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できすぎてるか

 男の子とは、褒められたい生き物なのだろう。

 小さい頃、いつも一緒だったきょーちゃんのことを思い出すと、自然にそう思える。

「ぼくカエル捕まえられるよ」「ほうれん草食べられたよ」「昨日、夜遅くまで起きてたんだよ」「一人でお豆腐買ってこれるよ」などなど。そういう話に「すごーい」と反応してあげると、とても嬉しそうにするので、こちらとしても持ち上げ甲斐があるというものだ。

 その後の人生、とはいえまだまだ十五歳だが、その間に見聞きした、または体験した男の子の扱いは、基本「褒める」ことで優位に持っていけるという鉄板ルールにより成り立っていたと思う。何かをお願いするとき、頼むとき、やらせるとき、さり気なく一言入れるだけで話は早くなる。同性の子の中には「ちょっと! 男子!」などと真正面からぶつかっていく根性娘もいたが、そんなときは頭脳プレイの有効性を吹きこむようにしている。

 そんな私の中学時代の影のアダ名は「キャバ嬢」だった。名付けた奴がどんなつもりだったのかは知らないが、対異性の権謀術数について言ってるのであれば、それは褒め言葉と捉えている。余談だが、私は派手な格好が苦手で、キラキラした服やグッズには嫌悪感を覚えている。地味、最高。着物とかもっと最高。ジャパネスク、万歳。

 ある日、ちょっと興味を持ってキャバ嬢について調べてみた。男の人のお酒の相手してお金を稼ぐという印象があり、それはあながち間違ってはいないが、何より気の配り方や話を優位に持っていく戦略などには結構共感を覺えた。同時に、数々の資料を読みながら、知恵だけで渡っていけるほど世間は甘くないという事も知り、なかなかいい線行ってるのでは思っていた自分の外交手腕に疑問を持ったりもしてみた。

 さて、前述のきょーちゃんであるが、五歳の時に生き分かれている。ただ単に私の家が引越ししただけなんであるが、その後の付き合いもなかったため、今ではどこで何しているかはわからない。私と同い年のため同じ学年でどこかの高校に進学してると思うが、気になる点がひとつあった。

 私ときょーちゃんが過ごした町はとてもガラが悪く、近所には金髪で彫り物をしたお姉さんや、暴走族のお兄さん、何やってるかわからないけどよく姿が見えなくなるお兄さんなんかがいた。ちなみに最後のお兄さんのところにはよく警察の人が来ており、初めてナマの刑事さんというのを見たのはそのお兄さんの家の前だった。テレビで見るような格好いい感じではなく、一見普通のおじさんであった。

 そんな町だからかうちの両親が無理してでもマンションを買い、引っ越すというのは当然の事だったとも言える。ちなみに両親、とくに母からは近所の”ああいった人”たちとは付き合っちゃいけませんとはっきり言われていた。

 だが、きょーちゃんは、そういった人達と普通に付き合っていた。金髪のお姉さんからは「刺青なんか入れちゃダメよ」と教えをもらい、暴走族のお兄さんからは喧嘩の仕方を教わり、さらにそのお兄さんから教わったとのことでズボンを腰で履いて、おばさま(きょーちゃんのお母さん)から怒られたりもしていた。暴走族のお兄さん、意外に子供好きな人たちだったんだなと思い出せるのはいいとして、私はそんな風景を家の中から見ていたのだ。ちなみに、どんなことを教わったかなどはきょーちゃんから聞いた。世の中って両親が言うほど白黒はっきりした世界ではないのだなと思ったものである。

 さて、褒められたい男の子きょーちゃんは周囲の影響を素直に受けて、その後の人生もまっすぐ育ったのではないかなんてことを思ってみたりする。どっち方向に真っ直ぐかは置いておく。今頃は側頭部を剃り上げ、微妙な髭など生やし、制服なんかも着崩しておしゃれさんを気取っているのかも知れない。だとしたら、正直、会いたくない。

