25話 処刑者vs破壊者
炎の中、突如として現れた真紅の鎧を纏った仁は右腕を横に構え、狙いを定めて死神に向かって突進した。その右腕には龍の頭のようなものが装備され、口からは刀が突き出している。
対する死神も、右腕に装備した大鎌の鎧武器『デスペンサー』を右下に低く構えた。
高揚する戦意と守護の破壊心が激突する。
「お前だけは、絶対ぇに許さねぇ!!」
仁が叫ぶ。
「人間にようはない」
相対する死神が声色一つ変えず返答する。
同時に二人は神速の如く突撃し、両者の刃が交わるまでに時間はいらなかった。金属と金属がぶつかり合い、高らかに衝突音が鳴り響く。
龍の如く斬撃を続ける仁。攻防一体の重斬撃を繰り出す死神。両者引けを取らない剣さばきに、二人ともの武器がぎしぎしと音を立てる。
仁の刀が袈裟に切り上げようとする。それを死神が左腕で受け止めた。
大幅に死神のHPゲージが削られた。
だが、死神も右腕の大鎌を仁の真上から振り下ろす。
しかし、そんな技も仁は高速移動で避け、攻撃を続ける。
傍若武神に暴れまわる赤龍の刀は死神の頰と太ももを切り裂こうとする。
だが、対する死神が華麗にそれを武器で防御する。
「ハァァァァッ!!!」
そして、それに合わせて死神の右腕が大きく旋回し、仁の右側から迫ってくる。
黒ずんだ銀色の刃が仁の右肩を抉ろうとするが、仁はそんなことには目もくれず、何の防御も取らず、そのまま攻撃を受けた。
「バカな奴め...」
死神が不思議にも笑みを浮かべたその時、
『ファイア...ディストラクション...ヒーリング』
突然、仁の体が炎に包まれ、死神は急いで後退する。
そして、後ろに下がりながら死神の目に映った光景にさすがの死神も驚く。
「再生しているだと?」
抉られたはずの部位がみるみるうちに再生していく。包んだ炎がすうっと消え、元の姿に戻った。だが、よく見れば仁の周りに表示されていた赤色のゲージバーの一つが少なくなっているのがわかった。
今の仁には意識がほとんど言っていい程なかった。ただ、溢れる後悔とはち切れんばかりの殺意を脳裏に焼きつかせていた。
再生能力を持つスキルなどナイトブレスには存在しなかったはずだった。もし、あるとするのならば、それが適応できるのは死神を始めとする召喚系モンスターの類だった。
それが仁に使えるということは、仁も既に人ならざる者ということだった。だが、その実感は彼にはなく、心の中に滾る熱い炎が体のエンジンを動かしていた。
そのことに死神も薄々気づいていた。
「何者なのだ...こいつは?」
先ほどまであった高揚感は今や既に消え、襲いかかる謎の恐怖にさらされていた。
思わず後ずさりしてしまう。
だが、仁は両目を大きく見開くと、何かを呟いた。
「バーニング...ストライク...」
その技名はこれまでに死神も聞いたことがなかった。
だが、その音声を読み取ったのか、仁の右腕に装備された赤龍の頭部が赤く光りだす。
『ファイア...ディストラクション...デストロイ』
ナイトブレスから冷徹な機械音が鳴る。
すると、仁は右腕を脇腹に引き寄せると、龍の頭部に左手を添え、龍の口から突き出る刀の剣先を死神に真っ直ぐに向けた。
途端、仁の周りに表示されていた赤いゲージが一気になくなっていった。やがて、すべてのゲージが0になった時、仁や死神、斎藤を囲む周りの空気が一気にどよめき始め、真っ赤な対流を引き起こした。
迫り来る熱風に死神のHPが少しばかり減る。
死神もただ見ているだけではいられない。
「ならば、俺も全力で殺る...」
そう呟いてシステムコールする。
「ダーク ディストリビュー」
瞬く間に右腕の大鎌が紫色に光りだす。続けて鳴り響く閃光の擦過音に鼓膜が異常なほどまでに震える。
全身の鎧を炎の姿に変えたかのように、灼熱の炎に包まれた仁の右腕の龍が大きく口を開けた。
「グルゥアァァァァァァァ!!!!!」
一瞬、獣の唸り声のような音が鳴り、口腔に火が灯る。真っ赤に染めた刀身が小刻みに震えている。
そして、空気の流れが静止したその時、仁の右腕の赤龍の口から溶岩のような灼熱の熱線が放出された。
同時に死神が腕を真っ直ぐ仁に向ける。瞬間に二刀の剣先の隙間から紫色の光線が放出された。
二つの光線が仁と死神の間で激突する。
「ゴォォォォォォォォォォォォ!!!!!!!!」
ぶつかった衝撃が肌に伝わってくる。焼き尽くすような熱風が瞳を襲う。
激突した二つの光線の境界はずっと真ん中を保ったままだった。
だが、ふいに死神にそれは近づいてくる。
ー 何?
