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NITE -傷だらけの翼-  作者: 刀太郎
第2章 現在編-悲劇の産物-
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21話 破壊の衝動

 数日前に海坂から聞いた話について、俺はまだ完全には納得できてはいなかった。


 警察は事件が起きてからしか捜査できないように、衝撃的な事実は衝撃的な事実をこの目で見なければ確証は持てないのだ。そして、人間にとって、目に映るものを瞬時に受け入れるには時間がかかることも当然のことだった。


 一方的な興味はいつしか周りや自らを窮地に追い込むと昔、結から聞いたことがある。


 今自分が生きているこの世界が、何千何百の自分と同じ人間の苦難の末に成立していることを自覚したことはあるだろうか?

 これまで繋がってきた歴史上の中で、変えてはいけない人物は一人としていないという考えがある。これを『バタフライエフェクト』とも言う。一匹の蝶がタイムマシンで過去に渡っただけで、その後の世界の生態系に影響を与え、確実に今と同じ未来が来る可能性が極めて低くなることを言う。


 そんな貴重な時を積み重ねてきた今の現代社会は、幾多の屍の上に成り立っているのだ。今では簡単に治すことができると言われている癌も一昔前ではもう治らない病気と言われていたのだ。

 人類の進化は、たくさんの犠牲の上で成功した、いわば取捨選択なのだ。未来のために犠牲になった過去があるのは実はあたりまえで、いつしか俺たちはそれを忘れてしまっているのだ。

 そして、それを思い出した時、一体俺たちに何かできることがあるのだろうか?

 答えは限りなくNOに近い。例えタイムマシンがあったとしても、過去改変による影響で犠牲になる誰かがまた出てくるのは当然なのだ。


 だが、いざ自分が犠牲者になると、それは困惑でも興味でもなく、怒りに変わる。

 だから、限りなく0に近い解決策の中で、もし俺たちができることがあるとするならば、それを深く受け止め、考えることが必要なのだ。


 ナイトブレス開発の裏に隠された大量誘拐、及び社会の影に葬られた残酷な人体実験の数々。

 人類の進化には本当にそんなことが必要だったのかどうか。そんなものはきっと研究所の研究員でさえもわかってはいなかったのだろう。

 そして、そんなことを微塵も知らない俺たちも、海坂たちからすれば研究所の奴らと同じなのだろう。

 言い逃れのできない事実を受け止め、今を必死に生きるしかない。


ー それではあまりにも俺たちが報われねぇじゃねぇか!!!


 つい数時間前に聞いた言葉が脳内を駆け回る。


 俺は恵美の部屋のドアをゆっくり開ける。バレないようにしっかりノブをひねり、物音一つせずに体を開いた隙間に通す。

 開いたドアから入ってくる隙間風が足元に当たる。


 ベットの上ですやすや寝ている彼女のそばに近寄り、そっとふんわりとした黒い髪の毛を撫でる。

 もう誰も失いたくないと誓ったあの日からもうすぐ2年が経とうとしていた。

 恵美のまつ毛がピクッと動く。

 驚いて咄嗟に手をどける。だが、それが逆に彼女を起こしてしまった。

 何度もゆっくり瞬きを繰り返してから、眠たそうな細い目で俺を見つめた。

 暗がりではっきりとは見えてはいないだろうが、目の前にいる者が誰かぐらいはわかったようだった。

 月明かりに反射する瞳には一体何色が写っていたのだろう。

 ただ、分かっていたのはこの光だけは何があっても絶やしてはならないことだった。



 相澤邸に海坂がやってきたのは、最初に会ったあの日から3日後のことだった。


 荒い息を整える間も無く、玄関に入ってきた海坂は唖然と口を開けて突っ立っている俺たち3人に向かって大声で言った。


「大変だ!今すぐ来てくれ...あいつが、あいつがついに動き出したんだ!」


 頭に巻いた青のバンダナは解けかけていて、額には汗がびっしょりついている。

 俺はついにその日が来たのか?と思いながら海坂の言葉に返答した。


「...わかった。一応向かう」


 なぜ一応とつけたかは聞いてくれるなと言うつもりだった。


 俺は恵美や紅葉に今日の約束を断って家を出た。

 悲しげに俺を見送った恵美の姿をかき消し、今ある状況を飲み込むためだけに脳みそを回転させた。


 先の戦いで、実験で怪物にされた奴とは戦った。だが、俺一人では到底太刀打ちはできなかった。燐がスキルの同時打ちを一人でできたからなんとか勝てただけなのだから、俺一人がいさかいに加勢したところでどうこうなる問題ではないはずだった。


 相澤邸を出てから住宅街を抜け、大きなショッピングセンターの横を通り過ぎたところで、俺は周りの異変に気づいた。


ー 人っ子一人いねぇ...


