森の中の小さな家
思いつきで書いてます。一人称で書くのは初めてなので頑張ります。
僕は、いつもおかしな夢を見る。
大きな街(といっても僕はそんな大きな街は見たことがないのだが)で食料を買っていたり、馬に乗って夕日を追いかけたり。ある時には火の海の中、両手に剣を持ち人を殺していく…
そして、夢の中には美人な女性も出てくる。顔は、よく思い出せない。だが、その人たちは僕のことを「あなた」と呼ぶのだった。
さて、今日は森に鹿をとりに行こう。
僕はそう考え、壁にかかっている弓矢をとり外に出た。
森への道へ足を踏み入れようとすると、忘れていたことに気がつく。森に入る前にやらなきゃいけないことがあるのだ。
僕は、お爺さんのお墓の前に行き、呟いた。
「いってきます。お爺さん」
森の中は静かで好きだ。鳥のさえずりが聞こえる。僕は木々の間から差し込む日差しを眺めた。
すると、近くの草むらが揺れる。
この大きさは…ウサギだ!
僕はそう考えてからか否かのタイミングで素早く弓に矢をとりかけ、放った。ウサギは頭を貫かれた。即死だ。
それは僕にとってはこれが唯一の罪滅ぼしでもあった。生きる為とはいえ、他の命をもらうのだ。よくお爺さんも言っていた。
僕はウサギを腰に括り付け、家に戻ることにした。鹿を狙っていたとはいえ、これも時の運だ。それに、必要以上に命を奪うのは良くないことだ。家の裏で野菜も育てているし、今のところ食料には困らない。
僕はいつもと同じように家へと戻った。
歩いて数分もしないうちに家に着く。家のすぐ裏が森なのだから当たり前だが。
家に入ろうとした時に僕はそれに気がついた。
ドアの前に何かが落ちていたのだ。
拾い上げてみると、それは手紙だった。僕は手紙を人生で3回くらいしか見たことがない。
差出人は『トリエステ魔法学園』となっている。聞いたことがない名だ。宛先人はマルクス、僕となっている。
僕に?何かの間違いだろうか。それに、いつの間にこんなものを運んできたのだろうか?狩りはすぐに終わったはずだ。それに、僕の名前を知っているなんて。あまり人前には出ないのに…。
考えても切りが無さそうなので、僕は考えるのをやめた。
ひとまず封筒を開けて中身を確認する。そこには、
マルクス殿
この度は貴公に魔法の才があることが確認された為、ここ王立トリエステ魔法学園に入学することを許可する。
入学は4月10日。必要なものは学園側で用意する為、心配することはない。
4月9日に、新入生クラス振り分けと顔合わせの儀があるため、それまでにヴェルダルの街に来られるように。
良い学園生活を。
トリエステ魔法学園校長 ヴァン ペルドラ
と、書かれていた。
ヴェルダルの街は小さな頃に1度だけ行ったことがあった。
あの時はたくさん人がいるのが怖く、お爺さんの手を握っていたものだ。どこか、懐かしく胸が熱くなって来る。
おっと、こうしてはいられない。早く、ウサギの血抜きをしないと。
僕は手紙をポケットに入れ、家の中に入って行った。
夕食を食べ終わる頃には外はすっかり暗くなっていた。狩りに行ったのが昼寝をした後なので仕方が無いだろう。
食器を片付け、特にすることもなく椅子に腰掛ける。お爺さんがいなくなってからというもの、夜はさみしい。ロウソクの灯りだけでは薄暗く、孤独感はさらに増すばかりだった。まだ眠くもないので、テーブルの木目の数を数えて暇を潰すことに僕は精を出すことにした。
16個か17個ほど数えたあたりで、ドンドン。と、突然ドアが叩かれた。
おかしいな。ここはあまり人も立ち寄らないような所なのに。狩人が道に迷ったのだろうか?
僕は少し気味が悪く思った。しかし、そんなことで出ない訳にはいかない。
「お待ちください」
僕はドアへと駆け寄り、少しだけドアを開けた。
「旅の者ですが」
それは、若い女性の声だった。僕が女性と会話するのなんて、村におりて行った時に喋ったロッテおばさん以来である。
「道に迷われましたか?どうぞ、お入りください」
女性を中に引き入れる。男性ならこうはしない。というのも、恐ろしいというのもあるが、お爺さんに女性はか弱いから優しくしなさい。と言われ続けてきたからだ。
しかし、困っている人なら別なのだが。
「ありがとう」
そういって女性は中に入ってきた。ガシャガシャと音が鳴る。女性は甲冑に身を包んでいた。もしかして騎士様だろうか?