着実に迫る大きな光弾に余計に力が弱まる。
ナイトブレスから放出される処理による熱とは思えない熱さ。人知を超えた回復能力。突如として現れた炎の赤龍。死神はこれほどまでにない経験をしていた。
身体中に衝撃が走る。今の現実を理解できていなかった。
死神の心情に合わせるかのように境界はぐんぐんと死神に近づき、不意に力が抜けたその瞬間、死神は赤龍の咆哮を真正面から受けた。
あまりの力に体が吹き飛んでしまった。
HPゲージが1/4を切った。だが、確実な死を予感した死神は宙に飛ばされながらも、体を反転させてうまく着地させる。
ー これ以上やられれば...
死神は本来の目的を思い出す。
それは、独断で行動しようとした斎藤を抹殺することではなかった。それはただの囮にすぎない。本当の目的は、それを庇うであろう海坂を捕獲するというものだった。
海坂は唯一二つのグループのどちらにも所属しなかった生還者だった。復讐と平穏のどちらも選択せず、ずっと一人でいたのだった。そんな彼をこちら側に引き寄せるという上の命令だった。
だが、そんな彼を誤って殺してしまった。
特に罪悪感は湧いてはいなかった。だが、その後に起こったもう一人の男の変容に死神は驚かされた。
そのとき死神にささやかな疑問が残った。だが、その影を振り払い、死神はゆっくり立ち上がった。
勢いよく放出された熱線は、着地する前にすべて放出しきったのか、放たれてはいなかった。
仁の周りの赤いゲージは0になっていて、纏っていた赤い鎧も跡形もなく消え去っていた。右腕の龍も姿を消し、右手にほのかに赤みを帯びた刀が収まっていただけだった。瞳には光がなく、今にも壊れそうな勢いだった。放心状態のようにその場に立ち尽くしている。力を使い切ったのだろうか、全く動く様子がなかった。
ー 今なら...
ふと形成逆転の勝機を見出した死神はゆっくり右腕のナイトブレスのディスプレイをフリックする。
『デコンポーズ デストロイ ハルハード』
続けてもう一度フリックする。
『リアライズ デストロイ アックス』
二本に分かれていた鎌は音を立てて一つに収納されると、右腕から離れると、死神の身長ほどの大きな鎌に変形した。真っ直ぐ伸びた持ってを掴む。
ー 今なら殺せる。
本能的に殺めようとする精神がそこからやってくるのか死神にはわからなかった。
死神には人の心があまりわからなくなっていた。昔の自分の名前も忘れ、今の自分しか知らない。
鎌を思いっきり振り上げる。
側から見ている斎藤が怯えながら双方を交互に見返している。
鎌の先端が放心状態の仁を捉える。
ー 死ね...
勢いよく鎌を振り下ろす。
だが、そのとき、側方から何かが飛び出してきた。
「やめてぇぇぇぇ!!!!」
水色の一閃が死神の鎌に激突し、振り下ろされた剣先が仁からほんの少し離れた場所に突き刺さった。
細い剣が目の前を横切り、同時に黒色の長い髪が死神の視界を遮る。
放たれた一閃は華麗に遠くまで飛んでいき、ついに見えなくなった。
そして、死神よりも少し離れたところに着地した長い黒髪の人影はサッと死神の方向に向き直り、鋭い視線を死神を向けた。
右手には白色の細剣を握り、冬にしては薄い上着を着ていた。ピンクのレースが見え隠れしている胸は激しく上下している。荒い呼吸に冷たい冬の空気がついていっていない様子だった。
そしてゆっくりその女が口を開く。
「これ以上、仁は傷つけさせない」
その凛々しい立ち住まいと冷徹な声が周りの空気を張り詰めさせる。
黒い髪の毛が木枯らしに舞う。真っ直ぐ向けられた剣先が死神を捉えた。
25話 処刑者vs破壊者 を読んで頂きありがとうございます。
我を失い、暴走した仁vs死神。勝負は仁の勝利に見えたが、形成は逆転。仁の身に起こったこととは一体何なのか?
次話、26話 青き一閃、黒き悔恨 は明日(2/24) となります。
「豪炎の解放」編、いよいよラストパート!!
次話以降もよろしくお願いします。




