集(つど)いし四人
「レイさん……」
「ごめんね、怖い目にあわせちゃって」
レイが肩をすくめて笑う。その笑顔に安心したのか、自分が壊れないように今まで張り詰めていた感情が爆発したのか、ジャネットの目に再び涙がせり上がってきた。
「すいません、レイさん……。私のせいで、ジークさんがっ」
ジャネットはその場に座り込んでしまった。今度はレイが慌てる。
「ちょっと、何言ってるの?」
「だ……だって、私が依頼した仕事で、ジークさんが……。ジークさんが殺されたのは私の責任なんですっ!」
ジャネットは半ば叫ぶように言い切ると、声を上げて泣き始めてしまった。レイはますます困惑する。
「ちょっとジャネットちゃん、ジークから何も聞いてないの?」
ジャネットは首を激しく横に振る。レイはそんな彼女の様子を見て、近くまで寄って膝をつき、両腕に抱きしめた。
「本当にごめんね、怖い思いをさせて……。大丈夫よ、ジーク──いや、あの大バカは死んでないわよ」
優しくかけたその言葉が耳に届いたのか、ジャネットはしゃっくりを上げながら、涙に濡れた顔をレイに向けた。
「どういう……意味ですか?私は……ジークさんが撃たれたところを……見たんですよ?」
「そうよ。あの大バカは、まさに『敵を騙すならまず味方から』という事を実践したのよ。さすがに私はだませなかったけどね」
「……?」
ジャネットは、ますます訳が分からなくなったようだ。そんな彼女の顔を見て、レイはにこりと笑う。そして、おもむろに扉に向かって声を上げた。
「一応、説明は終わったわ。いいわよ、入ってきて!」
扉が音を立てて開く。ジャネットが息をのんだ。ジークを撃った兵士がこちらを向いて立っていたのだ。その足元には、片割れの兵士が白目をむいて倒れている。
「バレていたか。さすがアイツと長年コンビを組んでいることはある。考えていることはお見通しってわけか」
その男は、なんと笑いながらレイと握手を交わした。ジャネットは、ただただ目を丸くするばかりだ。
「な、なんですか?どうなってるんですかっ?」
「あれ?言ってなかったっけ?彼があの大バカが言っていた、三人目の協力者よ」
レイの言葉に、男は会釈をした。そう、彼こそ例の『マグナム』の持ち主。
「俺の名はマクレガーだ。よろしく」
がっしりとした筋肉質の手を、ジャネットに差し出す。彼女は戸惑いながらも握手に応じた。驚きのあまり、涙はすでに止まっている。
「ったく、かわいそうになぁ。あんなに怯えちまって……。女の子に涙を流させるとは、まったくジークも仕方のない奴だ。ま、おかげでアルバートを追い詰める証拠はつかめたがな」
マクレガーは唇をまくりあげて笑うと、上着の内ポケットに手を突っ込んでカセットテープを取り出した。再生ボタンを押すと、スピーカーから雑音混じりの、だがしっかりと聞き取れる音声が流れる。
『ザ……、まず手始めにこの国を乗っ取る……、そして、最終的には全世界を我が物とするのだよ……』
言わずもがな、テープに録音されていたのはアルバートの声だ。ジャネットの目が、より大きく見開かれ、開いた口がふさがらない。
「こんだけありゃぁ、まず国家反逆罪は免れないだろ。アルバートのヤツもおしまいだな。後は誰がコイツを警察に渡すかだが……」
ポケットに戻しながらマクレガーは満足そうに言う。
「じゃぁ、ジークさんはこの自白テープを得るために、私に黙って死んだフリを……?」
「ま、当たらずとも遠からずってとこやな」
「っ!?」
有り得ないはずの人物の声。ジャネットは猛烈な勢いで振り返る。開け放しになった扉。そこには、黒い服に血のりはついてはいるものの、満面の笑顔でたつジークの姿があった。
ジークはもたれていた扉の縁から身を起こすと、頭を掻きながら三人の方へ歩いてきた。
「いや〜悪かったなぁ、騙したりなんかして。でも、ジャネットちゃんは心が真っ直ぐやから、きっと演技やったら簡単にバレとったやろな。目を見たら、嘘か真かくらいすぐに分かってまうから──ふごっ!」
得意気に話すジークの右頬に、レイの『黄金の右ストレート』が炸裂する。ジークは奇妙な音を発して、床に叩きつけられた。
「い、いきなり何すんねん!」
ジークは頬をさすりながら、涙目で立ち上がる。
「この、大バカ!どんな理由があろうと、死んだフリなんて何を考えてるのっ!私ならともかく、ジャネットちゃんまで騙すなんてどういうつもり?」
「ぎゃふん!」
続けて『幻の左フック』が、ジークの右側頭部に命中する。ジークはあられもなくその場で一回転した。
「レ、レイさん。もういいですよ……。ジークさんも生きてらしたんですから。作戦も成功しましたし、私が隠し事をできないのも本当の事ですし……」
