1話 再開する裏切りの炎
今回初めて小説というものを書きます。つまらないヒーローものですが、楽しんでくだされば嬉しい限りです。話は前編は過去編、後編は現在となっております。
それでは、ようこそNITEの世界へ。
小鳥がさえずり、街の騒がしさが一様に消えゆく。いつか聞いた子供の声が微かに聞こえる。銀色の朝の陽の光が瞼の裏まで照らし出す。
力を込めて頑丈に閉じられた瞼をこじ開けると、そこにはいつもと変わらない景色があった。
古びた机、1本脚がもげそうなボロ椅子。所々に散らばっているゴミ............
ー ってか、ゴミしかねーじゃねぇーか。何が小鳥のさえずりだぁ?今にも亡者の呻き声が聞こえてきそうだわ。
はぁ、と俺はため息をついた。
最近、俺は全く部屋を掃除していない。いや、その表現は間違っている。もっと正確に言うと、怠いから生活すんの辞めた、というべきだろう。
日本で2番目に栄えていると言われる街、ホームランドシティの一角にある月見荘に俺、穂村 仁は住んでいる。年齢は言わない。そんなに若くない。もう働かないといけない年齢だ。
何?ニートじゃんって?いやいや俺はニートじゃない、親いねーし。え、何々?「そんなの関係ない」。ふざけんじゃねぇよ、自宅警備隊だよ。立派な仕事だよ、自宅警備隊。我が家を悪から守る。立派な仕事じゃねぇか。
自分の口から発せられた言葉に俺はふとある出来事を思い出した。
ー 我が家を悪から守る、か。えらい懐かしい言葉を口にしてしまったもんだな。あいつら、今何してるかなぁ。元気にやってればいいんだが。
まぁ、とにかく、こうして怠い今日がまた始まったわけだが、一体何からしていけばいいか。
俺は机に置いてあるカバンから財布を取り出した。中に紙切れはない。硬貨が二、三枚入っているだけだった。
「やべぇ。遂に切れてしまったか。しまったなぁ。これじゃあ朝飯もろくに食えねぇじゃねぇか。」
俺は自己責任である愚痴を独り言でブツブツと呟いていた。
不意に玄関の方を向く。気配がした。人の気配だ。
「まさか!もう家賃の取り立てかよ?」
震えた小声で俺は玄関から目を背けるとそっと忍び足で寝床へ向かおうとした。
「あのぉ、すみません。ここ、穂村 仁さんのお宅ですか?」
扉の向こうからは若い少年の声が聞こえた。
ー なんだぁ?取り立てじゃないのか?
内側へ向いた体を玄関の方へ向けると、俺はまた恐る恐る扉の方へ向かった。
風が所々吹き抜けるボロボロの扉を開ける。扉の木が軋む音が聞こえる。
扉から溢れた光の中に1人の若者が立っていた。少年はすらっとした立ちづまいで、どこか凛とした姿をしていた。だが、その一方で頼りない気迫を持っているように思えた。
少年はくりっとした目で俺を少し見上げた。少し俺より背が低い。黒髪に真っ黒過ぎる瞳。黒のジャケットに身を包んだ少年は黒がお似合いな雰囲気を醸し出していた。
「なんだぁお前。俺に何のようだ?」
起きたばかりで上手く発声できなかったが、そんなことはどうでもいい。
それよりも黒の少年は何だかモジモジした様子で言葉を発した。
「あ、あの...」
自信の無さげな少年の声に俺はため息をまたつくと、
「んだよ。用があんならさっさと言えよ。こちとらな、今さっき起きたばっかなんだ。目覚まし時計もなってない内にだぞ。小鳥のさえずりと朝の陽の光で起きちまったんだぞ。なんだよ、どっかの小説じゃないんだから。」
間髪なく誰かもしれない相手に向かって愚痴を吐いた。
「しまった、言い過ぎたか?」とそろっと少年を見る。
だが、余計に口を閉じてしまったかのような様子の少年は、唇をビクビクさせていたと思うと、急に大きな声で叫んだ。
「お、俺に剣術を教えて下さい!」
俺は頭が灰色になった。なんかもうよくわからない状況という意味だ。
「はぁ?今なんて、」
「俺に剣術を教えてほしいんです!」
俺の言葉を遮り少年は強く言った。
「お願いします!」
俺は少し戸惑った。
「あ、あのさぁ。俺、そんな剣術なんて教えてないし。そ、そういうのはちょっと...」
ここは引いてもらおう。見ず知らずの他人に剣術なんてそんな...やだよ。普通に緊張するし。
「俺、姉ちゃんに聞いてあなたを探していたんです。あなたがレイズに所属していた強い人だと。」