 ついでに、私が地味好きというのも、この辺からの影響があるのかも知れない。


 だから、新しい学校、入学したての高校で自己紹介のときに凍り付いたのは、無理もないことだと自分で言い訳できる。

「烏川二中から来ました、片倉いづみです」

 この私の自己紹介に目を丸くして金縛りにあっている男子の姿に、「よしよし、早くも私のファンをゲットかふふんくれぐれもストーカー化するなよボーイ」などと内心浮かれてたのは、ほんのつかの間。

「東笠木中学から来ました、持田恭介です」

 というその男子の紹介に、今度はこっちがフリーズを起こし、運命の神様の仕業に、いや御業に、ちょっと感謝してしまったのかも知れない。

 自己紹介タイムの後、休み時間には当然のように私たちは近づいて声を掛け合った。ただし、小声で。

「きょーちゃん?」

「いづみちゃん?」

 うそおおお! と声を上げずに黙って二人で教室を出て、廊下の隅まで逃げた後、お互いの無事をたたえ合う。きょーちゃんの生活センスの無事は特に。こんな風に一言も会話せずに同じような動きが出来るのも幼なじみならではなんだろうか。

 昔のおかっぱ頭の男の子は、そのまま大きくなったかのようなサラサラ髪の少年。身長はもう少し頑張ってほしい一六五センチくらい。全体的にひょろっとした印象。汗臭さを感じないのは好印象。

「まあ、同い年だからこういうのもあるかもね」

 おや? きょーちゃんにしては冷めた口調だ。

「どこに引っ越したかは知らなかったけど」

 その後探してくれなかったんだなというのはこの際置いておいて、あまり再会を喜んでるとクラスに居づらい空気が出来るような気がする。持ち前の危険察知能力というか感覚を発揮して会話を軽くで切り上げ、‎早めにクラスへ戻ることを提案する。そしてクラスに戻る際、「また家においでよ。おふくろも喜ぶと思う」などと話しかけられながら、一つ言って置かなければいけないと考えた。

 私達が幼馴染ということを周囲に話さないようにということを。

 そんな昭和の漫画のような設定、周囲にばれたら三年間の学園生活に想像もつかないダメージが予想できる。タダでさえ噂好き、邪推好き、さらには妄想によりイマジネーションの翼が無限に広るジェネレーションのキッズたちに餌を投げ与えるのはどう考えても危険だ。

 短い休み時間が終わろうとしているのを感じながら教室へと急ぐ。でも、速歩きのきょーちゃんに話しかけるタイミングがちょっとつかめない。あっという間に教室の入り口をくぐり、しょうがない、次のタイミングを待つかなどと思っていると、きょーちゃんが同じ中学から来たらしい奴と話するのが聞こえた。

「持田、どこいってたの?」

「あそこに片倉っているじゃん? あいつ、俺の幼馴染なんだよ」

 ええーっとその周辺で声が上がり、反射的に頭を抱えた。言うなよ、馬鹿。

 隣りに座ってる男子が声をかけてくる。

「そうなの? すげえ」

 確か唐沢とかいったこいつは、興味に目を輝かせて私の顔を覗き込んでくる。

「なんか、漫画みたい」

 と、さらにその横からも声がして注目されてみたりする。この男子はたしか木山とか言った。

「まあ、こんなことってあるんだね」

 そう笑って返してみるが、複雑な私の心中をよそにクラスの最初の話題はもう決まったような物だった。

 タイミングよくチャイムが鳴る。

「あとで良く聞かせてよ」

 そう締めくくって唐沢くんが机からノートやら筆記具を出す。気を聞かせてくれたつもりだろうが、ならスルーして欲しかった。

 こうして高校生活は初日から無駄に目立ち、正直失敗したかのように思われた。でも、そこは面白いもので、意外とみんな気にしていないという事実に気づき、胸を撫で下ろすことになる。こういう無駄な心配を抱えやすいのも年齢的な足りなさなんだろうか。


