23話 不穏な空
ふと、空を見上げた。
朝日に照らされ、雲ひとつない青空に心地よささえ感じる。どこからともなく聞こえる鳥の鳴き声がそっと髪を揺らす。
そうかと思うと、どっと強い風が吹いて、黒色の髪の毛が乱れる。
彼が家を出てから30分程が経っていた。
無性に胸騒ぎがしてならなかった。今すぐにでも動き出したい。
だがしかし、冷たく凍えた素足がそれを阻む。
ー あなたが突っ込むのはいつも厄介ごとばっかり...
2年以上前の出来事。私の父、相澤 藤五郎の秘書の桐山 啓司とのデュエルで勝利し、私が長年の呪縛から解放した日からというもの、日に日に自分の力が弱くなっていることに気づいていた。
レイズ本部にいた頃は全然気にはならなかったけど、事故に遭ってからここに引っ越ししてきてからは著しく体力が衰えてきていた。
今や「パーフェクトバーサーカー」など名ばかりの称号になってしまったことが少し悔しい。
今でも腕にはナイトブレスをつけている。
弟の紅葉がナイトブレスを気に入り初めてから2年になる。私を心配して駆けつけて来てくれた時、紅葉は初めてナイトブレスの本格的な軍事使用を目の当たりした。その衝撃が今でも残っているのかどうなのかわからないけど、あの子が仁を師匠にしたのもそれが理由なのだと思っている。
徐々に薄れていく体力のことを仁には言わないつもりだったし、弟の紅葉にさえも言おうとは思っていなかった。単純に心配をかけたくないっていうのもあった。
でも、やっぱり一番大きい理由は、仁がそれでまた悩んで苦しむ姿を見るのが辛かったからだった。
私が一度死んだ時、彼が嘆き悲しみ途方に暮れていたことを私は知っている。そして、私が目覚めた時、彼は私の側にはいなかった。
最初はただの同じチームの一員だった。でも、彼は私を一人の人間として、仲間として見てくれた。そして、私を父親の呪縛から解き放ってくれた。
私は救われた。だからこそ、私も彼の為に何かをしなければならない。でも、私に何ができるのか?私は最強と言われ、常に上で生きていた。そんな私でさえもできないことはたくさんあった。
その内の一つが、穂村 仁。彼だけは自分では何もできないと思ってしまった。
ならば、私にできることは何?それは、ただ傍観することだけだった。
私はあのとき、初めて力ではなく、心で、意志で戦った人を見た気がした。
力の為じゃない、金の為じゃない。誰かを守りたいから、自分が助けたいからといった理由で彼は戦った。これまで私が戦ってきた相手は、どの分野においてもいつも一緒。成績の為、景品の為というモノの為に戦っていた。
でも、それがなんだと言うのだ。彼だって私利私欲の為に戦ったのではないのか?
ー いいえ、それは違う
何故かそう判断できた。自分では説明ができなかったけれど、心のどこかでそう思えた。それが嬉しかった。自分が誰かのことを信頼できることが。
だから、今度こそ失いたくない。
ー たとえ私が死んだとしても、必ずあなたを守ってみせる。たとえ私がいなくなっても、あなたを絶対に悲しませない。
そう誓って見上げた空に浮かぶ雲に、影ができていたことを私はまだ知らない。
突然現れた謎の黒マントの男は、大きな鎌を地面に突き刺すと、機械のような声でゆっくり話し始めた。
「組織の意思に反する者は消すのみ」
組織とは一体何なのか?それすらも俺には理解できなかった。
大きなボロい黒マントにその身を包んだ男は、身長は俺よりも少し高く、がたいもやや良くて、隣に突き刺さる大鎌を見れば、そいつの恐ろしさがわかる。
時折見え隠れする腕は、これまでの二人とは違い、とても筋肉質である上に無数のコードとロボットのような機械が付いていた。
それで、こいつも研究所に囚われ人体実験を受け、人間ではなくなった者達の内の一人であることに気づいた。
鈍く異様に赤く光る左目に怖気付く。そこには一切の感情が篭っていなかった。赤く光るからこそ、そこには全てのものの魂を刈り尽くす狂気が含まれている気がした。
動揺してるらしい海坂とは反対に斉藤は怯えたように口を小刻みに動かしている。
「し、死神だ!殺される...殺される!!!!!」
そう怯えて向こうに走り去ろうとした。
だが、それを足止めするかのように、男の側の大鎌が動き出し、高速で回転しながら走り去る斉藤の前でもう一度地面に突き刺さった。
「あっ...」
目の前に大きな鎌が突き刺さったことにより、斉藤の足はピタッと止まった。
続けて男は右腕のナイトブレスにそっと左指を触れさせた。
「直ちに処刑する」
そう言って死神と呼ばれるその男はディスプレイを強くフリックした。
『リアライズ デストロイ ハルハード』
右手から突如として現れた、黒色の金属でできた重厚な斧のような武器は数秒の間何度も様々な形に変形させると、最後はハサミのように二本に分かれた鉤爪のようなものに羽のようなものが付いたような武器になった。
召喚に合わせ、羽織っていた黒マントがはだけ、その全身がついに露わになった。
ー な、なんだ此奴は...
