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黒の魔染料使い  作者: ソラニン
1章 学年末テスト編
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第五話

「オーッホホホホホ!」


突然女性の高笑いが聞こえてきた。

何だろう。学校でオーッホホホホホと鳴くペットでも飼っていただろうか?

それとも俺の携帯の着信はこんな音を発していたのだろうか?

そんなワケないけれど。


声の元を振り向くと、階段の上の方から白人の女性がこちらへ降りてきた。

制服のスカートをドレスの様なロングスカートに改造しており、細くしなやかなウエストに対して胸は制服の上からでも鏡華と同等かそれ以上に大きいのが分かる。

毛先を縦ロールに巻いた長い金髪が一段降りる度に揺れ、エメラルドグリーンの強気な瞳をパッチリと開いて真っ直ぐ俺の目を見つめてくる。


このアリーナに二人と居ない特徴的な人物に俺と鏡華は呆気にとられる。

周囲に居る人々も何事かと彼女へ視線を集める。


「あなたが珠洲之音巧さんですの!?」

「へ? ああ、そうだけど」


「わたくしはこの度の試験でお相手致します、クリスティーナ・Fフィリー・カーターですの。以後お見知りおきを」

 左手でスカートの裾を摘む仕草に、お嬢様というか、もっと言えばお姫様の様な高貴な雰囲気が感じられる。


「あ、ああ。よろしく」

どうにもギクシャクした挨拶を返してしまう。

クリスティーナと名乗る彼女の特殊性もそうだが、まさかただの試験で見ず知らずの相手から挨拶に来られるとは思ってもみなかった。

単にプライドが高いのか?

それとも別の意味をもって来たのか。

油断ならない。


「えっと、何か用か?」

「ええ、この度はわたくしと友人の対戦相手という事で、ご挨拶に参りましたの」

「挨拶……ねぇ?」

不敵な笑みを浮かべるクリスティーナに対して俺は警戒心を高める。


マンガとかだとこういう場合、ただの挨拶で終わる筈が無い。

宣戦布告か、勝ち負けの交渉か。

挨拶という単語にどの様な意味を含んでいるのか窺い知れない以上、考え過ぎだとは思うが警戒するに越したことはない。


クリスティーナは俺の顔をジッと見つめながら小さく呟く。

「この方が……そうですのね」


意味深なセリフが気になったが、聞き返すよりも早く、横から鏡華が口を開く。

「あの、クリスティーナさん?」

「あなたは?」

「私、たっくんの--いえ、珠洲之音巧くんのパートナーを努めます、陽炎鏡華と言います」

「そうですの。よろしくお願い致しますわ」

にこりと優しい笑みを鏡華へ向ける。

その柔らかな物腰に、鏡華は目を輝かせながら声を漏らす。


「わぁ……! クリスティーナさんってとても綺麗ですね! 華麗というか優雅というか、とても素敵です!」

「そ、そうかぁ?」

「そうですよ。だってあんなに綺麗なブロンド髪やドレスみたいな――制服ですけど、何だかお姫様みたいで、憧れちゃいます!」


「ふーん、鏡華はああいうのに憧れるのか……」

確かに礼儀正しく物腰柔らかな態度は凄いと思うが、お姫様とかセレブに憧れる乙女心というのはイマイチ理解できない。


ところがその直後、クリスティーナの様子が変化する。


「そんな、綺麗だなんて……!?」


恥ずかしそうに両手を真っ赤な頬に当てて俯いている。

「何だその反応!?」

それまでの態度からは考えられない反応に、二重人格じゃないのか疑ってしまう。

お嬢様ってヤツは、最初みたいに高圧的な態度が普通じゃねえのか?

敵に褒められて素直に喜ぶとか、こいつの心根こころねはどうなってるんだ?