 それから程なくしたある日。私の机の少し横、初日に声をかけてきた木山なる男子ときょーちゃんが会話してるのはよくある教室の風景に思えた。そして、そこから聞こえてきた内容はこうだ。

「ギターやってるならバンドやろうよ。俺、曲とか作ってて、この間ネットの動画サイトにも出してさ。この三年で真面目にバンドやりたいんだよ」

「でも俺まだ初心者みたいなもんだよ? あまり弾けないし」

「俺も歌えない。作るだけで演奏能力なんて無いも一緒だから」

 ちなみに誘ってるのがきょーちゃん、遠慮がちなのが木山くんである。へー、きょーちゃん音楽やってたんだ、と思ってみる。

 ちなみに私は小さい頃ピアノを習ってた。家にはアップライトのピアノがあり、毎日練習しないといけないのが正直いやだった。今でも弾けるけど、あの頃のプレッシャーや、優しいけどその表情の裏に有無を言わさないゴリ押しの感覚を宿した先生のネコのようなスマイルと声と静かな迫力は未だに覚えている。そして、このピアノを羨ましがったのはきょーちゃんである。彼もピアノがやりたいとおばさまにおねだりしたのは知っている。だったら代わって欲しい気持ちもあったが、それ以上に羨ましがらせるのが楽しかったのも事実である。で、いつの間にかこれか。

 彼らの話はさらに広がりを見せる。

「なら、唐沢も入らない? ベースとかやんない?」

「えー、できるかなあ。ベースとか持ってないし」

「じゃあ、俺のジャズベ貸すからさ。やろう」

 その後も耳をそばだてて盗み聞きしたところによると、木山くんと唐沢くんは同じ中学の同級生。木山くんが音楽にはまったのを、唐沢くんは脇で眺めていたとか。木山くんの「メタリカ超やべえ!」「パンテラ超やべえ!」「ボドム超やべえ!」「ブレット超やべえ!」という話を唐沢くんは毎日聞いてたとか。

 一方のきょーちゃんはおじさま(きょーちゃんのお父さん)が音楽好きという事もあり、家にはたくさんのCDやアナログがあった。小さい頃、きょーちゃんと一緒におじさまのCDを物色して遊んだのを覚えてる。面白いジャケットのものがいっぱいあり、宝探しのようで楽しかったのだ。巨大な工場の上を豚が飛んでいるもの、ひげ剃りの先がイタチになっており、使ってるおじさんの皮膚を切り裂いているもの、アパートだかマンションだかの窓からよくわからない絵やら風景がいっぱい見えているもの、ジャケットのおじさんの顔が魚になっている写真のもの、女の子と男の子が子犬と遊んでる絵なんだけどよく見ると子犬の首が二つついてるもの、ゾンビみたいなキャラクターが人殺したり悪魔を操ったり捕まったり遺跡になったり未来の世界でまた人を殺したり北極の海みたいな所でバラバラになったり墓場から復活したり木から生えたり、まあ、色々やってるシリーズのもの。最後のはその他にも戦闘機に乗ったり女の子を連れて歩いてるところを軍服姿のおばさんに待ち伏せされたりと、組み合わせて色んなストーリーを考えて遊んでみたりしたものだった。

 いつの間にか話はまとまり、きょーちゃんと二名の男子はバンドを作ることに決定。いいなーなどと思いつつ自分はというと、入る部活も決めていない状態ではあった。何か面白いところがあればと思っていたのもあるが、キャバ嬢キャラを生かして部のマネージャーという考えがあったのも事実である。そこからきょーちゃんのバンドのマネージャー? ははっ、そんな安易な。


 同じ中学から来た友人、高牧沙美乃は漫研で青春をエンジョイだか炎上だかしたいという娘である。こっちは彼女の画力や無駄に豊富な知識の数々に感心し、あっちは私のキャラが使いやすいとかでよく一緒につるんでいる。もちろんそれだけでなく、人間的にウマが合うというのも重要な要素だ。うまい具合に同じ高校に進学して同じクラスになっている。

