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黒の魔染料使い  作者: ソラニン
1章 学年末テスト編
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第二話

外に出ると昨日の雨からすっかり晴れた三月上旬の青空が頭上に広がっていた。

朝の清々しくも冷たい風が頬を撫でる。

遠くから運ばれてきたらしいちょっと早めの梅の香りが鼻をくすぐり、気分は新鮮味と清潔さでいっぱいだ。


俺たちの家は高台に並ぶ住宅街にあり、家を出ると森や小さな山に囲まれた町並みを一望できる。

ここから高台を降りて、住宅地を抜けて堤防の桜並木を進み、大きな橋を渡ってすぐそばにある学校へと向かう。

白や水色黄色などのモダンな住宅と、桜並木の綺麗な川岸を眺めながらの登校は入学してから一年経っても飽きない美しさがある。

昔から住んでいる町なので、町の良いところを再発見する度に愛着が湧いてくる。


「う……ん、はぁ」

深呼吸しながらうんと伸びをする。

新鮮な空気が身体中を駆け巡る感じがして気持ちが良い。

「ふぁ……はふ」

隣で鏡華が大きなあくびをしている。

「ふは……はわぁ……はふん」

つられるように三葉が特大のあくびをする。


「どうしたんだよ二人とも。すっげえ気が抜けてるな?」

「いえ……実は昨日夜遅くまで勉強してまして……今ごろ眠気が出てきたみたいです……」

「アタシもぉ……ふぁああ……はふ」

「なんだよ、随分気合い入ってるのな。今日何かあるのかよ?」


「「え……?」」


軽い気持ちの問いに対して、二人は驚いた様子で俺を見つめてくる。

何だか嫌な予感がしてきて、背中がじっとりとした汗で湿っぽくなる。


「何か……あるのか?」

恐る恐る問いかけると、鏡華も恐る恐る答える。


「たっくん……今日、学年末テストですよ?」


「やっぱりかあああああ!」

予習復習を欠かさない真面目な鏡華はまだしも、三葉まで夜遅くまで勉強してるとなると、まぁそんな事だろうとは予想できた。

正直知りたくは無かったけど。


「ど、どうしよう……全く勉強してねえよ。二人とも何で教えてくれなかったんだよぉ!」

「お兄ちゃん、それは流石に理不尽だよ……。学年末テストがあるって随分前から授業とかでも告知してたのに、聞いてなかったの?」

「教科書だけさらっと眺めて、後は寝てた……」

朝の清々しさは今や消え去り、重苦しい絶望が背中にのし掛かっている。


「で、でも教科書は眺めてたんですよね!? 内容は覚えてますか?」

「授業によるとしか……」

「でしたらとりあえず今日の分を乗り切りましょう! 明日からの分は、帰ってからみっちり打ち込むという事で」

「す、すまねえ……それで、今日の科目って何だ?」

「えっとねぇ、確か国語と社会と……」


「あと……染料学です」


染料学。

小中学校の義務教育の間では馴染みの無かった学問だ。

この染料学という学問はあまりに特殊で、教えている学校は俺たちの通う高校を含めて、日本でおよそ十校ほどしか無い。

どんな学問かというと、ほぼ化学と似た側面を持ち、特徴として二種類の専門道具を用いる事にある。


「染料学か……”素面ダミーフェイス”と”魔染料カラメント”は持ってきてたかな? ……良かった、あった」

最初に学生鞄の中から白いお面を取り出した。


このお面は”素面ダミーフェイス”と呼ばれている。

色彩一つ無い透明なお面は、鼻の凹凸と透明なカバーの付いた目の穴が無ければ買ったばかりのガラス皿のようだ。


次にコルクで蓋された試験管を三本取り出した。

中にはドロリと粘着性のある液体が入れられており、これは”魔染料カラメント”と呼ばれている。

取り出した魔染料は透明な素面と対照的に鮮やかな赤・青・黄色と試験管ごとに分かれている。まるで信号機だ。

この魔染料が、染料学において最重要の物質である。


この二種類の道具は染料学のテストで、例えるなら筆記用具と問題用紙ぐらいに重要な役割を成す。


「これで一応染料学の実技テストは受けられますね。筆記テストは大丈夫そうですか?」

「悪い、染料学の始まりについてあまり自信無いんだ。言ってみるから、間違ってたら指摘してくれ」

「染料学の歴史ですね。わかりました」


「確か西暦1530年ごろ、錬金術の研究の過程で、物に塗ると火や水を発生させる不思議な染料が産み出された。それがこの魔染料だよな?」

「正解です。細かい年代と人物名は教室で補足するとして、一応魔染料がどういった物か説明してみてください」

「随分と基礎的なところを聞いてくるな」

「そりゃそうだよ。お兄ちゃん、テストの日程と一緒に基礎も忘れてそうだし」

「そうですね、確かに心配です」

三葉は呆れ顔を、鏡華は人差し指を立てながらニッコリ笑顔を浮かべている。教師の気分はさぞ心地良いらしい。


にしても流石に基礎の部分を問われるとショックだ。

基礎ぐらいちゃんと覚えているという所を見せてやらねばならない。


「えっと……魔染料は色ごとに別々の特性を発生させて、赤なら炎を起こし、黄色は電気を発生させて、青だと水を使えるようになる、と。ついでに言うと魔染料を入れてるこの試験管とコルクは、それらの特性を発生させずに保存する為の特殊な容器……だったよな?」

