGPS機能が幸い働いていたのを幸運に場所が判明したのだ。
しかし、犯人グループが少々厄介であるということが後にわかり、機動隊出動となった。
俺は他の奴らの邪魔にならないように少し窮屈な体勢になって後ろに下がった。丁度守が壁になって向こう側があまり見えない。
隊長が作戦開始までの時間をカウントダウンする。
「作戦開始まで、10、9、8、7、6、5、4...」
実践を見るのは初めてだった俺たち3人は言わずもがな、緊張をしていた。
「...3、2、1。GO!」
隊長の掛け声とともに第二機動隊が初期の予定通り動き出した。
閃光弾がグループの真ん中に投げ込まれ、地面へと着地した瞬間、眩い光を放った。光は放射上に伸びてゆき、周辺コンテナを真っ白に塗り替えた。
対閃光弾アビリティをあらかじめ掛けておいた守達はすぐさまグループに向かって行った。続いて第二機動隊が後を追う。
見事な手際で犯人グループを1人ずつ取り押さえてゆく。と、思ったその時...
「残念だったな!国家の犬が!人質はこっちだよぉ~」
第二機動隊がグループの中心にいた人質らしき人物を注視する。しかし、そこには普段着を着たホログラムの人間がいた。
ー しまった!罠か...
突然、ホログラムによって作り出された偽の人質が閃光弾と同じく光りだす。
「しまった!これは、無力化スタンだ!」
隊員の1人が注意を促したが、一歩遅く、無力化スタンなるものは第二機動隊、そして俺を除く第一機動隊のど真ん中で発動してしまった。
「シュゴォォーーーーン!!」
再度閃光が放たれると、次に俺の視界に入ったのは、地面に無様にも倒れる機動隊の姿だった。
「ハッ!ハッ!ハッ!!無様だなぁ、テメェらぁ!機動隊か何か知らんが、あんま舐めてっと痛い目見るぜぇ~」
犯人グループのリーダーと思われる男が豪快に高笑いをしている。
俺の記憶が正しいならば、無力化スタンは確かナイトブレスによる特殊効果、武器召喚能力などの全機能、さらに肉体を痺れさせることで個人差はあるが、一定時間相手を動けなくする物だったはず。無力化スタンは正式名称、Nスタングレネードと言う。
食らった隊員達は身動きできずにいた。守は愚か、平井恵美や副隊長、そして隊長までもが動けていない。
見事に形成逆転されてしまった。ここまで圧倒されては勝ち目はないのかもしれない。いいや、自分がそんなこと思ってはダメだ、と自分で律す。
ー キツすぎる。俺は運良く効果範囲の外いたから食らってはいないけど...。この場合は応援を読んだ方が良いのか?
すると、リーダーが話しだす。
「ここまで無様だと警察も面目ねぇな。...じゃあ、俺たちの取引を見ちゃったこいつと、俺たちを邪魔してくれたお前達には、ここで死んでもらう!」
リーダーは人質の女性の首にナイフを突きつけると、右手の自身のナイトブレスを操作し始める。
『リアライズ、レッドスローター』
ナイトブレスから電子音が流れる。レッドスローター、軍事利用されている対軍用カスタマイズモブ。圧倒的な攻撃力を持ち、力を貯めれば瞬間移動をすることができる恐ろしいモンスターだ。
リーダーは思わず溢れるニヤニヤを止めようともせず、右手を前に突き出す。
「グウォォォォォォォォォ!!」
獰猛な機械音が鳴り響く。遠くにいる俺でさえも全身の毛穴が驚きのあまり全開してしまうほどだ。
思わず身震いをしてしまった俺の目に映ったのたいかにも強そうなモンスターだった。空中に浮遊した逆転させた円錐のような巨体は、両手が大きな剣になっていて、背中には多数の銃口らしき穴が空いている。白をベースにした円形の板が何層にも重なったかのような機体に金色の豪華な装飾らしき模様が描かれている。
もう自分には太刀打ちできないことは明確であると、その姿は語っていた。
レッドスローターは赤いエフェクトを体に纏い、攻撃準備にかかろうとする。
ー どうする?俺!...助けないのか?逃げるのか?...他に方法は無いのか?
