35話 さすあね
放たれた銃弾は予定していた場所から大きく外れた真っ黒な床に転がっていた。しばらくすると銃弾はその実態を消失させた。俗に言う『オートデコンポーズ』である。
実態を持たない銃弾は、発射されたオブジェクトから一定時間離れた状態になると、自動的に消滅するのだ。しかし、その一定時間内に再度、何者かが触れると『永続オブジェクト』となり、逆に破壊不能なアクセサリーにもなるのだ。
そのせいか、ナイトブレスにおける銃弾は攻撃用のものではなく、ファンションなどに使われることが多い。
つまり、射撃の練習を熱心にする奴なんてのは、根っからの銃オタクか、あるいはこいつみたいな脳筋かのどれかなのだろう。
「あちゃぁー。やっぱミスったかぁ...」
頭を掻きながら恥ずかしそうにこちらを向く。
「いやいや、ミスじゃないから。完全に外してるから。強いて言うなら、銃を選んだことがミスだろ」
「おいおい、そんなこと言ってくれるなよ相棒」
銃を腰のホルスターにしまいながら喋る守。
「確かにあいつはすげぇけどな。お前にだって、お前だけの特性ってものがあると思うぜ。折角なら、そこをもっと大切にしろよ」
そんな守にご最もなことを言ってみる。
だが、それが間違っているのかもしれないと思ってしまう自分もいた。
ー 俺は、自分の信じたことで誰かの夢や希望、可能性を摘み取ってしまうのじゃ...
そんな考えが俺に一抹の不安を与える。
「ん...まぁ、そうかもしれねぇな」
残念そうな顔の守の顔を見るのは久しぶりだ。いつも元気100%の守だからこそ、こういうときの彼は一層寂しく見えてしまう。
だが、一体銃がどれだけ難しいのかどうか、次は自分が興味が湧いてきた。
「なぁ守。ちょっとそれ貸してくれねぇか?」
そう言って青色の銃を指差す。
すると、守の表情はパッと明るくなり、また無邪気な少年のような顔に戻った。
「おぉ!!仁も銃に興味が湧いたか?!さぁさぁ、試しに打ってみたまえ...」
そう言い、守は素早く腰の銃を引き抜き、俺の前に差し出した。
ー 銃の出し方は一丁前になりやがって...
俺は何も言わずそのままその銃を受け取った。
銃は意外に軽く、手触りはつやつやしていて、所々入っている装飾が肌に触れてこしょばかった。側からは青く見えていたが、実際に手元に持ってくると、銃は紺色に近く、銀メッキが塗られているのもわかった。
さっきまで守が立っていた場所に移動し、銃をそっと構える。
『プレイヤーチェンジ レディ、フルオートシューティング』
召喚物は任意ならば即時交換することができる。しかし、この場合、所有者は固定されたままで、使用者が変わるだけの設定になる。
だから、今俺はこの銃を使うことができるが、所有者はあくまで守ということになる。
さらに、使用者がそのまま召喚物を持ち逃げしようとした際、所有者はそれを自身のナイトブレスによって阻止することができる。環境設定の一覧から、所有者権限のアップデートを行うことで、離れた所有している物体をも一度全部自分のナイトブレスに戻ることができるのだ。
つまり、俺がこのままこの銃を持ち逃げしようとしたら、銃はすぐに俺の手元から消え、守のナイトブレスに戻ってしまうのだ。
そんなことを考えながら、俺は前方に配置された人型の板の中心を凝視した。
板には、ターゲットの円が3つ書かれている。
さらに、俺の右目には照準のカーソルのようなものが常時表示されている。これは、《ターゲッティンカーソル》と言われていて、そのカーソルの指す方向に銃弾が飛んでいく仕組みになっている。しかし、方向だけがシューティングゲームの要素ではない。場所によっては風圧や気候で、機材面では自分のステータスや銃の性能面で、弾の終着地点はランダムで決められる。
だが、銃慣れをしていない俺にわかることはそれだけだった。
加えて言うとするならば、今俺の左目に表示されているこの銃のステータスが異常に高いことがある。STRが6000、それは先ほど聞いていた。だが、驚くべきはここからだった。
発射速度は1500m/sだと言うのだ。これでは一般のスナイパーライフルと大して変わらないではないのか。そんな速さで打てるハンドガンにかかる反動はいかばかりか。それを想像するだけで肩の力が入る。
さらには、対アンデット属性まで付与されている。そこはやはり名前にちなんでいるらしい。
それにしても、この銃はあまりにも強すぎる。
「なぁ、一体これをどこで入手したんだ?」
なんとなく聞いてみた。
すると守は少し笑みを浮かべながら話始めた。
「それはなぁ、一番最後の大会の優勝商品だったんだ。なんかその大会はパワー系の大会でさ、優勝した奴には一番パワーがあるやつしか使えない武器を進呈するっていう話だったんだ。それなのにあの主催者、この俺に銃を渡しやがったんだぜ。『君はもう少し距離をとることを覚えましょう』だって。何が距離をとるだ。俺はな、まっすぐ突っ込んでいくのが好きなんだよ」
長きに渡る文句と、その銃との出会いについて聞かせてくれた守はそのときのことを思い出したのか、下を向きながら愚痴を吐き続けていた。
そんな守を見て、少しこの銃が可哀想に思えてきてしまった。
再度銃口を前に向け、射撃板の中央にカーソルを合わせる。手のぶらつきが直接カーソルのブレに影響する。
俺は深呼吸をして、カーソルが板のど真ん中を捉える瞬間を待った。
ー 今だ!
