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声豚ラプソディ

作者: 瀬名夜道

「でさー、昨日のひよたんのラジオマジ神だったんだって!」

 昼休み、僕は友達に声優さんのラジオがいかに面白かったかをクラスメイトに力説していた。僕、仁倉琢哉は声豚、つまり声優の熱狂的ファンだった。

「はいはい、琢哉の言ってることマジ意味わかんねー」

 こいつは吉田。アニメを少し見るらしいので友達になった。しかし声優に関しては全く興味が無いようだった。

「つーか声優? なんでそんなに好きなワケ? 美人とかかわいい子とかいなくね?」

「いやいや、顔とかじゃないんだって。まず声が天使じゃん! しゃべりも面白いし。そこらの芸能人に負けてないって」

 そう、負けてないと僕は本気で思っている。それに、顔だって最近の声優は結構整った人が多くなっていると思う。全て揃った、まさに女神なのだ。

「それにどのアニメ見るかだって俺、声優で決めてるよ」

「芸能人に負けてないってマジで言ってんの? て言うか内容が一番っしょ。それおかしいわー」

 吉田がこういうので僕は少しムキになった。

「ドラマとか映画だってさ、見てて面白かったら俳優や女優の事を気になったりするだろ。んで演技が良かったりしたらその人が出てる作品だったら見ようかなって思うじゃん。同じだろ」

 少し早口でまくし立てた。これが正論ってやつだ。

「まぁそう言われればそうかもしんねーけど、やっぱそこまで熱くなる理由、俺にはわかんねーわ」

「とりあえず今見てるアニメのラジオ聞いてみ?絶対ハマるから」

「いや聞かねーし。お前イベントとか行ってるんだっけ。あんまり熱をあげんなよ? もうおっかけレベルじゃない気がするわー」

「いや、聞けし。イベントなんて国民的アイドルとかよくやってるし何万人も行ってるじゃん。遠くで応援するのがいいんであってストーカーとかならねぇから」

「お、おう」

 失礼な事を言われたがラジオを聞いてニコ生を見れば、吉田だって誰だって絶対ハマるし、声優を好きになるはず! 僕はそう信じている。最初の一歩が踏み出せないだけなのだ。

 キーンコーンカーンコーン。昼休みの終わりを知らせるチャイムが鳴った。じゃあなと吉田に別れを告げ、僕は自分の席に戻った。

 現国の先生がドアを開けて入ってきて、授業がはじまった。いつもの様に、僕はぼーっと教科書に書かれている名作だという文章を眺める。僕はこれが全部人気ラノベだったらやる気も起きるんだけどな、といつも思う。

「次、62ページ3行からから、双美さん読んで」

「はい」

 双美と呼ばれた女子が立った。僕はあまりこの双海さんの事を知らない。クラスでは目立つ方ではないし、顔もそんなに可愛くない。なにかあるとすれば最近欠席が多いな、ぐらいである。しかし僕は彼女に一目置いている事がある。

「夕暮れ、側道を自転車で走り、空を見上げるとーー」

 教科書を読むとき、滑舌よくハキハキと読み上げるのである。それに声量もある。正直上手い。僕の好きな声優レベルかと言われればただの素人だけど、その辺の高校生だと、恥ずかしがってあまり真面目に読まないので、その差は歴然である。

 「はい、そこまで」

 双美さんが席に着いた。僕は、頑張れば将来、声を扱う職業につけるんじゃないかな、なんて思いながら彼女を横目に見ていた。そう、その時はーー。

 

 アニメが1クール終わり季節が変わった。僕は、新アニメが始まるのでいつもの様にまとめサイトをチェックしていた。新アニメのアニメ制作会社スタジオ、監督、キャストが画像と共に一覧でズラッと並んでおり、ひと目でわかるようになっているのだ。僕は勿論、その中でもキャストーーつまり声優目当てで見るアニメを決めている。

「せりにゃんとまお様はこのアニメに出るのか…絶対見ないとな」

 と、来期の計画を決めていると一つの深夜ラノベ枠のアニメで目が止まった。今ではよくある異世界ハーレムものというやつだ。好きな声優がメインヒロインで出ているのはもちろん、キャストの2番目に違和感を感じた。

「双美一葉…?」

 その名前を見た瞬間、クラスの双美さんが頭に浮かんだ。興味が無かったから下の名前までは覚えていないが、双美という名字は珍しい。まさかな…、と思いながら双美一葉でググってみる。wikipediaの右のプロフィールの画面で、声優独特の、顎の下の方で手を合わせてる写真は、紛れもなくクラスメイトの双美さんだっ! あまりの衝撃で心臓がバクバク鼓動し、椅子からずり落ちそうになった。アメリカ人ならここで口に手を当て、オーマイガー…と呟いているだろう。混乱で頭がどうにかなりそうだ! クラスメイトにあの、あの女神の声優さんがいたなんて!!

