裏世界(アンダーグラウンド)での密会
レイがナンシーの尽力によって、恐るべき早さで機嫌を直していたちょうどその頃。ジークはある人物との接触を試みて、街の住宅街の裏通りの奥の方まで足を運んでいた。黒いロングコートを翻し、細く薄暗い路地を進んでゆく。
用事があるというのは、レイから逃げるためのただのでまかせではなかったのだ。まぁ実際、そういう理由も多少は含まれてあるのだが。
しかし、周りのおんぼろアパートに日を遮られて昼間でさえ薄暗いそこは、アンダーグラウンド──裏社会の住人の住処となっていて、町の人はおろか、アパートの住人達も立ち入らない場所となっていた。
国が定めた法律など何の役にも立たない、そんな場所にある唯一の掟。それは『自分の身は自分で守ること』。銃弾が飛び交うことなど日常茶飯事のこの空間では、『誰にやられた、だからアイツは悪だ』などというセリフは戯言にしかならない。身を守れなかった自分が悪いのだ。
かつてはレイもこの世界の住人であった。ジークと初めて出会ったのもここだった。彼女も女怪盗として名を馳せた人物だったのだ。
さて。彼女の話は置いておく事にして、ジークに焦点を戻そう。
彼は何にも気にせず歩いているが、アパートに挟まれた路地には生ゴミや粗大ゴミが散らかったままで、不衛生極まりない。町中であるにもかかわらず治安の悪いその地域には、アパートの住人ですら近づくこともなく、今も真っ昼間だというのに人影はほとんど見かけられない。たまに居たとしても目つきの悪いだけの、見かけ倒しの連中ばかり。ジークはそんな奴らに目もくれず、スタスタ歩いてゆく。彼らも、ジークを一瞥しただけで自分との実力差を感じ取り、手を出そうともしないのだ。
十分くらいたった頃だろうか、ジークはとある廃ビルの裏口に足を止めた。壊れた洗濯機や、ドアの取れた冷蔵庫、その他もろもろのガラクタの中に、ボロをまとった老人が一人、段ボール箱の上に腰掛けていた。
彼はジークの気配に気づくと、俯けていた顔をすっと上げた。煤や埃で黒くなった顔だが、目だけは爛々(らんらん)と鋭い光を放っている。
「珍しいもんじゃな。おぬしがここへ再び現れようとは。五年前じゃったかのぅ。フラリとやってきたおぬしが、レイを此処から連れ出したのは」
「そないに前になるんやっけか?にしても、ダンさんもあんまり変わっとらんやないか」
その老人──ダンは、ジークの言葉に声を出さずに笑った。
「簡単にくたばるわけにはいかんじゃろ。ここにはまだわしを必要とする者がおるからの。おぬしも含めてな。
で、今日は何のようじゃ?わざわざわしの所へ来るという事は、大仕事が控えておるのか?」
「まぁ、そんなところや。かなり難しい仕事やから、できる限りの準備を頼みたい」
ジークは、着ていたロングコートの内ポケットから回転式拳銃を取り出し、ダンの前に置いた。黒く鈍い輝きを放つそれは、威厳すら感じさせる。
「ふぅむ。Smith&Wesson Model 686。『distinguished combat magnum』か。4インチモデル……、ん?シリンダーに細工してあるな。見事な技じゃ。誰がやった?まさかおぬしではあるまい」
「ちゃうちゃう。これは俺のやない。俺のはこっちや」
ズボンの尻ポケットの方に手を回し、今度は少し小型の回転式拳銃を取り出した。ダンの表情が明るくなる。
銀色だが、非反射加工を施したボディは華美に感じさせない。すらりと伸びた銃身には、アクセントとして一筋の黒いラインが走っている。均整のとれた美しいフォルムは、さながら鞘から抜き放たれた刃の切っ先のようだ。
「おお、こいつはわしが作ったヤツじゃ。懐かしいのぅ。
三十八口径で装弾数が六、飛距離が五十m。おぬしの言うとおりの改造をシリンダーに施すのが、一番骨が折れたんじゃ。Sieg_Specialとでも名付けたんだっけか?当時としては会心のできじゃな。
手入れもよくされておるのぉ。しかし、血の匂いが全くしないのはどういう訳じゃ?まさか、一度も人を撃っておらんのか?」
ジークは寂しそうに笑うだけだった。ダンはそんなジークを見て、すぐさま顔を俯け、Sieg_Specialに目を向けた。
「すまなんだな、野暮な質問しちまって。ま、たいしたもんじゃよ。己の正義を貫けるというのは」
「謝ることはないやろ。シリンダーの改造も、実際はそのためなんやからな。俺は何があっても人殺しだけはしたないんや」
ジークの言葉を聞いて、ダンは今度は笑い出した。
「甘いヤツじゃな、おぬしも。まぁ、そこが気に入ってコイツを作ることを引き受けたんじゃったかな。
さてと……。用事はこいつの整備だけか?」
ダンの声にふと我に返ったジークは、激しく首を横に振った。
「ちゃうちゃう、俺が今日此処に来たんは人に会うためなんや。もちろん、整備もよろしく頼むけど……。
会いに来たんは、その銃の持ち主や」
ジークは黒光りするマグナムに目をやった。ダンが眉をひそめた。
「まさか、その銃はアイツの銃か?」
ジークは黙ってうなずく。
「そうか……。どおりで腕のいい改造なわけだ。しかし、アイツの助けが要るとなると、今回の仕事は相当危ないようじゃな」
ダンが神妙な面持ちでつぶやく。そして、つと顔を上げて言った。
「よかろう。そこの冷蔵庫の下に隠し階段がある。もっともおぬしは知っているはずじゃがな。今の時間なら寝ておるんじゃなかろうか。会いに行ってみなさい。
それで、コイツの整備じゃが半日はかかりそうじゃ。それまでコイツでも持っておけ」
ダンはジークに、手のひらに収まる程度の小型の自動式拳銃を放り投げた。片手で軽く受け止めたジークは、ダンにニヤリと笑いかけた。そして、ポケットに受け取った拳銃をねじ込むと、冷蔵庫の下に隠された階段を、黒いコートを翻しながら下っていった。
お久しぶりです。センター試験まであと一ヶ月とちょっと。焦りっぱなしの針井龍郎です。
焦ってんならこんな事してる場合とちゃうやろって言う突っ込みはさて置き……(オイ)。いよいよ年の瀬が迫って参りました。皆さんいかがお過ごしでしょうか?お忙しいとは思いますが、健やかに新年を迎えられますよう、心よりお祈りいたします(なんか言い方変ですかね?)。
何はともあれ、長期の中断もありましたが(てか、中断しすぎ……)、この話も作者の中では終わりが見えてきました。なんとか完結出来そうです。年内にも、第五話を投稿予定です。そしてその次は新年特大号(未定)。まだまだ見せ場はこれからなんで、是非楽しみにしていただきたいと思います。あ、もちろん「天馬」の方もいずれ更新しますので、のんびりとおまちください。
では、また次回でお会いしましょう。以上、針井龍郎でした!




