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依頼人の少女

 ここはとある町外れの一軒家いっけんや。そこには病に倒れた父親を世話する、美しい娘さんがいて……。


 という話ではもちろんない。何を隠そう、ここが知る人ぞ知る『怪盗ジーク』の隠れ家なのだ。2人には、養っていくことを条件にかくまってもらっている。


 居間の本棚を横にずらすと、ぽっかりと地下への階段が通じている。なぜ、天下の大泥棒がわざわざかくまってもらっているのか?それには井戸よりも深ーい(?)理由があった。


 彼の稼業は『泥棒』だが、なんでもかんでも盗むわけではない。そりゃぁ彼自身の趣味で盗むことが多いのだが、依頼主に頼まれての仕事も実際少なくない。だいたいは、依頼主が盗まれた物を取り返すという仕事であるが、たまに盗み以外にスパイまがいのこともさせられる。完全なまでの秘密主義と異常なまでの任務成功率の賜物たまものであろう。さすがに国際的な物には手を出さないが。


『そんな生業なりわいやのに、うろうろばっかりしとったら依頼がこーへんやないか。俺だけでも盗みはできるけど、現金盗むわけやないから生活していかれへん。銀行に盗みに入るなんか簡単やけど、そんなん大泥棒のすることやないやろ?』


 以上が怪盗ジークの言い分である。そう言うことで、この家に居候いそうろうになってるのだ。居候も大泥棒のすることじゃないような気もするが……。


 とりあえずそんなわけで、金と女と涙に弱い『怪盗ジーク』は、相棒の女性レイとともに、日々盗みに依頼と、忙しくしているわけだ。


 その日も依頼人はやってきた。普通、依頼人は家主の女の子、ナンシーが警官と関係がないかどうか見極めてから、本棚の裏側に連れて入ってくる。しかし、その日は少しばかり勝手が違った。相手は依頼人のはずなのに、なかなか降りてこないのだ。しびれを切らしてレイが様子を見に行った。


「ナンシー、何してるの?依頼人さんなんでしょ?」


「あ、レイさん。それが……その……」


 口ごもるナンシーの陰から、16、7歳くらいの女の子がひょいと顔を出した。きれいな、よく澄んだ瞳をしていた。


「あの……、あなたが『怪盗ジーク』の相棒さんですよね。うわさは聞いております。今回は仕事の依頼に来ました。盗まれた物を取り返してもらいたいんです。お金ならいくらでも差し上げます。お願いします」


 その少女はぺこりと頭を下げた。


(なるほど、ナンシーがなかなか連れてこないわけね。すこし若すぎるわね。でも、目を見る限り嘘ついてるようにはみえないけど……)


「分かったわ。ついておいで。仕事を受けるかどうかは話を聞くまで決められないけど、なんか大変みたいだしジークには会わせないとね」


 レイが本棚に向かって歩いていくと、ナンシーが追ってきてこっそりと耳打ちした。


「いいんですか、レイさん?いくらなんでも若すぎますよ。あんな年齢でジークさんの隠れ家を知っているのって不自然じゃないですか?」


「大丈夫、なにがあったかは知らないけど、彼女は嘘はついていない。目を見たら分かるもの。信じてあげて」


 ナンシーはまだ何か言いたげだったが、しぶしぶ引き下がった。


 例の本棚の前に着くと、レイはいつものように地下への階段をあらわにした。少女は目を丸くして驚いている。レイはそれを横目にみてほほえんだ。


 階段を下っていくと、さすがに気になったのか、ジークが様子を見に上がってこようとしていた。彼もまた、少女の若さに驚いたようだったが、すぐに真面目な顔に戻った。


「初めましてお嬢さん。ジーク=ラントシュタイナーです。依頼人の方やんね。奥へどうぞ」


 ジークは少女を奥にあるいすに座らせると、机をはさんで自分も座り、机にひじをついた。


「さて、お嬢さん。盗みの依頼と言うことらしいんやけど。内容はどういう物なんやろか?」


 ジークの黒く澄んだ瞳に見つめられても、少女は目をそらさずにじっと見つめたままでいる。少女はゆっくり口を開いた。


「ある機密文書を取り返してほしいのです。うまく使えば素晴らしい発見もできるのですが、それが悪意をもって使われるとなると、いったいどういう事になるのか想像もつきません。