初めてのことに足がすくんでしまう。目の前には自分を殺しかねない兵器がある。そのことに対する恐怖が胸を締め付け、自然と呼吸が苦しくなる。手から汗が吹き出し、これまでになく体温が上昇していくのがわかる。
「そ、そうだ、初陣なんだ、これ。しょうがない。こ、こんなの、初期に出てきちゃいけない展開なんだ。そうだよ。運営に報告しなきゃ...。リ、リセットしてもらおう。ログアウト、ログアウトしなきゃ..」
混乱する意識の中で、俺は必死に言い訳をしていた。自分が初陣であるから。そんなに強くないから、ここで庇っても役に立たないから行かなくて良いやと。そんなことに甘え、現実逃避してしまいたくなる。それは、俺よりも危機に瀕しているあいつらが1番感じてるっていうのに。
当然、ログアウトなんてできない。今いるこの世界が現実世界で、俺にとって受け入れなければいけない真実なのだから。
「俺、俺は...」
どうして俺はここに入ろうとしたのか。改めて考えた。
ー 人を助ける為...
いいや、そんな綺麗事で俺はここを志望してはいなかった。ただ、子供の頃に夢描いた正義のヒーローに、なりたかっただけだった。自己満足に浸って、鏡に映る騎士のような姿の自分を見るのが楽しいだけだったのだ。醜く、愚かで、いざという時は足がすくんで一歩も踏み出せない。自らの危険を冒してまで戦いには興じない。だけど、カッコイイ自分は維持し続けたい。そんな自分。
言い訳の中で生まれたもう1つの自分にその心を完全に委ねてしまいたくなる。
ー そうじゃない。そうじゃないんだ。
そんな言葉がどこから聞こえたのか俺は知らない。今の現状を打破できる策を講じた訳でもない。力を溜め続ける前方の殺人兵器を倒せることなんて微塵も思えない。
だが、俺はその時、臆病な一歩をなぜか踏み出していた。今でも思い出せない。
逃げ惑う、臆病で、情けなくて、愚かなもう1人の俺がその一歩に重くのしかかる。
頭が真っ白になる。何も考えられない。正義という綺麗な新しい言い訳を悪用して、俺は始めの一歩を踏み出す。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
がむしゃらにレッドスローターに突っ込んでゆく。右手のナイトブレスに手を当て、使えもしない新品の鉄の剣を召喚し、巨体に降りかかる。
「カツン!」
俺の攻撃はいとも簡単に弾き返され、のけぞってしまった。
「穂村!何をしている?!!!」
副隊長がこれまでにない大きな声で俺の名前を呼ぶ。
「穂村隊員、早く逃げなさい。あなたじゃ無理よ!」
隊長が残りの力を振り絞って叫ぶ。
だが、真っ白になった頭に、そんな言葉は届かない。ただ、剣を振り続けることしかできなかった。
「カツン!...カツン!」
全て弾き返され、ついに俺は尻餅を着いてしまう。手の震えが収まらない。呼吸は激しくなる一方。
「何コイツ。雑魚過ぎない?やっちゃえ」
リーダーが無慈悲に俺を指差すと、レッドスローターは両手の剣を交差させ、物凄い勢いでこちらへ向かってくる。俺の首をぶっ飛ばしに来るのだ。
死ぬのか、俺。そう思った途端、頭の中が赤く染められてゆく。
ー 血の色...
死の象徴が俺を包んでゆく。
ー 違う。それは炎の色だ。
どこからか声が聞こえる。地面から唸るような、力強い声。
体が熱くなってゆく。炎が体を包んでいく。そんな感覚に、俺は......