 そして初日の件、運命の再会劇について、さっそく声をかけてきた。

「使っていい?」

 何に? と聞くまでもなく、そんなことしたら古臭くて読めたものじゃなくなるよあんたの漫画、と助言を出すが、そこはうまくアレンジするからとの声を頂く。それって許可が必要だろうかとも思うし、第一、この娘の漫画や小説には私と思わしきキャラクターが何度も無許可で登場している。天使のようないい役で出てる時もあれば、週刊誌の主役や教室の少し後ろで取り巻きに囲まれて静かに微笑んでるかのようなブラックな役で出てる時もある。今度はどのような役を想定されているのか想像もつかないが、まあ色々とダメージがつかなければいいかなと、ほぼ黙認状態を許す。黙認で許すというのも変だが。

 沙美乃は早速創作意欲が化学反応を起こしたかのように手元のノートに何かを書きだす。ところで、私に許可を得るという事はきょーちゃんにも許可が必要なんではないかと思うが、ちょっと思いついただけでそれはスルーすることにする。

「で、何か面白いエピソードがあったら教えて欲しいんだけど。小さい頃は一緒に寝てましたとか」

 静かに心の乙女汁を滲ませながらそう聞いてくるこの娘に、何を言えばダメージは少ないのかを冷静に分析してみる。が、その反面、何言ってもアレンジされるんだろうなと諦めながら、ありのまま話そうとも思ってみる。本当の事実を知っていれば、必要以上の邪推やエピソードの魔改造は無いと想うし、モデルに意図的なダメージを与えられるほど馬鹿か鬼畜か無神経なやつでは無いことは知っている。いざとなったらこいつに使えるネタも握っているし。

「まあ、普通の幼馴染ならしてることはひと通りって感じで」

「じゃあ、服の取り替えっことかも?」

「そんなことやるの? それはない」

「じゃあ、将来を誓い合ってキスとか?」

「ないない。どこから持ってくるの、そんな話」

「二人で家出とか、冒険とか」

「だから、どこからそんな話を」

「いじめっ子から身体を張って守ってくれて「持田くんステキ!」だとか」

「怒るよ?」

 一応、一緒にお風呂とかおやすみとかはしている。そんな時に男の子の身体の違いというものをはっきりと確認している。かなりしつこく見せてもらった。きょーちゃんがそのことを覚えていないことを、心から願っている。覚えてても「小さい頃だし」で済まそうと思っているが、引っかかっていることのうちの一つだ。自分に子供ができたら、その子のためにもお友達との距離感については十分注意してやろうと思っている。じゃないと、後悔するのは目に見えている。

 また、小さい頃の頃の近所についてなど話してもいいかなどとも一瞬考えたが、すぐに自分の中の何かが赤信号を灯して停止フラッグを振り回した。教えたら沙美乃のとって結構なネタになるだろうというか、デフォルメしがいがあるのがもうすでにわかる。下手すると私ときょーちゃんがスラム街育ちになるとか。少なくともゲットーライフ? うわぁ、髪が金髪に染まってそう、沙美乃の頭の中で、私が。


 新しい生活も慣れ、所属グループもまとまり、通常のクラス生活が始まりだした。きょーちゃんはバンドをやる木山くん、唐沢くんとしょっちゅうつるみ、私は文化系の見本のようなグループで行動することが多くなってきた。主に沙美乃と一緒ではあるが。そして、そのクラスの中の様子などを考えると、つくづく人間って同じような法則に従って動く物なのだなと思ってみたりもした。やはり無駄に目立つちょい悪とでもいうんだろうか、そういうグループが幅をきかせ、テンションの低そうなグループは何人かで固まっているのに静かで、バカやってる男子に暇な女子がちょっかいを出し、我関せずの顔で本ばかり読んでいるヤツもいる。アイドル的な立場に収まりそうな可愛い子は数人でまとまり、その子たちにちょっかい出す身の程知らずもいたりして。一応、この学校は比較的偏差値が高いはずだが、それでもよく耳にする教室の風景になっているのが面白い。働きアリも同じ群れの中では必ず働き者八割と怠け者二割の構成に分かれ、そこからさらにグループを分けても同じような割合に分裂するとか。パレートの法則というやつだ。同じような法則が学校の教室でも働くのかも知れない。

