14話 Unlimited Sadness
一年前のある日。俺はバーニングドラゴンに指示された三つの都市の内の2つ目、カルデァルシティに来ていた。不審な人物を見つける為、俺は薄暗い路地裏を重点的に散策していた。
その日は黒々とした曇天が空を覆い、不穏な空気を漂わせていた。
そして、俺の嫌な予想は的中してしまっていた。
「こっちだ!............あっちに逃げていった!追え!追えーーー!!」
太陽が沈み、唯一の光は街のネオンだけになった。
カルデァルシティはネオンが目立つ、カジノ街でもあった。そして、路地裏には必ずと言っていい程チンピラがたむろしていた。
だからこそ、チンピラvs警官の抗争が後を絶たなかった。
その日もいつもと同じように絶えない抗争があった。
カルデァルシティには派遣レイズと言われるレイズ地方局が配置されていた。そこに、彼、踏押 燐は所属していた。
これは後で知ったものなのだが、彼はカルデァルシティのレイズ地方局でトップを争う超優秀な隊員だった。
そして、彼とトップを争っていたのが、彼の弟、踏押 蓮だった。
燐と蓮は2人とも小さい頃から空手を親に習わせられていた。その中で類稀なる才能を見出され、2人は兄弟でレイズ本部に所属した。
だが、燐は喧嘩っ早い性分だったため、隊員同士で対立することもあったらしい。そのせいか、彼は1年でレイズ本部から地方局へ飛ばされてしまった。
そのとき、一緒についてきたのが弟だった。
こんなにも仲の良く、最強の兄弟をカルデァルシティでは『不動の最強兄弟』と呼んでいた。
そんな彼らがいたおかげか、街はがやがやしつつも、安定した平和を保っていた。
そんな中、2029年6月24日。曇天が空を覆い、夕闇と共に雨を降らせた。その雨は一体誰の涙だったのだろうか。お天道様の涙だと思いたい。
暗い路地裏が降り注ぐ雨粒に反射した光に照らされている。
路地裏を歩いていた俺は、周囲を走り去る警官を側にやや緊張めに周りを見ていた。
そんな時、俺の目の前をあの兄弟が横切った。
「蓮!右に回れ!俺が左から回る」
深い緑色のジャケットを着た長身の男が叫ぶ。
「あぁ、わかった!」
続いて焦げ茶色のパーカーを着た小柄な少年のような子が返事をする。
ー あれが『不動の最強兄弟』か...
二人は物凄い勢いで俺の視界から消えた。
それから、奥の方で銃撃音とシステムコール音が鳴り響いた。鳴り止まない雨の音が、その音に混ざりに混ざって俺の聴覚を支配していた。
こんなことはここでは日常茶飯事だとばかり思っていた俺はその様子に全く動じてはいなかった。逆に、うるさいなぁと不満に文句を心の中で言っていた程だった。
そんな俺が五回目の角を曲がったところで、俺は向こう側から走ってきた人物とぶつかってしまった。
「いったたたた...」
ぶつかってこけた俺はゆっくりと立ち上がる。
向こうもゆっくり立った。
「あ、すみません。前見てませんでした」
適当に謝ってみせる。それで終わるはずだったのだが...
運が悪かった。
「運が悪かったな...お、お前は、こ、ここで、し、死ぬ...」
俺に向かって鋭利なナイフを突きつけるそいつは、さっきまで警官と抗争中だった連中の一人だった。戦闘中に走っていて、途中で俺とぶつかってしまったのだ。
「それはそれは。運の悪いことだ」
仕方なく突きつけられるナイフに身構える。
この程度のチンピラ一人なら自分でも余裕で勝てると、そう思い込んでいた。
「いたっ!いててててててててて...」
俺の予想どおり簡単に倒せたのだが、俺はそのときまだ気づいてはいなかった。
「危ない!!!」
上の方から叫び声が聞こえた。
とっさに反応をして上を向く。
すると、そこには球型の小型爆弾が宙を舞っていた。
「あっ...」
声が出せなかった。突然のことで俺はその場を動くことができなかった。
「避けろ!」
続いてビルの上から飛び出してきた少年がその爆弾を殴り飛ばした。
だが、そんなことをしたら...
「やめろっ!!」
声を出すのが遅すぎた。
「ドガガガガガガガガガガーーーン!!」
小型爆弾とは思えない爆発が少年を包む。悲鳴は一切聞こえなかっった。
だが、爆弾の炎は空中で今も燃え続けている。
しばらくもしない内にその中から少年が落ちてきた。
俺は彼を下から受け止めると、そっと地面に降ろした。
「大丈夫か?おい!しっかりしろ!しっかりしろ!!」
俺の腕の中で短い息を吐く彼の命の灯火が今にも消えそうで恐ろしかった。今度は失ってはならない。いけない。そう思っていた。
彼は息を整えると、笑顔でこう言った。
「大丈夫です」
ただ、そうとだけ言ったのだった。笑顔で。
だからこそ、その笑顔の裏側にあるものを知るのが怖かった。
そのまま目を閉じてしまった。
「しっかりしろ!おい!しっかりしろ!!」
彼の体を揺する。だが、反応はない。
ー おい、嘘だろ...起きてくれ...起きてくれよ...