「あの、騎士の方でしたか?」
「いえいえ、この格好が好きなだけですよ」
そう言って女性は兜を取った。長い金髪の髪がなびく。ずっと兜をしていたとは思えないほど綺麗だ。その顔はとても整っている。僕にはそうとしかわからなかった。その顔は甲冑を着るのが似合わないような優しそうな顔立ちだ。そして、ぼくの目に止まったものがあった。
「綺麗な、紅い目ですね…」
僕は思ったことを素直に言う。まるで夕日を切り取ったような、懐かしげでどこか切なさをもった目だったのだ。
「そう言ってくれるなんて、嬉しいです。あなた」
「いえいえ。ん?あなた???」
「ええ、探しましたよ。マルクス様」
女性はニッコリと笑って、そう言った。
僕には、何がどうなっているのかサッパリわからない。
「えっと…。どういうことでしょうか?」
「ええとですね…。」
女性は考えるように口元に手をもっていく。
一体どう言うことだろうか?
この女性の言う、あなた、は自分の夫に言うような感覚がしたのだ。僕はまだ16歳だし、同世代の女の子なんてほとんど知らない。
この人は何を言っているんだ?
僕には状況が理解できていなかった。
「あなたのお名前は?」
彼女はそう尋ねて来た。
「…マルクスです」
それを聞くと同時に、彼女は僕に抱きついてくる。
「よかった…。本当に…」
突然のことに僕は体が固まってしまう。
冷たい甲冑が胸に当たって少し痛いが、彼女からは優しく、どこか落ち着くような匂いがする。
彼女の顔を見ると、彼女は涙を流していた。
なんで泣いているんだ?僕は悪いことをしたのか?
言いようのない不安感が募っていく。
結局彼女は長い間泣き続けた。僕はただ、突っ立って、時々勇気を出して頭を撫でることしかできなかった。
「…ごめんなさい」
泣き止み、ますます赤みが増した目ををこすりながら彼女は言う。だか、その顔は悲しそうではない。むしろ嬉しそうに表情は緩んでいる。
再び、おもむろに彼女は抱きついてきた。
「あなたは、本当にすべて忘れてしまったんですね」
彼女の頭が鼻に当たって痛かったが、しっかり言ったことは聞くことができた。
忘れた?何を?僕はこんな人にあったことがないけど…。
先ほどから続く理解出来ない言葉の数々に、僕の頭はどうにかなってしまいそうだった。
「ええと、僕はあなたのような綺麗な人と今まであったことがないのですが…。気のせいでは?」
「そんなはずない!」
突如、彼女は声を荒らげた。そして、また涙をこぼしながら言った。
「その黒い髪。そんな人は他にいないでしょう?そして、そしてあなたは私の目のことを褒めてくれました。そんなこと、他の人に出来るでしょうか?」
「え?でも、本当に綺麗な瞳じゃないか…」
そう、彼女の瞳は美しい。僕は素直にそう思っている。なぜなら、それは…
僕が頭の中で思い浮かべたことを代弁するかのように彼女は言った。
「いつか見た、地平線に沈む太陽のようだったから、ですよね」
彼女の言葉に僕は耳を疑った。
なぜだ?なんで思ったことがわかる?心を読めるのか?
驚愕と恐れとが僕の心に渦巻く。
しかし、彼女の答えは思ってもいないことだった。
「それは、あなたが私を助けてくれた時言ってくれた言葉です」
彼女は微笑む。それは、愛おしい何かを見るように。
「は…?」
この人は何を言っているんだろう?
気が狂っているのではないか、と僕は考えた。
僕は、お爺さんとずっと2人で暮らしてきた。人助けなんてしたことはない。
なのに、なぜだ?
彼女は持っていた袋から何かを取り出す。それは…
壊れて腕が取れ、綿が飛び出したクマのぬいぐるみ。
「なっ!?」
僕にとってそれは、見覚えがあるものだった。
そう、それは夢の中の話であった。
剣をもって迫って来る人を次々と切り捨てていく。おや?魔法使いもいるようだ。火属性の魔法だろうか?
