1話
遂に、学園編です。
大通りは、たくさんの人で賑わっている。クーは連れて歩けそうにない。何処かで待っていてもらわなければなるまい。
「もし、そこの方」
中年の男が僕の肩を叩いた。
「馬なら、近くに業者が居ますので、そこに預けるといいですよ」
僕のように都会を知らない人も多いのだろうか?親切にも男は僕に教えてくれた。
「ありがとうございます」
僕が礼を述べると、いえいえ、と笑われた。
男の案内で着いたのは馬小屋、と呼ばれるところだった。
「ここです」
では、と男は人混みに消えて行った。親切な人もいるものだ。ありがたく思う。
馬小屋では、馬を1日銀貨1枚で預かってくれるらしい。魔法学園に来たと言うと、魔法学園には学園内に馬を飼う場所があるらしいので、後日受け取りに来るといい、と言われた。
僕とヴァルキリアは一旦、クーと離れた。
「後でまた迎えに来ますからね」
ヴァルキリアがクーの首を撫でる。クーは頭を下げて彼女に甘えている。
「後で来るからな」
僕もクーのことを撫でる。綺麗で透き通る毛並みが指の間を流れる。
僕たちは馬小屋を後にした。
「ひとまずは、学園の場所を確認してから食事にしようか?」
「そうですね。それがいいと思います」
ヴァルキリアが手を差し出して来た。
「ん?どうしたの?」
「こうです!」
ヴァルキリアは僕の右手に自分の手を絡めて来た。彼女は満足そうにニコリと微笑む。
「ひ、人いるよ!?」
周りはたくさんの人がいる。見られたら恥ずかしい。
「だから、じゃないですか」
ヴァルキリアは僕の手を引いて歩き出した。僕も、遅れないように、それでも恥ずかしくて少し小さくなりながらも彼女に着いて行った。
本当にヴァルキリアは遠慮がない。でも、悪い気はしなかった。
僕たちがいるヴェルダルの街での位置は、北側であった。街を東西南北に分けると、中心にはヴェルダル市庁舎がある。ちなみに、街の全長は、南北に10km、東西に11kmもある。ミランダのみならず、周辺諸国でも有数の大都市だ。
学園は南東を占めている。南北5km、東西5kmと、街の4分の1の大きさもある。
他には、南西は魔法関係の商店などが建ち並ぶ地区、北西は商人たちの地区、北東は市民たちの生活の場となっているらしい。
それぞれの地区の間を大路地が分けている。僕たちは、北西と北東を分ける、北の大路にいる。ここをまっすぐ行けば、市庁舎のはずだ。
今日、僕たちは、まず学園の場所を確認して、生活のための家について、誰かに聞かなくてはならない。日が沈む前には済ませておきたかった。
大路を歩いて行くと、自然豊かな場所が目の前に見えてきた。
「こ、これはなんだ?」
街の外に出て来てしまったのか?と僕は焦った。
「んーと…。市庁舎前の公園らしいですよ」
確かに、ヴァルキリアの言うように、木の看板にはそう書かれていた。
「公園っていうよりは、貴族とか王族とかの庭園みたいだね」
僕はそう感じた。木々の配置、植えられた花の色合いは綺麗で、手入れも隅々まで行き届いているようだ。
「そうですね。こんど、ここにピクニックに来ましょうね」
ヴァルキリアは公園を眺めながらそう呟いた。確かに、公園には男女で来ている人も多い。デートスポットとして有名なのだろうか。
「まあ、今は学園に行くのが先だね」
ここでゆっくりして行ってもいいんですよ?と言わんばかりに残念そうな顔をするヴァルキリアの手を引いて、僕は公園の外周の道を歩く。
しばらく歩くと、大きな壁が見えてきた。
「ここか…」
そう、魔法学園である。あいにく、壁が高くて中は見えない。壁の高さは、近くの建物の3階ほどもある。その壁がずっと奥まで続いていた。
学園の正門は東の大路にあると聞いた。僕とヴァルキリアは東の大路へと足を進めた。
東の大路には、北の大路と違い、黒や茶色のローブを着ている人がチラホラと見られた。これが魔法使いの格好なのだろうか?
壁はどこまでも続いている。そんな所に1カ所だけ不思議に心が惹かれる所があった。
「ヴァルキリア、ちょっとあっちに行ってみよう」
ヴァルキリアの手を引いて、大路を横断する。気になった壁の所まで行く。何の変哲もない、ただの壁である。
「あなた?どうかしましたか?」
ヴァルキリアは壁をペタペタと触る僕を不思議に思ったらしい。
「ヴァルキリアは、変な感じしなかった?」
「変な感じ…?ですか?」
ヴァルキリアは首を傾げた。どうやら、彼女はなにも感じなかったようだ。僕の勘違いだろうか?