怖くなって、恐ろしくなって、またあの日のような思いをするのはごめんだと、心のどこかで思っていた。手が勝手に震えてしまう。抑えようにも抑えられない。
激しく揺さぶってみても、やっぱり反応はない。
近くで伸びているさっきの男はまだ起きていない。
だが、頑張って揺さぶって、声をかけていると、やっと反応があった。
「............大丈夫です。...そうだ、これを君に」
そう言って俺に彼は自分の右腕を俺の右手に当ててきた。
この行動の意味を俺は知っていた。
ー アイテムトレード。
ナイトブレスは元々、とあるMRMMORPG用のゲームソフトを遊ぶために研究・開発してたものだった。それ以外にも今は使われているが、ナイトブレスに搭載されているシステムの中にはゲームに直接つながるような操作が幾つか存在している。
そのうちの一つが、アイテムトレードだった。双方のナイトブレスを交差させ、どちらか両方が「アイテムトレード」と言うと、ナイトブレスの内臓マイクがその声を読み取り、事前に指定したアイテムを交換することができる。アイテムトレードはトレードというだけあって、一方的な送信では終わらない。つまり、交換しなければならない。それも、等価交換でだ。
そのとき、俺はなぜそんなことを彼はしたのかわからなかった。
それは今でもわからなかった。
でも、それで彼が助かるのかと思ったら、アイテムトレードをしてもいいのかもしれないと不意に思ってしまった。
そんな浅はかな俺がいけなかったのだ。
「アイテムトレード」
俺は呟いた。
『アイテムトレード、ー Code 穂村仁 = Code 踏押蓮 ー』
ナイトブレスからシステムコールの音声が流れる。
ナイトブレスのディスプレイにアーマーのアイコンが表示されていた。そのときはまだそれが何かはわからなかった。
「よかった...」
そう安堵した彼の表情を見て、俺も安心してしまった。
だが、その後に続いた彼の言葉に俺は驚愕してしまった。
「蓮!!!どこだ!!蓮!!」
数分前から蓮の姿が見えなかった。
連中の一掃は完了したはずだった。だが、まだ連中の中の二人が捕らえられていないと知り、俺はここいらを散策していた。
この二つのことを念頭に置いて俺は薄暗い路地裏を走っていた。
ところどころにトタンの屋根があったから、少しずつ雨宿りをして散策を続けていた。
そんな時だった。
「ドガガガガガガガガガガーーーン!!」
近くから爆発音がした。
ー まさか...
そのまさかが的中してしまっていた。
そこに駆けつけると、そこには赤のラインが入った黒のジャケットを着ている黒髪の男に抱かれた蓮がいた。横たわる蓮の服はぼろぼろになっていて、さっきの爆発に巻き込まれたのは一目瞭然だった。
「れ、蓮?」
受け入れられない。
ー そうだ。まだそうなったわけじゃない...
俺はそっと近づいた。
蓮を抱きかかえる男が挙動不審にこちらをチラチラ見ている。
ー なんだ?コイツ?...こいつ、どこかで見たことがある。
薄暗い闇の中でも、その顔はギリギリ視認できた。
俺はその顔に見覚えがあった。
ー コイツ...レイズ本部を爆弾で破壊したと言われている、指名手配中の...
驚愕した。そして、事情を把握した。
「お前...まさか、蓮を...」
そうだと確信していた。コイツはさっきの連中らと一緒に画策して、蓮を殺したのだ。
ー 殺した?
勝手にそう思ってしまった。
そして、確認してしまった。
「蓮?返事、しろよ...」
その言葉を聞いて、男は蓮からゆっくり離れていった。
「ごめん...」
そう一言だけ言って立ち去ろうとした。
俺はそいつを忘れない。
蓮に駆け寄った俺はまず最初に蓮のナイトブレスを見る。
止まっていた。そして、蓮の心臓停止のメーターが表示されていた。
悲しみに暮れた。
ー 許さねぇ...絶対ェ許さねぇ!!
それから俺はずっとあの男を探していた。
レイズ本部爆破事件の最大の容疑者、穂村仁を。
14話 Unlimited Sadness を読んで頂きありがとうございます。
突如現れた謎の男、踏押 燐が抱える悲しみの過去を今回書かせていただきました。一体、仁は蓮に何を聞いたのだろうか...?
次話以降でそれは明らかになります。
次話、15話 恨みのDamage は明日(2/7) となります。
次話以降もよろしくお願いします。