その時、近くの観客席入り口から三葉が現れる。

「あ、クリスちゃん見つけた! こんな所に居たんだ」

「三葉じゃねえか。どうしたんだよ、こんな所に?」

「一緒に出るパートナーを探してたんだ。でももう見つかったから大丈夫だよ」


俺たちと同じ様に実技試験を受ける三葉にも当然ながらチームのパートナーが存在する。

でも前後の言葉から察した事実が納得いかない。


「ちょっと待て。三葉、お前のパートナーってこのクリスティーナってヤツの事か?」

「うん、そうだよ。アタシはクリスちゃんって呼んでるけどね。おーい、クリスちゃーん!」


クリスティーナに向かって元気にブンブンと手を振り始める。

するとクリスティーナは恥ずかしさと嬉しさを混ぜた笑みを浮かべて「あ、三葉さんですわ。えへへ……」と小さく手を振り返す。

どんどん最初のイメージが崩れていく。


「って事はよ。まさか俺と鏡華の対戦相手って……アイツとお前かぁ!?」

「うん、そうだよ。よろしくねっ!」


ブイサインを突きつけてくると、クリスティーナの居る高列へと席を踏みつけながら駆け登っていく。

そしてクリスティーナの隣に立つと、彼女の両手を手に取る。


「もう、探したんだよ。お兄ちゃん達と何してたの?」

「ごめんなさいですわ。対戦相手が三葉さんのお兄さまという事で一言ご挨拶に伺いたくて……」


おい、まさか……何の含みも無く、ただ挨拶に来た。

本当にただ……それだけかよぉ!

無駄に疑っていた所為で、頭が痛くなってくる。


「そっかぁ。それよりクリスちゃん、アタシの事はみっちゃんって呼んでよ」

「え、でも……それはその、恥ずかしいですわ……」

「えー、呼んで欲しいよ。大好きな親友同士はこうして愛称で呼び合うモノなんだよ」

「で、でも三葉さん、それは……」

「みっちゃん。ね?」

「……みっちゃん、さん」

「よく出来ました!」

「はうぅ……!」

三葉がクリスの頭を撫でると、彼女もまんざらじゃない様子でとろけた笑顔を浮かべる。


「あれがパートナー同士のスキンシップですか。私もたっくんに……」

「ん? 何か言ったか?」

「い、いいえ、何でもありませんことよ!」

「アイツの口調が移ってるぞ」


にしても三葉にこんな友達が居たなんて知らなかった。

別に妹の友達について口出しするつもりは無いし、三葉と一緒に居る時の状態が素であるなら、割と素直な一面もあるのかもしれない。


「ところで三葉さ――みっちゃんさん。今、わたくしの事を大好きと……!?」

「うん、大好きだよ!」

「はわぁ……!」

今にも溶けてしまいそうな程嬉しそうに赤面している。

クリスティーナにはそっちの気があるのか?