「そこの隠し扉を見破るとは…。お主、ここの生徒かの?」
灰色のローブを羽織って白い髭を長く伸ばした老人が声をかけて来た。
「あなたは?」
「わしか?ただの魔法使いじゃよ」
フォッフォッフォッ、と老人は笑った。
「ここの扉はのぉ、開けし者にのみ開く扉なんじゃよ」
まるでおとぎ話の中の魔法使いのような言葉だ。
開けし者…。どういう意味かもわからない。
「開けし者、ですか?」
ヴァルキリアは不思議そうに繰り返した。
「そうじゃお嬢さん。お主はこの坊やの連れかのぅ?」
「はい。妻です!」
ヴァルキリアは元気良く答えた。
「なっ!?」
僕が驚き、ヴァルキリアの顔を見ると
「ホホホホホッ、面白いのう」
老人は大きな声で笑う。道行く人も、どうしたものかと振り返った。
「嘘をついていないのを見ると、本当のことなんじゃろうな。だが、この坊やの心は…迷いがあるのぅ」
老人は優しそうな目で僕を眺めた。
「さあ、妻のためにもこの扉を開けてみるがよい」
老人は大きく両手を広げ、高らかと言った。
開けろ、と言われてもやり方がわからない。どうしたものか。
僕はその場に立ちすくんで考えを巡らせた。
開け!と念じればいいのか?なんで開いて欲しいのかを説明すればいいのか?それとも、何処かに何かが隠されているのか?
しかし、答えは出てこなかった。僕は座り込んで頭を抱えた。隣では、ヴァルキリアがしゃがみこんで僕の顔を覗き込んでいた。老人は以前として楽しむように僕たちを眺めている。
どうすれば開くのだ?もしかしたら、開かないのではないか?この老人は、僕に嘘をついているのではないだろうか?
モヤモヤとした感情が僕の心に巣食っていた。
なぜ、この老人は話しかけて来たんだ?なぜ、開けと言うのだ?
考えれば考えるほど新しい考えが飛び出し、収拾がつかなくなってくる。
「わかりません」
「本当によいのか?」
老人は試すような口調で僕の目を覗き込む。
なんなのだろうか?この老人は…。僕のことをからかっているのだろうか。
だが、なぜここまで執拗に聞いて来るのか。それは…老人が開け方を知っているからではないか?
「僕にはわかりません。でも、貴方にはわかるのではないですか?」
駄目元で僕は老人に告げた。
「フォッフォッフォッ。見事じゃ」
老人は壁に手をかざす。すると、
壁の一部が凹みだし、黒い模様が蛇のように壁に走った。少しすると、そこには立派な門が姿を現した。
僕とヴァルキリアはビックリして目を見開いた。
「なっ…」
「開けなさい」
老人に言われたように門を押す。ゴゴゴッ、と石のこすれるような音を出しながら門は開いた。
中には、城を思わせる大きな建物が建っていた。
「ようこそ、トリエステ魔法学園へ」
老人は愉快そうに言うのだった。
「あなたは…」
ヴァルキリアが少し恐れをこめた声で言う。
「わしか?わしは、ここの番人じゃよ。校長、とも呼ばれておる」
そして、静かな声で言った。
「待っておったぞ。マルクスとやら」
「なぜ、僕の名前を?」
「それは、お主をここに呼んだのは、わしだからのぅ」
「どうして…」
「魔導具じゃよ。それ以上は、わしでもわからなんだ」
魔導具とは、失われた魔法の技術や、唯一無二の存在の魔法具のことを言うらしい。なので、校長でもなになのかはわからないそうだ。
「ただ、毎年新しい生徒を自動的に選ぶのじゃ。そやつの顔が見えてな。あとは、わしの飼っている魔獣で…」
校長の肩にカラスが降りてきた。
「これが一人一人のいる場に飛んで行って、名前を確認するのじゃよ」
手紙を送ったのもこれじゃ、と言う。謎が一つ解けた。でも、人に見られていたというのは少々気味悪いものだ。
「時にお主、1人で暮らしておったそうではないか?」
「そう、ですが…」
「どうして、そのお嬢さんと一緒にいるかは知らぬが、それでは寮に住めぬぞ?」
校長がヴァルキリアの方を見ると、ヴァルキリアは首を傾げた。
「寮?」
寮なんてあったのか、と思ったが、入れないだと!?
「寮はな、男女別でのぅ。それに、お嬢さんは生徒ではないのでな、入れないのじゃ」
そんな!?僕が落ち込んでいると、
「外に家を借りるしかないのぅ」
校長は僕の肩を叩いた。
「なあに、貴族の子供らは家から通っているし、お嬢さんも坊やと一緒に学園に入れ、一緒におることもできる。心配することはない」
校長の言葉に、ヴァルキリアは笑顔になった。そして、後ろから僕に抱きついて来た。
「まあ、妻というとは今まで居なかったのじゃがな」
校長は笑った。
「まあ、取り敢えずは家を探しなさい。金銭面で困ったら、相談にのってあげよう」
校長は僕の肩を叩いた。
門の外まで僕たちを送り出しすと、
「3日後に楽しみにしておるぞ」
そう言うと、門の内側に戻って行った。次の瞬間、門は壁に戻っていた。
僕とヴァルキリアは顔を見合わせた。これが、魔法。僕は心が踊った。
「お爺さんが言っていたように、まずは家ですね!」
ヴァルキリアは僕の手を掴んで歩き出した。