第八話
「お兄ちゃん、話は終わったー?」
「悪い、もう少し待ってくれ!」
「あいやー、しばし待つよー!」
気遣いの出来る良い子に育ってくれて、兄は本当に嬉しいぞ。
私的な話はここで打ち切り。
これからの作戦を立てよう。
ここまでで開始から五分が経過し、残る色は俺の黄と青、鏡華は黄色のみ。
対して三葉が使ったのは青、クリスティーナは黄。
セオリー通りならば、残るは赤二本と青・黄それぞれ一本ずつ残している可能性が高い。
3色VS4色
俺たちにとって不利の状況。
一本分のディスアドバンテージがあるにも関わらず鏡華のお陰でイーブンに近い状況まで持ってこられたが、これから先、一度の失敗も許されない。
「相手は二人とも赤を持ってるから、恐らく俺を無視して鏡華が狙われるな」
「そうですね……弱点である黄色しか無い私を倒して二対一に持ち込もうとするでしょうね」
「鍵は俺の持つ最後の青。これで相手のどちらの赤を消すかが勝敗を分ける」
一本で二人同時に消す事が出来れば一番いい。
だが、自分の実力では上手くいかないだろうし、相手も同時に消される事を警戒しているだろう。
自分の実力を過信するな。
常に最悪の状況を考えろ。
今まで見ないフリをし続けてきた最悪の状況は、今目の前に繰り広げられているのだから。
後は、論理的に予測を立てるだけ。
それが今の俺に出来る精一杯だ。
「……よし、決めた!」
鏡華に耳打ちすると、最初は驚いていた。
しかし「絶対に成功させてみせる。信じてくれ」と頼むと、彼女は頷いてくれた。
「信じます。たっくんと私なら絶対に成功できます!」
「……ありがとう。鏡華が俺をパートナーに選んでくれて、本当に良かった」
改めて三葉とクリスティーナに向き合う。
「作戦は決まったー?」
「ああ、時間とらせて悪いな」
「別にいいよ。その代わり時間かけた分きっちり活躍してみせてね、お兄ちゃん」
俺に対してウインクしてくる。
まさか一緒のクラスになるという目的を知ってるのか?
十分ありえる。三葉なら草葉の陰から聞いていそうだ。
俺と鏡華は同時に試験管を取り出す。
鏡華は最後の黄色を、そして俺は……青だ。
素面に染めると、俺たちは別々の方向に走りだす。
「お兄ちゃん、鏡華お姉ちゃんと分かれちゃった!?」
「お二人共、別々の方向から仕掛けてくる気ですのね。面白いですわ……みっちゃんさんは陽炎さんを、わたくしは……」
クリスティーナが接近してくる。
牽制射撃か何かしてくると思っていたが、何もせず迫ってくるとは驚きだ。
間を置いて立ち止まる。
まるで西部劇のクイック・ドローの様な緊迫感が漂い、俺はゴクリと唾を飲み込む。
「お相手願いますわ」
「俺としては三葉が良かったんだけどな」
「そうはいきませんわ。兄だからといってみっちゃんさんを渡しませんわ」
「何で渡す渡さないの話になるんだよ、このユリニスト! 俺だってな、アイツの兄ちゃんとして、不純同姓交友させる訳にはいかねえ!」
「ふじゅんどーせーこうゆう……ですの?」
あ、こいつ自覚が無い。
「ワケが分かりませんが、ともかく負ける訳にはいきませんの」
クリスティーナは青の魔法陣を右手に展開する。
そこから出た細い水流は渦を巻いて棒状の物を形成する。
そして腕を振るうと渦は四散し、右手には水色の美しいレイピアが握られていた。
鍔と柄の片側に湾曲して付けられた装飾は荒れ狂う水流を表現し、細く鋭い刃は切っ先まで一つの水晶の様に透明で美しい。
「お前……それってまさか!?」
「そう……能力の具現化。青を極めたわたくしに与えられた一つの到達点ですわ。そしてこの子の名はクリスタル・ヴァルキリー!」
先程見た試合でも女子Bが水流を剣に見立てて戦っていた。
だがクリスティーナが作り出した剣はそれとは違う。
水で出来た武器では無く、青の能力によって物質を具現化し固有の形状に留めているのだ。
ちなみに具現化した能力に名前を付けるのは個人の自由。
クリスタル・ヴァルキリー! なんていうアレなネーミングセンスが全ての具現化能力に付けられてたら堪ったもんじゃない。
「まさか能力の具現化まで行ってるなんてな。俺はまだ出来ないのに……」
「あら本当ですの? みっちゃんさんはもう出来ますのに、お兄様は今まで何をされていましたの?」
「うぐっ!? や、やかましい! 具現化には向き不向きがあるんだよ!」
全て自分のズボラの所為です。本当にありがとうございました。
俺は左右の手に魔法陣を展開し水流を発現、一メートル程に留める。
両手に握られているのは水で出来た双剣だ。
水特有のゆらゆらと光を反射する刀身はシャムシールの様に反り返り、クリスティーナの剣程では無いが、左右一対の二振りはサンゴ礁の海を思わせる澄んだ美しさに仕上がっている。
「クリスティーナ、さっきから言おうと思ってたんだが、その丈の長いスカート、戦うのに邪魔じゃねえのか?」
「あら、馬鹿にしないで下さる? 幼い頃からフェンシングを嗜んでいるわたくしにとって、エレガントな制服と両立してこそ、わたくしの美しい剣技が栄えるというもの。これくらい丁度いいハンデですわ」
「ははは……舐めやがって」
正直なところ、このままぶつかっても勝ち目は無い。
同色同士は能力の質が勝敗を分ける。能力の具現化を果たしている相手にただの能力で勝てる筈も無い。
正直言って、大ピンチだ。
俺は横目で鏡華と三葉を見る。
助けを求めているワケじゃない。
状況を把握して、活路を見出す為だ。
そして、それがこの試合の勝敗を左右する瞬間となった。
「っ!?」
目線の先で繰り広げられている光景を見た俺は、両手の剣を高々と挙げる。
クリスティーナも身構えるが、俺の目的は近接戦なんかじゃない。
俺の作戦は……。