少女と死骸とカーテンと
『ねぇ、私を置いていかないで。』
ほんの少しだけ歪んだ少女の愛の形。
いや、人間なら誰もが持っている利己心が生み出した悲劇。
少女はそれを愛と呼ぶ。
『ただいま午後三時の気温は30℃です。外出する際はこまめな水分補給を___』
プチンッという音とともにテレビ画面が真っ暗になる。室内温度計が34℃という数字を示しているのにもかかわらずその部屋の窓は1つも開いていない。カーテンもきっちりと閉められていた。
赤褐色の、大小様々な丸いシミが、限りなく水に近い赤い絵の具をつけた筆を振ったかのようにぽつぽつとついているカーテン。
「ミケ。おいでー。」
……みゃお。
部屋にいるのは色素が薄い端整な顔立ちの少女と、年老いた三毛猫だけ。
少女は肌を舐める熱気を気にしていないのか、閉め切られた窓を開けようともせずに部屋の中央に座り三毛猫の名前を呼ぶ。
とろけるような笑顔を端整な顔の上にのせて。猫の名前を呼ぶ。
「ミケ。おいでおいで。」
…………みゃお
よたよた、と。
右に左にふらふら、と。
覚束無い足取りで、しかし懸命に。
年老いた三毛猫は少女の元へと足を進める。少女はそんな三毛猫に歩み寄ろうともせずに、笑顔で、急かすように「ミケ、ミケ。おいで。」と言う。
…みゃお
よたよた
………みゃお
よたよたよた
少女は自分の手が届くところに猫が来ると抱きよせた。よしよし、と。三毛猫の頭を優しく撫でる。その微笑ましい光景とは合わないほど部屋は異常な熱気で満たされていた。
猫はその熱気にやられてしまったのか、ぐだっと少女に自分の身体を預けている。
少女は猫の背中と自分の腹を合わせ猫の顔と自分の顔が合わないような体勢にし、右手で猫の左頬を撫でる。
刹那、笑顔がすうっと消えた。
少女の顔に表情はなく、恐ろしく冷めた目で猫の後頭部のあたりを眺めており相変わらず右手で猫の頬を撫でていた。
そのまま数分が経ったときだった。
ごりっ、
突然だった。
猫の首が、本来であれば向いてはいけない方向に曲がった。白くて細い、頼りない少女の手によって。
糸が切れたマリオネットのように猫の四肢から、首から、力が抜けてぴくりとも動かなくなった。
ぐっ、ぐっ、
その後も少女は猫の首を力一杯ひねる。猫はおそらく。いや、間違いなく死んでいる。
ぐっ、ぐっ、ぐっ
まだまだひねる。
そうしてどれくらい経っただろうか、首の筋肉が伸びてしまったのか、はたまた断裂してしまったのか定かではないが猫の首は半回転と少し、捻れた状態から戻らなくなっていた。
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部屋の中には、美しい少女がいた。そして首が伸びてしまった猫の死骸と、赤褐色の、色褪せた血が付着したカーテンがその少女の異常さを示していた。
周辺には、その異常な光景にふさわしい異常な熱気が漂っている。
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「大好きだったよ、ミケ。」
少女の形のいい唇が美しく、しかしこの上なく狂気的に、弧を描いた。
『少女と死骸とカーテンと。』
終
お話自体は我ながら綺麗にまとまったかと思います。
が、しかあああああしッ!
本文だけではなぜ少女が猫を殺してしまったのか、さっぱり分からないですね!!
前書きなどにヒントを散りばめておいたので解釈していただけると幸いです。




