第七話
しゃがみこんで頭を抱えるクリスティーナの側に立っていたのは三葉だった。
三葉は両手を高々と挙げ、特大の魔方陣を展開している。
「助けるよ、クリスちゃん!」
「みっちゃん……さん?」
三葉は青の魔染料を全て使い、周囲に水のドームを形成していた。
漂う煙は火球を全て防ぎきった事による水蒸気だったようだ。
水のドームは役目を終えたように姿を消し、クリスティーナは三葉に抱きつく。
「ふぇぇん! みっちゃんさぁああああん! ……グスッ、ありがとう……ですのぉ!」
「よしよし、怖かったねクリスちゃん」
頭を撫でてあやしているが、背はクリスティーナの方が10センチ近く高い。
だから姉が妹に慰められている様な微妙なやり取りが行われている。
「ふぅ……にしても流石は鏡華お姉ちゃん。私が持ってる全ての青を使ってやっと防げる程の火力なんてビックリだよ。相性無視とかインフレしすぎっ!」
「いえいえ、相性を無視した訳ではありませんよ。火球でクリスティーナさんの電撃を撃墜した時、火球の表面を帯電させるように設定してましたから。相性的に電撃はすぐに消えてしまうので、三葉ちゃんの青と相討ちさせる事しかできませんでしたけど」
つまり火球は電撃の槍を打ち消すだけでなく、槍の持つ電撃能力を吸収して、火球の表面に留まらせていたという事だ。
「鏡華、お前あの土壇場で、そんな事をやってのけたのか……!」
というか、魔染料の能力でそんな事もできるのか。
驚愕する俺に対して、鏡華は腰に両手を当てて、えへんと誇らしげな態度を見せる。
「私は赤が一番得意ですからね、ちょっとだけ頑張ってみました」
ちょっと頑張っただけでこんな事ができるらしい。
だがこのアリーナに居る鏡華以外の生徒全員はどんなに頑張っても出来ないだろう。
試験官の教師も驚いているのを見ると、教師ですらも難しいのでは無いか。
「そういえば俺は確かに赤を染めたのに、何で魔染料が使えないんだ! ブラックアウトって何なんだ!?」
「ブラックアウトは素面の緊急停止プログラムです」
「緊急停止プログラム?」
「はい。素面は通常一つの魔染料しか制御できません。同時に二つの事をすると、素面がもたないんです。だから二つの魔染料を同時に染めると自動的に発動して、使用した魔染料が全て消えてしまうんです。試合開始した時に赤で染めた場所が黒く変色していたでしょう。あれは変色した部分の色が消えましたよっていう表示なんです」
「そ、そうなのか……クソッ! だったら新しい魔染料を染めればいい!」
黄色の魔染料を取り出した所で鏡華が慌てて声を上げる。
「たっくん待って! 今慌てて魔染料を使っても、状況を悪くするだけです。ここは一旦落ち着いて、状況を握しましょう」
「あ、ああ。そうだな……その通りだ」
後出し有利のルールでわざわざ次の手を見せる必要は無い。
俺のやろうとしていた事は、完全に状況を悪くさせるだけだ。
今日一日で俺はいくつ失敗をした?
いくつ鏡華や三葉に迷惑をかけた?
俺が不真面目で、不勉強だった所為で、知っているべき事を忘れていた。
その結果が試合開始早々能力が使えなくなって、しかもパートナーの女の子にしがみつく。
情けなさ過ぎて、恥ずかしすぎて、惨めすぎて、バカ過ぎて、逃げ出したくなる。
不意にひと月前の事を思い出した。
鏡華には試験の一ヶ月も前から多くの生徒がパートナーになりたいと申し込んでいた。
中には俺よりも遥かに実力のあるヤツも居た。
鏡華は学年どころか学園でもトップクラスの実力者だ。
それは先ほどの電撃を纏った火球、なんていう高等テクニックをとっさの判断で成功させたのが物語っている。
だから鏡華は成績上位を狙って、俺なんかよりも実力が上のヤツと組むだろうと思っていた。
だが鏡華は誘いを全て断り、俺と組んでくれた。
その時の理由は「パートナーでしたら、たっくんがいいです」なんて、理由にもなってない事を言って話を逸らされてしまった。
俺は、そんな彼女に報いるだけの実力が無いと、心の底ではふてくされていた。
どうせ何も変わらないと不真面目のままでいたんだ。
そのくせあわよくば彼女と同じクラスになりたいと、俺ならできると根拠も乏しいくせに意気込んでいた。
その結果がこれだ。
俺はミスを連発し、彼女の足を引っ張っている。
試合内容も碌な結果を出せていない。
後悔しても遅いというのに、自分の不甲斐なさが悔しい。
「同じクラスになる鏡華の希望、叶えられないだろうな……」
「そんな事ありませんよ! まだ私たちには三色も戦う力があります。まだまだこれからです、頑張りましょう!」
「でもここまでの状況で俺は何一つやれていない。それどころか鏡華の足引っ張っちまって……」
「たっくん、私を見て」
「え……?」
彼女は優しく微笑みながら俺の手を取り、両手を包む。
「お、お前こんな所で何を!?」
「私は信じていますよ。たっくんはやればできる。だって私と同じ学校に行きたいって、ここに入る受験勉強を頑張っていたじゃないですか。その時のたっくんを私は知っています。私はあなたを信じています。あなたが望むのでしたら、最後の最後まで私が側にいて背中を支えます」
「鏡華……」
「だって、私はあなたの事が--」
俺は何を考えていたんだ。
俺と組んでくれて、俺を支えてくれる鏡華にこれ以上重荷を背負わせて、その癖自分の事ばかり考えて。
そんな事を考えるよりも、もっとやれる事が目の前にあるだろう。
試験は終わっちゃいない。
自分で勝手に終わらせるな。
何も出来ないと思うな。
前に進め。
そう自分に言い聞かせて、俺は拳を思いきり額に叩きつけた。
「ぐっ!? ……ってぇ!」
「たっくん!?」
「悪い、目が覚めた。今の泣き言はドブにでも捨ててくれ」
「……わかりました!」
鏡華は誇らしげな表情を浮かべると素面をつけ直した。