そのあとの記憶は俺にはない。
目の前に颯爽と現れた黒の軍隊服を着た男に場は一瞬静寂に包まれた。
仁はスチールブレードを召喚すると、スキルをレッドスローターに打ち付けてゆく。周りの声など一切聞かず、ただひたすらに打ちまくる。
呆れた犯人グループのリーダーは、レッドスローターに仁を殺せと命令する。両手が大きな剣のロボットは目を光らせ、炎エフェクトを出しながら仁に向かって突進してゆく。
『クロススラッシュ』
リーダーらしき男の腕に巻かれたナイトブレスからスキル名が発せられる。
空中に浮遊したレッドスローターはその大きな体をいとも簡単に動かし、尻餅をついて動けない仁のところへ凄まじい速さで移動した。
2つの大剣が仁の首を掠めようとする。プログラムよって動くホログラムロボットはその手順を、プログラム通りにこなそうとする。
しかし、その瞬間、
「ジュ、バァーン!!」
仁の前で無数のポリゴン粒子が空中に散らばってゆく。同時に、紅く燃えたぎる炎のエフェクトがレッドスローターの両手の大剣を粉々にしてゆく。
機動隊の全員が唖然とする。言葉を失い、目の前の出来事の理解に集中する。
仁が無意識に振り上げた剣が豪炎を纏い、感情を持たぬレッドスローターの動きを止める。
「な、何が起きてんだぁ?」
リーダー、並びにその周りの残党がざわつき出す。
「ハァァ...」
仁の口から白い息が漏れる。季節はもうすぐ夏に差し掛かる。それなのに、仁の周りは白い湯気を放ち、灼熱を広げてゆく。何の変哲もないスチールブレードは今にも熱で溶けそうだった。
炎を纏った剣を顔の前に降ろした仁の瞳孔は真っ赤に染まり、その先に見つめるのは白い巨大物体。
何のスキル発動もせず、体に炎を纏う仁の姿はまるで龍のようだった。
仁は剣に吐息を吹きかけると、猛スピードでレッドスローターに接近した。そして、一突きでレッドスローターの硬い装甲を貫いてしまった。
「グウォォォォォォォォォ!」
レッドスローターが悲鳴を上げる。
「グウォォォォ...」
だんだん力を無くしてゆき、遂にその姿を消失させてしまった。
「一撃?」
冬美が思わず呟いてしまう。自身が見たこともない速さで部下が敵を圧倒したのだ。
「う、嘘だぁ。や、やれぇーーー!」
切り札であるレッドスローターをあっさり倒された男は慌てて残り2体のレッドスローターを同時召喚する。
「グウォォォォォォォォォ」
「グウォォォォォォォォォ」
2体レッドスローターが怒号を上げる。先程やられた1体の分まで叫ぶ。そのどれもが機械音で耳が痛くなる。
しかし、仁は何の動揺もしていなかった。依然と口から白い息を吐き、燃ゆる鉄剣を地につかせている。
1体のレッドスローターが目からビームを出す。赤い閃光が仁に向かって飛んでいく。
だがしかし、またもや仁は人間離れした動きで、レッドスローターが放ったビームを剣で水飴のようにかき集めると、狂ったかのような勢いでレッドスローターに打ち返す。
弾き返されたビームは球状になってレッドスローターに激突した。
「グウォォォォ!」
頭上に表示されたレッドスローターのHPが限りなく0に近くなる。最後の力を振り絞り、レッドスローターは片腕の大剣を仁に向かって飛ばす。
と同時に、もう一体のレッドスローターが力を溜めて、瞬間移動する。
仁に背後に回り込んだレッドスローターが仁に斬りかかる。そして、前方からの剣が仁を捉える。
だが、狂乱の騎士はその攻撃を難なくかわし、レッドスローターの放った大剣を左手で持つと、後方のそいつに斬り込んだ。腹わたをえぐるように斬り込まれた大剣はレッドスローターを真っ二つに切り裂く。
「グウォォォ......」
悲鳴にも似たその声はそれまでの勢いを失い、体はチリジリになる。
間髪入れず、仁は左手の大剣を捨てると、左手に炎の球を作り出し、大気中の全ての窒素をその手に取り込み灼熱の一撃を放った。
仁の手から上へ激しく投げれた炎の球は上昇したかと思えば一気に低空飛行し、確実にレッドスローターに向かってやってくる。そして、コンマ何秒かのうちに最後のレッドスローターの体を貫通し、炎の球はその姿を消した。
対軍用カスタマイズモブ、レッドスローター。その脅威は軍の中では有名だった。しかし、その凄まじいロボットをある男が三体も一気に蹴散らしてしまった。
「ヒィ...、そ、そうだ。こっちには人質がいるんだ。おら、そこを動くな!」
テンパるリーダーは人質の女性の首に当てたナイフを持ち直し、脅しをかけた。額には汗が垂れ、ナイフは小刻みに震える。
だが、怯える男のことなど意識もせず、仁は高速で移動すると、燃える剣を男に向かって振りかぶる。
「ヒヤッ!や、やめろぉーーーー!」
男が絶叫する。
仁の剣が男を切り裂こうとしたその時、
「ピシューーーン!!」
仁の体に三本のクナイらしきものが仁の体に突き刺さる。
途端、仁は体制を崩し、その場に倒れこむ。
一同が展開についていけず、口をポカーンと開けてしまっている。
「今のは、何だったんだ?」
守が問いかける。しかし、誰もその答えは知らなかった。よって、誰もそれに答えることはできなかった。筈だった...
