遠吠え
初老の男は知り合いを前にして いとも簡単に語った
長年連れ添った妻の突然の訃報を 口にしていた
少しの戸惑いがシワを刻んだ額にうっすらと滲んでいた
それ以外に見受けられたことと云えば 幾分よれたワイシャツ
家に帰るのが億劫だよと コンビニの袋をぶら提げて
西の空を染めていく紅の夕陽が 男を慰めてくれた
お喋りの苦手だったはずが つい立ち話に興じてしまった
しゃんと胸を張って歩くクセは 今日くらいさぼった方がいい
何のために生きて来た どうしたいと願って来たのだろう
意味の無い生き方はしてないよと 少し自慢したかったのに
”やけに広いんだなこの家は・・”と 天井を見上げるのさ
手のつけられない台所の洗い物 食べかけの食パン
開けっ放しのカーテンから漏れている 部屋の灯りは
大丈夫さ夫婦団欒の気配を 今夜も路行く人は感じてる
何のために生きて来た どうしたいと願って来たのだろう
使い残した愛情は すれ違う誰かに分け与えればいいから
何のために生きて来た どうしたいと願って来たのだろう
部屋の灯りを消したその瞬間に 自分を慰めてもいいのだ
ありったけの全ての想い出に すがり付いてもいいのだ
長い人生の道程で、予期せぬ事態はつきものです。
誰にでも約束されている喪失への道を、一人の男性に託しました。




