ジークという人
「ねぇ、ジーク。あの娘に言ったこと、まさか本気じゃあないでしょうね?」
ジャネットが引き上げていった後、机に座ってコンピューターを操作していたジークにレイは声をかけた。どことなくトゲのある言い方である。
「アホなこと言いなさんなや。俺はいつでも本気やて。俺が仕事のことで冗談言ったの聞いたことあるか?」
「ないわね……。ま、あなたの事ですからちゃんと作戦くらい考えてあるんでしょうけど?どうなの?」
レイは重ねてたたみかける。素人を盗みに連れていくなんて、馬鹿げているとしか言いようがない。ましてや、今回は国家が相手なのだ、冗談ではすまされない。自然と言葉にも熱が入る。
「作戦なんかあれへんて。普段通り、予告状叩きつけて正面突破や。それが一番やろ」
「は……!?」
カラカラと笑いながら、ジークはさらっと言ってのけた。レイの額に青筋が浮かんでいるのさえ気づかずに。
「こう言うのは、堂々と行ったらいいんや。盗られたもんを盗り返すだけやろ?なにを隠れる必要がある?『正義の御旗は此処にあり!』ってな」
どこで知ったのか、『ジパング』で使われている言い回しで言葉を締めくくり、そして笑った。まるで、居酒屋にでもいるような酔っ払った中年男だ。困ったものである。
ひとしきり笑った後、ジークは再びパソコンに向き直った。
「へぇ……、作戦無しねぇ……。国営の施設に真っ正面から……。ええ度胸やないの……」
レイの声が震えた。爆発を必死で抑え込んでいるかのように、拳を体の両脇で小刻みに震わせている。
ここでようやくジークは異変に気づいた。まったく、救いようのない鈍さである。ジークは一瞬間凍りつき、おそるおそるレイの立っていた方向に顔を向けた。
「ぎひゃっ!」
鋭利な投げナイフが顔の横すれすれをかすめ、ジークは思わず情けない悲鳴を上げた。ナイフは鋭い音を立て、ジークの背後の壁に見事に突き刺さった。
「ぐべっ!」
壁に刺さったナイフの方に気をとられていると、今度は水の入った丸い大きな花瓶がジークの側頭部を直撃した。花瓶は辺りに水をぶちまけ、粉々に砕け散った。
「ちょい待ち、落ち着けって!うわわ、あかんあかん。さすがの俺でも肉切り包丁で刺されたら死んでまうって!」
「だまらっしゃい!あんたなんか勝手に捕まって殺されたらええんや!」
「わ、わ、ちょっとたんま!口調変わってもうてるって!うひゃっ!」
ジークは慌てて飛び上がった。今までジークの右足があった場所に、レイが投げた刃渡り二十五センチメートルの肉切り包丁が鈍い音を立てて突き刺さり、不気味に振動している。
「うるさい、うるさい!もうあんたなんか知らんっ!」
レイはそう叫んで、傍らにあった木製の机に左拳を叩きつけた。机は真ん中あたりでぱっくりと折れてしまった。恐ろしいほどの馬鹿力である。ジークの顔が一瞬にして青ざめる。
「わ、悪い!俺ちょいと用事思い出したから留守番頼むわっ!
んじゃな!今日中には戻ると思うけど、帰らんかっても心配すんなやっ!」
壁をけった反動で一瞬のうちにレイの頭上を飛び越えると、レイが声を掛ける暇すらない内に、ジークは地上に続く階段を四段抜かしで駆け上がっていった。
「待てっ!こら、ジークっ!」
「悪い!堪忍なぁ〜」
一言、遠くの方から聞こえたかと思うと、すぐに気配はなくなってしまった。
レイは腹立ち紛れに、先ほど自ら叩き割ってしまった机のそばに転がっている椅子をけった。椅子は壁にぶつかって砕けた。
「くっそ〜、ジークめぇ……。帰ってきたらとっちめてやるんだから!」
「ご乱心ですね、レイさん」
レイが声のした方に振り向くと、戸口の所にナンシーが微笑みながら立っていた。
「あ、ナンシー?いつからそこにいたのっ!?」
レイは少しばかり慌てた。そりゃあ、椅子を蹴り飛ばした所を見られたくはない。仮にも(?)うら若き乙女なのだから。
「今来たところですよ。下の方が騒がしいと思ったら、ジークさんが行き先も告げずに慌てて飛び出して行くんですもん。気になって様子を見に来たんです。
でも、すごい状況ですねぇ。また喧嘩したんですか?ま、いつもの事ですけど」
ナンシーは部屋の有り様を見回しながら尋ねる。レイは第三者の立場から言われたからだろうか、少しばかり冷静になったようで、自分のした行動の結果を改めて目にして赤面していた。
「ええ、今回の依頼人の女の子の事でね。意見が食い違ったって言うか、ジークがあまりに適当すぎるからつい……」
「大丈夫ですよ、レイさん。あの人ならきっと心配いりません。私たち親子も、あの人のおかげで今こうしていられるんですから。世間ではとんでもない盗人だと、特に金持ち連中には蔑まれてますけど、あの人は何時だって弱い人の味方ですよ」
足元に転がっていた椅子を起こして、それに腰掛けながらナンシーはそう言った。その言葉を聞いて、レイはそっと微笑んだ。
「そうよね……。言われてみれば、初めて会った頃から、ジークは少しも変わってないわね。いつも適当で、そのくせ仕事だけはきっちりこなして、いつでも弱い者の味方で……。
ナンシー、ありがと。気分よくなったわ。さて、ジークにご飯でも用意していましょうか」
「あ、私も手伝います!」
レイは吹っ切れたような笑顔で階段を上っていった。ナンシーも慌ててその後を追った。
更新遅くなりました!針井龍郎はまだ健在です!これからもよろしくお願いしますっ!