 wikipediaをよく読んで見る。ページの情報は少ないが、去年、ある声優グランプリで特別賞を貰ったことが書かれていた。それから事務所に預かりという形で所属しているそうだ。この深夜アニメがデビュー作になるようだ。僕という者がこんな事を見落としていたなんて! チェックの甘さに頭を掻きむしる。

 明日からクラスでどう接すればいいんだ? いや、話しかけたことすら一度もないんだけど。デビューおめでとう! なんて声を掛けていいんだろうか。いやいやいや、相手は声優、つまり女神様だぞ! 気軽に話し掛けるなんて言語道断だ。このことは僕だけの秘密にしておこう。そう胸に誓った。プロフィールの写真の彼女は世界で一番かわいく、輝いて見えた。


 アニメも始まり、主人公の妹の友達というポジションの役だったが、見た目もかわいいし、双美さんの演技も、新人声優とは思えないほど上手く、学校では聞いたことのない、とても萌える声を出していた。こりゃファンが一気にできるだろうなと、僕は思った。

それからというものの授業中、休み時間、ありとあらゆる時間で気付けば僕は彼女、双美一葉を見ていた気がする。やはり普通の女子にしか見えないが、僕にとってはとてもかわいく、眺めているだけで幸せだった。同じ空気が吸えるだけで幸せだった。

 アニメで一葉ちゃんが演じる「ミミ」が出た回は何回も視聴したし、ラジオでゲストに呼ばれた回は、スマホに入れてもう何十回も聞いている。たどたどしく、学校で聞く声より少し高いが、可憐で美しい声だ。聞いてるだけで耳が癒やされる。こんな声の持ち主が、すぐ手の届く所にいる幸せ噛み締めた。

 そして待ちに待った日が訪れた。キャラソンの発売日だ。キャラソンとはキャラクターソングの略で、こういうヒロインが多いハーレムアニメでは発売される事が多いのだ。勿論予約したし、youtubeで販促動画も何回も見た。少し聞いた感じだと、歌も中々上手かった。それのフルが聞ける日が、ようやくやって来たのだ。アニメショップでCDを受け取り、パソコンに挿入する。ヘッドフォンを着けた。曲が始まる。ポップな感じの曲で恋の歌だった。完全ではないが、歌に慣れてない感じが聞き取れ、とてもよい。そして衝撃の事態が発生した。なんと、この曲、「セリフ入り」だったのだ! 曲の合間に、一葉さん演じるミミちゃんの声で、「お兄さん、大好きだよ」と囁いてくれる! なんだこれ最高すぎる。このCDの制作に関わった全ての人グッジョブ! 何回も聞いてるうちに、気付けば僕はズボンを下ろし、一葉さんの事を思い自慰に耽っていた。目を閉じ、夏服の布地の少なさから見える腕や足、透けブラの事を思い出しながら。ボイスを聞きながら感覚全てが、一葉さんに包まれる感じがした。今までで一番気持ちのいい自慰だった。少しの罪悪感が僕を襲った。

 

 保健体育の時間は男子と女子で交代で、グラウンドと体育館で運動、教室で授業というふうになっていた。僕の席は運良く窓際だったので、窓からグラウンドが見えた。一葉ちゃんが球技をしていた。勿論、体操服姿でだ。現役女子高生声優の生体操服…。僕は股間が隆起するのを感じた。その光景をしっかりと目に焼き付けた。


 下校の時間、吉田が話しかけてきた。

「琢哉さあ、双美さんの事好きなの?」

「と、突然どうした?」

 僕は焦りながら答えた。

「いや、いっつもチラチラ見てるじゃん。誰だって分かるわ」

 バレてる…。僕は咄嗟の言葉が思いつかず黙ってしまった。

「女子の間で話題になってるぞ、キモいって。本人はそこまで気にしてないみたいだけどな」

「そうなんだ…。そんなつもり、無かったんだけどな」

 一葉ちゃんは気にしてないのか…。やっぱり天使だ。

「まぁ気をつけろよ。好きなら早く告ってスッキリ振られちまえよ」

 吉田が笑いながら言った。振られること前提なのか。でも本当に気をつけないとな。一葉ちゃんに嫌な思いはしてほしくない。その晩、僕はまた自慰に耽るのだった。


 それから暫くたった。一葉ちゃんの声優活動は順調で、モブだが次のアニメも何本か決まり、学校は早退や欠席することがあっても、あまり負担になってない様に見えた。僕としては声優の仕事はもちろん応援したいが、同じ空気を吸える時間が少なくなることが嫌だった。