僕は一筋の炎の矢を放つ。魔法使いらしき人物はそれで絶命した。
ほどなくして、辺り全員が倒れた。息の根のあるものには治療魔法で止血してゆく。
「さて、君の名前は?」
鎖で繋がれた少女に向かって僕は問う。その顔はうつむいているせいか、見えない。
「う、う…。私は…名前もありません…」
彼女は少し震えた声で言った。突然現れた男が、周りの戦士たち10人ほどを蹴散らしてしまったのだ。当然と言っては当然だと思う。しかし、答えるところをみると、たぶんすぐに答えないと暴行されていたのではないだろうか。
彼女は身体中にアザをつくっている。服もボロボロ。痩せこけているところを見ると、まともな食事もさせてもらっていないのだろう。
ただ、その目だけは紅く、どんな絶望にも染まっていない。
「君は綺麗な瞳をしている」
僕が言うと、彼女は自分の目を隠す。
「ははっ。隠さなくていいんだ。僕は君のその瞳をもっと見ていたいんだ」
そう言ってから、剣で鎖を断ち切る。少女を持ち上げると、その軽さに驚いてしまった。栄養をつけないとな。そう思いながら、彼女にローブをかけてやる。
「おっと、このぬいぐるみは君の宝物だろう?」
僕は地面に落ちていた壊れかけたクマのぬいぐるみを拾い上げ、少女に渡す。
彼女は目に涙を溜めながら答えた。
「うん…」
「思い…だせませんか?」
彼女は心配そうに尋ねる。
「君は…」
頭の中に、何かもわからない情景が思い浮かぶ。
「そうだ!君に名前をあげよう。綺麗な名前がいいかな。そうだな、君の名前は…」
「…ヴァルキリア」
そう、それは夢の中の僕が少女につけた名前のはずだった。しかし…
「はい!」
目の前の彼女は、微笑んだ。
彼女は言う。
「私は、ヴァルキリア。あなたがつけてくれた名前です。思い出して…くれましたか?」
僕には、彼女が少し不安そうに見えた。
「で、でも、それは夢の話ですよ?」
そうだ。夢の話なのだ。
この女性は、夢からでてきたのだろうか?それとも、たまたま実際にあったことと同じ夢を見て勘違いしているだけなのだろうか?
「いいえ。夢ではありません。だってなぜなら…」
彼女はメモのような紙を取り出した。何か入れ物に入れていたのか、少しも汚れたり、折れ曲がったりしていない。
差し出されたその紙には、僕の顔そっくりな絵が書かれていた。
「私が書いたんですよ。似ていますか?」
似ている。確かに似ている。だが、何故だろう?なぜこんなものをもっているのだ?
僕はその絵が何故か信じられなかった。
「僕みたいだ…」
「みたい、ではありません。あなたなのです!」
彼女は念を押す。
「でも…。夢は夢であって…」
返答するこちらのほうが困ってしまう。否定する方法が見つからないのだ。完全に彼女に対して否定することが僕には出来ない。否定できる言葉は出て来そうなのに、だ。
「夢なんかではありません。あなたの夢、というものは、あなた自身の過去の記憶です」
「え?」
過去?過去と言ったか?どう言うことだろうか?
僕の過去はお爺さんと2人のものがほとんどだ。彼女の言葉を信じられるわけがなかった。
「正確には、あの戦いの前のあなたのもの、ですね」
「はい?」
彼女のよ発言に、僕はキョトン、としてしまった。
聞くと、どうやら僕は神に戦いを挑んだのだという。
本当だろうか?まず、神が居るということに僕は驚いていた。
そして、戦況が危うくなった僕は6人の妻たちを逃がし、自分1人で戦ったそうだ。勝敗はわからない。なぜなら、今、僕はここに居るというのもあるし、僕が本来の姿ではなくなっているからだ。本来の姿、と言っても今より背が高いくらいの違いらしいのだが。
そこらへんの記憶はないので、どうしようもない。
僕は言葉を失った。到底信じられる内容ではなかったからだ。
僕はしばらく沈黙していた後、彼女に言った。
「あの…全然わからないのですが?」
「そうですよね…」
彼女、ヴァルキリアは少し寂しそうな顔をする。
その表情はとても痛々しい。本当に自分なのだったらいいのに、とまで思ってしまう。
「そういえば、こんなものが届いたのですが、あなたと関係があるのでしょうか?」
僕は魔法学園からの手紙を取り出す。
「これは…。やはり、魔法の才能はそのままなんですね」
手紙を見ながら微笑むヴァルキリアを見て、少しホッとした。
「前の僕も魔法の才能があったのですか?」
夢の中で魔法を使っているのは知っていたが、どれほどのものなのかは知らなかった。第一に、どうして魔法を使っているのかも、使い方もわからなかった。何度か試そうとしたことはあったのだが、やり方がわからないのだ。
「ええ。それはすごかったですよ。なんたって、エルフよりも魔法を上手く扱えたとか」
エルフ?お爺さんの昔話にでてきた種族か?