ぴったりとカーソルが板の中心に重なった時、俺は力強く引き金を引いた。
「バァァァァン!!!!!!」
守が打った時と同じような音が射撃場に鳴り響く。
ー 命中したか...?
恐る恐る板を注視する。
しかし、板には穴一つさえも空いていなかった。
「ぷっ、お前も全然ダメじゃねぇーか」
今一番言われたくないことを言われたのに、俺は少なからずも悔しい思いをした。
「いいじゃねぇか。別に使わねーんだし」
ぶきっきらぼうに答える。
だが、守はさっきの仕返しをするように口を止めない。
「下手くそ」
ー このやろう...自分もできないのに...
握る拳だけに力が入り続ける。
「下手じゃねぇーし!つか、お前の方が下手だしー」
そう言って対抗する。
だが、子供のような見下し合いに神様が機嫌を損ねたのだろう。
「いいえ、どっちも下手くそよ」
俺たちの言葉を遮り、どこからともなく聞こえてきた声は射撃場の入り口から聞こえてきた。
思わず振り向いた俺たちの視線の先にいたのは、やはり彼女だった。
「...恵美!」
「なんでここにいんだよ」
だが、そう問いかけた守に目もめくれず、恵美は颯爽と現れ、俺の手の中にあった銃をすばやく取り上げた。
「あっ、それ...」
俺がその銃について説明しようと前に一歩出たその時だった。
「バァンン!バァン!バァンン!!!」
甲高い銃声が三回鳴り響いた。他の隊員たちも揃ってこちらを向いている。
なんと彼女、パーフェクトバーサーカーこと相澤恵美はあの銃を片手で、それも数秒も経たない内に発射し、見事射撃板のど真ん中を射止めていた。
「先輩...まじかっけぇっす...」
半身になって銃口を前に向かってまっすぐ構える彼女の姿は、これまでのどのヒーローよりもカッコよく、これまでのどの彼女よりも凛々しく見えた。
発射を終えた彼女は、軽快に中指で銃を回転させ、バレルのところを掴んで守に渡した。
なぜ守のだってわかったのかについては聞かないでいた。
なぜなら、それよりも先ほどの光景が忘れられなかったからだ。
「なぁ、なんでそんなに簡単に打てるんだ?」
すると、そのまま立ち去ろうとしていた恵美はピタッと足を止め答えた。
「ん...感覚かな?」
ー さすが完璧姉さん...死角なしだな
感慨にふけながら黙ったままいる俺たちを見て、呆れたのか彼女は腰に手を当てながら言う。
「もぉ、しょうがないわね...わかったわよ。教えてあげるわよ」
俺たちは、自然と顔を見て「よし!」と心の中でガッツポーズをして、恵美に駆け寄った。
それから一時間後、射撃による物理的な反動と長い長い高度な彼女のレクチャーによって、俺たちの心と体は崩壊直前に追い込まれるのだった。
35話 さすあね を読んで頂きありがとうございます。
次話、36話 漆黒の空白 は、明日(3/15) となります。
『Night』編、それは真実の物語。
次話以降もよろしくお願いします。




