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黒の魔染料使い  作者: ソラニン
1章 学年末テスト編
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第一話

俺の朝は、妹が繰り出すのしかかり攻撃で始まる。


「お兄ちゃん、朝だよー! おーきてっ!」

「ぐえぅ!?」


最悪の目覚めに目を開けると、高校の制服を着た妹--珠洲之音三葉すずのねみつばが腹に馬乗りで乗っかっていた。

羽を広げた様なツインテールと、高校生というより小学生としか思えない程の幼さを残した無邪気な笑顔が子憎たらしい。


「……これはどういう事だ?」

「おはよ、お兄ちゃん」


三葉へ対する怒りを胸の内に抑え、俺はひくひくとひきつった笑みを向ける。


「この起こし方はやめろって、いつも言ってるよな……?」

「えー、でもこうしないとお兄ちゃん起きないしぃ。アタシとしても非常に辛い気持ちだったんだけど、これも全て、大好きなお兄ちゃんの為なんだよっ!」

「こんな事しなくても普通に起きられるっつの」

「えー、本当!? なんとビックリ……衝撃の新事実」

「ビックリでも何でも無い常識的な事実だ。次やるならやるで普通に起こせよ」

「んー、余裕ある時にね」


空気を吸って嘘を吐く妹の言葉を信じてはならない。

目線を合わそうとしない辺り、絶対に次も同じことをしでかす。


時計に手を伸ばすと、案の定まだ六時半。

家を出る時間まで一時間半も余裕がある。ありすぎだ。


それと先程からどうにも気になるところがある。

三葉のヤツ……気づいているのかいないのか、さっきからパンツがスカートの裾からチラチラと見えている。

兄としては妹の節操の無さに情けなさと恥ずかしさを覚えるし、兄弟とはいえ歳の近い男女がこんな密着した状態でいては、精神衛生上よろしい訳がない。


「とりあえずそこを退け。起きられない」

「ハイヤー! パカラッパカラッ! ぺしんぺしん」

「人の腹でお馬さんごっこしてるんじゃねえ! あと足を叩くな!」


体を無理やり起こすと、三葉はその動きに合わせて後ろ回りをして、その勢いのままベッドから地面に着地してYの字をとった。何とも体の柔らかい奴だ。


「……ここでお兄ちゃんに質問」

「何だ?」

「今日のアタシのパンツは何色だったでしょーか」

「今すぐ失せろ!」

「きゃー!」


三葉は、はしゃぎながら部屋を飛び出していった。

ちなみにフリルの付いた水色である。


「はぁ……毎朝毎朝、俺に穏やかな朝は無いのか?」

そんな物は無いと既に諦めており、再度ため息がこぼれる。


とはいえ可愛い妹が毎朝起こしてくれるというのは良いものだ。

朝が賑やかなのは一日の活力に繋がる。

困った妹だが、一緒に居て幸せなのも間違いない。

残るはカーテンと窓を開けて清々しい空気と陽の光を取り込んで、素晴らしい一日の始まりだ。

カーテンの向こうには鳥の鳴き声と美しい朝の光景が広がっている事だろう。想像するだけで、まるで心が清められるようだ。

 

俺は勢いよくカーテンを開き、笑顔でその”朝”を迎え入れる。


「……ふぇ?」


窓の向こうには隣の家の窓があり、窓の向こうの部屋には同い年の少女--陽炎鏡華かげろうきょうかが下着姿で立っていた。


艶かしく細身の体は肌が白くてサラサラで、豊満な胸と程よい形のヒップ周りを黄色の下着が包んでいる。その上には薄緑のパジャマが首の辺りまで脱ぎかけの状態で止まっている。肩まで真っ直ぐ下りた栗色の髪が、目を見開いたまま固まっている整った顔立ちを覆っている。

