12話 始まりの日-The Beginning-
日差しがさんさんと照りつけるある昼の午後。
俺は久方ぶりの人と会って、話をしていた。もう会えないと、そう思っていた人と。
「どうして...その...お前が...ここに?」
どうしても聞きたかったことを俺は数分の沈黙をかけて言葉にした。
彼女は照れ臭そうに長い黒髪を掻きながら答えた。
「私にも、よくわからないの。それ以前に、私が死んでいたっていうのも、私自身知らなかったの」
あの日はみんながみんなてんやわんやで、生死のことなんて二の次になっていたのはわかっていた。
「私が目覚めたのは、本部が倒壊した日の二日後だったの。気づけばそこには泣きじゃくる弟が側にいたの。ベットに寝かされていた私は訳もわからず弟の紅葉に聞いたの。『仁は?』って」
真っ先に俺のことを言ってくれたのを聞いた途端、心がほっとした。
「そしたら、紅葉はその人ならどこかに消えてしまったって聞いたって言ったの。そのとき、私...急に不安になって、どうしたらいいのかわからなくなって...ただ泣いてばかりだった。泣くしかできないなんて、完璧美少女はどこへ行ったのやら」
そう言って微笑んだ顔に、まだ不安の色が残っているのがわかった。
「大丈夫なのか?」
その表情につられ、俺までもが不安になってくる。今すぐにでもいなくなってしまいそうで怖い。一瞬でも目を離せば、そこから消え去ってしまいそうで儚かった。
「ええ、大丈夫よ。医者には1週間の入院って言われただけ。あと、こんな奇跡はないって言われた」
医者の言ったことは正しい。
俺があの日、恵美の元に向かった時、確かに彼女の呼吸は止まっていたし、腕のナイトブレスにも心肺停止のメーターが表示されていた。
なぜあのとき彼女を助けられなかったのか、俺は悔やんだ。ひたすら自分の愚かさに毒づいた。バーニングドラゴンの言う通りに先に実験室に行っていなかったら、彼女は助かったのではないのか?そう俺に問いかけ続ける俺がいた。
その悔しさ、愚かさが、さらに俺を彼女を後にさせた。
散々嘆いた後、俺はまず先に恵美を抱えて東棟へ向かった。
だけど、そこもすでに破壊された後だった。見るも無惨な光景が目の前に広がっていた。
幸い俺と同じく助かった人たちが近くにいた。俺は彼女をそこへ預けようとした。
しかし、帰ってきた答えは悲しすぎる言葉だった。
「死んでいる。残念だけど、もう無理だ」
その後、緊急に駆けつけた医者達が口を揃えて言った。
俺は絶望し、この世の生きる意味というものを失った気がした。
だが、悲劇はそれだけでは収まらなかった。
「隊長!残っていた監視カメラに、不審な人物が...」
あの日、爆発源とも言える北棟地下1階に俺はいた。それだけで説明は十分だった。
俺は、この事件の最初にして最後の容疑者となった。
そこからは早かった。
俺の言葉を信じてくれた坂田隊長が頑張って隠し通路を作ってくれた。俺はそこをまっすぐ進み、行く先々に点在するコンビナートをくぐり抜け、ついにレイズ本部がある東京都セントラルエリアから脱出した。
それから、俺はここホームランドシティに辿り着くまで1年もかかってしまった。
そして、ホームランドシティで俺はしばらく住むことにした。
そしたら、最後の最後で、俺は最愛の人にもう一度出会えることができた。
もう一度目の前にいる彼女を見つめ直す。そして、何度も瞬きをしてみせる。まだ瞼の裏に彼女の姿が残っているというのに、なんどもなんども彼女を確認した。
ー 消えない。
ついに俺は安堵した。高鳴る胸の音が鳴り止まない。息が荒くなる。
ー 安心したばっかなのに...なんでだろうな。
深呼吸をしてみる。
彼女の不思議そうな顔が目に入る。
「何してるの?」
側から見れば奇怪な俺の行動に彼女は笑った。
それに俺も微笑み返す。
俺は今度こそ安心して口を開いた。
「...そうだ。お前の弟、紅葉って言ったっけ?俺、あいつをほっぽり出してきてしまった」
「何してるのよ。あの子、あなたを当てにして来たのよ」
彼女の顔が呆れたと言わんばかりの表情になる。
「仕方ねぇだろ。...相澤って聞いたんだ。それに...もし、お前だったらいいなって...」
視界がボヤける。
ー 泣くな!俺。男だろ...
