窮地からの反撃
一台のボックスカーの車内で、レイは六台ものノートパソコンと格闘していた。ジークからの緊急連絡が入った。ジャネット救出のために、すぐに施設内に侵入しなければならない。
体にフィットした黒いスーツを身にまとい、インカムを装着する。小さいリュックを背負い、ホルスターに黒い自動式拳銃を差し込む。
もう一度ノートパソコンを覗き込んだ。その時、
インカム越しに銃声が轟いた。
『ジークさぁんっ!』
響き渡る、ジャネットの悲鳴。
レイは思わずその場に立ちすくむ。
「そんな……。私、聞いてないわよこんな計画……。ムチャクチャじゃないの。いくら独裁者を許さないからって……。危険すぎる、成功したらそれこそ奇跡だわ」
固まっていたのもつかの間、レイは張り詰めた表情で車の外に飛び出した。そのまま、闇の中に溶け込んでいった。
窓もなく、入り口は一つだけ。部屋の中にあるのは幾台ものパソコンだけ。そんな部屋に、ジャネットは連れ込まれた。入り口には、完全に武装した兵士が二人、脱出出来ないように見張っている。一人はジークを射殺した男だ。
ジャネットは、一台のコンピューターの前に無理やり座らされた。その前の席にアルバートがふんぞり返って座る。
「君には素粒子分解光発生装置の最終作業をやってもらうよ。まったく、君たち研究者も用心深いものだね。悪用、乱用を防ぐために、最後の重要な鍵となるプログラムをワザと抜いておくなんて」
ジャネットは、体を恐怖のあまりふるわせながらも、アルバートを正面から睨みつける。
「あの装置を使って、一体何をしようと言うのですか?あれは兵器じゃないのですよ?」
アルバートは薄ら笑いを浮かべた。
「何を言っているんだね。『素粒子分解光発生装置』。巨大化し、人に向けて使用すれば立派な大量破壊兵器じゃないか。最強の兵器をこの手にして、まずは手始めにこの国を乗っ取る。そして、最終的には全世界を我が物とするのだよ」
「そんな……、私たちは、決してそんな事のためにあの装置を発明したわけではないのに……」
「ククク、だから君たち研究者は甘いと言うんだ。地上最強の兵器だぞ?そのために使わずして、何のために使うのだ?」
アルバートは一転して高笑いを始めた。今度は怒りのあまり、ジャネットの肩がふるえる。
「そんな……。私たちの研究は人を幸せにするための物。そんな、人を不幸に陥れるための事に使われるなんて、私たちの研究に対する気持ちは一体何だったの?」
その瞳に涙が浮かぶ。感情の高まりを抑えきれないようだ。
「何と言われようが、私は構わないよ。自分の野望の為には手段を選ばない、それが私のモットーだからね。
さて、お話もそろそろ終わりだ。君にはもはや選択の余地などない。生きのびたければ、プログラムを完成させるんだね。あぁ、心配するには及ばない。上手くいった暁には、君を我が国の重要ポストに就けてあげよう。私は夢を叶え、君は一生涯安泰で暮らせる。いい交換条件だと思うのだがね。
食事はきちんと三食、持ってこさせよう。必要な物があれば遠慮なく言うように。外にだけは出せないけどね。完成を楽しみにしているよ」
アルバートは、取り繕ったような笑みをジャネットに向け、椅子から立ち上がった。彼女を一人残したまま、アルバートは出口に向かう。
「いいな、決して逃がすなよ。逃げようとした場合は、構わんから殺してしまえ。なに、国営施設に侵入したのはあちらだ。後でなんとでもいい繕えるさ。
ま、頭がいくら良くても所詮は小娘だ。一人では何も出来ないだろうがね」
アルバートはジャネットに聞こえるように、ワザと大きめの声で入り口に立った兵士に指示を出す。そのまま、高笑いしながら部屋から離れていった。もはや脱出は絶望的だろう。金属製の扉が、無機質な機械音をたてて閉められた。
ジャネットの口から嗚咽がもれる。今までアルバートに弱みを握られまいと押し込めていた感情が、一人になったとたんに一気に溢れ出した。
「くぅっ……、ジークさん……」
ジャネットの脳裏に浮かぶのは、ジークの最期の場面。室内に響き渡ったあの銃声が耳から離れない。
舞い上がった体。流れ出る紅い液体。鮮烈な光景が目に焼き付いたままだ。
彼女はジークの死に、かなりの責任を感じていた。そもそも、元凶の設計図を作り出したのは自分たち研究者なのだ。結果的に、ジークはその尻拭いの巻き添えを食って命を落とした。それは紛れもない事実なのだ。
対人兵器の開発にたずさわって人殺しの手助けをするくらいなら、むしろ自分が死んだほうがましだ。他人が死んでいくのは耐えられない。大勢の人々を、いろいろな面で助けていくために自分は研究者の道を選んだのに……。でもどうせ死ぬのなら、ただで死ぬわけにはいかない。
ジャネットは涙に濡れた顔を上げた。その瞳には、強い決意と覚悟がにじみ出ていた。
彼女は席を引くと、パソコンの電源を立ち上げた。どうやら、設計図のデータはアルバート自らが持ち歩いているようだ。
大丈夫、方法はまだある。この施設もろともあの設計図をも消してしまえば、この国から脅威は排除される。
部屋に備え付けられたパソコンは、不用心な事に施設のネットワークにつながれていた。まさか施設内部のパソコンからハッキングされるとは思っていなかったのだろう、メインサーバーのファイアウォールに僅かばかりの穴があった。ジャネットは持ち前の知識をフルに活用して、その不備を逃さずに侵入に成功する。
「あまりなめないで欲しいですね。女性は機械に疎いとでも思っているのでしょうか?
私だって、その気になればハッキングくらいやってのけるくらいの知識は持っているのに」
ジャネットの両手が、キーボードの上を踊るように行き来する。みるみるうちに、セーフティーシステムのプログラムが彼女の手によって書き換えられていく。
彼女の考えはこうだ。軍事施設と言うからには、少なからず爆薬等の備品があるはず。それを爆発させるのだ、例の設計図もろともに。もちろん、火が燃え広がるまでにセーフティーシステムが作動して消火されてしまっては元も子もない。故に、それを解除する。
皆さんは、この計画の穴にお気づきだろうか?そう、肝心の発火場所はどうするのか、という問題だ。どうあがいても、遠隔操作で火を起こせるわけがない。一体、ジャネットはどうするのか。
プログラムの変更を終了した彼女はおもむろにパソコンの電源を落とすと、コンセントからプラグを引き抜いた。そして、靴の裏に隠しておいたカッター──もちろん、ジークのアドバイスの物だ──を使ってコードのビニールカバーをはがす。そして、再びプラグをコンセントに差し込む。
むき出しになったコードに、高圧電流が流れる。彼女は上着を脱ぐと、それをビニールカバーをはがした部分に近づけた。
「ふーん、よく考えたものね。可燃性の物質に高圧の電流を流し、発火させる。拍手したいくらいだわ。でも、私としては止めてほしいんだけどね」
聞き覚えのある、どこか安心させる声。ジャネットは上着を放り出し、慌てて後ろを振り向く。
「お疲れ様、ジャネットちゃん。迎えに来たわよ」
「レイさん!」
部屋の真ん中には、優しげな微笑みを浮かべたレイが、胸の前で腕を組んで立っていた。




