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ひとまえだいじ

 ものには言い方があるというのは前にも言ったと思う。特に誰かに物を言う時は、相手を観察すること。これは絶対に必要。あなたは日本刀振り回しているシャブ中相手に優しい心を持つように説得できますか? ネトウヨやブサヨ相手に、理性的な議論ができますか? 私もいずれはそんなマジックが出来ればと思ってはいるが、今は無理だ。全力で逃げる。なにせ、駅で見かけたトラブルにも全力で他人を決め込むくらいだ。

 先日、朝のラッシュアワーで痴漢疑惑にかけられているサラリーマンの人を見た。痴漢はこれも全力で叩かれるべき犯罪であるが、そのときの光景ではちょっと気になるものではあった。被害者のおばさんが、本当におばさんだったのだ。加害者(容疑者)のサラリーマンは見た所二十代。一方的に騒ぎ立てられうんざりしてる様子。しかも、見た所ちょっと格好いい感じの人で、何もない所で見かけたら「彼女さんとかいるんだろうな」という風体。それが社会的地位をかなぐり捨てて、なぜ推定四十代のおばさんを痴漢? おかしな趣味をお持ちのようでと思ったが、同時にただの冤罪のようにも見えた。騒ぎ立てるおばさんは必死。頭に血が登ってるのははっきりと見て取れたが、そんな状態で人の一生を台無しにする主張をするのは危険過ぎないだろうか。立証したいのか騒ぎたいのかよくわからない姿は、まず不快なものでもあった。ちなみに私が痴漢にあったとき感じたことは、ひたすら「怖い」というものだった。だからすぐに逃げたし、相手を確認なんかしていない。その後、ふつふつと腹が立ってきたが、それ以降十分気をつけているので被害には遭っていない。

 弱いものは泣き寝入りしなさいというのが世間の認識。そのためか無駄な去勢を張る人が多くて困る。

 街なかで田舎者のDQNがタクシー運転手に喧嘩売ってるのを見た。しかも渋滞の道路の真ん中で停車し、車から降りて「降りてこい言うてんのやゴルァ!」だそうで。言葉から察する所、地方出身の人だったと思うが、あんな所に車停めたら他の人の迷惑にもなってますます顰蹙買うというのに。わからないかというとそんなことはなく、頭に血が登って何が何だかわからないのだろう。よく免許がとれたなと思う。でも怒鳴りつけてる人は必死だ。何に必死なのかは知らないが。

 無駄なプライドとかって、邪魔だよねえ。こういうの、全部捨てられたら生きていくことが結構楽になるんじゃないの? なんて思っても、弱いものの仲間に分類されるのは抵抗があるのだろう。舐められたくないのはわかるが、そういうのって事前に自衛してればいいんじゃないの?

そういうことを自分の中でしていないから無駄な一言や馬鹿な行動から後に退けなくて最悪の状況を迎えると。で、行く所まで行ったら開き直るか。

 もっとスマートにやろうよ。周囲のみんなだって、そのほうが気楽だよ?

 まあ、それ以前に凄い人として見られたいんだろうな。何のためだか。


 同じクラスの笹熊くんといえば、話題が広くて沙美乃とも結構話のあう男子である。ジャンル関係無しに色々と首をつっこみ、自分の世界をどんどん広げている印象がある。ちょっと話をした所、写真の焼き方やベルギーワッフルの話、下北沢の小劇場事情なんかも平気で話題にでき、尋常でない知識量を感じた。しかも「片倉さん、物知りじゃん」などとフォローの言葉も忘れない。将来どうするのかちょっと楽しみな人だったりする。で、この笹熊くん相手に調子に乗る子がいるのだ。何も笹熊くんは知識と行動範囲が凡人の域ではないだけで、なにも人様のご機嫌を取って生きているわけではない。それでも、偉ぶりたいんだろうか、いつの間にやら使いっパシリにしてる奴がいるのだ。

「笹熊、パン買ってこいよ」

 当たり前の様な口調で発せられる命令。何様のつもりでとも思うが、言ってる本人は本気なんだろう。で、その相手をさせられる笹熊くんは、少々困りながらもそれを受け入れてしまっている。傍目にはイジメられてるように見えるが、よく見るとその分の笹熊くんの対人スキルが上がっているような印象も受ける。何せ、理屈になっていない理屈を「ははは」と笑いながら聞いているのだ。未知の国を旅行して新たな引き出しが追加されている感じ。こういうのは言ってる奴には何も残らないだろうが、聞いてる側には厄介者の対処法とダメ人間のデータベースが追加されるだけで、命令する側は却って馬鹿にされている。あからさまにではなく、世の視点的に。

 その命令する側のグループの一員、二木秦彩にもそれとなく言ってみた。

 二木秦が言うには、「はっきりしない笹熊が悪い」とのことで、こういう奴だったかと少々残念に思ってみる。はっきりしないって、何が? 