 そんなある日、一葉ちゃんが学校に来た。日に日に可愛さに磨きがかかっているようだった。出来るだけキモがられないように、見ない様に我慢した。

 次の授業は理科で、移動教室だった。休み時間教室から出て理科室に向かうと、すぐ前を一葉ちゃんが女子と歩いている。オーラが出ているように感じた。なんかいい香りもしている。だめだ! だめだ! と、意識しない様にしていた。だが、髪の間から見えるうなじに僕は目を奪われた。反らそうとしても、目を反らせない。ーー触れたい。こんな距離に一葉ちゃんがいる。現役女子高生声優の一葉ちゃんがいる。触れたい。触れーー。

 ガチャン! 無意識で右手を伸ばしかけたいたらしい。右手に持っていた筆箱が手を離れ、僕の足に当たり蹴ってしまい、一葉ちゃんの横まで転がっていった。

 ーーやってしまった。一葉ちゃんが音に驚き、こちらをみた。キモいと思われる。キモいと思われる! 逃げなきゃーー。

 しかし一葉ちゃんは足元の筆箱を広い、笑顔で僕に差し出した。

「仁倉くん? 落としたよ。はい。」

 そこには紛れもない天使がいた。世界でただ一人の僕の天使。僕を救ってくれるただ一人の存在。

「あ、ありがとう…」

 筆箱を受け取るとき、少し手が触れた。それでも一葉ちゃんは笑顔のままだった。僕は天にも昇る気持ちだった。この気持ちをなんと表せばよいのか。その場で立ち止まってしまっていたので、遠くの方から仁倉マジキモくね? とか一葉、あんたわかってんの? とか聞こえてきたけどそんなもの気にも止めなかった。僕は幸せだった。

 

 そして冬になり、そんな幸せな僕の日々をぶち壊すニュースが僕の目に映った。

 2chの声優個人板を見ていると、「双美一葉が彼氏と歩いてた。マスクしてたけど間違いなかった」「あ、俺も見たわ。めっちゃ仲良さそうだった」「ずはちゃんに彼氏ってマ?声優人生オワタw」「関係者か?枕乙」なんかの書き込みで溢れた。荒らしかなと思っていたが、最初に書き込んだやつが画像を貼って、事態は急変した。電車に乗ってる画像で盗撮だった為、荒いが間違いなく一葉ちゃんだった。男の顔は横を向いていて見えなかったが、おそらく男性声優だろう。「新人声優の双美一葉、声優の○○と交際発覚!」とスレまで立った。まとめサイトにもまとめられた。 僕の天使は天界から墜ちた。


 僕は悔しかった。一葉が処女じゃなかったとかそんな事はどうでもよかった。僕と一葉の幸せな日常を奪ったあいつが許せなかった。絶対に殺してやる。そう誓った。

 冬の刺すような寒さの中、僕は家の引き出しにあった新品の包丁をカバンに忍ばせ、一葉の家の近くで張り込んだ。一葉の家は、下校している一葉を尾行していて、以前から知っていた。殺す殺す殺す。絶対に殺す。しかし、朝から1日待っていたが現れず、夜になった。寒さで体が震える。いや、違う。これは怒りで震えているのだ。意識が薄れてきた。早く現れてくれ。そしたら血祭りに上げてやるのに。犯人を!

 そして遂にその時が来た。男女二人で歩いている影が見える。トレンチコートを身につけている女は、マスクをしていたが間違いなく一葉だった。だとすると横にいるのが彼氏だろう。僕は震える指でカバンを開け、包丁を手に持った。無機物なはずなのに何故か温かく感じた。二人が僕が潜んでる路地を抜けた。

 こちらに背中を向けたその瞬間、僕は走り出す。ずっと隠れていたため足はガクガクだが、がむしゃらに走った。そして男の背中を刺した。深く深く。驚いてこちらを向いた瞬間にまた腹を刺す。男が倒れた。何回も何回も刺した。握力が無くなり、ヌルヌルとした血で包丁が僕の手からすっぽ抜けた。やってやったぞ…。

 その時になって初めて一葉の悲鳴に気付いた。声優らしい、声量のある素晴らしい悲鳴だ。

「ゆうくん! ゆうくん!! 嘘…? 嘘だよね?なんで?!」

 あぁこいつはゆうって名前なのか。僕はその男の顔を見る。それはよく知っていた顔だった。

「よ…しだ?」

 クラスメイトで友達の吉田悠。それが地面に倒れていた。血で真っ赤に染まって、もう呼吸もしてない様だった。

 それは雪が降っていて、まるで天使でも降りてきそうな、そんなクリスマスイヴの事だった。

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