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NITE -傷だらけの翼-  作者: 刀太郎
第2章 現在編-悲劇の産物-
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22話 死神

 高鳴る雄叫びが鼓膜を強く揺さぶる。身振りするほどの迫力で男は怪物へと姿を変えた。

 金属の鎧をその身に宿し、両腕に白く輝く剣を逆さに持っている。中国で使われていた曲刀のような反りを持つ剣は程よく光を反射し、剣先に目に見えない雫を垂らしているようだった。


 赤く光る片目がギロッと俺を睨みつける。


「あんときの奴と、同じだ...」


 狂ったような気配が襲ってくる。短く刻まれる吐息が聞こえてくる。


 ここまでもただの戯言のようにも思っていた節がなかったと言えば嘘になる。だが、彼の心の内に積もった破壊の衝動と数々の怨念にさすがに俺も慄いた。


 だが、怖いという感情とともに、もう一つの感情が湧いていた。


 『悲しみ』だった。

 自分を受け入れない、受け入れることができない社会。変えることのできない悲痛な事実。


「グルゥアァァァァ!!!!」


 いつしか叫び声は咆哮に変わり、どう猛な怪物はがむしゃらに剣を握った腕を大きく振り回した。


 海坂の足はずっと止まったままだった。


「やめてくれよぉ。もう...お前まで失いなくねぇんだよ」


 海坂の言葉が心臓に突き刺さる。


 彼も俺と同じ思いをしていたのだ。

 同じ境遇にありながら、それでも存在していられる自分と、踠き苦しみ涙する者を比べて、その心を痛ませていたのだ。


 ならば、自分にも何かできることがあるのではないのか?

 そう考えたのは、俺ではなく、海坂だったんだ。だから先に気づいたあいつはまず俺に話を持ちかけてきた。


 彼は自分の心を最後まで開いてはいなかった。誰かを助けたいという名文は確かにあったにしろ、どこか同情を誘うような、一緒に悲しんでほしいような一人よがりな部分が俺は否めなかった。

 だが、本当はそうではなかった。独りよがりなのではない。ずっと一人だったのだ。

 研究所という場所から逃げ出した日から、彼の周りは散り散りになっていった。


 俺はずっと彼はどちら側についたのだろうか気になっていた。『復讐する側』なのか?それとも、『静かに生活する側』なのか?

 いや、違うと俺は一人納得していた。

 ずっと必死に踠き、苦しんできたのは海坂だったんだ。どちらにも彼は所属していなかった。バラバラになっていく昔の知り合いの輪の中で、一人ポツンと最後まで残っていたのだ。


 海坂の肩が小刻みに震えている。

 堪えているのだ。涙を流さぬように。


 そんな彼の肩に俺は手をそっと乗せた。


「大丈夫だ。あいつは俺がなんとかして止めてみせる」


 振り向いた彼の顔はこれまでで一番弱々しい顔をしていた。相澤邸に来たあの日、ふざけたり、陽気に話したりと素ぶりこそ呑気な奴だったが、ついに本当の彼を見せてくれた気がした。


 俺がずっと胸のどこかに引っかかっていたことはそれだったんだ。シリアスな話をしながらも、陽気にしている彼が不思議だった。時折見せる哀愁が脳裏に焼き付いていた。それはずっと心のカモフラージュだったのかもしれない。


 それを理解したならば、後はやることは一つだった。


 ふと3年前を思い出した。

 初々しくもドタバタした入隊式。突然自分に身についた炎の力。一度は失った大切な人。

 全て、その時その時に、俺は苦悩し、踠き苦しみ、自分を呪いさえもした。だが、いつも俺を支えてくれた人たちがいた。


「悩んだ時は、アタシ達を頼ってくれよナ」


 あの言葉にどれだけ救われたか。


 だが、今は誰もいない。俺を奮い立たせてくれる人は誰一人としてここにはいない。

 自分の無力さと消えかけた希望を持つ男と全てに絶望し考えること辞め力に頼った男がいるだけだった。

 それでも、俺はきっとまた剣を抜く。


 次こそは自分に嘘はつかなかった。


ー 誰の為でもない。自分の為に!


 か細い声を海坂が話そうとするよりも前に、俺は駆け出していた。

 右手のナイトブレスを左指で強くフリックする。


『リアライズ ナイト オブ ファング』


 放たれた藍色に光り輝く牙をまっすぐ持つと、そのまま前進した。剣尖をそっと下げていき、藍色の牙が銀色のナイフに触れかけたその瞬間、大きく剣を振り上げ、奴の剣を弾き飛ばした。


「グルゥアァァァァ!」


 自分の剣を失い、戸惑う怪物はすぐさまその場を離れた。

 宙に舞った銀色のナイフは回転しながら数秒間浮遊した後、地面に転がった。


 俺が問いかける。


「なぁ、あんた。本当は何がしたいんだ?」


 唐突な俺の質問に男は動揺したそぶりを見せた。


「ダ、ダマレェ...お前に何がわかる」


 ところどころ機械音が混じっている。これが正真正銘の怪物なのだろうか?