 そんな中でちょい悪というか派手なグループのヤツが私に声をかけてきた。

「持田と幼馴染なんだって?」

 気さくな態度とは裏腹に、少しワルを気取ったような声がアンバランスだ。肌の色は浅黒く、髪を細かく編んでいる。黒人に憧れているんだろうか。

「うん。五歳までいつも一緒に遊んでたんだよ」

 その頃には無駄に隠すより全部話したほうが安全だとの判断も利き、隠さずに明かすことにしていた。

「一緒にお風呂とか入ってたんでしょ?」

 一瞬ヒクっと自分の顔が反応するのがわかる。

「そうだけど、何で知ってるの?」

「持田から聞いた」

 あの馬鹿! と心の中で罵るも、今は冷静になることが大切だと判断がきいた。よしよし、冷静だ。調子を崩さないように話を続ける。

「そうなんだよね。親同士が仲いいこともあって姉弟みたいに育てられてさ」

「じゃあ、服の取り替えっことか将来を誓い合ってキスとか」

「どこから持ってくるの、そんな話」

 笑いながら否定するが、こういうの流行っているんだろうか。

 声をかけてくれたのは二木秦彩。やはり話を聴く所、黒人文化というかヒップホップ、リズムアンドブルースに憧れてのことらしい。ダンスもやっているとか。それで制服まで着崩すのはどうかとも思うが、それは後に若気の至として語られ得る美しい青春の思い出になるからいいんだろう。って、何がいいんだか。

 気さくな二木秦は話ししてみると結構いいやつである。ポーズを作っているのは最初だけで、結構話の沸点や融点は私らとそうかわらない。それでもこういったファッションやポーズに走るのは、それなりの自己顕示欲や特別な存在になりたいという思春期特有の意識なのだろう。ちなみに私はどうかというと、前述の通り理知的な判断を効かせて、合理的に人生を乗り切りたいと考えている。あれ、言ったっけ? まあいいか。で、合理的というと聞こえは悪いかも知れないが、色んな人間のサンプル集めというか、実例の収集にこういった機会の人間観察が有効なのはよくわかっている。人間観察と言っても、これも聞こえは悪いが、要は色んな人を見て歩くというだけである。さらについでで申し訳ないが、沙美乃の漫画に出てくるキャラクターも実在の人物をモデルにしてるものがたまにあり、いや、もっとあるのかも知れないが、たまたま自分の知っている奴がモデルだった場合、沙美乃と私でこういった観点の違いが出るのかとその相違を知ることがあるのも面白い。当然とは思うが、近い奴とでもそんなふうに受ける印象やイメージに違いが出るのだ。人が他人に与えられる印象なんて、本人がいかに頑張っても限界があるんだろう。おおっと、また話がそれた。

 二木秦は「今度ライブやるんだ」と私を誘う。やりたいことについて行動早い奴は早いからねー、と軽く驚きながら二つ返事で観に行く約束をする。でも二木秦としてはイベントに人を集めるより、同じクラスの知ってる奴に観て欲しいという気持ちの方が強いようだ。そういうのは否定しない。うざくなったら回避するが、少なくとも今この時期のタイミングではちょっとうれしかったのも事実である。

 この話は同時に沙美乃にも行ってるらしく、「活発なところは活発だね」と話をする。さっそく沙美乃の中で”ダンサー彩”なるキャラでも出来上がってるような雰囲気だ。そして、この娘、こんなことも口にした。