 それでも本人は抵抗を感じているようなので、「そういうあんたこそ、はっきりしていないよ」と一声かけることも可能だ。しないけど。

 ナチスに協力しながらも少々抵抗を感じている小市民のような気持ちは置いておいて、このことは、結構クラスの中で気にしている人が多い話でもあった。でも解決策はというと、スマートなものが見つからない。そんなふうに静かに悩んでる空気の中、ある日突然それを壊す者が現れる。こういう天災のようなケースが、物事を一度破壊して先に進ませる原動力になるのかもしれない。後になってそんなことを考えてみたりもした。

 その日、教室の雰囲気はいつもと変わってはいなかった。仲の良い物同士で机を寄せ、弁当を囲み、馬鹿話に花を咲かせる、普段通りのものであった。私もいつもと同じ沙美乃、それとよく一緒に行動するようになった天馬弥生、白旗京の二人、計四人で昼食を取る。話題はというとあってないようなもの。どうでもいいことを話していた。

 教室の後ろでは騒がしい声がしていた。また例に寄ってのイジメというか、使いっパシリさせるというやつで、さらには文句言って困らせるといった風景である。被害に遭っているのは依然として笹熊くん。相変わらず困った顔で話を受けながらも上手く致命傷はかわしているようにも見える。それとなく教室中を見てみると、他のみんなは見てみぬふり。それはしょうがないという気もする。自分もなので。

 同じ机での話からちょっと気持ちが逸れ、教室のあらぬ方向に意識が飛んでいる私に、白旗がそれとなく声をかける。

「気にしたら負けだよ」

 わかるけど、気になるのは止まらない。

 そんなとき、その話に入っていくチャレンジャーがいた。きょーちゃんである。「何しに行くの、キミ」と心の中で声をかけるも、彼の耳に入るわけはない。思わず無言で行く末を見守る。

 突然の流れのぶった斬りに、その場の空気が凍りつく。

 無駄に威圧感を出し、コントのような口調で絡む男子を軽くあしらって、きょーちゃんが話した内容はこうである。

「笹熊、馬鹿の相手なんてしてないで、一緒にバンドやらない?」

 さすがにこれはまずい。ものには言い方がある。ただ、この全方位多趣味王子にバンドをやらせるというのはいいアイデアだとも思ったが。

「なんだよてめえ!」

 などと色めき立つ男子を軽く受け流し、飄々としたきょーちゃんであるが、さすがに空気は悪い方向へ膨れ上がる。事態の流れを見て、きょーちゃんの仲間、木山くんと唐沢くんの二名もガタンとか音を立てて、側へと駆け寄る。

 だが、それを静止したのはいじめっ子側男子の中枢である荒部くんだった。

「持田、どういうことだよ」

 そんな風に、ゲームにのラスボス風に声を絞る荒部くんであったが、なぜか話は喧嘩とは違う方向に向かった。荒部くんが続ける。

「お前、音楽やってるんだってな。俺も今度ライブやるから見に来い」

 どういう流れ? というのは置いておく。察する所、ライブってそんなに凄いものなんだろうか。プロの音楽家による興行ではなく、学生の趣味の発表会だろうに。二木秦もダンスのライブについて何だか自慢気だったが、特に気にもならない自分のような人種には、首につけたリングの数で偉さが決まるアフリカのブッシュマンの自慢話のような、ひどく現実味のない話ではあった。

 その話はそこで一度終了。笹熊くんの買い物について「買ってきたものが違う」「こんなもの食えない」などと騒いでた男子が、その後、大人しくそれらパンなどを齧ってる姿は少し滑稽であった。

