33話 前夜祭
季節は冬を完全に迎え、凍える木々は手袋もなしにずっと道に突っ立ってるばかりだった。
実は、俺の所属するレイズ本部第一機動隊は一時期存続の危機に陥っていた。どこかの誰かさんがお偉いの官僚を脅してしまったもんだから、それは大変。もっと上の人は怒り心頭で、速攻で俺の転勤、いや解雇が決まったそうだった。
だが、神崎さんの計らいでなんとか退職までは免れた。それどころか、今回のことはあの相澤藤五郎とその秘書の桐山が悪いと言うことで彼ら二人が解雇になったっていう話だそうだ。
こればかりは神崎さんに感謝せざるを得ない。あの人、そんなに偉かったのか?
神崎さんは見た目はやはりひょろっとしていて、攻撃的な口調はおろか、逆にやられるんじゃないのかっていうぐらい呑気で温厚な人だった。出会い方が斬新な出会いだけあって、俺には特に好意を持っているらしかった。
いつも彼は俺の側を通りかかると「やぁ、こんにちは」と滑らかな声で話しかけてくる。いつもいつも、ここまで来るとはっきり言って面倒な程にだ。覚醒者かなんだか知らないが、そんなこんなで俺に特別な興味を抱いてもらっては困るものだ。
だが、そんな神崎さんもやる時はやる男だ。常に最前線の情報を収集し、何か異常があったらCODに連絡しているらしい。
その一環が俺の救済だったわけだ。
俺がお礼を言いに彼のいる医務室に向かったときも、彼は呑気に「いいってことよ!」と素っ気なく俺の干渉を振りほどいた。
あれから1ヶ月も経っていないが、俺にはその時間が1年に換算していいと思うほど長く感じた。それは、決して退屈な日々を送ったわけではなく、長い長い、前夜祭を楽しんでいたからだと思う。
ある日、俺が結に連れられて北棟の屋上に連れてこられた時の話だ。
「何すんだよ」
小柄な腕が俺の体を全力で上へ引っ張っていく。
「いいから、まぁまぁ来てみナ」
結に連れられて屋上へやって来た俺は、屋上に辿り着くすんでのところで彼女に制された。
「ん?ここから先になんかあんのか?」
「しーーーっ...こっからはお口チャックだヨ」
そう言われて恐る恐る屋上へつながる扉から外を覗いた。
いつもとなんら変わりない本部の屋上。今日の夕日も綺麗だ。この世界の夕日だけは、宇宙一だと自慢できる。
だが、そんな夕日の光を遮って影を作っている何かが二つ。
「あれは...誰だ?眩しくてよく見えない」
すると、結が俺にしか聞こえない小声で補足してくれた。
「守っちと、フユミンだヨ」
そう言われてよーく見てみると、本当だ。守と隊長だった。
ー あの二人。こんなところで何してんだ?
気になって結に聞いてみる。
「なぁ。あの二人がどうかしたのか?」
すると、結は急に面白そうな顔をし、手を顎に添えて頷きながら話始めた。
「いやぁ~、ずっと気になってたんだヨ。あの二人。前からなーんか怪しいと思ってたケド、まさかこんなところで逢い引きしてただなんテ」
逢い引きなんて言葉久しぶりに聞いた。
「ちょ...逢い引きって。あの二人、付き合ってんのか?...てか、ここ社内恋愛禁止だろ?」
すると結は呆れた顔で言ってきた。
「もー。仁はわかってないなァ。だーかーらだヨ。だから面白いんじゃないカ」
「おもしろくねぇよ。お前は修学旅行の女子高生か!」
そう言われて悪そうな顔でにやける彼女を見て、俺はさらに呆れる。
だけど、俺も別に興味がないわけではない。社内で一番の信頼するダチの恋路はやはり把握しておきたいのも確かだった。
「ま、折角だ。俺もちょっくら見とくわ」
「あ、やっぱりそう言っテ。実は仁も最初から興味津々じゃないっスカ!」
見透かされたような気がしてならなかったので、俺は一発、結の頭をポンとつついた。
「イテテ...」
「いやぁ~隊長。今日の任務、バリバリ活躍してましたね。俺なんてまだまだですよ」
微笑みながら隊長を見る守の顔を見ると、それはただの無邪気な少年のようで、恋をしているようには見えなかった。
「そんな謙遜するな。お前もかなりできている方だぞ」
隊長の顔は反対向きで見えないが、口調からして、いつも俺に向ける表情はしていないことは確かだった。
「それに比べて、穂村ったら...」
ー くっそ!あの女嫌いだ...!!
