画策と策略
非常ベルの鳴り響く中、二人の男が狭い廊下を駆け抜ける。言わずもがな、ジークとマクレガーのコンビだ。二人は息を切らせることもなく、無言で疾走する。
それにしても、運がいいのか、それとも罠にかかっているのか、先ほどから一人の兵士とも出くわさない。レイとジャネットが脱出する間の時間稼ぎのため、出口までの最短経路を使わずにいるからだろうか。いずれにせよ、警戒するにこしたことはない。ジークはちらりと相棒に目配せを送った。拳銃を持つ手に、自然と力がこもる。
二人の通るルートは、施設内を大きく迂回し、出口にいたる物だ。彼らは右へ左へと無作為に通路を選んで通り抜ける。
だが、次第に分岐点が少なくなり、廊下が一本道になってきた。ジークは出口が近いと考え、いっそう足を速めた。
「おい。ちょっと待った、ジーク」
突然、マクレガーが立ち止まった。先ほどとは打って変わって、声に何とも言いがたい焦りが混じっている。
「やばいぞ、ジーク。こいつは完全に罠みたいだぜ」
「なんやて?」
冷や汗を流すマクレガーに、ジークはたたみかけるように問いかける。
「俺らは今まで、自分らの好きなように通路を選んで走ってきてるんやで?それともなんや、俺らが知らん間に、アイツらに勝手に誘導されとるって言うんか?」
「悪いが、少なくとも俺はそう思う」
「な……」
マクレガーの予想外の言葉に、ジークは愕然とした表情を浮かべて、しばしの間絶句する。さすがのジークでさえ、この状況下で冷静を保つことはできないようだ。
マクレガーが、続けてジークに説明する。
「例えば、この施設自体、巨大な迷路になっているとか。脱出経路が、実は完全にカモフラージュされているとか」
「アホなこと言うな。俺は一回下見で侵入して、脱出してるんやぞ?」
「その時はその時だろ?俺らが今通っているのは、あくまで下の通路なんだよ。政府の公的機関だと思ってバカにしていたら痛い目に遭うぞ。仮にもここは軍事施設なんだ」
「む……」
ジークは、悔しさをにじませて、唇をかみしめた。
「お困りのようだね、ジーク君」
どこからともなく声が聞こえた。突如として現れた数十人の兵士が、息を継ぐ暇もなく、二人の周りを幾重にも取り囲む。そしてその後ろの影から、声の主がゆっくりと姿をあらわした。
「おいでなすったな、アルバート=シュヴァルツ」
先ほどの表情から一転して、口元に不敵な笑いを見せるジーク。それを精一杯の強がりだと判断したのか、アルバートはにやりと口元をゆがませ、二人に話しかけた。
「本当に見事な腕前だったね、完全にだまされてしまったよ、ジーク君。それにマクレガー君。裏社会の暗殺業で有名な君が、ウチの兵士に紛れ込んでいるなんて、夢にも思わなかった。実際、先ほどのジーク君の話を聞くまでは、キミの存在なぞ気にもとめなかったからね」
「そいつはどうも」
マクレガーがぼそりとつぶやく。それを耳にとめて、アルバートはにやり笑いをさらに大きくした。
「ま、それはそうと詰めが甘かったね。君たちは、今、ここで死ぬ。あの女二人も、今は逃がせてやる。だが、監視カメラの映像がある以上、ジャネットは警察のお尋ね者だ。もはや私からは逃げられない。あの女怪盗も、いずれ始末する。そしてその時にこそ、私の野望が達成されるのだよ。千年王国の樹立という、野望がね。ま、これから死んでゆく君たちには関係のない話だが」
「うるさいな、だまってんか?」
「……なんだと?」
「だまれっつってんのが分からんのか?耳の穴かっぽじってよう聞きやがれ。
俺はなぁ、お前みたいなヤツが反吐が出るほど嫌いなんや。自分のことしか考えとらんお前のようなヤツがなぁ。
人間にはな、他人を不幸に陥れる権利なんか、どんなヤツにもあれへんのや。そんな事は、決して許されるような事やない。許されるのはただ一つ、他人の幸福を守ることだけ。お前のやろうとしていることは、この俺が、命にかえてでも、絶対に阻止して見せたる!」
「ま、そう言うことだ」
ジークに続いて、マクレガーも同調する。二人の発する威圧感が、先ほどよりも格段に増している。
「貴様らは阿呆か。この状況下で不利なのは、完全に貴様らの方だろうが。泥棒と殺し屋風情が、知った口をききおって。これ以上、貴様らに何ができる!」
アルバートが右手を挙げた。前列にいた兵士が、一斉に行動を起こす。重い金属音が鳴り響き、十個の砲門が一斉に二人に向けられる。二人の目が、ぎらりと輝いた。
「もう貴様らにはつき合ってられん。今すぐここで消えてもらおう」
高々と挙げられていたアルバートの右手が、一気に振り下ろされる。高らかな銃声が十発、通路中に鳴り響き、そして辺りは水を打ったように静まり返った。