彼女を含めた全てが一枚の絵のようで、美しさという点では朝の光景に引けをとらない。


「お、おはよう……鏡華」

「っ……!」

みるみる赤く染まる顔と恨みを込めた視線が、空気を恐怖に染め上げる。


「あ、その……今日も良い天気だな。小鳥はさえずり、朝露が葉を濡らして、いやぁ、なんて清々しい!」


これでも精一杯、場の空気を和ませようと努力したつもりだった。

しかし冷たい言葉を突き刺してくる鏡華の前では無力だ。


「……たっくん、言いたい事はそれだけですか?」

「……埴輪はやめて」


直後俺の横を、鏡華の埴輪コレクションの一つが横切った。

それを皮切りに鏡華はティッシュや雑誌など手当たり次第に投げつけてくる。


「わー、ごめんごめん、悪かったー!」

「たっくんのバカ! 問答無用ですっ!」

左腕でこぼれそうな乳房を隠しながら一方的な雪合戦を繰り広げ、俺は両手を前に付き出しながら悲鳴を上げる。


「ちょ、やめてくれ! ……じゃなくて、ごめんなさいやめてください鏡華さま……ぶふっ!」

投げつけられた何かの布によって、俺の視界は突如真っ黒に染まった。


「あっ……!?」

鏡華の焦りに満ちた声が聞こえてくる。


布を剥ぎ取って見ると、それは下のパジャマだった。

脱いだばかりのパジャマはほんのりと熱が残っており、否応なく漂う甘い香りにくらくらとしてくる。


「そ、その……間違えて投げてしまいました……」

「……嘘だろ」


丁度その時、部屋の扉が勢いよく開かれる。

「じゃじゃーん! 呼ばれて飛び出て、妹のみっちゃん只今さ……んじょ……」


呼んでもいない三葉の登場に、ほぼ裸の鏡華と彼女のパジャマを持つ俺、そしてそれを目撃してしまった三葉の三人が同時に固まる。


状況だけ見れば、まるで俺が鏡華を脱がした様に見えなくもない。疑わしきは罰せよとは今使われる言葉だ。

全員目だけが泳ぎ、空気がとてつもなく重い。


「お兄ちゃん」

「……なんだい?」

沈黙を破った妹に対して冷や汗ダラダラの笑顔で応える。


「今度から、パジャマで起こしてあげるねっ!」

「余計なお世話だ!」


笑顔とサムズアップの組み合わせがこんなにウザいと思ったのは初めてだ。恥ずかしさと苛立たしさで頭が痛くなってくる。


「お兄ちゃんがパジャマフェチとは知らなかったよ。しかもそれを鏡華お姉ちゃんに強要するなんて、いよいよ犯罪臭が……!」

「だから違うって! ハァ……」


俺がうなだれると同時に鏡華が窓枠より下に沈みこみながら小さく呟く。

「私のパジャマ、返してください……」


こんなふざけたドタバタな朝が、俺--珠洲之音すずのねたくむの日常だった。


     …


朝日が射し込むリビングは全体的に明るい色調で整えられており、クリーム色の壁や明るい色の木製家具で統一されている辺りに暖かみを感じる。

キッチンでは高校の制服に着替えた鏡華が丁度エプロンを身に付けている所だった。

俺を見るなり頬を膨らませて、まだ怒っている事をアピールしている。


「まったくもう。たっくんはどうして何度も着替えを覗いてくるんですか。一週間に最低3回は覗くなんて不注意ですよ!」

「悪かったって。でもそれを言うなら鏡華だってカーテンの閉め忘れはかなり重要な不注意じゃねえか?」

「う、それは……そうですけど……」


そもそも部屋が隣り合わせなのが分かっているのだから、カーテンと窓を注意するだけで幾らでも対策ができる。

故に俺が怒られるいわれは無い。悔しそうに肩を落とす鏡華には悪いと思うが、次から気を付けてもらう他無い。


そんな話の間に入る形で、ソファに寝転がる三葉が人差し指を高々と突き上げて言う。

「お兄ちゃん」

「何だよ?」

「女の子の裸を覗いた男は四の五の言わずに有罪なんだよ」

「何言い出してんのお前!?」

「……そ、その通りです! 悪いのはたっくんです!」

「便乗すんな鏡華! いま明らかにお前も三葉の台詞にビックリしてたろ!」

「そ、そんな事言うのでしたら……朝ご飯抜きですよ?」

「う……」