声には出さず、そっと心の中で中指を立てた。
「やっぱり、フユミンは仁に厳しいねェ...」
またもやニヤニヤしながら俺を見つめる結に、またもや一撃を喰らわす。
「イテッ...痛いヨ、仁」
「知るか...」
一方、守は親切にフォローしてくれた。
「隊長は厳しいなぁ...まぁ、あいつはあいつなりに頑張ってるんですよ」
ー この野郎!フォローっぽいけど結果的にフォローになってない部分あるからな!な!守君!!
親切な親友に痛切な思いを感じる。
「二人がかりで仁をフルボッコだナ」
もう構ってやらなかった。
結はゲンコツはまだかと肩をすくめて待っている。
ー 3回も同じことやる奴がいるか!
恐る恐る上を向く結をガン無視しながら俺はまたあの二人に視線を移していた。
「でも、彼が藤五郎上官を負かしたと聞いた時は驚いたわ」
空を見ながら呟く。
「そうですね」
守も同じく夕日を眺めながら頷く。
「あの子が可哀想な境遇にあるってことは最初からわかってはいたわ。隊長として、何かしてあげることができたと思うときがなかったわけでもない。...でも、私の立場がそれを止めたの。私は一隊員のみならず、上下関係の生きている身なの。そうやすやすと危険にさらされたくはないわ。だからって...そんな危険な役回りを彼にさせてしまったのには、私も責任を感じているわ」
俺はそのとき初めて隊長の本音のようなものを聞いた気がした。
「それだけは、彼を尊敬するところとして記憶に残っているわ」
余計なことさえ言わなければいい上司なのに、と考えてしまう俺にもやはり問題はあるのだろうか。いささか疑問だった。
「私にもいつか、どこかの国の王子様に助けてもらえるような日が来るのかしら。まぁ、王子様は私の方だってよく言われるけどね...」
案外ロマンチックな発想に度肝を抜かれる。
ー 王子様って......これ後で言いふらそっかな...
「...ふふっ。あなた、笑わないのね」
笑いをこらえるのに必死の俺とは打って変わって至って真面目な顔をし続ける守は、守らしくなかった。
「笑わないですよ。隊長も女性なんですから、そんなロマンチックなこと言っても、俺は別に笑いませんよ」
すると隊長が急にこっちへ振り向くように顔を守るから逸らした。彼女の真っ赤な顔を見て、俺も結もしめしめとニヤニヤが止まらなかった。
ー うっわ。この人わかりやす!!!
だがしかし、こちらとてその勢いで覗きがバレては元も子もない。最新の注意を払って見守り続ける。
「そ、そんなことを急に言うな!...」
「ん、どうしたんですか?隊長」
この超鈍感な男は訳もわからず隊長の肩に手を置く。
「そんなに不安なら、俺がバッチリ守ってやりますから。安心してください!守だけに!」
超絶寒い親父ギャグを挟んではにかむ俺の親友は親指をピンと立て、何事も気にしないように笑顔を振りまいていた。
隊長の顔がさらに真っ赤になる。
俺も自分が王子様と想定されて浮かれる。
ー 俺が...王子様かぁ...
決してメルヘンの世界に浸かるつもりはないのだが、今だけは余韻に浸ってみたい。
そんな俺の肩に小さな手が置かれる。
「二人とも、何してるの?そこ邪魔なんだけど」
俺はそんな言葉も聞かず妄想を続ける。
「いや、ちょっと待って。今いいところだから」
「そうそう、いいところなんダ!」
二人揃って謎の声を追い払う。
「ちょっと本当に邪魔なんだけど。何がいいところなのよ」
少し不機嫌そうな声を聞いて、俺は初めてその声の主を想像する。
ー あれ?この声、どこかで聞いような...
そう思って何気なく振り返ってみた。
「って、あぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
そこにいたのは、右手にコーヒーを持ったどこかの国のお姫様だった。
33話 前夜祭 を読んで頂きありがとうございます。
さて、『Night』編、スタートとなったわけですが、いきなり恋バナのような話になってますね...
この物語のカップルは仁たちだけではない!そこんところもしっかり見ておいてくださいね。
次話、34話 下手な鉄砲も数打ち当たる は、明後日(3/13) となります。
『Night』編、それは真実の物語。
次話以降もよろしくお願いします。