「いづみちゃん、小さい頃、持田くんにピアノ見せつけてたって?」

「何で知ってるの?」

 一応笑いながら答えるも、心の中では「あの馬鹿!」と罵り声をあげていたのは言うまでもないだろう。

 そのきょーちゃんであるが、ある日、意外な形でその名を意識することになる。昼休みに放送部が行なっているプログラムにての事だった。三年の軽音の先輩がゲストで登場してオリジナル曲を紹介したのだ。この放送ではそういう自作曲をかける校内のマチュアミュージシャンがよく出るとかで、すでに何人か出ているのは知っていた。その三年の先輩は新人とユニットを作ったとかで”手乗りタイガース”なるユニットの曲を披露。それが意外にも良いというか、海外の無名な実力派アーティストの曲を無断でかけているような空気の違いを感じさせ、これって本当にオリジナルだったら凄いよね、と沙美乃と話したのだ。でも歌は三年の先輩もの。新歓ライブでその歌に触れ「上手だな」と思ったのをよく覚えいている。そんなとき、すぐ脇から話す声が聞こえた。

「これ、お前だろ?」

 そう質問の声を投げかけているのは木山くん。

 話を受けて曖昧な笑みを浮かべたままなのはきょーちゃん。

「僕、この間持田がアキラ先輩と話してたとき、他にも曲聴かせてもらったよ」

 そう話すのは唐沢くん。思わず私と沙美乃は食事の手が止まり、その男子グループの方に注意が向く。

 新人ってきょーちゃんだったんだ。いつの間にこんな才能を。

 それでも本人は大したことでもなさそうに飄々とはぐらかし、昨晩観たお笑い番組のネタの話などしている。それでも周囲ではそのことに気付いたのか、何人かがきょーちゃんのグループを見ている。きょーちゃん本人はそんなクラスに背中を向けるようにして座っているのでそのことは見えないだろうが、背中を向けているのは計算ではないかという気もした。こいつ、一人でどこまで行ってるんだろうか。


 学校からの帰り道、夕日のオレンジで塗りつぶされる坂道をフラフラと降りていると、先の方にエレキギターのソフトケースを背負ったきょーちゃんの姿が見えた。いつもならみんなと一緒なのに今日は一人なんだろうか。言いたいこともあったし、速歩きで近づき、声をかける。

「何しゃべってんのよ!」

 ひと呼吸置いて、ゆっくりと振り向く。確かにきょーちゃんであるが、反応が薄いのは耳にイヤホンを突っ込んでいたからだろう。片耳からイヤホンを引っ張り抜くと、

「何?」

と面倒臭そうに返事をした。

「二木秦さんに小さい頃のこと喋ったでしょ」

「うん。聞かれたので」

 悪びれす飄々としゃべるのは、本当に悪いとか思っていないからだろう。同時に自分の発言がどこまで影響を及ぼすかも全く考えていないに違いない。

「暮らしにくくなったらどうするのよ」

「暮らしにくいって、何?」

「ただでさえ”あの二人は幼馴染だ”って、好奇の目で見られてるんだからね。色々と勘ぐられたりで気持ち悪くならない?」

「ならない。勝手に勘ぐりでもなんでもしてればいいじゃん」

 こいつがこんな飄々キャラになったのは何時ごろの何が原因だろうか。ついでに、自分もストレートに言いたいことが出てくるのも意外だった。取り繕う必要が無い相手だからだろうか。そう言えば再会後もこんな風に話をしたことは無かったかも知れない。いい機会なので、そのまま話をする。

「とにかく、勝手に昔のこと喋るのはやめようよ」

「いづみちゃんに許可とるの? 毎度毎度」

「軽々しく喋らないでってこと」

「わかった。努力する」

 そう言いながら、もう片耳からもイヤホンを外し、胸ポケットから取り出したiPodに巻きつける。本格的に話する態度に切り替わったようだ。

 駅までの坂道を幼馴染と歩く。傍目にはロマンチックな光景に見えるかも知れないが、そんな意識は一切ない。弟と歩いているようなものだ。というか、弟というのはこんな感じなんだろうか。自分には兄弟も姉妹もいないので本当のところはわからないが。