心の中で必死に止めようとする。
「仁...」
ふいに目が合う。
これまで抑えてきた感情が一気に弾け飛ぶ気がした。
俺を見つめる彼女が、堪らなく愛しく思え、今すぐにでもこの手で抱きしめたいと、そう思ってしまう。
感情に流されるままに、体が傾いてゆく。
だんだん近く彼女の顔に少し火照りが見える。暑いのだろうか...そんなことはない。なら...。
目を瞑る。互いの呼吸がはっきり聞こえるようになる。良い匂いのシャンプーの香りがする。
ー 俺は、このときをずっと待っていたんだ...
唇と唇が触れ合うその時、
「ねーーーーーちゃーーん!そっちに男の人来なかった?」
ふいに大きな声がした。
途端、緊張の糸が途切れ、それとそれは触れ合う直前で静止する。
じゃりじゃりと足音が近く。
「ねーちゃん!聞いてる?...って、あぁ!!」
裏手から庭に駆け込んで来た少年は俺を見て唖然とする。
とっさのことで記憶が飛びかけたが、そのとき俺たちはすでに数十センチ離れていたという。
「先生!いるならいるって言ってくださいよ!姉ちゃんも!」
ー 先生?
馴れ馴れしく接するその少年には、そこまで嫌悪感は抱かなかった。疑問もないと言われれば話は別となるが...
「おいおい、俺はお前の先生になった覚えはないぞ」
いたって正論、当然のことだ。だが...
「いいえ、今日からあなたは俺の先生です!だよな姉ちゃん!」
力強く噛んだ白い歯をちらりと見せ、少年は悪ガキのような顔で笑ってみせた。
隣にいる恵美を一瞥する。
「話を戻すわ。突然のことで困惑してるだろうけど、お願い、紅葉の剣術の先生になってあげて」
恵美までもが懇願してきた。
ー 二人して頼まれちゃ断るに断れねぇ...
結構マジで困惑していた俺は、ある名案を思いついた。
「...わかった」
二人の表情がさっきよりも一層明るくなる。
「だが!」
続く俺の言葉に二人は耳を傾ける。
「俺をここで住まわせてくれ。もう家賃を払える金がねぇんだ」
俺の言ったことに拍子抜けでもしたのか、二人ともがっくりとする。
「仁...」
二人とも、可哀想な、哀れむような表情で俺を見つめる。
「なんで俺を哀れむような表情でみるんだよ!」
名案だと思っていたのは俺だけだったようだ。そして、二人は口を揃えて言った。
「そんな簡単なことでいいのなら、もっと早く頼んでおけばよかったわ」
ー 冷たっ!というか、そんなこと?やばい、これまで家賃で悩んでいた俺を嘲笑うかのような財力を垣間見た気がしたぞ、今。
「じゃ、よろしくお願いします!先生!!!」
少年が右手を俺に突き出してくる。
その姿がいつしかの誰かと重なり、いつしかの哀愁を感じる。
「あぁ。よろしくな」
その手を俺はすかさず掴んだ。
掴んだ手は、温かくて、優しくて、これの手を汚してはならないと、俺はその時思った。
始まりの日は始まるべくして始まったのか?それはわからない。でも、この日が本当の始まりの日なのだと確信した。
後悔と苦悩で埋め尽くされた失われた二年を埋めるべく、俺は物語の1ページをめくった。
12話 始まりの日-The Beginning- を読んで頂きありがとうございます。
感動の再会を果たした仁と恵美。後悔と苦悩の一年に何があったのか?いや、案外本当に空白なのかもしれない...
突然の展開の末、紅葉の先生になった仁。これから仁の率いる道場はどうなるのか?
次話、13話 恨みのブルース は明日(2/5) となります。
これは、とある兄弟に起きた悲劇の話。 『悲しみの最強兄弟』編スタート!
次話以降もよろしくお願いします。