 一方、笹熊くんはきょーちゃんたちに迎え入れられ、バンドの話などしている。「前にジャズ好きって言ってたけど、ポジパンっぽいの興味ない?」「ドラムならポーカロとかああいうの好き」「リフで聞かせるのやりたい」「今バウハウスのコピーやってる」云々。さっきまでの空気を破壊した形跡はなく、音楽の話をしているのは無責任にも見える。が、何より後を引かない潔さもあり、その辺りは教室の空気的にも助かったのは事実だ。

 そして、こういうことをするからかきょーちゃんの注目度は相変わらず高い。

「持田って度胸あるね」とは、白旗の言葉である。で、何故かそれは私に向けられてる。一応幼馴染ではあるが十年ほど離れていたのだ。そのきょーちゃんの話をこっちに振られても困る。何か昔のエピソードでも引き出そうとしているのだろうか。それとも、白旗がきょーちゃんに興味を? 別にいいが。


 ヒップホップ研究会のマンスリーライブの日、朝から関係者は乗り気であった。いつもならかっ怠そうにしている連中も、この日だけは生き生きとしている。ただし、学校行事のみに。みんな、勉強しに来てるんじゃないの?

 近い存在では二木秦が髪に今まで以上の複雑な編み込みをしている。どのくらい時間をかけたのか、解くとどうなるのか訊いてみたい気もしたが、やめる。なんとなく近寄りがたいのだ。沙美乃はその辺気にせずに話しかけたりしていたが、何か面白い話は聞けたんだろうか。

 同じようにきょーちゃんと音楽をやっている隣の席の唐沢くんとその先の木山くんはそんなことお構いなしでいつもと変わらない。昼の休み時間にはきょーちゃん、笹熊くんとともにさっさと軽音の部室へ行ってしまう。一部だけポテンシャルの高いエネルギーはその場に平均的に拡散されるのはエネルギーの保存則だったか。それは伝わるものがある場合に限るんだろうか。

 そしてその日の放課後、誘われた通りヒップホップ研に行ってみる。会場になっている教室前はすでに低音がズンズン響き、中ではすでに本番に向けての空気づくりが始まっている印象だった。派手なポスターやらステッカーがゴテゴテと貼られ、正直めまいがしてくるが、その中で日本人離れしたノリでヘーイとか声を掛けあってる連中もいて、面白いとも思ってみた。ちなみに、私のグループは白旗が都合で早く帰ったので、沙美乃、天馬の二人と計三人で参加。他のクラスの人、先輩など結構な人出があるようだった。

 沙美乃の先輩らしい人と話をする。なんでもこの学校はこの手のイベントが盛んで、他にも軽音、吹奏楽部、演劇部なんかも定期的に公演をしているとか。演劇部の一部はお笑いのライブもやってるそうでそこそこ人気があるとか。

 教室奥にある何か音楽の機材前でアレコレやってた人がマイクを掴み、派手な身振りでライブの開始を告げる。同時に客席から「ウォー」「ヒョー」「ホー(裏声で)」などと声が上がり、これがライブかという雰囲気が作られていく。

 そんな中、きょーちゃんとその一行の姿も見かける。きょーちゃんの他はいつもの木山くん、唐沢くんの二人、そして、新たに参加した笹熊くん。バンドになったからか四人で行動している辺り、ちょっと面白いと感じてみる。どういう基準でグループが動くのかと。

 ステージのスペースが明るくなり、二木秦とその仲間が出てくる。最初の登場という事で元気いっぱいの様子だった。二木秦はハーレムパンツにパーカーといった出で立ちで、もう一人のダンサーと同じ振り付けで踊る。腰を振り、身体をくねらし、セクシーさをアピールする。その二人の間で一人の女の子が歌う。ハスキーな声を搾り出し、かなり歌が上手いという印象を受ける。三曲を披露した所で終了、次に登場したのは野球帽をかぶったサングラスの男子と、そのバックのダンサーだった。

 そんな感じでイベントは着々と進み、途中荒部くんとその仲間も登場。ラップってよくわからないので感動するポイントも見えないまま、取り敢えず観ました的な受け止め方をする。ちなみに途中、他の男子が乱入してラップ合戦などしてたが、あれは事前に歌詞を作っているのだろうか。 そんな光景を見てて、ふと思ったことがある。敵対勢力なり仮想敵がないと成長ってしないもんなんだろうかと。文明を発展させるのが戦争だという声には全面的に賛成しそうな、むしろ率先して支持しそうな雰囲気だけど、口にしているのがラブ&ピースだったりするのがまた可笑しい。

