26話 青き一閃、黒き悔恨
戦場に舞い出た少女は長い黒髪を風に揺らし、死神を思いのままに睨みつける。
「これ以上、仁は傷つけさせない」
恵美がキリッとした視線を死神に向ける。
「誰だお前は?」
慎重に聞く。得体の知れない謎の少女にいささか疑問と不安を覚えていた。
恵美は厳しい声で返答する。
「私は相澤 恵美。仁の...仁のパートナーよ!」
恵美の細剣の剣先が少し下に傾く。
だが、その言葉の意味も介さず次の言葉を発する。
「そこをどけ。俺はそいつに用がある」
そう言って目線を仁の方向へ向ける。
力を失って、げんなりしている仁の姿が目に映る。瞳は瞑っているが、生気を使い果たした姿は少しばかり痩せて見える。
「そうはさせない!...これ以上仁を傷つけるのなら、私が相手になるわ」
剣先が再び真っ直ぐ死神を捉える。
すると、死神は諦めたかのように鎌を下ろした。
「......」
敵意がなくなった死神に恵美は少し戸惑いを覚える。
鎌をグルングルンと頭の上で2回転させて後ろに振り返る。長い柄が地面にコツン!と当たる。
「なら、この勝負の続きはまた今度にしてやる」
そう言い放って死神はナイトブレスをフリックして黒いマントを召喚し、即座に羽織った。黒いボロ切れが霞んだように宙を舞う。
「あなたは一体...」
だが、それには答えずに死神はゆっくり遠くへ去っていく。吹き抜ける風にまみれ、黒い死の神は姿を消した
。
死神がいなくなった街は、いつも通りの風景を取り戻し、平穏の風を吹かせていた。
完全に男の姿が見えなくなったのを確認すると、恵美はすぐに仁のそばによった。
「仁!しっかりして。仁!しっかり!!」
強く揺さぶってみるが仁はビクとも動かなかった。
「仁、しっかり...しっかり...」
恵美の声が街に響いた。だが、仁の返事はなかった。
体を焼き尽くすような熱い何かが俺の体の中を這いずり回った。全ての神経を一つ一つ刺激していった。脳の奥がかき回され、激しい頭痛が俺を襲った。
力のない俺の体は何か大きいものに乗っ取られ、自分の意志で体を制御することを許されなかった。指の先までが自分ではない者のものになっている気がした。
ふいに熱さが右手に集中した。他の全ての部位から熱が消えた。右手に集中した熱は数秒後に外界へ解き放たれた。
取り戻した冬の寒さでオーバーヒートした脳の思考回路が一瞬で冷却される。体の芯が冷えきって、全身に力が入らなくなる。
そして全ての熱が右腕から離れた時、体の全ての機能が停止した気がした。
体が思うように動かなかった。まるで、俺ではない何者かが俺の体を支配しているようだった。
ー 俺は、また失ってしまった...
後悔と失念が俺を襲う。
ー 俺はまた、何かを失ってしまったんだ。
海坂を死なせてしまった後悔が体を奥深くに沈ませる。
ー 死んだ海坂は、もう戻らない。
全身に抜けた力は一体どこにいったのだろうか?
そんなとき、ふいに誰かの声が聞こえた。
『...かりして!...!しっ...!』
途切れ途切れで全ては聞き取れない。だが、それでもそれが誰が言った言葉なのかはわかっていた。
ー え、み、?
その声は必死で、俺の何かを呼び覚ます。
『しっかりして!ねぇ、しっかり!...!』
体に熱い何かが湧き上がる。冷えきった心に火が灯る。
ー 俺はあの1年間で、失ったものばかりではなかったはずだ。俺はあの1年間で、守りたいものを守り、自分の為に戦った。決してそれが醜いことだとは思ってはいない...はずだった。自分の信じたことを信じて進むことの大切さを俺は知っていたはずだった。それなのに、俺はそんなことをこの2年間ですっかり忘れてしまっていたのだな...
そして、俺はあの日再開したのだった。一度は失ってしまった何かを。偶然の何かで取り戻したのだ。それが、どれだけ幸せだったのかなんてものはすぐには分からなかった。
でも、今ならわかっていた気がした。
ー 失ってから、初めて気づいた。出会ってから、初めて気づいた。この思いを決して消してはならないと。絶対に、繋げると。たとえ、幾万の屍を超え、この先に待つ残酷な現実が俺に刃を突きつけようとも、俺は何度も立ち上がる。
俺はそっと真っ直ぐ天井に手を伸ばす。まわりは真っ暗で何も見えない。
だが、灯された一筋の光を目指して俺は手を伸ばした。
ー 掴むんだ。何度倒れたって、必ず守ってみせる。海坂が自分の命を投げ打ってまで守った正義を、俺も守り続けなければならない。
眩い閃光が瞼を刺激する。青く光る太陽に手を伸ばし、黒くどよめく闇を背に俺は立ち上がる。
突然聞こえた声に俺は体を震わせる。
『掴め!お前の心に滾る炎を掴むんだ。それを乗り越えた時、我もお前とともに行こう。豪炎龍、バーニングトラゴンはここに限界する』
「諦めない」という、その魂で俺は最後の力を振り絞って手を伸ばす。
懐かしくも、忌々しい過去が脳裏に彷徨う。もう戻れない日々。いつかの記憶が俺を闇へ引き寄せる。
だが、そんな中にも、俺の背中をそっと押してくれる誰かがいつもいたことを俺は忘れない。
26話 青き一閃、黒き悔恨 を読んで頂きありがとうございます。
第2章 現在編-悲劇の産物-はこれにて完結となります。
次話、27話 あの日の記憶 は、少し日を置いて 2/27 となります。
次回から、『第3章 過去編-暴かれし真実-』がスタートします!
仁と恵美が送ったレイズ最後の2ヶ月を綴った物語。守、結、冬美ら、皆の想いが交錯する中、暴かれる真実とは一体?
次話以降もよろしくお願いします。