いや、まさかな。


「お、お兄さまとどちらが大好きですの!?」

「うーん、クリスちゃんは親友として大好きだけど、お兄ちゃんはそれ以上に特別な大好きなんだよねー」


兄としては嬉しいけれど、他人に話している所を聞くと何だか恥ずかしいな。


だが俺が嬉しさのあまり口元を緩めている一方で、クリスティーナは口元をキュッと結んで壮絶な感情を内包した存在に変化した。

「なるほど……そういう事ですのね」

何だか凄い形相で睨んでくる。

瞳孔が開き、目に光が灯っていない。

少年マンガ的な表現で表せば、きっと紫色のオーラを纏って背後に阿修羅か仁王かヤバイ物が顕現していそうだ。


「そっちの気アリアリだな……」

一周回って、ようやくクリスティーナが俺に挨拶に来た理由が分かった。


これは宣戦布告だ。

しかも試験じゃなくて、三葉を巡って。

どうしてこうなった。


「それじゃお兄ちゃん、アタシ達は試合の打ち合わせがあるから。また後でねー」

「あ、ああ。良い試合しようぜ」

「よろしくお願いしますね、三葉ちゃん」

「うん。クリスちゃんも行こ?」

「ええ……。それではお二人共、ごきげんよう」

不敵な笑みを浮かべながら目を細めるクリスティーナに寒気を覚える。


「そういえばみっちゃんさん、お兄さまと同学年なのはどうしてですの?」

「お兄ちゃんが4月生まれで、アタシが翌年の3月生まれなんだ」

「そうですの……てっきり頭の残念な方ですから、流れて同学年なのかと……」

「あははー、確かにお兄ちゃんは結構抜けてるからね」

去り際に二人揃ってチクチクと嫌味な事を。

俺苛められてんのか?


姿が見えなくなってから、俺はようやく緊張の糸をほぐす。

「ふぅ……何か、キャラクター性の暴風雨みたいなヤツだったな」

「ちなみにクリスティーナさん、魔染料の流通世界一の会社の社長令嬢ですよ」

「何だと!? あれでマジのお嬢様ってか!?」

「綺麗な方でしたねー」

「いや、もっとツッコむ所があるだろ」

もしかして鏡華は気がついて無いんじゃないか?

アイツが挨拶に来た真意を。


丁度その時、アリーナが歓声に包まれた。

「そこまで! 試合終了!」

バトルリンクを見ると先ほど戦っていた四人の戦いが丁度終わり、女子二人が喜びを分かち合っている。


「あ、試合終わっちゃいましたね」

「うーむ、面白いからちゃんと見たかった。そういえば今日は全員一戦ずつやるんだよな?」

「はい。一年の総人数はおよそ200人だそうですので、トーナメントなど行っていては時間がいくつあっても足りないとか。二年や三年の実技試験も別の日にありますし」

「そっか。せっかくの試合、きっちり勝って春休みに入りたいな。三葉をいびれるし」


兄の威厳という物をアイツに見せつけてやらねばならない。

その一方でもしクリスティーナに勝ったら、アイツからどんな目を向けられるか分からない。

もし三葉に対して病んだ感情を持っていたら、後ろから刺されかねない。

考えすぎだろうか。


「その……たっくん」

「何だ?」

「この実技試験、成績ともう一つ意味があるのを知ってますか?」

「知らね。何だよ、意味って?」

「もう……二年のクラスがこれで決定するんですよ!」

「ん? つまりこの試験って、来年度のクラス分けも兼ねてるって事か?」

「その通りです。やっぱり知らなかったんですね。はぁ……」

 知らなかったとは言え、何でこんなに残念そうな反応をされるのだろう。


「でもそっか、クラス分けか。来年も、鏡華と同じクラスになりてえな」

「え、それって……!?」

鏡華は赤面しながら期待に満ちた目を向けてくる。

そんな期待されると、ついついからかってやりたくなる。


「ノート見せてもらうのに一々別のクラス行くの面倒だしな」

 ニヤニヤとふざけてみせると、プイっと顔を背けられた。

「もう知りません! 別のクラスになったらノートは見せてあげません。テスト勉強も見てあげません!」

「え、ええ!? そりゃ困るって。俺の成績は鏡華無しではありえないんだからよ!」

「でしたら……頑張って試験で良い成績を残して、一緒のクラスになりましょう?」

「ああ分かったよ。気合入れてく」


今後の学生生活を鑑みて、この試験は絶対に負けられない。

試験の成績によってクラスが分けられるなら、同じクラスになる確立が高いのは最低辺か一番のクラスだ。

流石に成績優秀な鏡華を最低辺に引きずり込むなど考えたくも無い。


狙うは一番。二人揃って一番。


「たっくんと別々のクラスなんて……さみしいです」

「ん? 何か言ったか?」

「い、いえ。何でもありません!」

またプイっと顔を背けられてしまった。


本当は、テスト勉強とか成績とかどうでもいい。

ただ、鏡華と別々は寂しい。離したくない。

頑張る理由なんて、それさえあればいい。

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