 お金ならいくらでも差し上げます。勝手な願いであるとは重々承知しております。お願いします。世界を救ってください」


 黙って少女の話を聞いていたジークだったが、話が途切れると唐突に口を開いた。


「失礼やけど、お名前聞かせてもろてもええやろか。まだ聞いてなかったやんね?」


「あ、これは失礼しました。そういえばまだ名乗ってませんでしたね。

 ジャネット=アクセルロッドと申します」


 それを聞いて、ジークの隣に座って話を聞いていたレイは息をのんだ。


「ジャネット=アクセルロッドって、史上最年少で国家物理学者になったって言う、あの……?」


 ジャネットと名乗った少女は恥ずかしそうにうなずいた。


「やはりそうか。一目見てからもしかすると……とは思っていたんやけど。やっぱりアクセルロッドさんやったか。

 ん、待てよ。つーことは、機密文書ってのは最近になって発明されたって聞く……」


「はい、『素粒子分解光発生装置そりゅうしぶんかいこうはっせいそうち』の設計図の事です」


「そうか……」


 ジークはそれを聞くと、うつむいて黙り込んでしまった。


「素粒子分解光発生装置って?」


 レイがジャネットの方に身を乗り出す。


「物質はみな原子からできてるのはご存知ですよね。先ほど言った光を物質に当てると、その光のエネルギー波によって原子よりももっと小さな単位である素粒子まで分解されてしまうんです。

 もともとそれは研究のために発明された物ですが、ある時軍部に目をつけられまして。研究者たちの反対を無視して、その原理を兵器に応用させるつもりなんです」


「それって、つまり人間がこなごなになっちゃうってこと?」


 ジャネットはコクリとうなずいた。レイの顔が青白くなる。


「そんな……むちゃくちゃだわ」


「その通りです。しかし私が政府に掛け合っても、政府はその計画についてまったく関係していないと言い張ります。軍部は昔から研究者とは仲が悪く、一応説得を試みたもののまったく相手にされず……。

 設計図は今のところ軍部が管理しています。兵器開発が始まるのは明後日の正午からです。設計図さえ取り戻せば開発は進みません」


「でも設計図をコピーしとったら、たかだか設計図1枚盗んだからって意味ないんと違う?」


 ジークの言葉にジャネットは首を振る。


「その点は大丈夫です。悪用を防ぐために、設計図はコピーなどができないようにプログラムされているんです。設計図さえ手に入れてこちらで処分してしまえば、向こうにはいっさい手出しできません。もともと非公開の情報ですので、ジークさんも仕事がすみさえすれば警察沙汰になることはありませんし。

 お願いします。開発にたずさわった者がいまさらこんなことを言うのもおこがましいですが、世界を魔の手から救ってください!!」


「……無理やな」


「!!ちょっとジーク!!いくらなんでもそれは……」


 即座に断ったジークにレイが反論する。ジャネットはジークの一言で固まったままだ。


「……それはなぜですか?」


 ようやくわれに返ったジャネットがゆっくり口を開いた。


「俺は今まで国際関係とか、国家のことに関してはまったく手を出さんかった。そこんところはレイも分かってくれてる。何でやと思う?

 俺はな、一介の人間は世界には手を出したらいかんと思ってる。それで世界が狂ってまうからや。お天道様に顔向けでけん泥棒の俺やったらなおさらや。あんたとは違ってな」


 ジークの言葉にジャネットはうつむく。それをみて何か言おうとしたレイを目線だけで黙らせ、ジークはさらに続けた。


「ただ、俺にどうしても頼みたいってんなら条件がひとつあるんや」


「なんですか。私にできる事なら何だってやります!」


 ジャネットの発言に顔をほころばせてジークは話を続けた。レイはとなりではらはらしながら2人のやり取りを眺めている。


「あんたが俺に依頼するんやない。いや、そうやないな……。昔から言いたいことがまとめられへんのが俺の悪い癖や。

 あー、あんたが俺に盗んでくれって依頼するんやない。それやったら俺には手出しでけん。理由はさっき言ったとおりや。だから、あんたは俺にこう言うんや。

 盗みたい物がある。手ぇくんで一緒にやらんかってな」


「……!はい、それでよろしいのであればお願いします!!」


 ジャネットはジークの提案に目を輝かせた。しかし、やる気十分のジャネットとは対照的に、レイは不満そうだ。


「ちょっとジーク!それ本気なの?彼女は国家物理学者なのよ?私たちみたいなのと会ってるってだけで資格剥奪ものなのに、これ以上つき合わせてなんになるって言うの?冗談じゃないわ」


 しかし、ジークはニヤリと笑って言い放った。


「よう言った。やっぱ、依頼するくらいやったらこんくらいの覚悟は持っといてもらわんとな。安心せいや、レイ。俺をなんやと思っとるんや。天下の大泥棒、『怪盗ジーク』なんやで?ジャネットちゃんには指一本触れさせへんわ!!」

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