 何がやりたいんだろうか。単純に偉ぶりたいだけに見えるんだけど、この見方は間違ってるんだろうか。プロのラップの人ならまた違った切り口のライブが観られるとか。

 ライブ終了後、二木秦に声をかけられる。

「どうだった?」

 少し興奮が冷めやらぬ様子で、軽く声を弾ませている。

「上手いね。凄かった」

 そういうと嬉しそうな反応を見せる。素直でいいなと思う。

 一方、きょーちゃんたちも何か言われているようだったが、何言われてるかは分からない。面白いと思ったのは、荒部くんがステージ上での雰囲気をそのまま引きずってるような身振り手振りで話ししてたことだった。気持ちの切り替えって必要ないんだろうかと。

 中学の頃、演劇部の子の芝居を見に行ったことを思い出す。芝居の内容はいじめ問題。主役のいじめられっ子が、陰惨ないじめに立ち向かって、最後にはいじめっ子と仲良くなるという、「ああ、はいはい」な感じの話で、友人はそのいじめっ子の役であった。客席から見てても結構退くいじめっ子ぶりを見せながらも、終演後に顔をを見に行ったら、いつもの明るい笑顔で「どうだった?」などと訊いてくるものだから少々拍子抜けしたものだ。特に舞台上ではバケツの水をぶちまけ(る演技し)ながら「あんたの顔なんか見たくないんだよ、ゴミ虫!」なんてやってたものだから、そのギャップは特に。でも人前に立つ人ってこんな感じなんだろうなとも思ったものでもある。考えてみれば、人前でやってることってその人の中身がそのまま出てるのかというと、そんなことはない。その場にあった人物を演じるというのは当然なわけで、例えば気分が乗らない時でも、人前で発言するときには少しでも気分が上を向くように自分をコントロールするだろう。気分が悪いままダラダラするのは子供のすることかと。同じように不良っぽい音楽やるときにはそんな感じの雰囲気を演出すると思うのだが、どうだろうか。

 映画なんかも見ているとよく思うことがある。とある映画で悪者の手下をやっていた役者さんがいるとする。面白い人だなと思って観ていると、次の作品では悪者側で出世していたりする。人気が出てランクが上がったんだなと思う。その後、しばらくするとテレビドラマで主人公の周辺にいる印象的な人物だったりする。悪役イメーから外れたような。そして別の作品ではいつの間にか主人公側の主要キャストのひとりであり、この頃には悪者のイメージはまず無い。常に悪者で映える人もいると思うが、その役者を売る側である事務所は「いい人」イメージで売りたいという事だろうか。それはそれでいいけど、別に「有名な人」イコール「いい人」とは思ってないですよ? それでもそう売りたいのは何で? ってか、そう思ってないとか。

 同じように悪い人イメージのミュージシャンとか、普段は普通のいい人だったりするという話だ。でも、悪い人イメージの人に憧れる子は、悪い人を気取り出すという事か。これ、そのまま大人になっちゃう人も多いんじゃないだろうか。反社会的なイメージのアーティストに憧れてる元子供が、未だに反社会的な大人をやっているとか。悪魔バンドのメンバーが本物の悪魔だと未だに信じているとか。そんな幼稚さを感じる。そういえば妖怪のバンドなんかもいたな。

 放浪詩人とか破滅型ロッカーとか、日頃の行いが人前で出る人もいるだろうけど、それはごく一部で、大体高校生でそんな何かのイメージにそのままハマるような奴は居ないと考えている。だからその分、こういう何かを気取る姿というのは滑稽なんだけど、本人たちは気づかないものなんだろうな。これを”若気の至”というのだろうけど。

 これから”若気の至”を発揮しそうなきょーちゃんとその一行は、荒部くんとその取り巻きになにか言われて何か感じているんだろうか。きょーちゃんがどういう人か知っているので慌てるようなことも不安に思うこともないが、逆に馬鹿なことして荒部&フレンズを刺激しないといいな等と思ってみる。