さっきのコール音といい、風貌といい、これまでの二人とは全然違う。コール音は俺と同じようにクリアになっていて、右腕しか見えなかった機械がよもや全身に広がっているとは思わなかった。それはまさにアンドロイドだった。
だが、右目は人間のままというか、機械で覆われていて見えなかった。だが、その後ろにある瞳は確かに俺と同じ目だった。
姿もマントの上から予想していた大きさとは違い、どちらかといえばすらっとしていた。胴には筋肉があるものの、機械と混じってよくわからない。そして、体の機械に刻まれた紫色の刻印とラインがおどろおどろしさを醸し出していた。
右手のアームを大きく真上に振り上げ、死神は小さく呟いた。
「ダーク ディストリビュー」
俺はその技を知っていた。
ー その技は...そんな...
ダーク ディストリビュー、闇への誘い。ナイトブレスで使うことができる技の中でも、超高ランクの技で、ランク200までいかないと使うことができない大技だった。
ナイトブレスで戦う為のプログラムは元々、『ナイトRPG』というMRMMORPGのゲームとして発売する予定のものだった。だから、プログラムにはゲーム性が所々盛り込まれていた。現実世界の物体に映像を投影し、常に動作を同期させているMR技術に必要な現実のオブジェクトを自動生成する機能さえあれば、それは現実に仮想世界がやってきたのも同然だった。
複合現実であるMRと拡張現実のARの違いはとてもあやふやだった。だが、ナイトブレスが登場したことにより、ヘッドセットで仮想世界に潜り込むVRと空間上に投影するAR。そして、現実と同じ物質を空間上で生成してARでエフェクトなどを出すMRが大成し、その違いは大きく認識されていた。
そんな中、今やほとんどの人が使っている『ナイトRPG』ではランク制が設けられている。デュエルやモンスター自動生成地などで得た経験値はランクアップに繋がっていて、ランクによって習得できる技が増えてくる。ランクは最大で250まである。
だが、ランクは高くなればなるほど経験値は溜まりにくくなる。そして、ランク150を超えた段階で通常モンスターやPvPでは経験値は得られなくなるのだ。ではどうやってランクをあげるのか?方法はただ一つ、プレイヤーキルによる経験値だった。
元々ナイトRPGではプレイヤーキルというものが存在した。だが、それは装備全損と心臓パラメーターが黄色になることだった。
ゲームをする上でリアルを追求する為に身体への負荷がある程度解除されていたのだが、ナイトブレスが復興支援用に普及してからは、一般使用者も増え、安全面を考慮しすぐにPKは廃止されたはずだった。
だが、きっとそれは正規のナイトブレスのみの話。人体実験によってもともと腕にナイトブレスなるものを身につけていた彼らのナイトブレスにはそのロック機能がなかったのだ。
そんな中の大技、ダーク ディストリビューは大斧にして、遠距離からの高圧破壊ビームを放つ必殺技だった。通常では体に衝撃波がくるだけだが、体がナイトブレスの召喚オブジェクトでできている彼らにとってそれは死の光線も同然だった。
ー あんなものを受けたらひとたまりもないぞ...
システムコールが終わると、死神の右腕に付けられていたアームが紫色に光り出した。
「あぶねぇ!!」
だが、俺の言葉よりも一歩早く、死神の右腕はまっすぐ降ろされ、銀色の装備を着た男に向かって光り輝く光線が放たれた。
「い、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
男の悲鳴が鳴り響く。
俺は急いで男の元に向かい、攻撃を止めようとした。
右手に持つ片手剣を横に構え、衝撃波系のスキル『ドットブラスト』を放った。
「やめろぉぉ!!」
最大速で駆け抜ける。
だが...
ー 頼む、間に合ってくれ...
そう思った時、俺よりも早く男に近寄る影を見つけた。
ー お前!
その姿はこれまでの姿とは違い、蛇のような顔に少しばかりの羽がついている獣人のような格好だった。灰色の短いコートが棚引く。見慣れたよれよれのジーンズがピンと張っている。
その目には必死なものがあり、俺の心を揺らがせた。
ー 決意の表情...?
そのとき、巨大な光線は男を直撃する前に、一瞬で現れた灰色の影に衝突した。
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恵美の抱えていた新しい問題。そして、突如現れた『死神』の正体とは?
次話、24話 業火の殺意 は明日(2/21) となります。
『そして、彼はもう一度立ち上がった。でも、自分を見失わないでくれよ、アンちゃん』by MAKOTO UMISAKA
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