表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
NITE -傷だらけの翼-  作者: 刀太郎
第3章 過去編-暴かれし真実-
29/69

29話 明日への一歩

 何気なく取った休憩時間で、俺は里香の内情を聞き出した。

 単なる興味本位で聞いたわけはなかった。時折見せる、彼女の猛烈に楽しそうな笑顔が本当に彼女のものなのかと疑っていたからだ。


 目に見えない殻に閉じこもっている人がここレイズには多く見える。みんななぜそこまでして硬いのか。市民を守るのが第一使命ではないのか?


 俺の完璧なまでに優秀なアシスタントにはせめて、ずっと楽しく、笑顔でいてほしかったのだ。


「あのね、先輩。私、最近、何が正しいのかわからなくなってきているんです。この前の定例会議に出席したときもそうでした。これが本当のレイズなの?って。おかしいですよね。自分が望んで入った組織の在りように疑問を持ってしまうなんて...」


 俯く里香には見向きもせず、俺は空に向かって戯言のようにぶっきらぼうに言い放った。


「まぁ、そうだよな。...でもな、それは正しいと俺は思うぞ。誰だって悩むさ。疑うさ。それが人間なんだからさ。俺も、まだずっと心の奥に仕舞い込んだ悩みがあるんだ」


 里香の体がピクッと動く。


「せ、先輩が、悩む?」


 予想以上に驚かれて少しへこむが、俺はちゃんと答えてあげる。


「あぁ、俺だって悩む時は悩むさ。それを受け入れる覚悟も俺にはない」


 空っきりの青い天には少しの陰りも見当たらない。だが、それが一層俺の諦めを表していた。


「それじゃあ、先輩はどうして、いつもそんなに呑気でいられるんですか?」


「の、呑気って失礼だな...まぁ、そのうち見つけられるんじゃねぇのかな。ずっと走り続けていれば、いつかいつの日か答えが現れると、そう信じて俺は今ここにいる」


 里香は黙りこくったままだった。

 だが、里香はぐっと歯を噛み締めると唐突に話始めた。


「先輩。私にはね、両親がいないの」


 思いもよらない話を里香はしてくるのだった。


 俺の両親も小さい頃に二人とも他界してしまっている。だが、その寂しさは俺にはわからなかった。親戚をたらい回しにされ、ようやく辿り着いたと思った途端、それは黒々としたトラウマと永遠の失念に変わったのだから。



 私が生まれた頃にお母さんとお父さんは離婚しちゃって、私はお母さんに引き取られたの。お母さんはずっと仕事漬けだった。朝帰りなんて日常茶飯事で、ひどいときには1週間も帰ってこなかったときもあった。

 でもね、そんなお母さんでも、空いた休日には私を公園や街に連れ出してくれた。私はそれがとっても楽しかったし、それが幸せだった。例え毎日お母さんがいなくたって、いつかやってくる楽しい日を待って頑張れた。

 私はそんなお母さんにせめてもの恩返しをしたかったの。それが、レイズ本部へのアシスタントしての就職だった。ポータルナイトが起こってから目立つようになった職業だけど、賃金はいいし、何よりもお母さんの自慢にもなる。

 大人にならなきゃ正式には隊員にはなれないけど、アシスタントとしてなら、中学生からでも入ることはできたの。

 私は猛勉強した。できることなら飛び級でもして隊員になっちゃうくらい。

 そして、去年の12月。正式にレイズ本部へのプログラミングアシスタントとして入隊することが決まった。私は急いで学校から家に帰ってきたわ。


 でも、家には誰もいなかった。何かあったとすれば、それは1本の留守番電話だった。


ー 天宮さんのお宅ですか?こちら、東都病院の者ですが、天宮 佐紀さんのことでお電話伺いました...


 その日、お母さんは偶発的な交通事故に巻き込まれて、病院に搬送されたの。急いで病院に向かったけど、私が病院に着いた時には、お母さんはもう......