俺はいろいろ不思議に思った。そんな奴がなんで俺なんかを...。
「へぇ、そっかぁ。お前どこ住んでんの?」
怪しい。それが俺が思った最初の感情だ。俺を知っていて、尚且つ俺の居場所まで知っていて、それなのに実の弟をそんなところに。
「えーっと、ホームランドシティC地区6番街3-50です。」
「ふぅん。」
大丈夫だ。まだ怪しまれていない。んじゃあお次は、
「名前は何て言うんだ?」
俺は知りたかった。誰がこいつの姉なのか。純粋に、ただ純粋に。
「相澤 紅葉って言います。相澤紅葉。」
ー 相澤
その言葉に俺は驚愕した。
俺は無意識に相澤を名乗る少年をどけて玄関を抜けると、慌てるようにさっき知った場所へ走った。
急に汗が噴き出し、呼吸が苦しくなる。目の前が回りださんばかりの混乱に落ちた俺は他には何も考えずただただ走った。
俺が向かった先は勿論、ホームランドシティC地区6番街3-50。
俺の一番弟子である、相澤 紅葉の家だった。
2028年 4月1日
俺の名前は穂村 仁。今日から特殊警察組織レイズの栄えある第2期生の大学卒業したてピチピチの社会人だ。
俺は見事難関試験を合格し、レイズに入ることが決まった。それを知ったのはつい2週間前だった。突然の電話に俺はろくに言葉も喋れなかったが、今から思うとそれも当然のことだった。レイズに入るというのは、昔でいう軍隊の最高官僚になるようなものだからだ。
レイズとはNITEシステムを駆使し、NITEシステムを悪用した者たちから市民を守る組織である。
2026年、全世界を翻弄し、京都を一瞬で消失させた大災害『ポータルナイト』。この災害が及ぼした影響は計り知れないと言われている。だが、俺自身その時の記憶があまりない。それは他の人も共通しているという。衝撃のキツさが影響しているらしい。
そんな事を回想している内に電車は目的の駅に到着した。近未来感あふれんばかりの雰囲気を持ったプラットホームが目の前に広がる。
俺は急いで電車から降りた。スーツ姿で駅のホームを駆ける。カバンを左手に目的地まで一目散に駆けてゆく。ただひたすらに。
なぜそんなに走っているかって?それはもちろん、
ー 遅刻だ。
遅刻をしたからに決まっている。今日は何の日だってぇ?
ー 入隊式だ。
入隊式が今日の8時から始まる。現在の時刻は?
ー 7時40分だ。
俺はただひたすらに駆けてゆく。セリヌンティウスが待っているわけではないが、俺は走る。いいや、正確に言うと「俺の夢」が待っている。
2026年、ポータルナイトが起こった後、ある科学者がNITEシステムを開発した。NITEシステムを使用するために必要なモノ。それは、
ー ナイトブレスだ。
ナイトブレスは腕時計のような役割をしている。実際、そのように使っている者が多い。現に、今俺は少なくともそうやってこれを使っている。
一方、NITEシステムの賜物であるナイトブレスはただの腕時計ではない。VR世界『仮想世界』のものをこの世に召喚できる夢の機械なのだ。NITEシステムはまるでゲームの世界に入ったかのような気分になれる。最高だ。元々ゲーム好きだった俺からすれば本当に夢のようなおもちゃだ。でも、これはおもちゃではない。
ー これはもはや遊びではない。
どこかで聞いたことのあるようなフレーズが頭に浮かぶ。懐かしい感じがした。
俺はただただ走り続けていた。ただただ目的地に。
ここは東京都のど真ん中に位置するある街だ。その街のど真ん中にあるのが、そう、レイズ本部局だ。俺は今そこに向かっている。
ことの発端は朝に起きた。簡単な話だった。俺は早起きが苦手な性分だった。大切な入学式の日すら、親に起こしてもらわないといけない程の。いいや、訂正する。さすがにそんな日はちゃんと起きていた。だが、今日はなぜか寝坊をしてしまった。
ー かったりぃな。
これが俺の今日の第一声だった。
ー あ。
これが俺の今日の第二声だった。
大学を卒業した後、やることがなくなった俺はバイト生活の日々を送っていた。そんなある日だった。
「君、レイズの入隊試験受けてみないか?」
「え?なんですか、急に」
バイト先の客だった。短いひげに正装に身を包んだお偉いさんのような客だった。その時、俺はなぜかレイズという組織、仕事に興味がわいた。それまでは何にも考えていなかったのにだ。俺は咄嗟のことであまり覚えてはいなかったが、その時、俺はその質問に『はい』と答えたのだ。俺はわけもわからずにレイズの入隊試験、いわゆる会社の採用試験にエントリーした。
