第六話
俺たちの試験が始まる。
俺と鏡華は共に並んでバトルリンクへと上がった。
そこでは既にクリスティーナと三葉がおり、ジッと俺たちを見つめてくる。
「あら、逃げ出さなかったのですわね」
「当たり前だ。お前が相手だってのに、わざわざ勝ちを逃す事もねーわな」
本当は自信なんて全く無いけれど、言わないよりはマシだ。
「まずまずの憎まれ口ですわね。褒めて差し上げますわ。けれどすぐに、逃げなかった事を後悔させてあげます!」
「そうだぞお兄ちゃん。私たちの実力を見て恐れ慄いたら、いつでも私の仲間になって、世界の半分をあげるからね」
「いらねーよ、そんなん」
「みっちゃんさんの誘いを断るなんて……許すまじ」
キッと鋭い形相で俺を睨んでくる。
「クリスティーナさん凄いやる気ですね。私も負けていられません」
「鏡華、あれはやる気とかそういう物じゃない。もっとおぞましい物だ」
首をかしげる鏡華だが、説明した所で分かってはもらえない。
鏡華は少々ピュア過ぎる。
「じゃあ作戦通り、俺は赤で行くから」
「分かりました。私は青で行きます」
俺は素面を取り出すと、赤の魔染料を素面へと垂らしていく。
そこで見慣れない変化があった。
赤く染まる筈の素面が、どんどん黒く染まっていく。
「……何だこれ?」
俺の使った魔染料は確かに赤だった。それが何で黒に変わるのか?
「たっくん、試合始まりますよ!」
「あ、ああ。分かった」
仕方なく、俺はこの状態で試合へと挑む。
試験官が手刀を挙げ、試合開始が目前となる。
バトルリンクを中心として、会場の空気に緊張感が漂う。
そして……!
「決闘開始!」
合図と共に、四人全員が素面を装着した。
クリスティーナは黄色を、三葉は青を選択している。
先手必勝。
赤ならば黄色のクリスティーナを攻撃すれば勝てる。
「行くぜ! 火球のガトリングだ!」
火球の連射をイメージする。
このまま周囲に出現する火球を飛ばして、クリスティーナの黄色を消滅させる!
その直前、鏡華は俺を見て驚いた様子で声を上げる。
「たっくん、待って!」
時すでに遅し。
魔法陣の展開を意識した瞬間、顔に付けていた素面がボンと音を立てて爆発した。
「な、何が起こったってんだ……?」
素面の表面で起きた爆発なので、顔にケガや火傷は無い。
だが問題は、赤の魔法陣と魔染料の能力が発動しない事だ。
会場に居る大勢の人が俺を見て笑っている。
「ぎゃはは、あいつ何やってんだ!?」
「いーひっひっひ、腹いてえ。ブラックアウト起こしてやがるぜ!」
笑っている理由が理解できず、とりあえず無視してクリスティーナへと右手を突きつける。
だが何度試しても魔法陣は出現しない。
「あれ……どうなってんの? ちゃんと染めたハズなのに」
クリスティーナはニヤリと笑みを浮かべて、俺へと銃を象った右手の人差し指を突きつけてくる。
「たっくん危ない!」
クリスティーナが発した電撃が歪な軌道を描いて俺へと接近する。
俺は慌てて横へ飛んで回避する。
急いで避けたので、着地はみっともなくうつ伏せ状態。
「イテテ、何がどうなってんだよ!? 何で発動しないんだよ!」
「たっくん、大丈夫ですか?」
「ああ、何とか」
「その素面……ちゃんと能力を使いきらなかったんですか?」
「いや、全部使いきった筈……」
「でもその黒い素面は明らかにブラックアウトを起こした時の反応ですよ」
「ブラックアウト?」
「……たっくん、まさかブラックアウトを忘れてしまったんですか? つい最近習った内容ですよ……?」
「あー、まぁ……」
完全に忘れた……などと今さら言っても遅いだろう。
恐らく赤の魔染料を垂らした時に黒に変色したのが原因だろう。
余計な見栄など張らずに聞けば良かった。
「って、鏡華! 前、前!」
「えっ!?」
クリスティーナの発する電撃が真っすぐ俺へと向かってくる。
あわや直撃と思った直前、鏡華に襟を思いきり引っ張られた。
「ぐえっ!」
俺の体は空中に上昇し、元いた場所を電撃が通過した。
頭を上げると鏡華が右手で俺の襟首を掴み、もう片方の腕と両足に大きな青色の魔方陣を出現させていた。
開かれた左手と両足裏から勢いよく水が吹き出し、俺達は水のジェット噴射で空を飛んでいるのだ。
