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侵入

 闇に紛れて、二人の人影が前方の巨大な建物に音もなく近づいていく。辺りを警戒する兵士の視線をくぐり抜け、周りを照らし出すサーチライトから身を隠しながら素早く移動する身のこなしは素晴らしく、見ていてため息が出るようだ。


 言うまでもなく、二人の名前はジークとジャネット。全身を黒ずくめの衣装で身をつつみ、頭にはレイから手渡されたインカムを装着している。ちなみに、インカムはナンシーの親父さん特製だ。彼は類い希な腕を持つメカニックマンなのだ。彼がどのような人物なのか、また、どのようにしてジークと知り合ったのかはまたの機会に……。


 それはともかく、彼らは三メートルはあろうかという壁を乗り越え、敷地内に侵入する事に成功した。辺りを見回し、誰もいない事を確認すると、一気に建物まで駆け抜け、見回りの兵士に見つからないよう陰に身を潜める。


 しかし、ジークの手際の良さは予想通りだが、驚くべきはジャネットの身体能力だろう。いくら手を抜いているとはいえ、かの大怪盗であるジークの動きについていけているのだ。


「やるやないか、ジャネットちゃん」


「私だって、研究ばっかりじゃないんです。体だって鍛えてあるんですよ!ただ何もできないでいる女の子じゃありません!それに……。

 今回の事は、元はと言えば私が原因なんですから、後始末を自分でつけるのは当たり前ですよ!」


 ジークは、威勢良く言い返すジャネットの言葉にチラリと微笑みを見せた。しかし、すぐさま真剣な顔つきに戻ってささやく。


「よしよし、その意気や。でも油断したらあかんで。今から建物内部に潜入するけど、セキュリティーの強さは今までとは桁が違う。やばいと思ったら、俺をほったらかしてでも逃げぇよ。ええね?」


 ジャネットも言葉なくうなずく。二人の間の空気が、今まで以上にピンと張り詰める。


 まずはジークが驚くほどの跳躍力を生かし、二メートルほど上部にある壁から突き出た通気口にとりつき、頭から潜り込む。続いてジャネットが、ジークの助けを借りてその中に姿を消した。その間、わずか十六、七秒の早業である。


 三秒後、見回りの兵士が懐中電灯片手に巡回に来たが、二人の姿はすでに通気口に消えた後だった。


 今回の大まかな作戦はこうだ。自らのハッキングによって手に入った国軍総本部の内部地図とジャネットの記憶を頼りに、通気口を通って潜入するルートが一番適当だと判断したジークは、警備が最も手薄になりやすい正門横の第三通気口にターゲットを定めた。そして、ここからがレイの出番である。


 今回、完全にサポート役に回ったレイは、二人をインカムを通じて外部からナビゲートする

建物のセキュリティーシステムに不正アクセスし、監視カメラの映像やその他のセンサーからの情報により、必要なデータを頭の中で構築し、二人に的確な指示を出す。相手はあくまでも現役の兵士達。まともにやり合ったのでは、ジークの身体能力がどれだけ優れていると言っても多勢に無勢、勝負はやる前からすでに見えている。この作戦が成功するか否かは、彼女のナビゲートにかかっていると言っても過言ではないのだ。


「レイ、こちらジーク。予定通り第三通気口からの侵入に成功した。ナビゲートよろしく頼むわ」


『了解♪』


 インカムに取り付けてある発信機からの情報と、パソコンのモニターに映る内部地図とを照らし合わせて、的確に二人を導く。


『ジーク、次の分岐点を右折。その後三つ目の出口から外に出て。その近くにジャネットちゃんの情報と食い違う部屋があるの。倉庫となっているけど、かなり怪しいわね。調べてみる価値ありよ』


「了解!」


『警備はかなり厳しいわよ。二人とも、十分気をつけてね』


 レイの指示した地点まで、二人は一陣の風のように移動する。ジークが足元の金網を音を立てないようにゆっくりと取り外す。巡回中の兵士が通り過ぎるのを見計らって、ジャネットを両腕に抱えて音もなく通路に飛び下りる。そのまま二人は例の部屋の前まで走った。


「ジークさん、この部屋です」


 ジャネットがジークに向かってささやく。なるほど、確かに外見は倉庫に見えなくもないが調べてみるだけの価値はありそうだ。ジークはウエストポーチから手のひらサイズの端末機を取り出す。コネクタを、倉庫の入り口についているセキュリティーシステムに接続する。すると、レイの手元にあるコンピューターと連動して電子音がなり、ドアのロックが解除された。


 二人は互いに目線だけで合図をすると、一気に内部に滑り込んだ。


「そこまでだ!」


 突入した二人の前に、三十人あまりの兵士が銃を構えて立ちはだかる。突然目の前に広がった光景に、二人は息をのんだ。ジークの口が素早く動く。インカム越しに、手短にレイに情報を伝える。


「いやいや。ご苦労だったな、ジーク=ラントシュタイナー。そしてジャネット=アクセルロッド研究員」


 兵士の間から、ひょろっとした男が現れた。髪の毛はすでに薄くなり、シワはその顔に深く刻み込まれているが、その放つオーラはどす黒く眼鏡のレンズ越しに危険な光を放つ目が垣間見かいまみえる。


「お前が黒幕やな?」


 ジークがいやに落ち着き払った声で言い放つ。


「ククク、その通り。私が国軍総本部部長、並びに国軍長官、アルバート=シュヴァルツだ」


 男は高らかに言い放つ。ジークは怒りのあまり歯を食いしばってうめき声をもらす。


「ククク。唸るな、唸るな。此処まで侵入出来たことは誉めてやろう。キミ達の推測通り、ここはただの倉庫ではない。だが、詰めが甘かったな。ジーク君、早速で悪いがキミには消えてもらおう。いろいろ面倒なんだよ、キミがいるとね」


 アルバートが片手をあげると、兵士が一人前に進み出た。


れ」


 高らかに鳴り響く銃声。ジークの顔が歪む。


「ジークさぁんっ!」


 体が宙を舞う。ジャネットの悲鳴が室内に響き渡る。


 床に叩きつけられた体は微動だに動かず、真っ赤な鮮血が銃創じゅうそうから流れ出る。


「これで天下の大怪盗ジークも終わりか」


 ジークが飛ばされたときに外れたインカムを踏み潰し、アルバートが誇らしげに呟く。


「さて、アクセルロッド研究員。キミには大事な役目をになってもらうよ。と、その前に。こんな物もう必要ないだろ?」


 アルバートは、放心状態で立ちすくむジャネットのインカムを奪うと、足で踏みつけて粉々に砕いた。


 ただのモノになってしまった、ジークだった体。ほうけたままのジャネット。彼女に銃を突きつけたまま動かない兵士達。室内には勝利の余韻に浸るアルバートの高笑いだけが響いていた。

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