最終話 言霊少女
目が醒めると、私は檻の中だった。
檻は宙に吊られている。
足が、ズキズキと痛む。
意識を失う前のことを思い出す。
鳴子を、止められなかった。
その事実だけが、私の頭に反芻する。
目頭が熱くなった。
守 れ な か っ た────
悔しさに、唇を噛みしめる。
否、まだだ。
ぐっと手に力を込める。
冷たい金属を掴み、周りを覗き込む。
先ず見えたのは、白い椅子に座る鳴子。
その周りに並ぶ、言霊少女プロジェクト。
部屋の両脇にも、少女達はずらりと並んでいる。
檻の高さは地上二メートルくらい。
脱出なんて出来ない。
世界が終わるのを、ここで見守っているしかないんだ。
それならいっそ、死んでしまおうか。
そんなことまで考えた時だった。
「リオッ!」
幻聴だといいな、なんて現実逃避しながらも、声の方を見た。
視界の先には、やはり────
「クラル…」
何故、ここに来たの?
来てほしくなかったのに、嬉しいなんて感情がこみ上げる。
「愛ちゃん、助けにきたよぉ」
クラルの後ろから、ハルが顔を出す。
生暖かい何かが、頰を伝った。そんな顔を見られたくなくて、二人から視線を外す。
言葉の代わりに涙が溢れる。
口を開いて言葉を紡ごうとする。しかし、漏れるのは情けない嗚咽。
「ふふっ、来ると予想は出来てたよ。こうも予想通りに行くと、拍子抜けする」
頬杖をついた鳴子は、その美しい顔を歪めて狂笑する。
「君たちはもう───────袋の鼠」
戦慄を覚える。
嫌な予感。
「No.5、殺れ」
さっきまでよりも低く、冷たい声。
絶対零度の声音に、ゾクリとした。
言霊は、クラル達には効いてしまう。
駄目、と叫ぼうとした。
しかしクラルの微笑みで、何も言えなくなる。
「死んでください」
機械的な、何の感情も篭っていない声。
氷河よりもずっと冷たい声。
それで全て、鳴子の計画は上手くいく────筈、だった。
「何故だ、何故死なないっ!」
その顔からは余裕が消え、代わりに焦りが浮かんでいた。
「そうか…」
理由が分かった。随分と簡単な、しかし簡単過ぎて鳴子でさえ思いつかなかった方法。
耳栓をする。唯、それだけなのだ。
「くっ、No.1〜No.20起動!侵入者を消せ!」
壁際にいた少女達の一部が動き出す。
武器の奪われた私は、見守ることしか出来ない。
ぎゅっ、と固く目を瞑った。
聞こえるのは、銃声と金属音。
数分だったかもしれないし、ほんの数秒だったかもしれない。
音が止み、静寂が降りた。
恐る恐る、目を開く。
二人は────────無傷だった。
驚きに大きく目を開けた。
そんな反応をしたのは、私だけではなかった。
「プロジェクトは、かなり強く設定した筈────無傷だなんて…あり得ないっ!」
唇の動きでその言葉を読み取ったらしいクラルが、その疑問に答えた。
「俺達を甘く見過ぎ」
とうとう椅子から立ち上がる。
「ハロルドはっ、ハロルドは殺し屋の中でも下の方だったはずっ!」
「バッチリ調べたみたいだな。ハルは名を売らないだけだぜ。忍に勝てなかったのは、主武器である銃がなかったからだ」
確かにハルの武器は、銃器が異常に多かった。
「────っ、No.21〜全てを起動!何としてでもあの二人を排除しろ!」
プロジェクト達が、一斉に襲いかかる。
背中合わせで二人は構えた。
成る程、それなら死角は無くなる。
ハルのフルオートの拳銃が火を噴く。
一発につき1人を、確実に戦闘不能にしていく。
クラルは、その銃声を聞き流し、向かってくる敵を次々と斬っていく。
連携プレー。すごい。
そうしてものの数分で、プロジェクトを全滅させた。
「何故。何故、心の無い人工天才にここまでする…?」
俯いた鳴子の表情は、見えない。
二人は耳栓を外し、その問いかけを聞いた。
「心は、あるよ。リオはニンゲンだ」
クラルはそう答えながら、私を檻から出した。
鍵は何処からか持ってきたらしい。
差し出された手を取って、静かに地に降り立った。
色んな感情が込み上げ、どうして良いか分からなくなった私は、取り敢えずクラルに抱き着いた。
「リオ…」
男性にしては少し小さな手で、私の頭を撫でる。とても、優しく。
「ニンゲン…?」
鳴子は俯いたまま、そう呟く。
「リオを作ったのは、話し相手が欲しかったから、だろ?」
そうなのか?私は鳴子の方を見る。
「はは……そうだっけか」
力なく笑っている。
俯いた顔をあげ、真上を見上げた。
その目に、狂気の色はない。
あるのは、透明な涙。
「いつから、こうなったんだろうな…?」
涙が、溢れた。
「なぁ────玖羅瑠」
鳴子は、クラルの名を呼ぶ。
「?」
クラルは少し、首を傾げた。
「私は、以前のようになれるだろうか」
ゆっくりと口を開き、言葉を紡ぐ。
「自分次第、だ」
ふっと、鳴子は笑った。
「君らしい答え方だ」
私は鳴子に向き直り、笑顔を作った。
初めて作る、純粋な満面の笑み。
「私を作ってくれて、ありがとう、鳴子」
驚きの表情でこちらを見た鳴子は、直ぐに笑い返した。
「バグは?」
「殺人嗜好者くらいだ」
私の調子を、鳴子はクラルに聞いた。
クラルは苦笑しながら答えた。
「では、その嗜好と言霊の能力を消してやろうか?」
悪くない提案。
そうだな、とクラルは提案を呑んだ。
「クラル」
私は彼の名前を呼ぶ。
顔をこちらに向けたクラルに───ちゅ。
不意打ちにキスをした。
ほう、と鳴子は興味津々。
クラルは真っ赤だ。
ハルまでもが、クスクスと笑った。
赤いクラルが可笑しくて、私も笑う。
笑われたクラルは口をへの字に曲げていたが、やがてふっと笑った。
楽しいな、こういうの。
私は出口に走り、扉の前で振り向いた。そして優しく笑い、告げる。
「ハルも鳴子も────クラルも。皆皆、好きだよ」
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
短い連載でしたが、これで完結です。
まだまだ未熟な文章ですが、これからもよろしくお願いします!
では、また。機会があれば。
2015.1.24