「お、重いぃ……。たっくん、私に掴まってください」
「あ、ああ……」
鏡華の細い腰周りに腕を回して掴まる。
スタイルがいいので掴まりやすい。
「ひゃぁ……! へ、変なところ触らないでください!」
「変なところって、腰しか触ってねーよ!」
「ひゃあ、んっ……こ、腰はだめぇ……くぅん……」
「変な声出すなって! それにこれより上下はもっとマズいだろ!」
状態が不安定すぎてこれ以上動くと落ちてしまいそうだ。
「うぅ……。し、しっかり掴まっててください……」
刺激に耐える様にして涙を浮かべる鏡華は、使えるようになった右手にも青の魔方陣を出現させて、水のジェット噴射を両手両足で体勢をコントロールする。
地上を見下ろすと、クリスティーナが自身の周囲に複数の小さな魔方陣を出現させていた。
宙に漂う黄色の円はまるで姫を守る妖精の様に個々がゆらゆらと揺れ動いている。
そしてその魔方陣から、電撃で形作られた槍が出現する。
その槍先は全て俺達へと向けられている。
「貫きなさい、わたくしの電撃たち!」
電撃の槍が射出され、空中を移動する俺達に急速接近してくる。
「くうっ! たっくん、しっかり掴まっていてくださいね!」
「あ、ああ! ……のわぁ!」
鏡華はジェット噴射の方向を急転換させて、槍を次々に避けていく。
水を吹き出しながら避ける様は、まるで立ち昇る水流を自在に操り踊っているかのように華麗だ。
……腰にしがみついてぶんぶん振り回されている俺がいなければ。
「み、見事ですわ。わたくしの電撃を避けるなんて……。ですが、これはいかが!」
クリスティーナが右手を振ると、避けて天高く昇っていった筈の槍が方向を変え、俺達へと二度目の襲撃を仕掛けてくる。
同時に鏡華の魔方陣が全て消失した。青の魔染料を使い果たしたのだ。
俺達は急速に落下を始める。
だが鏡華は焦る様子を見せず、手際よく赤の魔染料を全て染めると、接近する槍に向く。
「--炎よ!」
右手を振るとクリスティーナと同じように、周囲に赤の魔方陣が複数出現する。
但しクリスティーナと違う所は、魔方陣に現れたのが槍ではなく、ソフトボール大の火球という事だ。
落下の風圧を背中に感じながら、鏡華は右手を突き出す。それを合図に火球が射出され、接近する槍を次々と消滅させていく。
「そ、そんな……。わたくしの電撃が……!」
全ての槍を撃墜し終えた火球はその後、一定の高さまで上昇してから地上へと落下を始めた。
落ちていく先にはクリスティーナがいる。
先ほど赤の魔染料を染める為に地上を向いた時にクリスティーナの位置関係を把握し、この一連の流れを思いついたようだ。
クリスティーナの視点から見れば想像を絶する光景が広がっている事だろう。
頭上を無数の火の玉が埋め尽くし、それらが自分目掛けて落下してくるなど、空が暗雲に埋め尽くされていれば終末を思わせる光景に違いない。
実際クリスティーナは恐怖し、がちがちと震えている。
「あ、あ……あ、あああああ!」
狂乱したように、クリスティーナは高出力の電撃の槍を次々と射出しては火球の撃墜を試みる。
しかし魔染料同士のぶつかり合いにおいて基本的に相性が勝敗を分けるので、如何に高出力の電撃と言えど、せいぜい火球の方向を変える事しかできない。
「あ、青……水を、早く……あっ!」
慌てていた為に取り出そうとした青の試験管を落としてしまう。
頑丈にできているので割れはしなかったが、コロコロと転がってしまい、取りに行っては間に合わない。
絶望するクリスティーナは頭を抱えてうずくまる。
「いやっ……助けて!」
断末魔が聞こえると同時に、火球が彼女を襲う。
周囲を火と白い煙が舞い上がり、直撃は間違い無いと思われる。
鏡華は僅かに残した赤の能力を全て使って瞬間的に両手両足からジェット噴射を起こし、俺たちはクリスティーナから離れた所で着地した。
「やったか……?」
「ちょっとやり過ぎちゃったでしょうか……?」
残り続ける白い煙でクリスティーナの様子が見えなかったが、あれだけの火力に彼女の怯えようを見れば、可哀想ではあるが勝敗は決したように思えた。
徐々に煙は晴れていき、その先を見た俺達は驚愕する。
「あ、あれは!?」