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ただあの日をもう一度 後編






 彼女がいる。俺の横で、笑っている。


「あれが小学校、んでお前の家……公園はあそこら辺かな」


 目の前の夜景を楽しそうに見ていた。指をさしては、あそこは何だと説明する。


「星を見に来たんじゃないのか?」


 星を見たいっていうから、ここに来たのに。これじゃあ何をしに来たのか、まるっきりわからないじゃないか。


「あれだって、立派な星だよ」

「そうかな」

「そうだよ、バーカ」


 彼女は元気だった。それは俺が知っている、ブンだった。


「あ、言ったなこいつ」


 頭を掴んで、グリグリと抑えつける。


「うわ、バカ病人になんて事しやがる」


 そんな些細なことが楽しくて、夜景も星もどうでもよくなった。


「下は大騒ぎだな……ほらあれ、パトカーじゃないか? なんかサイレンみたい」


 白く細い指がさす、赤い光の集団。病院の近くで何度も右往左往しているのがここからでもわかる。


「……そういうの、見たくないかな」

「真犯人だろ、目を背けるなよ」

「ヤダ」

「……ったく」


 呆れたように、ブンが大きな溜息をつく。俺は夜景から目を逸らしたくて、星空を見上げていた。


「なあ、どうして」


 小さな声で彼女が呟く。


「うん?」

「どうしてこんな事してくれたんだ?」

「嫌だった?」

「いや、嬉しいけどさ……」

「うんうん、そうだろうな」


 俺はひとり納得して、空にある星を数え始めた。


「それで、今回は何ポイント貰えるんだ?」


 俺は、奇跡が欲しい。だから神様の言いつけ通り、困っている人を助けてきたんだ。それは今この瞬間だって変わらない。


「何ポイントって……」

「困っていたのはお前。星が見たいとか言ってたから、連れて来てやったんだろうが……あ、今何個目だっけ」


 星の数が分からなくなる。


「その……ポイントってやつさ」


 嘘だって、わかっているさ。適当なお前が作った、適当なシステムだって。だけど、奇跡が欲しいんだ。何でもない時間を一緒に過ごせる、そんな奇跡が。


「実は……」


 ワン、という、この場所には不釣合な犬の声が聞こえた。彼女の言葉の続きは掻き消された。


「100万ポイント」


 続く、子供の声。知っている。あいつだ、あの困ったガキだ。


「そうでしょ、ブンさん?」

「……健太」


 白い犬を引き連れて、健太が俺達の後ろに立っていた。俺がその名前を呼ぶと、彼は大げさに首を横に降った。


「あっていますけど違います」


 意味深なことを、健太が言う。


「僕は」


 もったいぶって、偉そうな顔をして。


「神様です」


 健太は、確かにそう言った。




「さて和夫さん……あなたは今、101万と57ポイントを持っています」

「中途半端だなあ」


 白い犬がワンと鳴く。人気のない山の中にはよく響いた。


「それを奇跡と交換しますか?」


 奇跡。できる事ならそれにすがりたい。


「……ブンの病気を治すってのは」

「できません」


 彼の言葉に、躊躇なんてなかった。ただ事実を告げる、無情な声。


「そっか……」

「解っていた事だよ」


 微笑んでそう言う彼女の姿が、俺には辛かった。無理をしているようで、させているようで。


「だけど」


 健太が勿体ぶったように鼻を鳴らす。


「可能性となら、交換できます」

「……可能性?」


 何の事だかわからなくて、ついつい聞き返す。


「はい、やり直すんです。ブンさんが手術することになったその日を。まぁポイントは全部使いますけど」


 覚えている。あの日の事は確かに。だけど俺にできたことは何も無い。ただの子供に、できた事なんて一つもない。


「俺に……何が出来たって言うんだよ」

「さあ? 僕は知りません」


 健太が笑う。犬が鳴く。馬鹿にされているような気がした。


「ただ、一つぐらいはあるんじゃないんですか?」

「あのなぁ」


 やり残したことならあるさ。だけど、それは俺の問題だ。俺の感情が整理されるだけで、手術とは何も関係がない。それぐらいは知っているさ。


「ハイハイ、面倒だから始めますよ」


 ただ、神様に聞く耳など無かった。神様っていうのはこうなんだろう。


「あ、おい!」


 まだ状況が掴めない、そんな俺を無視して。


「3、2、1……0」


 ワン。スタートの合図は、間抜けな犬の声だった。






 これは夢だ。懐かしい、いつかの思い出。


 彼女は玄関に向かって、まっすぐと進んでいる。車椅子の速度は、俺の何倍も遅かった。

 遠のくブンの背中めがけて、折り紙の手裏剣を投げつける。青とオレンジの手裏剣は小さなその後頭部に見事命中した。


「な、何?」


 驚き、後ろを振り返るブン。涙ぐんだその目は、確かに俺を見た。良い気味だと思った。勝手に何処かへ行って、消えるなんて。


 俺は振り返り、どこかへ走りだそうとした。


 ――だけど、そうしなかった。


 彼女に向かって、ゆっくりと歩いていく。手のひらの中には、くしゃくしゃの折り紙があった。

 ブンの前に立って、手裏剣を拾い上げる。それをズボンのポケットの奥底にしまう。


「……こっち」


 そして手のひらにあったそれを、彼女に見せた。


「ん? 何これ」

「……鶴」


 折れ曲がって、もう原型は留めていない。というかもともと、出来の悪い物だった。


「ふーん」


 それを手にとって、まじまじとブンが見つめる。


「……ヘタクソ」


 漏らした言葉は、率直で正しい意見だった。


「な、なにもそこまで言わなくたっていいだろう!?」


 ムキになって辛い言葉を投げかける。


「ごめんごめん、あんまり可笑しかったから」


 それが余計、彼女を笑わせた。溢れる涙を拭いながら、また折り鶴を優しく眺める。


「大体これ、折り方が間違ってるんだよ。だからこんな風になるの」

「知らないよ、そんなの!」


 そう、俺は精一杯やった。その下手くそな折り鶴が限界だった。


「ねえ和夫、今度会うときにさ」


 彼女が大事そうに折り鶴を鞄にしまう。そんな価値、それには無いのに。


「上手な折り方、教えてあげるね」

「……約束、だからな」


 顔を真っ赤にして俺が言う。


「うん!」


 心強い声が、すぐに聞こえた。

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