 私はそのとき、初めて目的を失った。失意に狩られ、ただただこれまでどおり優秀で母親から褒められていた天宮 里香で在り続けた。


 そんなときに、先輩に出会ったんです。

 先輩はいつもぼうっとしていて、全然ナイトブレスの使い方も知らないし、守先輩よりもずっと弱いし、それなのに『炎の覚醒者』とか言われていて。そんな先輩のことを私は全く理解できませんでした。

 あたし、このままでいいんですか?これまで通りの、先輩の言う、優秀で完璧な後輩でいていいんですか?



 里香が俺へ打ち明けた言葉の数々を俺は丁寧に拾い上げ、しっかり一つ一つ脳に刻んでいった。


 今の自分を変えろ。なんて無茶は言うわけがなかった。では、俺は彼女になんて言ってあげればいいのだろうか。今のままでいいよ、と気にするなと言えばいいのか。それとも、今はわからないから、これからじっくり考えていこう、などと逃げのセリフでも言えばいいのだろうか。

 答えはどちらでもない。どっちででもあってはならないのだ。大切なのは、そこではないからだ。


「そんなことがあったのか...ごめんな。嫌なことを聞いてしまって」


「いいえ、とんでもないです」


 未だに俯いている里香の表情は暗く、瞳には光が差していないようにも見えた。


「俺には何もできないだろうな...里香を変えることも、そのままの里香にしておくことも」


 すると、里香はゆっくり背中を伸ばし、俺に向かって言った。


「そう...ですよね。先輩なんて、所詮、先輩なんだし。弱いし...頼りないし...いつも、あたしが見てあげないと...いけないん...だから...」


 そこまで言ったところで、里香の目から大粒の涙が溢れていた。必死で涙を袖で拭きながら、体を小刻みに震わせながら、詰まるような声で彼女は俺へ言った。


「先輩。私、私...そうしたらいいのか、わからないんです...何にも、わからないんです...」


 力の抜けるままに俺の胸に頭を乗せた里香はそのまま子供のように泣きじゃくっていた。


 俺は、そっと彼女のふんわりとしたその髪を優しく撫でることしかできなかった。


「なぁ、里香。変わろうとするなんて、そんな難しいことは考えなくていいんだ。大事なのは、変えたいって思う心なんだ。里香は十分に強い、俺なんてまだまだだ。お前が心の中に強い心を持っている限り、いつだって泣いたっていいんだ。時には立ち止まって、何度も振り返ってもいいんだ。もし間違った道を進んでしまったのならば、戻ればいい。お前の心の中にある剣がきっとお前を助けてくれるはずだ。だから、今はいっぱい泣け。そんでもって、これまでよりももっと笑え。お前が本当に信じることを信じて歩んでゆけばいい」


 いつしか里香は泣くのを辞め、ぎゅっと俺の腕の中で目を閉じてゆっくり深呼吸していた。

 そして、両手で俺の胸を軽く押し、もたれ掛かっていた体を元に戻した。


「やっぱり、先輩は先輩ですね」


 里香は最後にもう一回涙の跡を拭った。


「おいおい、それはどういう意味だよ...」


 そんな俺に、彼女は満面の笑みでこう答えた。


「いいえ、なんでもありません。...ただ、私はそんな先輩が、大好きです」


 溢れんばかりの笑顔と無邪気な少年のような彼女に、俺はこの上なく安堵し、嬉しく思っていた。


 目的地まであと数時間。こんなとこで悠長に暇しているわけにはいかない。


 山道から見える孔丘山の峰が光り輝いていて、それはまるで、彼女の新たな一歩を応援しているみたいだった。


 俺と里香は荷物を抱えると、どっしりと地を踏みしめ、大きな一歩を踏み出した。


29話 明日への一歩 を読んで頂きありがとうございます。


大切なのは、そう信じる心。あの時にはまだ俺にはなかった物を里香はすでに持っていた。強く生き、時には涙を流すことができる『心の剣』を...


次話、30話 Sky High Emotional は、明日(3/2) となります。


次話以降もよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