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三人の女達

 秋の木漏れ日の中、一人の女性が噴水の前で立っていた。少しばかり幼さの残る、少女のようなあどけない顔立ち。しかし、澄みきったきれいな瞳は、純粋さの中に意志の強さを感じさせる。


 清楚ではあるものの、彼女の魅力を引き出すのに十分な黒いツーピース。胸元から覗く白いブラウスが目に眩しく映る。


 なんの変哲も感じさせない彼女こそが、今回のジークの依頼主、最年少国家物理学者のジャネット=アクセルロッドその人である。彼女は今朝早くに、午後三時ごろ緑地公園内の噴水前で待つように、と書かれた手紙を受け取ったのだ。差出人の名前はジーク。いよいよ計画が始まるらしい。


 しかし、約束の時間を過ぎても例の二人とおぼしき人物は現れない。先ほどからジャネットの頭の中には、よからぬ考えばかりが浮かんでは消え、浮かんでは消えを繰り返していた。それもそのはず、この辺り一帯は防犯対策が万全と言うことで有名で、二分ごとに一回は制服警官が目の前を通り過ぎると言った有様なのだ。


 つと彼女は顔を上げた。肩に掛けたバッグから携帯電話を取り出し、通話ボタンを押した。電話がかかってきたようだ。


「もしもし。あ、はい。私です。向かいのビルですか?七階ですね?わかりました、すぐ行きます」


 ジャネットは携帯を元どおりカバンにしまうと、小走りで道路を挟んだ向かいのビルに入っていった。


 自動ドアをくぐって中に入る。ロビーは豪華とは言えないまでも、全体的に清潔感が漂い、優美な印象を与える。彼女は一通り周りを見回してから、エレベーターに乗り込んだ。


 ジークが指定した七階は最上階で、スカイ・レストランになっていた。ジャネットはウェイトレスに断って中に入った。一通り見回すと、見覚えのある女性が、見知らぬ女性と二人で窓際の席に座っていた。


「こんにちは、レイさん」


「こんにちは。それと、出来たら此処ではエリって呼んでくれる?」


 レイはそっと微笑みながらジャネットに話しかけた。つややかな黒髪を首もとでねじ上げている。金のネックレスを首もとに輝かせ、黒いワンピースを身にまとったその姿は、見る者全てを魅了する。


「はい、すいません、エリさん。 あの……、ところでこちらの方はどなたでしょうか?」


 ジャネットはそう言って、傍らの女性に目を向けた。


 レイよりも小柄だが、ジャネットよりも少しばかり背が高い。透き通るような金髪をポニーテールにして、背中に流している。すっきりした鼻すじ、パッチリと開いた輝くばかりの黒い瞳。赤くみずみずしい唇。さらに、雪のように白い、なめらかな肌。


 耳元には華美に感じさせないほどのイヤリングをつけ、おとなしめの青いワンピースを身にまとった様子は、どこかのご令嬢のようだ。同性であるはずのジャネットまで、ほれぼれするほどの美女である。彼女に見とれて、ジャネットの思考はしばらく止まってしまった。


 そんな彼女の様子を見て、その女性のみならずレイまでも笑いをこらえている。


「くくくっ……、あなたも一度会ったことがあるはずよ。よーく顔を見て思い出してみて?」


 ジャネットはもう一度、じっくりと女性の顔を観察した。その時、彼女の瞳に少年のようなイタズラな光が宿った。


「っ!?……もしかして、あなたは……」


 女性はゆっくりとジャネットの耳に口を近づけて言った。


「御名答♪久しぶりやな、ジャネットちゃん♪」


 ジャネットは驚きのあまり飛び上がった。なにしろ、目もくらまんばかりのお嬢様が、いきなり男性の声でしゃべり出すのだ!驚かない方がどうかしてる。いや、いろんな意味で危ないだろ、そんなヤツ。


「ジ、ジジジークさんっ!?何やってるんですか、そんな格好でっ!?」


 ジークはにっこりと微笑み、今度は完全に少女の、鈴の鳴るような声で答える。


「何って……、変装に決まってるじゃない。そんなわかりきった事聞かないでよ?それから、今はランでお願いね」


 小首をかしげて言うジーク。笑顔がきらめく。本性が男とわかっていても、恐るべき破壊力だ。男なら、どんなヤツでも完璧に撃ち落されただろう。これが男だとは思えない。と言うより、むしろ女にしか見えない。ジャネットは首の後ろまで真っ赤っかになってしまった。


「こら、ランちゃん。調子に乗っちゃダメじゃない。ジャネットちゃんは、恥ずかしがり屋なんだから」


「ごめんなさーい、レイさん」


 今はランよりもエリの方が年上という設定らしい。ジャネットは恥ずかしさのあまり、ますます赤くなっていく。そんな彼女を、二人は愛おしそうに、生暖かい目で見つめていた。


「さぁさ、そんなところで赤くなってないで、とりあえずこっちに座りなさいな」


 レイ──もといエリは、ショックから未だ立ち直れないでいるジャネットに声を掛けた。二人とも、ジャネットをわざわざからかいに来たのではないのである。


 おそるおそる、ジャネットがジーク──もといランの隣に座る。ランから漂ってくる、女性としか思えない甘い香りがジャネットの鼻腔をくすぐり、彼女の思考をいけない方向へと導く。


 ジャネットは慌てて首を振り、危ない妄想を振り切った。


「ここに来てもらったのは言うまでもなく、今晩決行の作戦についてよ。さぁて、この場にいるのはランちゃんと私だけだから、私が説明していくわね?」

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