「正解です。ではこのお面は?」

「”素面ダミーフェイス”と言って、このお面に”魔染料”を塗って被ると、その特性を使用者の”能力”として自由に操る事ができるようになる……で合ってるか?」

「正解です。二重丸をあげましょう!」

二重丸がどれ程の価値なのか分からないが、少なくとも基礎中の基礎は抜けていない事が証明できて汚名返上といった所か。

ついでに魔染料の実践も披露して、名誉挽回といきたい所だ。


復習している内に、俺たちはいつの間にか川原の桜並木まで来ていた。学校までもうすぐだ。


「ん、あれは……?」

ふと並木の先で五歳前後の女の子が泣いているのを見つけた。

側には母親が困った顔で女の子に「残念だけど、諦めましょ」と言って撫でている。


女の子の頭上には季節外れの白い大きな鍔付き帽子が木の枝に引っ掛かっている。

どうやら風で飛んで引っ掛かってしまったらしい。

帽子はおよそ大人二人分の高さに引っ掛かっており、身長1メートル76センチの俺がジャンプしても届きそうに無い。


「どうせだから、実技試験は大丈夫だってトコを見せてやるぜ!」

「え、何をする気ですか?」

「いいからいいから。ちょっと君!」

「ふぇ……?」

涙で濡れた両手が目元を離れ、目と鼻を真っ赤にした可愛らしい顔が俺を見上げる。


「あの帽子、君の? 飛んじまったのか?」

「グスッ……うん」

「だったら俺があの帽子をとってやるよ。ちょっと離れてな」

そう言って俺は素面を顔に装着する。


素面は俺の顔にフィットするようにオーダーメイドで作られており、顔中を覆っているとは思えない程に自然だ。

息苦しく無いし視界も良好だ。


次に青の魔染料が入った試験管を取り出し、コルクを開けて素面に一滴垂らした。

魔染料は素面に染み込み、まるで顔に絵の具でペイントしたような状態となる。


「お兄ちゃん、何をしてるの?」

不思議そうに首をかしげる女の子に、しゃがんで目線を合わせる三葉が説明する。

「見てて。あれが”染料使い”の能力だよ」


素面に染み込んだ魔染料がぼんやりと淡い光を放つ。それが能力を使用可能の合図だ。


次に右手の人差し指を突き出して銃を象ると、それを丁度帽子と正反対の地面に向ける。


そしてここが一番重要。人差し指の先から勢いよく水が噴き出すイメージを思い浮かべる。

すると突然、人差し指の先に小さな青い魔方陣が出現した。

発光する魔方陣からは水が勢いよく噴き出し、同時に足の力でジャンプする。

強い水圧と跳躍が合わさり、俺の体はイメージ通り帽子へと向かって真っすぐ飛び上がる。まるで俺自身がペットボトルロケットになった様だ。


だが宙に上がるとすぐに水は消えてしまう。同時に魔法陣も消える。

慣性が切れて最高度に達した辺りで帽子をキャッチし、地面に着地する。


「い!……っつう」

土の地面とはいえ素の状態で着地したので、足が痺れて痛かった。

だが痛さを表に出しては格好がつかないので、できる限り痛くないフリをしつつ女の子に帽子を差し出す。

「ほら、取れたぜ」

「……」

帽子を受け取った女の子は手に持ったままじっとしている。

正直感謝の言葉の一つでも期待していただけに、ちょっと拍子抜けだ。

「ありがとうございます。ほら、お兄ちゃんにありがとうを言いなさい」

「……ぁ、ぅ」

母親に促されてもモジモジとしたままの女の子に、俺は目線を合わせてしゃがむ。

「そうして持ってたら飛ばされないけど、帽子は被る物だろ?」

女の子の帽子を握る両手を優しく包むと、そのまま頭へ促す。

被った帽子によって全身が白に包まれた少女の姿は、何色にも染まらぬ美しいキャンバスを思わせる。

「ほら、こっちの方がよく似合うよ」

するとようやく、女の子は柔らかい笑顔を浮かべた。何とも愛くるしく可愛らしい笑顔だ。

この笑顔を見られただけでも、行動した甲斐があったという物だ。


母親の手を繋いで去っていく女の子に手を振り見送る。

ふと俺の後ろで三葉と鏡華がコソコソと何か言っていた。

「こんだけの甲斐性をアタシたちにも向けてくれたら完璧なのにね」

「本当、その通りですね……」

「ん? 何か言ったか?」

「いいえ、何でもありませんよ。……ハァ」

会話の内容を聞き取れず、二人は呆れた様にため息を吐いた。どうしてこんな反応されるのだろう。


「それはともかく、魔染料は使いきりましたか?」

「もちろん、大丈夫だぜ」

被っていた素面を見せる。先ほど染み込んだ青は跡形もなく消え、元の透明な状態に戻っていた。

「素面に染めた分だけ強力な能力が使えて、能力を使った分だけ染料は消える、だろ?」

「そうですよ。一度に使える色は一つだけです。試験の時に魔染料が素面に残っていたら、相手に次使う能力を教えるような物ですからね。気を付けないと」


「それに二つ一緒に染めようとすると、大変な事になっちゃうからね」


大変な事って何だ?

習った覚えはあるのだが、どうにも思い出せない。

聞いた方がいいだろうか?

いや、ここまで全問正解なんだ。余計な事は聞かないでおこう。

素面は元の状態に戻ってるし、同時に使ったらマズいなら使わなければいい話だ。

無駄に大きい自尊心が邪魔をして、知る事を阻害する。バレなければ良いなどと、我ながら小さいプライドだとは思う。


「あ、ちょっと急いだ方がよさそうですね。小走りでいきましょう」

「お兄ちゃん、早くしないとおいてっちゃうよ!」

「待てって、おいてくなー!」


この時には気がつかなかった。

パッと見では分からない程の少量、魔染料が素面に残っていたのだ。

そうとは知らず、俺は試験へと挑む事となる。

その結果がどのような事態を巻き起こすかなど、この時には予想もしていなかった。

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