31話 HeartSword
突きつけれた刃に私は恐怖を覚えることしかできなかった。
ー 助けて...助けて...助けて...!
心の中で必死に叫び続けるが、喉に何かがつっかったように声は全く出なかった。視界がだんだんぼやけてき、意識が遠のいてしまいそうになる。
ー ダメよ私!今諦めちゃ、先輩の言葉を無駄にしちゃう。
行きしなの休憩時間に彼が言ってくれた言葉が頭の中を駆け回っていた。大事なのは心。そう信じる心が自分を動かすのだと、今なら強く信じられる。
他でもない、彼が言ってくれたからだ。いつもはぼぉっとしていて、戦闘経験は希薄な彼だが、彼の言うことは何故か信用できる。
それすらも、自分が彼を信じたいと願っているからなのだと今更ながらに気づく。
竦んで動けなくなった両足を必死に動かそうとする。
ー 動い...て...
しかし、もはや自分の足は既に私ではない何者かのものになったかのように、私の意思に反して動かなかった。
ー どうして...
自分の情けなさを深く嘆く。
レイズ本部第二期生の初出動の任務で、私の先輩 穂村 仁は一人で犯人グループに突っ込んでいったらしい。そのとき、他の隊員は全員スタンで動けなくなっていたらしい。
らしい、と言うのも、私はこの時はまだ彼には合っていなかったからだ。それに、私はそれをすぐには信じられなかった。
私は自分の思い込みで、勝手に自分の方が彼より度胸もあって、知識もあって、強いのだとおもっていた。事実、もし私が剣を握る道へ進んでいたのなら本当に強かったのかもしれない。
でも、彼の強さはそういうものじゃないって心のどこかでわかっていた。
ー 自分が信じること
それを信じることができることこそ本当の強さなのだと彼は教えてくれた。
たとえ体が怖くて動けなくても、自分には何かできることがある。
そして、今一度自分の役目、役割を思い出す。
ー 私は、先輩のプログラミングアシスタント。先輩のサポート役。ナイトブレスの調整から、武器の生成プログラムの構築まで...武器の、生成プログラムの...構築?
私は今の今までずっと忘れていたのだ。自分たちが何をしに、何の為にここまできたのか。
ー そうよ。私は先輩に最高の剣を作ってあげる為に!
鈍く地面に突き刺さった先輩の剣は簡単に抜けそうにない。
先輩が持っていると言われる『炎の覚醒者』の力でオブジェクトが破壊されないようにあらかじめ耐久性重視の重量系の武器を持たせられているからだ。
だが、先ほど採ってきた新種の鉱石、名称を『碧天石』と呼ばれるこれで作った剣ならば、先輩は本来の力を最大限に引き出せるんじゃないのか。
私は考えるよりも先に、自らにナイフを突きつける男に気づかれないよう、そっと右腕のナイトブレスに左指をあてた。
まずは暗記している鉱石解析アプリ『オブジェクトサーチャー』を起動する。リストアップされた中から碧天石を選択する。視認できた限り、碧天石はSランクの高級鉱石だとわかった。
震える左指が『解析開始』と表示されたARボタンに触れる。
ー ここから、約30秒。もう少しだけ待って...神様、
目の前に苦しそうに剣を振っている先輩と、軽快に短いジャックナイフを振り回す男が争っている。
「へへっ。天下のレイズ様がこの程度ってか?笑えるぜ」
余裕の表情を見せた男が舌を出して唇を舐る。
「ふっ、その割にはそこそこ押されてんじゃねぇのか?んあぁ?」
先輩が言葉で闇雲に挑発しているが、その表情は男と打って変わって厳しいものだった。重い剣と、瞬足で忍び寄る男のナイフに心身共にその体力を削られていっているのだろう。
もうすぐ30秒が経つ。解析が完了すれば、そのままそのデータをコピーしてから鍛治アプリ『ウェポンメーカー』にペーストし、予測変換鋳造をするだけ。
でも、その時間が今の私にはあまりにも長く、辛く、これまでの中で一番苦しい一瞬だと予想している。
『リアルオブジェクト 解析完了』
自分にしか聞こえないシステムコール音にも、もしや周りも気づいているのではと焦ってしまった。だが、ナイフを突きつける男は依然と私と同じく怯えた表情でただただ先輩ともう一人の仲間を見つめていた。
ー 今なら、できる...