 なにかやってる人は凄いと思うが、同時にどこかバランスを失っているイメージもあり、それが私自身が何かに没頭するということにブレーキをかけているのかも知れない。


 それから数日後、沙美乃がCDを入手してきた。見せてもらったところ、きょーちゃんが軽音のアキラ先輩とやってるユニット”手乗りタイガース”の十四曲入りアルバムだった。CDのジュエルケースには真っ白なままのジャケットというひどく飾り気のないものと、曲のタイトルだけが書かれた紙が入っており、思わず沙美乃に何か描いてあげればいいのにと口を出してしまう。ちなみに価格200円で購入とのこと。お金取るのか、と一瞬驚くも、理由はCD−ROM代と聞いて納得する。

 白旗が持ち込んだパソコンにセットして再生する。聴いてみて驚く。どれもいい曲で才能を思い切り感じる。

 先日のH研ライブで聴いた他の人の曲を思い出し、コレは勝負があったろうとまず思う。

側にいた男子が、それなに? と声をかけて来た。沙美乃が「持田くんのバンドだって」と返事して、「ええええ?」などとちょっと騒ぎにもなった。校内放送でかかったものは知っていたが、他にもはどんな曲をやってるのか当然知らないわけで、安定して耳に残る楽曲を量産できるのは、やはり注目に値する。何曲か聽いた後、その男子もきょーちゃんのとこに行こうとするが、生憎昼休み中につききょーちゃんとその仲間は軽音部室に行ってるようだった。その男子は、帰ってきたら一枚もらおうなどと話してたが、同時に「こういうの作れるっていいよなあ。あいつ、小さい頃からそうだったの?」と訊いてくる。だから、私に訊くな。


 サウンドバトルというよくわからないイベントの話を聴いたのは、それからまもなくのことであった。なんでも、作ってきた曲やら音源を流して、人気投票で優劣を決めるとか。凄いね、と思う。人気投票に普遍的な力があると思ってる発想が、まず面白い。それに、いわゆるヒットチャートの一位だから、楽曲が認められた以上の意味を持つような思考回路が面白い。でも、これにすがる人は必死なんだろうなとも思う。そんなことをする理由って何? やらないといけない理由は? きっと下らないに違いない。やる人は必死なんだろうけど。

 突然のイベントの発生に周囲の空気は何か変わったかというとそんなことは無く、騒いでたのは校内放送で発言してた荒部くんとそのフレンズくらいのもので、直接対戦相手扱いのきょーちゃんは思い切り面倒くさそうに見えた。というか、殆どそうだろう。何せ、いつも一緒に行動している隣の唐沢くんは全く我関せずの状態だし、笹熊くんにいたっては自転車好きの男子と自転車雑誌片手にピストバイクの話なんかしてるくらいだ。キミの今のブームはそれか。まあ、いいとして。

 さて、そのバトルとやらは端からきょーちゃんの圧勝を予感させた。何せ、最初の校内放送登場の段階から”やらされてる”感を思い切り背負った口調が嫌そうで、さらにルールにも軽く口出しなんかしているくらいだ。前向きに戦う(何と?)意思はほぼゼロ。同じようなことを感じていたのだなとすぐに分かる。これはみんなも思ってるらしく、昼の放送の放送の度に流れるこの話に「いやそうだよね」とみんなで話をしたくらいだ。

 そして本番。放送された音源はその出来が素人目にも分かるレベルの違いで、明らかに勝負になっていなかった。圧勝したのはきょーちゃん。さすがの出来を感じさせる内容で、やはりああいったCDを作る人だけあるなと実感した。他には軽音の先輩の作品が印象的であり、初めてながら耳に残る作品に私達の机でも「凄いね」「面白いね」と話をしたくらいである。他には荒部くんの作品ともうひとつ。皆さん、お疲れ様位の感じでそのイベントは終了かと思われた。

 だが、まだ続く。荒部くんの申立により、二回目をすることとなったのだ。「何で?」というのは置いておく。きっと納得できないからだろうことは十分に予想できたのだ。そして、結果は同じようにきょーちゃんの圧勝。