毎朝晩作りに来てくれる鏡華のご飯は絶品だ。

両親が海外出張中の俺と三葉にとって、これを活力に生きていると言っても過言じゃない。

それが欠ける事は生活習慣の乱れに始まり、栄養の偏り、集中力散漫、鏡華の機嫌を損ねる、そして珠洲之音巧が死ぬ。

人生崩壊の連鎖はここから始まる。


「ごめん。俺が悪かった、だからご飯抜きはやめてくださいな」

「ふふ、冗談ですよ」


口元に手を当てて微笑む天使がここに居る。ああ、ありがたや。


斯くして、今朝も鏡華のご飯にありつける訳だ。

煮物に味噌汁に焼き鮭。朝の定番だ。

だが味噌の絶妙な量や鮭の焼き加減は鏡華にしか出来ない。口の中でとろける鮭の身から溢れる油に舌鼓を打ち、安直だが確かな幸せをよく噛んで味わう。


「はぐっ……もぐ……ごっくん。そういや俺さ、最近変な夢を見るんだよな」

「変な夢ですか?」

「お兄ちゃんそれってまさか、妹物のエッチなDVDの見すぎで……!?」

「それは無いから安心しろ。……って、何で二人ともそんな疑わしい目で見てくるんだよ」

「だってこの前お兄ちゃんのスマホにエッチな画像が巨乳の人多めに入ってるの見たもん」

「おまっ!? いつの間にロックの解除番号知ってんだよ!?」

「企業秘密って事で」

部屋に戻ったら急いでロック番号を変更せねば。


「そんな事はさておき、どんな夢なんですか?」

「起きてちょっと忘れ気味なんだけど、俺が車に跳ねられる夢」


三葉と鏡華の箸が止まる。

二人はキョトンとした様子で顔を見合わせた。


「何それ?」

「いや、俺もよくわかんないんだけど嫌に鮮明でさ、まるで本当にあった事みたいで……」

「たっくんとは物心ついた頃から一緒ですけど、今までそんな事故に遭った事は無いですよね。私は覚えがありませんもの」

「私も。たかが夢じゃない。きっと映画かドラマの映像でも出てきたんじゃない?」

「それもそうだな。悪い、食事中に」


「夢の内容はともかく何だか怖いですね……風邪でもひきかけてるんでしょうか?」

そう言って席を立った鏡華は自身と俺の額にそれぞれ手を当てる。同時に無自覚な胸も顔に接近する。

「なっ……!?」

「うーん、特に熱は無さそうですね」

若干前屈みの状態から見る胸は服の上からでも大きく見える。

むしろ衣服に包まれているからこそ、ちらりと見える鎖骨や服のシワと張りで想像力を掻き立てられるのだろうか。

先程直に見た時とはまた違う、衣服があるからこその艶かしさがそこにある。

正直恥ずかしくて熱が上がりそうだ。


鏡華(というより鏡華の胸)から目をそらすと、俺の心中を察したらしい三葉がニヤニヤと笑みを浮かべている。

「夢の原因はきっとムラムラしてるからだね!」

「お前はどうしてもソッチの方向にこじつけたいのな!」

「……揉みたいくせに」

「いい加減にしないと怒るぞ」

「きゃー!」


はしゃぐ三葉と歯ぎしりする俺を前に、鏡華は結局気がつかないまま首をかしげていた。


「でも怖い夢を見ると心細くなりますよね。私もコレクションの埴輪が全て部屋から飛び去って行く夢を見た時には、流石に怖くて汗びっしょりでした」

困った様に笑いながら、そら恐ろしい事を口にしている。

もしも俺が鏡華の部屋で寝たら、きっと毎日そんな夢を見そうだ。

想像するだけで震えが止まらない。


「そういえば鏡華お姉ちゃんはどうして埴輪なんてコレクションしてるの?」

「好きなんです、埴輪が」

「「はぁ……?」」

目をキラキラ輝かせる鏡華に、兄妹揃って間の抜けた声を漏らす。

「だって可愛いじゃないですか。太古のロマンを感じますし、間の抜けたシンプルな顔といい、魅力しかありません!」

魅力が感じられません。少なくとも俺と三葉には。


その後もスイッチの入った鏡華の埴輪談義は続き、興奮した顔で「埴輪は日本最古のゆるキャラですよね!」なんて力説しているのを、俺と三葉は結局家を出るまで、埴輪みたいな真顔をして聞くハメになったのだ。

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