 だが、それでも問い続ける。


「わかんねぇよ。でもな、力に、怒りに身を任せた行動は、周りの奴らを不幸にする」


 俺の必死の言葉に少なからず反応を示していた。


「俺の周りには、俺がどうなろうが構わない奴らばっかだ!俺なんて...俺なんて...」


 そっと彼の呼吸が止まった。何か考えたことがあったのだろうか。


 だからこそ、俺はその隙を逃さず話を続ける。


「じゃあ、なんで俺はここにいて、テメェを止めようとしてんだ!」


 そう叫んでから、海坂の方を振り返る。

 さっきまでの困惑したような表情がぱっと晴れていた。


ー 希望を持ってくれ。それが俺の最後の希望でもあるのだから...


 そして指差す。


「あそこに、お前を心配してくれてるダチ公がいるじゃねぇか。お前は、あいつがダチ公じゃねぇって言うのか?あんな奴そうそういねぇぜ」


 赤く充血した目から放たれる視線が俺から外れる。そして、その視線の先には一人のダチ公がいたはずだ。ずっと自分を心配してくれた、唯一の理解者がいたはずだ。


 その姿を見るや否や、男は左手に持つ剣を落とす。


「...そ、そんな。お前は...何もできねぇじゃねぇか...そんな奴が、俺のダチ公だと?」


 一歩、足が前に出た。


「ふざけるな...俺には理解者などいない。いるはずがないんだ...いて、堪るかぁ...」


 そこまで言って、男は完全に戦意を喪失したようだった。


 たった、一度剣を振っただけだった。でも、たったそれだけでも、誰かを幸せにすることができるのだと初めて実感できた。

 ずっと抑えていた心の何かがすうっと姿を消した。それは、赤く燃えたぎっていて、自分も、周りをも焼き尽くす豪炎のようだった。


 地面に膝魔ずいた男は落とした剣を拾うわけでもなく、その場で黙りこくっていた。


「斉藤ちゃん...俺と一緒に新しい道を切り開いていこうぜ。なぁ?」


 海坂の優しい声が響く。


「あ、あ、あ、あぁ、あぁぁ...」


 機械と金属にまみれた顔から、涙のようなものが溢れ落ちているのがわかる。だが、そんな涙さえも、すぐにホログラムのように消えていった。

 それが、俺に一種の悲壮感を与えた。


 だが、それでも彼らが進んで行く未来が見てみたくなった。そんな悲壮感や苦痛を乗り越え、分かち合える世界を、いつしかの俺が望んでいた。


ー よかった...


 安堵の一呼吸をしようとしたその時だった。


「この世界に新しい道など必要ない。あるのは人類への報復、それだけだ」


 どこからともなく聞こえたその声は低く、落ち着いていて、冷酷な色を帯びていた。


「誰だ?」


 咄嗟に全方位に身構える。


 すると、後ろで立っていた海坂が驚愕した顔で呟く。


「シン、イチ?お前なのか?」


 聞き覚えのない名前に反応することもできなかった。

 だが、確かに海坂はありえないと言う表情で慄いていた。


ー 一体、何が起きてるんだ?


 すると突然、空から大きな鎌が降ってきた。

 刃渡りが2メートルはある巨大な鎌がどこからともなく現れ、宙を高速で回転すると遠くの地面に突き刺さった。


 そして、その鎌の高さと同じ位の身長の黒のマントを着た謎の人物が現れた。謎の人物はその姿を徐々に見せ、数秒で真っ黒に染めた全身を露わにした。


潜伏ステルス


 そいつが使っていたのは潜伏スキルの一種だと一瞬で悟った。

 ならば、こいつは急に現れたのではなく、途中からずっとそこにいたということになる。

 それだけで寒気がしてき、体が強張る。


「し、し...」


 斉藤という男が恐れたように呟く。


「こ、殺される...」


 殺されるとはどういうことなのか?


 黒のマントにその身を包んだ謎の人物の体は真っ暗で何も見えなかった。だが、ボロボロのマントに、超巨大な鎌。

 その姿は、まさに死神と呼べる姿だった。


「俺の名は『死神』。邪を廃し、魂を刈り取る者」

22話 死神 を読んで頂きありがとうございます。


和解したとも思えたところで、謎の人物『死神』が登場?!彼は一体何者なのだろうか?


次話、23話 不穏な空 は明後日(2/20) となります。


『そして、彼はもう一度立ち上がった。そして、私達を守って。だから、生きて...』by EMI AIZAWA


次話以降もよろしくお願いします。

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