 そろそろゴールデンウィークも近づくという四月の後半。学校の教室での空気もあらかた落ち着き、行き先も告げられない同じバスに乗り合わせているような感覚。そんな中で、こいつはバンドという新たな生活の軸を手に入れている。そういう”ちょっと先を急いでるヤツ”的な部分が私にはちょっと羨ましかったりもする。

「きょーちゃん、バンド作ったんでしょ? ってか、いつから音楽なんてやってるわけ?」

 きょーちゃんのおじさまはかなりの音楽マニアであることは先に触れた。そして、その息子であるきょーちゃんもその要素を受け継いでいるようで、小さいころから音楽が好きだったことは覚えている。そして、そんなきょーちゃんがおじさまのギターを触りだしたのは小学校一年くらいのことだったらしい。恵まれた環境だと言っていたが、その割にはピアノを習うことは出来なかったみたいだけど。さらに、そのギターで音楽をやれるという事に気付いたのは、本人曰く大きな事件だったらしい。いやいや、ギターって音楽やるためのものでしょ、というのは自分のような門外漢の発想なのかも知れない。どうやって彼のなかで結びつき、どんなふうに発見であったのか、結構興味がある。まあ取り敢えず、そんな訳で自分でギターを触り、自分で色んな法則や約束事を見つけ、半ば一人で英才教育を受けるように独自の進化をしたとのことだった。

 すごいね、と話をしたが、確かにこれだけ時間があればそのくらいのことはやれるのかも知れない。

 これまた私の小さい頃の話だが、例えばテレビを見る時間を他のことに使うとどれだけ人生が豊かになるかと、父から言われたことがある。そうは言ってもテレビは面白い。観ないわけがないというのが私の持論であったが、父はその時間を利用してコンピューターの勉強をすると言い出した。コンピューターというとインターネットは悪いこといっぱい書いてあるから見てはいけないとか、散々ネガティブなイメージで語られていて、正直興味もなかったが、同時に年賀状作ったり家族の写真を入れておいたりする便利な道具でもあることはわかる。そして、そのコンピューターをプログラム作ったりとかで自在に操ってみたり、もっと複雑で高度なことが出来るようになってみようというのだ。「ふーん」としか私は答えなかったと思うが、その後の父はすごかった。二週間ほどすると家のコンピューターが目に見えてわかりやすく整理され、「インターネットが使いたくなったら、ここをクリックしてから使いなさい」というショートカットまで用意されたりと、パソコンの前で何語で書かれているのか分からない本を見ながらキーボードをカチャカチャしたり、会社の人に電話でなにか聞いてる成果というのがはっきりと現れだしたのだ。そして、終いには会社でも立場が上がり、給料も上がった。お小遣いは増えなかったが。ついでに父の毎日の帰りは遅くなり、その分私的にはつまらなくなったが。その間私はというとお笑い番組やバラエティ観て笑ってるだけであり、時間というのはこんな風に使うことが出来るのかと幼心に思ったものだった。こうして人との差は開いていくのだなと。確かに、クラスで真面目にやってる子と馬鹿やってるヤツらの差が目に見えてぐんぐん開いていくように、実生活でも夜遅くまで働いている人と、その辺でたむろしているだけの人とでは思い切り住む場所が違って見える。あれは住む場所が違うというより、同じような生活の人が同じような場所に集まるというだけなんだろうか。小さい頃過ごしたあの町はどうだったろうか。少なくとも、毎日遅くまで働いたり勉強したりという人は、あまり見かけなかったかというとそうでもない。暴走族のお兄さんの家のおじさんは毎日帰りが遅かったと思う。ただ、新しく越したマンションはその比ではなく、夜遅くまで人の出入りがあったり、朝早く会社に行く人なんかがかなり多かったのでびっくりしたのを覚えている。きっとこうやって先に行く人は時間の使い方が凡人とは違っているのだろう。そうして置いてきぼりを食らった人たちはいつも同じ事を言うのだろう。「ズルい」と。