 その後は昼の放送時にお楽しみが出来る。流れとしては

 ①荒部くん、異議申立て

 ②本戦

 ③きょーちゃんの圧勝

 というもので、この繰り返しはまるで出来の悪い定番のコントを見ているようだった。当初、ちょっとしたイベントとして受け入れてたみんなも段々慣れてきて、「まだやってる」くらいの扱いになってきたのはしょうがない流れだったと思う。そんな中で披露されるものもカラーが決まってしまっており、きょーちゃんの曲はいつも笑えるし、少しづつ分かる人にはわかる遊びも入っている。同じクラスの中込くんなどは「あれってこの曲だろ?」的な事言って話しかけたりしている。一方の荒部はやはり同じような曲。リズムから変えてみたらどうだろうか。とはいえ、太い音がボンボンドカドカ鳴るのは変わらないだろうが。それと、他のクラスのヤツや先輩の曲なんかでも面白いのがあったり、ウケ狙いの一発芸みたいな曲が出たりと、勝ち負け気にしなければそれなりに楽しめるイベントであるのは変わりない。世の中の殆どってこんなもんじゃないだろうかと思ってもみる。勝敗は大切だけど、そこに絡んでくる人間の面白さや幅広さ、そんなものが端で見ているものには面白いのだ。テーマしか頭にない人にはわからないかも知れないが、結果主義ではない自分のような人間には、イベントの楽しみ方が邪道なのかも知れない。また同時に、イベントを企画する側はひと目を集める泡沫的な存在をどう扱えるかで、その成功の度合いが違ってくるのか、知っているか知らないかで大きく変わってくると思う。そう考えると、このイベントは成功なのではとも思ってみる。


 その後、きょーちゃんのバンドの初ライブの話をきいた。

 唐沢くんに様子を聞くと「はっきり言って下手だよ」との声。初心者だと聞いているので、その辺は気にしていない。でも、下手だからと変なウケや言い訳に走ろうとしない部分は好感を持つ。そのための練習はどのくらいしてるのかと聞こうとするが、すでにその隣りの木山くんともどもどれだけ没頭しているかは容易に見て取れた。不思議なもので、言わなくても本当にやっている人というのは雰囲気で分かるものなのだと、改めて実感してみた。

 ライブ当日。客席にいると”手乗り”のような曲を期待してる声がある。違うらしいよとの声も耳にする。「事情通ってどこにでもいるんだね」と、沙美乃と話す。会場に入る前に、いくつか聞こえていた音の内どれかがきょーちゃんたちの曲と思い至り、プログラムを見る。最初に登場するバンドがそうらしい。バンド名”ガットフック・スキナー”。何かで見た印象。

 会場の教室に、まず目を引くのはドラムセット。結構使い込まれているらしく、傷や汚れが目立つ。そして大きなアンプとキーボード。これ全部一度に鳴らしたらどのくらいの音になるんだろうか。

 このライブが結構注目を集めているらしく、会場は満員。人の熱気が結構凄いことになっている。思わず汗の心配もしたりする。

 そして司会の先輩の挨拶の後、注目のきょーちゃんのバンドが登場した。

 演奏、ボロボロ。でも初心者と聞いていたので私的には気にはならなかった。普段、同じクラスの、すぐそばに座ってるクラスメイトが、いつもの姿で見慣れない楽器の演奏をしている姿が新鮮に感じ、自分と地続きのものを感じてもみた。ちょっと頑張れば自分でも出来そうな感じに、少し嬉しさを感じてみたのかも知れない。

 ただ、それを遠慮なしに笑ってる一団がいて、正直不快に思ってもみたりした。演奏の拙さを嘲笑うという、初心者にそれってイジメではないだろうかと思う行為だ。少なくとも真面目にやってるだけ立派だと思う。踊りの二木秦も、ラップの荒部くんも、きょーちゃんのバンドも。そして、年齢考えたらこれで普通の気もする。”手乗り”が異常なだけで、少なくとも変な媚に走ったり馬鹿にされる要素について言い訳を準備していない辺り、立派だと思った。

 不快な雰囲気を残したまま演奏終了。お疲れ様でした的に拍手で送るが、正直、本人たちは悔いが残ってるだろうなと思う。

 イベント終演後、きょーちゃんたちの姿を見かける。声をかけようとするが、馬鹿にする一団がいて声をかけそびれる。「おつかれ、よく頑張ったね」とだけ言いたい気もした。が、こういう空気では無理だ。まあ、次回頑張れと心でつぶやく。届かないだろうが。