 そこには、人は愚か、虫や鳥などのあらゆる動物の気配が感じられなかった。まるで、何かがそれを寄せ付けないようにしているかのようだった。

 初めて感じる異様さに体が無意識に震える。


「なんだ?この静けさは...」


 だが、俺の言葉に反応する間も無く海坂はとある方向を指差した。


「いた!」


 確かに指差した方向に人影が見えた。そして、その人影は天から注がれる陽光を嫌うかのように、陽炎の中でゆらめていた。

 指差した方向に海坂は走っていく。


「お、おい...」


 遅れて後に続く。

 だが、近づけば近づくほどそこから感じる殺意なるものに心のどこかが反応していた。


「おい!斎藤ちゃんよぉ!」


 走りながら海坂が大きな声で叫ぶ。全力で斎藤と言われた者のもとへ向かっていく。

 そんな折、向こう側と言えば全くの無反応だった。いいや、反応はしている。だが、言葉を出すことを躊躇っているのだ。

 俺はそんな奴に少なからず危機感を覚えていた。


 そして、海坂が彼のもとに到着する前に謎の男は口を開いた。


「なんで来たんだ?」


 その低い声に海坂も動揺して足を止める。


「な、なんでって...それは、お前を...止めるためだ」


 戸惑いを覚えたような返事を海坂がする。


「止める?何を?」


 感情に訴えかける響きを持った何かが体を突き抜ける。


「何をって...」


 海坂も言葉を失っていた。

 何故なのかはわからないが、彼にも彼なりに気づいた変化に対する動揺があったようだ。


「海坂。俺はな...この世界が憎い。俺をこんな風にした世界が憎い。俺をあの村で産んだ親が憎い。俺を誘拐した研究所の奴らが憎い。俺が少し違うってだけで、邪険にして、関わりを持たなくなった奴らが憎い。そして、そんな自分が憎い。全部憎いんだ!!...だから、だから、だから!」


 泣き叫ぶかのような声で海坂と俺を睨みつけるその瞳にはまごうことなき殺意と怨念が刻まれていた。


「斎藤ちゃん!憎しみからは何も生まないって、あの人が言ってたじゃねぇか!」


 海坂の必死の抵抗に聞く耳も持たず、男は叫び続ける。


「そんな奴のことなどとっくのとうに忘れた!俺たちを逃したと思えば、急に消えて...そんな奴の言葉など信用できるかぁ!」


 海坂たちを逃したというのは誰なのだろうか?俺はふと疑問に思う。


「それに、奥のそいつは何者なんだ!」


 そう言って俺の体を指差す。

 すると海坂が反論するように俺を紹介した。


「斎藤ちゃんを説得するために連れてきた。...アンちゃん、言ってもいいか?アンちゃんがレイズの...」


 そこまで聞いて俺は首を縦に振った。今更そんなことどうでもいいと感じたからだ。


「こいつは、あのレイズ本部の爆破の容疑で疑われている奴だ。知ってるだろ?」


 海坂の言葉に少なからずも反応を示した。


「そ、それがどうした!?そんな奴なんて関係ねぇだろうが!」


 その言葉に少し苛立ちを覚えた気がしたが、気にはならなかった。第三者である俺が関係があるとは言えなかったからだ。

 だが、言われっぱなしもそれでむしゃくしゃした。だから、俺は無意識に口を開いていた。


「あのさぁ。俺にはまだ受け入れらんねぇことだけどな。そんなに張り詰めるなよ、リラックスリラックス...」


 そう言ってあえて陽気に接したが、残念ながらそれは逆効果だったようだった。


「黙れ!黙れ!黙れ!黙れ!...どいつもこいつも、俺を馬鹿にしやがってぇぇぇぇぇ!」


 果てしなく続く空に向かって、男は雄叫びのようなものを上げた。

 掲げた右腕のナイトブレスに左手が触れる。


『リアライズ ゼッ...ゼック...シード』


 ノイズが入ったような、これまでに聞いたこともないシステムコール音がする。

 そしてその瞬間、男の体を覆った無数の金属の刃に俺は思わず目を見張った。

 無数とも言える刃は、宙を舞ったかと思うと、唐突に男の体に纏わりついた。身体中を金属で覆った男の姿は既に人間ではなかった。西洋の甲冑などではない。斬ることしか知らない、どう猛な獣のような姿と息をした、怪物だった。

 そこから放たれる果てしなく続くであろう破壊の衝動に身震いしたのは俺だけだったのだろうか。


 ふいに現れたヤタガラスが鳴いた。

21話 破壊の衝動 を読んで頂きありがとうございます。


海坂の言ってた事件がついに発生?!仁の新たな戦いが火蓋を切る。


次話、22話 死神 は明日(2/18) となります。


『そして、彼はもう一度立ち上がる。だが、それはそう容易く貫けるものではなかった...』by STORY TELLER


次話以降もよろしくお願いします。

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