プロローグ
鉛色の重苦しい空は二月の憂い。
チリチリと冷たい大気は冬の残り香。
背中に感じるアスファルトはとても冷たくて、雪か氷にでも横たわっているかのようだ。
だがそれも、今の俺にはちょうど良い冷たさかもしれない。
頭から地面に滴る真っ赤な血では、体内に次々生まれる熱を吐き出すにはとても追い付かない。冷たい物に接していれば、少しは冷めるだろうか。
12歳の冬、俺は生まれて初めて交通事故に遭遇した。
事故が多発している場所だったのに、完全に油断していた。
気がつけば車はもう目の前まで来てて、初めはフロントバンパー、次にボンネットからフロントガラスにかけて、そして宙に上げられた俺の体は受け身などとれずに後頭部からグシャリだ。
どうして気を失わなかったのか不思議なくらいだ。
きっと身体中の骨は折れているだろう。痛みが残っている箇所はともかく、感覚の無い箇所は間違いない。
俺……死ぬのかな
これだけの事が起こって死なないなんて嘘だ。人間の体は、そう頑丈に出来ていない。
しぶとい理性はそう告げる。
もうすぐ死ぬ。助かる筈が無い。
そう告げて――
理性は――感情に塗りつぶされた。
死にたくない、死にたくない!
もうすぐ中学校に入学するんだ。
やり残した事やこれからやってみたい事はいっぱいある。
俺の人生はこんな筈じゃない。もっと色鮮やかで、艶やかで、それでいてまだ実ってもいない。
俺の人生は、誰かと共に綺麗に熟していくんだ。
こんな所で、こんな出来事で潰れて終わる筈が無い。
助けが欲しい。
こんな嫌な事があっても、現実に繋ぎ止めてくれる誰かが欲しい。
助けて。
助けて、助けて。
助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて!
痛みを止めてくれ。俺を見てくれ。無視しないでくれ。抱き締めてくれ。叱ってくれ。愛してくれ。一緒にいてくれ。一人にしないでくれ。
助けて……くれよ。
このまま……眠りたくなんかない!
滴る涙、落ちる目蓋。
眠りたくなど無いのに、死にたくなど無いのに、意識は急速に……そして静かに溢れそうな感情をくびり殺す。
これだけの劇的な事が起こっているのに、俺の前には誰一人現れはしない。
俺の人生はここで終わる。
救ってくれる都合の良い出会いなど存在しない。
何故なら、これはどうしようもなく、悲しいほどに、現実なのだから。
俺は、物語の主人公の様に、清らかなどでは無いのだから。