 翌日、朝から唐沢くんに声かけようとするも、彼の雰囲気は沈んでいる。ああ、後を引いているのかと思い、ちょっと言葉を選ぶ。

「昨日はお疲れさま。まあ、日が浅いんだし慣れてないんだし、気にしないのがいいよ」

「え? 何?」

 変な声を出す唐沢くんに、ちょっと驚く。

「いや、昨日の演奏、大変だったね」

「ああ、あれ? アレはしょうがないよ。それより、来週またライブやるんだけど」

「え?」

 今度はこっちが変な声を出す。詳細を聴いた所、昨日のライブ後の反省会で、一週間後にリターンマッチをする話になったとか。何を考えているのかと思ってみるが、話を聴いてみた所、やはりきょーちゃんの意向だという。なるほど。そして、彼らの決意は本物らしく、昼休み、きょーちゃんとその仲間が教室からサッといなくなるのを観て、内心、心強さを混じる。

 その光景を眺め「凄いよねえ」と、沙美乃。「何かやるってそんなに大事?」。大事だよ、と返してみる。時間は有限だから、急いででもなにかやってるのは大事だと、持論を展開してみる。「今しかできない事をする」という言葉にはちょっと嫌悪感があるが。当たり前すぎて。ついでに、今更すぎて。

 ただ、ではそこで何がしたいのかという壁があって、自分は思いつくものがどれも違う気がしていた。

 沙美乃の場合、小さい頃から絵を書いてたのでということ。自分はピアノだったが、小学校で辞めてしまって、その後は何もしていない。本を読むくらいのもので、人身掌握に興味があったのはその頃。自分は人の気持ちを勉強すればいいのか。段々それからも離れてきて、何もしない自分に定着しそうで、内心焦りも感じたりはしていた。


 その後、無駄な冷やかしを気にしているのか、きょーちゃん周辺の空気が少し熱いのを感じる。ああ、スイッチ入ったんだなとか、動き始めちゃって今更降りられなくなっているなというのを感じる。隣の唐沢くんも授業中、手が動いていたり、完全にそっちに気を取られているのを見かける。

 そんなことをしている内に、二回目のライブの日となる。

 同じく見に行くと前回より締まった印象の演奏に触れる。が、それでも冷やかしに行く奴はいる。こいつら暇だなと思いながらも、バンド側は大人しく聞いているの見て、内心頑張れなんて思ってみたりする。届いてるといいけど。

 更に、曲の途中できょーちゃんの絶叫が入る。前回は無かったパートだけど、新たに加わったものらしい。曲調を考えたらあっても普通だと思うが、意外なことのため笑う奴は思い切り笑っちゃってる。あちゃあ、と、思わず私も額に手をやる。

 二度目のライブ終了後、やはり馬鹿にする暇人たちはバンドにつきまとう。でも、メンバーのみんなはクールにあしらい、感情を表に出さない。その分、本気で怒ってるんだろうなと思ってみる。やはり声をかけられないまま、その場を後にした。


 さらに翌日、スリーデイズの話を耳にする。来週、三日連続でライブをするとのこと。さすがに「まだやるの?」と直接きょーちゃんに聞く。「やるけど何か?」の声に呆れる。付き合わされるみんながかわいそうでは無いんだろうか。

「で、何がしたいのよ」

 言葉が口を付いて出てくる。

「満足行くところまでまだやってない」

「そんなの毎回やるつもり?」

「そのつもり。今は出来る環境だから」

 こいつの達観してるんだか何も考えていないんだかの発言は何が根拠でどこから出てくるのかと。このどうしようもないリーダーの暴挙に呆れていると、二木秦から声がかかる。

「アイツらって何考えてるの?」

「さあ」

 関係者でも無いので私に訊くのもお門違いだが。


 クラスでお笑いをはじめるという二人がいる。その片方は先日まで真面目に勉強してた奴だからちょっと待て的なことを思う。確か弁護士を目指して国立の法学部を狙ってたはず。クラスのツートップとして一緒に教科書を開いてた子はちょっと残念そう。「ライバルが減った」ではなく「あいつは笑いのセンスなんて無いと思うんだけど」と。何でも一緒に入ったラーメン屋で見たテレビのコントに大受けしてたとか。お笑いはどちらかというと好きなのはわかるが、前述の意見。その後、彼らは取り敢えず仲のいいの何人かの前でコントのネタ見せやるが、空振り。コント「刑事とヤクザ刑事」「テーブルマンと迷子」「あるあるDJ」など。テーブルマンというのはそういう独自のキャラクターの模様。そして、そのネタ見せの場に首突っ込んで助言しているのは笹熊くん。