『解析情報』と表示されたタブの隣にある『コピー』の文字にそっと指を触れさせ、続けて『オブジェクトサーチャー』を閉じる。
ホーム画面に戻り、左にスライドして『ウェポンメーカー』を探す。ナイトブレスは従来のスマホと同じ画面の作りになっていた。そのおかげで私なんかはすんなりと操作に慣れることができた。
上段の真ん中にあった鍛治ハンマーの絵が描かれたアイコンをフリックする。これがオリジナルの剣や防具を作るアプリ『ウェポンメーカー』だった。
『新規読み込み』のタブに触れ、真ん中の『生成ブログラム』と表示された所にさっきコピーした碧天石の解析情報をペーストする。
ポン!と音を立てて表示された『新規作成』というタブを触れようとする。
ー これができれば、先輩は...
私の心の内に秘めた胸からこみ上げる彼への熱い想いと、私の持つありったけの自分を信じ、彼を信じる心を込めて、左指を画面に触れさせる。
『生成開始...しばらくお待ちください。...解析中...解析中...』
右端に表示された60という数字が、生成完了までのタイムリミットであることはすぐにわかった。それが早く来ないかという焦りが私の体を震え上がらせる。
そして、今もなお、先輩と男の攻防は続いていた。
先輩の剣が大きく振り下ろされる。だが、それは当然のように男の体の側を掠め、地面に突き刺さる。
「しまった...」
先輩が必死の形相で歯を食いしばる。
「へへっ、いっただき~」
男が手に持っていたジャックナイフを一気に先輩に向かって振り下ろす。
私はこの状況をどうにかしなければならない。そして、このままでは自分の大好きな彼が死んでしまう。そう考えただけで喉の奥が悲鳴をあげた。
「やめてぇぇぇぇぇ!!!!」
叫んだ声は幾多の山々を越え、天にまで昇った。
わずかだがナイフの剣先がぶれる。
ー やった...
だが、そう思った瞬間、
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
先輩から目を逸らし、上を見上げると、そこには狂気と恐怖に満ちた目でナイフを私に突き刺そうとする男がいた。そのギラギラした目と、真っ赤に染まっているのような白い息が私の全てを停止させた。
ー 私、死ぬの...?
不意に訪れた自らの死に頭が真っ白になる。
ー このまま何もできずに、私は死んでしまうの...?
不思議と恐怖は湧かなかった。だが、心のどこかにあった後悔と失念がぎりぎりのところで私の魂と身体を繋いでいた。
それは蜘蛛の糸のように細く弱く、今にもちぎれそうな、か弱い一本の筋だった。
そんな糸も、ついに切れかけそうになったその時、
『生成完了 リアライズ NEW OBJECT』
私にしか聞こえない。私だけが聞き取れる唯一の音。それは私の魂をあるべき場所に引き戻し、全ての私を一つにした。
両手に現れた見たこともない青い剣をおもむろに真上に放り上げる。空から照りつける斜陽が剣に反射して視界を真っ赤に染める。
ー 私の想いを、願いを、心を、届けて...
そして、次に私の視界を覆ったのは、残酷な血しぶきなどではなく、胸の中に描き続けた私の大好きな一人の英雄だった。
31話 HeartSword を読んで頂きありがとうございます。
諸事情が度重なり、『誰彼の書』から3日経っての更新となりました。私事すぎて反省しております。まぁこれをリアルタイムで読んでくださっている方々がいらっしゃるのかと言われれば言葉がないのですが、更新ペースは重要であると自分でも思っているので書いてます。
ところで、窮地に陥った里香だったが、決死の策で即席で新しい剣を作るという大技に乗り出しました。そして、完成したと思いきや、彼女の運命はいかに...?
次話、32話 陽はまた昇る は、明日(3/10)となります。
『HeartSword』編、いよいよクライマックス!!
次話以降もよろしくお願いします。