 うちの父で出来るんだから、私にもできないはずがない。そう思うが今の所何も希望はないしなあ、と音楽にのめり込むバンド少年きょーちゃんの無駄に気合の入ったエレキのバッグを見ながら思ってみる。背負ったエレキのソフトケースにはアニメのグッズなんだか美少女キャラのアクセサリーがついていたりする。しかも四つくらい。その事について突っ込んでみようとも一瞬思ったが、下手すると常人には耐えられない話が飛び出すことが予測されたのでそれは置いておくこととする。

 話を戻す。きょーちゃんもそっち側(注、アニメではなく音楽)の人間で、一人で自分の道をずんずん進み、いつかは遠くへ行ってしまうのだろうか。多分そうだろう。で、そんな時、私はどんなことを感じるのだろうか。ただのみっともない嫉妬で無いことを祈るだけなのだが、そんな自分は何をしようかと、そんなことばかりが頭の中を巡ってしまう。

「バンドって面白い?」

 何とはなしにそんなことを訊いてみる。

「面白いよ」

 すぐに答えが返る。簡単に反応がありすぎて、実感がない。

「中学の時とかはやってなかったんだ?」

「うん。自宅で一人で曲作ったり宅録したりで、具体的には動いてない」

「で、高校デビューだ」

「そうだね。いづみちゃんは?」

 そう訊かれて、返す言葉がない。先日の曲を思い出してみる。作り始めてどのくらいであそこまで行けるものなんだろうか。そんなこと考えながら自分のやりたいことって音楽? 違うとも思うが、ではなにか他にあるかというと思いつかないのも事実だったりする。

 例えば誰かに「私は何をして生きていけばいいんでしょうか」と聞くとする。明確で納得できる答えは帰ってくるだろうかというと、「そんなワケねえ!」と答えはすぐにわかる。スポーツ選手なり弁護士や医者なり、そういう人たちは最初からそうなりたくて努力した結果なのだろうけど、そのきっかけって何だったのだろうかと、その部分に興味もあったりする。でも、すべての夢を追う人にきっかけってあるものだろうか。あったとしても、そんな声高に喧伝できるようなものではないという気もする。例えば、きょーちゃんはプロのミュージシャンを目指せば、意外と簡単になれるだろう。そんな持田バンドのメンバー、木山くんや唐沢くんはどうかというと、おそらく雑誌のインタビューなんかではこう答えるだろう。

「(バンド始めたきっかけは)高校のとき、持田に誘われて」

 誰々の演奏に感動してとか、誰々みたいになりたくてとか、母が死んで悲しみのあまりとかそんなエピソードではなく、日々のちょっとした軽い何かでその後の大きな道に進んでしまう。そんなことの繰り返しで未来につながっているんだろうな、やはり。攻略本のないRPGみたいだが。人生の攻略本、どこかに売ってないだろうか。現実に売ってたとしたら、ひどく怪しいが。

 きょーちゃんとの半ばどうでもいい会話と、今後について釘を刺すというか確実に打っておく件、こんど遊びに来なよなどの話は駅に到着し、逆方向のホーム向かう所で途切れた。他校の生徒も多く見える構内で、私と別れるやすぐにきょーちゃんはイヤホンを耳にする。そんなに音楽ばかりで飽きないかと不思議にも思うが、それだから音楽なんぞやっていられるのだろう。コンコースへのエスカレーターに消えていく後ろ姿を見届け、私も自宅に向かう列車へと急いだ。


 そして、そんなきょーちゃんの新しい騒ぎがクラスで持ち上がることになる。

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