「基本的に突っ込まれるの待ってちゃダメだと思う。突っ込む側もコンマ数秒たりとも空白時間をあけちゃいけない。それと、表情はもっと締めないと。笑ってる空気が少しでも漏れてると、面白さはゼロになる。変なポーズや動きに逃げないのは立派だと思う。あと、基本的にギャグは反射神経の勝負だから。少しでも頭を使う必要があったら、それはダメだと考えたほうがいい。頭を使うなら笑いでなく”おおっ!”と言わせるくらいのインパクトが必要だよ」

 幅広いな、本当に。キミは。

 この辺の流れもきょーちゃんの無謀さから来てるんだろうか。ついでに、コレをまた荒部くん取り巻きがからかいにつきまとうようになる。もはやただのウザイくんでしかないんだけど、本人的にはわからないんだろうなと。


 一方、我らがバンドはその審判の日を迎える。

 朝からメンバーの様子は沈み気味に見える。無理もない。あれからみんなは地道な練習を続けているのも知っているが、初ライブから二週間でそんなに変わるものかというと、どうなのだろうか。それでも放課後に見に行くと、あまり変わらない様子が伺えた。

 いや、変わらないだろうか。さすがに笑われる演奏を三回目という事なのか、みんな以前より落ち着いて見えたのも事実だったりする。また、演奏で「ここ、モタるな」と分かるところも、以前よりすっきりした雰囲気があり、やはり上達はするものだと思ってみる。不思議と緊張感も熱気も以前ほど感じない、それでいて惰性でやっているわけでもない、不思議な雰囲気の演奏だった。ウザイくんたちの行情は捨てておく。もう彼ら自身気にする次元ではないだろうと思えた。

 翌日、相変わらず隣の唐沢くんは静か。前日の件を引きずっているのかというとそんな雰囲気でもなく、何やら悟りを開いた人的な雰囲気を感じてみる。

 そして放課後のライブではその雰囲気を更に感じることとなった。メンバーがみんな前を向いているような印象があったのだ。見に来るみんなもいつの間にか数も減り、地味なライブになっているかというとそんなこともなく、もっと広い意味でバンドを観に来ている人だけが集まっているような場になってる気がした。相変わらず馬鹿にしにくる暇な子もいるが、バンドは確実に進化しているのは事実だった。

 そんなわけで翌日、朝から唐沢くんに声をかけてみた。

「いい感じになってきたね」

「そう?」

 意外なことを言われたようで、目を丸くする唐沢くん。前日の印象を伝えると、何やら判ったような分からないような、不思議そうな顔をしていた。

 その日のライブは開演前から違っていたというのは買いかぶり過ぎだろうか。だが、最初のライブから足を運んでる私のような暇人たちには一緒に乗り越えてきたような連帯感があったのも事実だ。きょーちゃんたち本人にしてみれば、自分たちの話なのでこっちは関係ない的なことを思うのだろうが、それでもついてきたという感覚はまた特別なものにも思えた。

 昨日と同じようにメンバー登場。軽い挨拶の後、演奏を開始。昨日も聴いた曲だけど、聴く度にちがうものになっている気がする。

 メンバー同士、アイコンタクトが増えた気がする。仲のいい、堅実なチームプレイは観ていて気持ちが良かった。何より一瞬一瞬を力を合わせて乗り切っているような、そんな力の拮抗具合を感じて、それが特に心地よかった。

 きょーちゃんが飛び抜けているのは分かる。他のみんなも練習以上のことができないのは当然。それでも、それ以上の力を出す手段がチームプレイなんだろうな、と、そのライブを見ながら思ってみた。

 最後の曲を聴いた後で、沙美乃と会場を出る。

「今日はよかったね」

「本当ね」

 そう話す言葉に嘘はない。

 何者でもない人が、何者かになる瞬間に立ち会えたかのような不思議な充実感があった。たしかにまだまだ技術的にも未熟だ。でも、今できる一番いい形をみんなで掘り当てたような、記念すべき瞬間だった。

 ライブってこういう時のために行われるんだろうか。自分が踏み入ることのできない分野ながらそんなことを思ってみた。


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