試験がどんなものだったかはあまり今は思い出せない。だが、これだけは言えた。NITEシステムとは全く関係のないものだった。試験内容は、NITEシステムと平行線上をゆく、決して交わらないものであったことは確かだった。
そして、俺はその試験に合格した。
そして、今日という日が来た。
そして、俺は今日、走っている。
長い回想を終えた頃には、俺は既にレイズ本部局に到着していた。
俺は立ちふさがる警備員を押しのける。
「どいてくれ。俺は急いでるんだ!」
俺は走る。俺は階段を降りる。俺は息を切らす。俺は次は階段を上る。俺はまた走る。その繰り返しを俺は続けた。
暗い連絡通路を抜けると遠くから声が聞こえてきた。号令のような声だった。
荒々しい声が響いた通路を、俺は不安を感じながら走った。自然と足が遅くなる。最後はもう歩くと言っていいスピードになっていた。遅れてしまったのではないのかという不安と焦りがかえって足を遅くしてしまう。
俺はその声が漏れているであろう大部屋らしきところに繋がる扉の前に立つ。
急に呼吸が荒くなる。意を決した俺は思いっきりドアを開けた。
「ガシャン!!…ギィィィィィィィ」
ドアが予想よりも遅く開く。暗い通路に光が溢れてくる。眩い光が目に飛び込んでくる。
俺は思わず手で顔を覆い隠す。
「眩しっ!」
目をゆっくり開ける。強い光にまだ目が慣れていない。ようやく目が馴染んだその時、俺は衝撃的なものを見た。
ー ここって、入隊式の会場かよォォォォ!!
頭の中が真っ白になった。唖然とする。
俺はどうすればいいのかもわからずただひたすら前を見続けた。たくさんの視線がこちらに集中する。
そんな中、俺はある人物と目が合った。と同時に何かの異変を感じた。
凛とした女の人だった。黒色の長髪に藍色の瞳の彼女は、俺をジッと見つめた。
だが、そのまま髪を振り乱して向こう側を見てしまった。
彼女はどこかへ行ってしまった。俺はその後を追いかけるように足を運ぼうとした。
だが、その足はすぐ止まった。俺の肩にドシッと圧力がかかる。まるであっちには行かせないみたいに。
俺は何故かその後の記憶がない。次にあるは記憶の中では、俺はもうすでに入隊式を終えた頃だった。
俺はあの時の彼女の顔をはっきり覚えていないのだ。その後、どんなに見かけたとしても。その顔、姿は見たことがなかった。
彼女は凛々しく、優美で、清楚で、そして、悲しそうな目でこちらを見つめていた。
2030年 12月14日 現在
久しぶりにこんなに走る。自分でも驚くような吐息を吐きながら走り続ける。
特に場所がはっきりわかるわけではなかった。だが、走り出せずにはいられなかった。
俺は何で今走ってんだ?まぁそんなこと考えればすぐにわかるんだが、今は整理がつかない。頭ん中に無数の情報、記憶が入ってくる。だが、それと同時に情報全てが煙のように消えてゆく。まるで、そんなことは忘れろという命令を背くように。
俺はこの時代にしては珍しい瓦屋根の塀があるところに辿り着く。その塀から朝日が漏れる。再び俺の足が走り出す。
ー この向こうに何かがある。
塀が途切れているところを見つける。
ー この向こうに、俺が望んでいたものがある、ハズ。
塀が途切れたところには当然のように門がある。大きな門の奥には広い庭がある。そして、その奥には、
ー 道場がある。
息が切れて変な声が出る。白い吐息が現れては消え、現れては消えていく。
朝日が照らし出す道場の行動の奥に、一人まっすぐ立つ人が見えた。俺はその人に声をかけようとした。
後ろ姿や凜とした佇まい、黒い長髪がふわりと揺れる。
彼女はこちらへ振り向いてかすれた声で俺に向かって涙ながらに言った。
「あれから2年。やっと…会えたね」
この度は「NITE -傷だらけの翼-」を読んでいただいてありがとうございます。
これからも全力で執筆して行きたいです。
更新は3話以降は毎日更新します。(予定)
追記:9話で過去編を終え、10話からは現在編を始めます。現在編は過去編に比べ、1話の文章量が変わります。読みやすい文章量に調節していきますので、よろしくお願いします。