エルフは高貴なる種族らしく、神族の末裔とまで言われているらしい。
そんな人たちより優れていたとなると、どれほどなのだろうか?
僕は自分自身を恐ろしく思うと共に、本当なのだろうか、という興味というか期待ともとれる感情が湧いて来た。
「すみません。私は魔法について詳しくないので、あまりわかりませんが。あなたの魔法はすごかったんですよ」
ヴァルキリアは困ったように言った。
僕はふとヴァルキリアの格好に目を向けた。
そういえば、彼女の格好は騎士のような甲冑姿だ。魔法ではなく剣などで戦うのだろうか。腰に下げている剣を初めて見る。
すると一瞬、時が止まってしまったような感覚に襲われる。
戦場。人同士が戦っている。その中を僕は凄まじい速さで駆け抜ける。
突然、魔法の矢が飛んでくる。僕は透明な壁を作り、それを弾く。すべては走りながらであった。
しばらくして、僕はテントにたどり着く。
中に入ると、光り輝く月のような髪をした女性が近寄ってきた。顔はとても整っており、スタイルも良く、非の打ち所がない。美人の中の美人というタイプだ。
「おかえりなさい。ご無事でなによりです」
すると奥の方から、茶髪の女性が現れる。
「おかえり。敵はどう?」
「君の言う通り、魔法大隊が加わってるみたいだね」
「それほどあなたが危険視されてるってことよ。やっとわかった?」
女性はクスクスと笑う。茶髪の女性は、少しつり目気味だが、笑う顔はどこか幼さを醸し出しており可愛い。
「そういえば、ヴァルキリアが戻ってきてませんね」
月のように輝く髪をした女性困ったような表情をした。
「なら、一回探してくるかな。すぐ戻るよ」
僕はそれを聞いて、また外に出て行った。
ヴァルキリアはすぐ発見できた。敵と戦闘中だ。振るう剣からは紅い光を放つ斬撃が飛び出す。敵も近づけないように見て取れる。僕は少し離れたところから魔法により、敵を氷漬けにする。
「ヴァルキリア。大丈夫だったか?」
僕の声を聞くと、ヴァルキリアは嬉しそうに近寄ってくる。その笑顔と血塗られた鎧の組み合わせは、些か不気味でもある。
「はい。あなたにもらった剣がありますので」
そう言うと彼女はまたニッコリと微笑んだ。
その剣は鮮血で紅く濡れて輝いていた。
意識が現実に引き戻される。目の前には先ほどまでと同じようにヴァルキリアが立っていた。
今のは何だったんだ?だがあれは、ヴァルキリアだった。では、他の女性は?
「君の剣は…」
僕があげたもの?、まで言う前に彼女は腰から剣を引き出す。
銀色に輝く刃の真ん中を血管のように紅く輝く一筋の線が通る。それは、点滅するように光を強めたり弱めたりしている。
「この剣は、あなたが私にくれたものです」
剣に目を奪われている僕に、彼女は優しく言った。
あの夢は、本物の自分記憶なのだろうか?本当にあったこと?前の自分?
