The Time Of A Judgement
火薬の発するつんとした刺激臭が、青白い煙とともに辺りに漂う。そして一瞬の空白の後、通路に恐ろしいばかりの絶叫が響き渡る。
アルバートは呆然として突っ立ったままだ。驚きのあまり、声なく口をはくぱくさせている。
血を流して倒れているのは、ジークとマクレガーではなかった。二人は得意げな顔で、銃口からいまだに煙を漂わせている拳銃を構えたまま、アルバートに向かってにやりと笑った。アルバートは、思わずじりっと後ずさる。
「……五点連射、だと……? 十人があっという間に……、そんなバカな……」
通路の床に血を流したまま呻いているのは、二人に銃を突きつけていた十人の兵士たちだった。
──アルバートが右手を振り下ろしたあの瞬間、二人は一瞬で行動を起こした。銃を握った利き腕が霞のように動き、それぞれが刹那の内に五発づつ火を噴いた。
二つの銃口から射出された十の弾丸は、あやまたず十人の兵士の利き腕の肩関節を粉々に撃ち砕く。そして彼らはあまりの激痛に銃を取り落とし、床に倒れ伏したのだ。
「お、お前ら何をしている。早くヤツらを撃ち殺せ! ぼやっとするなァ!」
我に戻ったアルバートが、逆上して周りの兵士に怒鳴りつける。目の前で起こったことに唖然としていた兵士たちも、アルバートの怒鳴り声で我に返り、二人に向けて銃を構える。
しかし、銃が火を噴くより早く、ジークは動いた。ジークは左手を素早く左ポケットに突っ込み、取り出した何かを床に叩きつける。瞬間、その場からもうもうと黒い煙幕が立ち上り、その場にいた全員の視界を、瞬く間に奪い去る。
「なんだ、これは!」
「くそっ、何も見えない!」
「早く撃たんかっ! いや、待て、撃つなぁっ!」
兵士たちのざわめきとアルバートの怒鳴り声が、黒煙の中にむなしく響き渡る。ジークの狙い通り、敵の兵士は銃を撃つことができないのだ。
このような場合、多勢の側は分が悪くなる。同士討ちを考慮して、むやみやたらに銃を乱射するわけにはいかないからだ。その点、少人数の二人はそれを気にする必要などない。視界の悪い中でも、背中合わせに立てば同士討ちの心配など無用だ。
ジークとマクレガーの二人は、視界ゼロの状況にもかかわらず、兵士の肩のある一点のみを正確に撃ち抜き、次々に戦闘不能にしていく。一流のガンマンは、たとえ目で確認できずとも、気配で敵の位置を感知し、正確に弾丸を命中させることができるという。まさに今、二人がやっているのがそれだ。
さらに、瞬間的な六点連射と、無駄な動きがなくなめらかな次弾装填。その二つの技術が、ただの回転式拳銃の連射能力を、極限にまで高めている。
ようやく施設の空調設備が作動し、煙幕がはれた頃には、三十人以上いた兵士は一人残らず床に伏していた。黒煙の中でやられた兵士たちは、ご丁寧に両肩を撃ち抜かれている。立っているのは、ジークとマクレガー、そしてアルバートの三人だけだった。
「くそがっ!」
顔を怒りでゆがませたアルバートが、ホルスターから自動式拳銃を抜く。しかし、引き金を引く間もないまま、それはアルバートの手から撃ち落とされた。乾いた音を立てながら、それは廊下を滑っていく。マクレガーの銃口から、青白い煙がすうっと上がった。
「無駄なことはやめぇな。お前の実力じゃ、俺らにはかなわへん」
ジークが、刺すような視線をアルバートに向ける。最後の望みだった拳銃を奪われたアルバートは、それに威圧されて無意識のうちにじりっと後ずさる。
「そろそろ年貢の納め時や。最期くらい、観念せぇな」
ジークは、銀色の拳銃を肩の高さまであげる。そして、照準をアルバートの額に、寸分違わす突きつける。
「ふ、ふふん。脅しは結構だが、君にその引き金が引けるのかね? か、怪盗ジークは命をとらない泥棒として有名だと、き、聞いたのだがね?」
ジークに睨まれ、額から脂汗を流しながら、アルバートがつっかえつっかえ言う。それを聞いて、ジークは恐ろしいばかりの笑みを浮かべ、いきなり銃の引き金を引いた。
「ぎゃぁうっ!」
乾いた炸裂音が鳴り響き、ジークの銃が火を噴いた。弾丸はアルバートの右肩を貫き、肩関節を粉々に砕く。赤い液体が、ぽつぽつと無機質な廊下の床を鮮やかな紅に染め上げる。アルバートはあまりの激痛に、がくりと膝を折った。
「今のが答えや。納得いったか? 確かに俺は殺しはせぇへんようにしとる。せやけどな、必要なときは躊躇なくこの引き金は引かせてもらうで? よう覚えとき」
いまだに銃口から煙を漂わせている銃を、ジークは再びアルバートに突きつける。あまりのプレッシャーに耐えきれず、アルバートは顎をがくがく震わせはじめた。
「さて、思ったより長なったな。そろそろ終わらすか……。
──今、裁きの時や」
アルバートの目が、あまりの恐怖にいっぱいに見開かれる。ジークの右手の人差し指が、ゆっくりと手前に引かれた──