しかし、レイは振りかぶった右拳を引くつもりはないようだ。
「いいえ、こんなヤツ、もっと罰を受けて当然なのよ。女の子に涙を流させるなんて……」
やめる気配のないレイに、たまりかねたマクレガーが間に入る。
「レイ、少し落ち着け。コイツがやったのはとんでもない事だが、とりあえずそのあたりで止めておかないと、せっかくここまで上手くいっている計画がおじゃんになるぞ。あんまり時間はないんだ」
マクレガーの言葉に、渋々レイは拳を下ろした。ジークはよろけながらも立ち上がる。そして、ウェストポーチから、一枚のCDロムを取り出した。
「と、とりあえず、全員の目が俺から離れた隙に、俺の方も盗るもん盗っといたから。安心せぇや」
「何、それは?」
レイの質問に、笑顔だけで答えるジーク。
「じゃあ、仕事は成功なんですね?」
「そゆ事。んじゃま、脱出しよか。こんなとこ、長居しとってもしゃーないし」
しかし、彼の言葉が終わるか否かの刹那、館内に非常ベルが鳴り響いた。全員が、弾かれたように顔をあげる。四人の間に、一斉に緊張が走る。
「なんや、もうバレたんか?俺の死体がダミーと入れ替わったのに気付いたんか?」
ジークがつぶやく。ジャネットが顔色を変えた。
「もしかしたら、さっきのハッキングが見つかったのかも知れません。セキュリティーはいまいちでしたけど、思ったより対ハッキングプログラムは強力みたいです」
落ち込む様子のジャネットに、ジークが励ますように言う。
「大丈夫、大丈夫。別に気にするほどの事やない。自慢やないけど、これくらいの事やったら普段から慣れとるから」
「いや、それは本当に自慢できる事じゃないぞ……」
マクレガーの指摘に、ジークは苦笑いで返した。
「何にせよ、さっさとずらかろうで。マックは俺と一緒に兵士の気をそらす。レイはその間に逃げぇな。頼んだで」
「了解♪ジャネットちゃん、行くわよ。しっかりついてきてね」
「あ、はい!」
二人は、レイが侵入してきた通気口に姿を隠した。レイに任せておけば、ジャネットの命に危険が及ぶことは、ひとまずはないだろう。とりあえず手は打った。全員が無事に脱出できるかは、ジークとマクレガーの実力次第だ。
残された二人は、それぞれホルスターから回転式拳銃を取り出した。シリンダーに弾丸を込める。
「おい、ジーク。お前、実弾は撃たないんじゃなかったのか?」
「場合によりけりってな。空砲や麻酔弾やったら威嚇にならんやろ?実弾やったら他のことにも使えるし。要は人を撃ち殺さんかったらええんや」
ジークが右手で銃を振りながらマクレガーに笑いかける。ジークの銀色の拳銃に対して、マクレガーのはただならぬ気配を放つ黒い銃。不気味に殺気を放つ。
「ま、俺は構わんが……。頼むから俺の足だけは引っ張るなよ。実弾を撃ち慣れてないという言い訳はなしだぜ」
「はん、それはこっちのセリフや。お前こそ人殺すなよ?俺と組んでいる以上、殺人は許さへんからな」
「む……、それは俺の本来の仕事が暗殺だってのを知った上での言葉か?……お前との仕事はおもしろいんだが、そこが難点だな。しかし、他ならぬお前との契約だ、承知したと言っておこう」
二人は顔を見合わせ、同時に吹き出す。
「ぷぁはははっ!『承知した』だぁ!?マック、お前にそのセリフは似合わへんって!」
「うるせぇ、お前こそ人のこと言えるかってんだ!」
そのまま、二人は声を上げて笑いあった。これから危険に飛び込んで行くというのに、まったく緊張感のない連中だ。それは己の力に絶対の信頼──決して慢心ではなく──をおいているからであろうか。
ひとしきり笑った後、今度は一転してきりりとしまった真剣味を瞳に帯びる。二人は互いに目配せし、うなずきあうと、一斉に廊下へ飛び出していった。自ら活路を切り開くため、そして大切な仲間を守り抜くために……。
明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。
さて、今回は『年明け特大号』と勝手に題しまして、四話一挙に公開とあいなりました。どうでしたでしょうか。物語はいよいよ中盤の山を越え、これから一気にラストに向かって展開していきます。残り三、四話で完結の予定ですので、よろしくお願いします。
感想は随時、募集しております。気になった点等ございましたら、遠慮なく書き込んでください。全力でお答えいたします。
先日、次深先生発案のグループ小説・時任楓『銀色の魂』を投稿しました。他の参加メンバーの先生方の作品も力作ぞろいです。ぜひ一度ご覧下さい。
それでは、また次回でお会いしましょう。以上、針井龍郎でした!