「今のは麻酔クナイダ。死にやせんヨ」
聞き覚えのない声に守や恵美は辺りを見回す。
仁の体を包むように風が吹き、その中から1人の少女が現れた。
彼女は左手にクナイを持ち、白のマフラーを首に巻いている。黒の忍者服のような上着に短冊に分かれたスカートが風吹かれ、波をうつ。
「結!あなた...」
隊長が驚いた顔で彼女を見つめる。
「久しぶりっスね。フユミン!」
隊長がその呼び名で呼ばれると、途端に顔が赤くなる。
「結、何をしに来たの?」
不服そうに冬美は結と呼ばれた彼女に尋ねる。
「タダ、アタシ以外の覚醒者を見つけたから、よしよししてあげようと思っただけダヨ」
そう言って、彼女は怯える男に向かってクナイを投げる。
「シュキーン!」
瞬足で男の服を貫き、その勢いで男を側のコンテナに叩きつけたクナイは、ナイトブレスで召喚したものではなく、正真正銘、クナイだった。
結はそっと、倒れこむ仁に寄ると、
「炎の覚醒。風の覚醒とはまた違うもの。君みたいな男の子が覚醒者でホッとしたよ」
と呟き、風の如く消えていった。
スタン効果が切れた隊員が急いで犯人グループの男を取り押さえる。
そして同じくスタン効果の切れた守が一目散に仁のところに駆け寄る。
「仁!おい、仁!!」
守の必死の呼びかけに仁は無反応だった。いつしか手に持つ鉄剣を抱く炎は消え、仁の目には元の黒さが戻っていた。
続いて第三機動隊が遅れて到着し、人質を救出。事態は解決の方向へと向かった。
ー レイズ本部 重要会議室 ー
「一体どうなっているのだ!」
「2人目の覚醒者だと?!」
「信じられん。1人でもこちらでは収束が付かんのに、2人目ともなればどうなることやら...」
数個のライトに照らされた会議室にはレイズのトップの幹部が座っていた。
その中心に座る髭の生えた男が口を開ける。
「まぁ、待て。こうなることは予測できた。わかるだろう。なら、やることは一つだ。いいな?」
厳格な声にこれまで騒いでいた他の幹部達が一斉に黙る。
「御意」
口々に幹部達が御意を口にする。彼の言葉には大きな力が働いていた。
「チッ...」
と同時に彼が舌打ちをする。
「穂村 仁。2人目の覚醒者。注意すべき人間だな。恵美に悪影響がなければいいのだが...」
彼が見つめる仁の履歴書には、何故か大学よりも前の経歴が書かれていなかった。
4話 炎の覚醒 を読んで頂き誠にありがとうございます。
仁がとうとう厨二病を発症してしまいましたねw(嘘)そして突然現れた謎の少女。
次話、5話 独走する孤高のエンジン は明日(1/30)となります。
初任務は無事を終わりを告げた。しかし、仁には一つ気になることがあった...。
次話以降もよろしくお願いします。