僕には答えがわからなかった。
だが、一つだけわかることがあった。
それは、僕は彼女を懐かしく思っている。ということだ。彼女の匂い、笑顔。どこかで見たように、懐かしい。
そして、今までの夢ではあまりわからなかった女性の顔、新しいことまでがはっきりわかるようになった。
彼女はニコニコとした表情でこちらを見ている。
「もしかしたら僕は、君の探している人かもしれないね」
なんとなく、そう思うようになってきた僕は呟くようにそう告げた。
「いいえ、もしかしたら、ではありません。その匂い、その髪、顔。発言一つをとってもあなたは私の探していたマルクス様です」
彼女の笑顔は、目を背けてしまいそうなほど美しかった。
それからしばらく、僕は彼女の話を聞いた。
今まで12年間、各地をさまよい、僕を探していたということ。それを聞いた僕は申し訳ないという思いが募った。
僕がヴァルキリアの探しているマルクスではないかもしれないのに、僕は記憶を正しく思い出せないことを申し訳なく思ったのだ。
そして、他の妻たちのこともわかった。名前は、ヴァルキリアの他に、アーシア、アン、エリス、ケレブレス、ミカエルというらしい。
夢の中では名前までは聞けていないのでそれ以上のことは今はわからない。だが、夢に出て来たあの2人も5人の中に入っていることだろう。
「それで、ヴァルキリアはこれからどうするの?」
ヴァルキリアと呼ぶようになったのは彼女の希望からである。少し恥ずかしいが、彼女が喜んでくれたのでいいだろう、と僕は思った。そしてもう一つ。僕は話している内に敬語を使うのもやめていた。それは、自然にだったのだが。
「当然、あなたについていきますよ」
ん?ついていく?どこに?
彼女の言葉に僕は何のことだろう、と疑問に思った。
「どこに?」
「あなたの行くところです。これから、魔法学園に行くのでしょう?」
ああ、そうであった。
僕はすっかり忘れていたが、魔法学園から入学許可が来ていた。
それについてくるというのか。でも、そんなことできるのだろうか。
疑問に思った僕がそれを聞くと、
「詳しいことは私にもわかりません」
うん、これからが不安だ。まあ、一緒に来てくれるというのは独り身の僕としては心細くもなく、嬉しいことなのだけど。
「しかし、今日は色々あって疲れたよ。もう眠いなー」
話していたのでだいぶ夜も遅くなっている。とくにすることもないので早寝をする僕にとっては少しばかり辛かった。
「もう寝てしまいますか?」
「うん。ヴァルキリアはぼくのベッドを使って。僕はここで寝るから」
僕が伸びをすると、
「いいえ」
そう言い、ヴァルキリアはおもむろに甲冑を脱ぎ始めた。僕がどうしていいかわからなくあたふたしていると、町娘のような普段着を着たヴァルキリアが現れた。
スカートではなく珍しいズボン姿ではあったが。
「ほう?」
やはり、似合っているよ、などのセリフをかけたほうがいいのだろうか、と僕が考えを巡らせていると、
「一緒に寝ましょう」
ニッコリとしながらヴァルキリアは言った。
「え?な、なにを!?」
突然の言葉に、僕の声は裏返ってしまう。
「夫婦なんだから当たり前じゃないですか」
確かに、夫婦ならなにもおかしくはない。大体、彼女は僕の妻だと言っていたから断るのもおかしい。
いや、だが…。どうしても納得出来ない部分もある。だってわからないのだから…。
「………」
僕がなにも言えないでいると、彼女は淋しそうな表情で、
「私じゃ嫌ですか?」
と、言ってくる。
もちろん、嫌なわけがない。むしろ嬉しいくらいだ。
いや、でも、そう見ず知らずの男性と一緒に寝るか?まあ、彼女からしたらその前提が間違っているのだけど。
僕からしたらそうなのだ。
「マルクス様♪」
彼女は僕の腕を引っ張ってベッドに向かって行った。ちなみにこれは余談なのだが、僕は綺麗な体のままなはずである。たぶん。
たぶんというのは、彼女のいうことが正しければ、もうすでに彼女に手を出していたかもしれないからだ。
はて、どうしたものか。拒む、という選択肢もなくはないが拒む理由も見つからない。
僕自身が嫌、というわけでもないのたし、相手から言ってきたことなのでどうすればいいのかわからない。
僕は為す術もなく、ヴァルキリアに引っ張られてゆく。
緊張からか、僕の心拍数が跳ね上がる。頭は真っ白に、なにも考えられなくなっていた。
ベッドに入ると、ヴァルキリアも潜り込んでくる。
これはずるいのではないか?
ウブな僕にはこれだけで恋に落ちてしまいそうであった。
「汗臭いかもしれませんが…」
彼女が抱きついてくる。甲冑を着ていた時とは違い、ちょうど腕に胸が当たる。
とても、柔らかい。
そんなこともあって僕の心拍数はまた跳ね上がった。女性に優しくしろ、とお爺さんは言ったが、こんなことは初めてである。
お爺さん、僕、どうしたらいいんだろう。
心の中で僕は呟いた。
だが、彼女の優しく懐かしい匂いと温もりが安心感さえ与えてくれる。
知らず知らずの内に、僕は意識を手放した。