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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

走馬燈

作者: 堤 伸一

 「走馬燈って見たことあるか?」

 「えーわたくし、不勉強なもので・・・あの死ぬ前に見えるものとは別でございますよね?」


 なめらかに進むリムジンの後部座席で深海魚みたいな容貌の男と、枯れ枝のような男が並んで座っている。ある商社のワンマン社長と経理担当課長代理だ。


 「その死ぬ前のやつだ。今日はおまえに話があってな」

 「はぁ、わたくしと走馬燈ですか?」

 「ワシがここまで会社をでかくできたのはどうしてか、わかるか?」

 「それはもう、社長のご判断がいつも的確だったからです。社史にもあるとおりです」

 「そうだ、ワシには答えがわかっているから間違えるわけがない」

 さすがにここまでの断言は課長代理も驚いた。

 「社長には何か、その、第六感みたいなものがおありなんでしょうか?」


 ふう、とため息をついた社長は昔を懐かしむように目を閉じ、つぶやき始めた。

 「若い頃のワシはがむしゃらに働いた。でも成績は伸び悩み、とうとう最下位の常連になっちまった。何をやってもだめ、もう死ぬしかない。そう思った。」

 課長代理も沈痛な面持ちで次の言葉を待っている。

 「夜の公園に行って木の枝にロープを掛けながら、情けなくて涙が止まらなかった。ロープに首を載せて覚悟を決めたワシは踏み台を蹴飛ばしたんだ。そしたらな、見えてきたんだよ、小学校の運動会やら進学塾の教室やら今までのワシの人生がな。不思議と苦しさはなかった。見えるものに圧倒されていた」


 迫力を伴った社長の語気に課長代理も飲み込まれそうだ。

 「入社しての生活、最下位に苦しむ日々。ここまで見えたらもう先はない、そう思ったんだがな、取引先で商談している自分が見えてきたんだ。成績を上げていって順調に出世して、おまえと、そう、ここでおまえと話をしているところで木の枝が折れてワシは生き残ったんだ」

 「わたくしでございますか、それに今までの業績は、見えすぎた走馬燈・・・」

 「人生が見える、壮絶な経験だ。それをおまえに引き継いでもらいたい」


 課長代理は絶句した。自殺しろという業務命令なのだ、正確には自殺未遂しろと言うことか。

 「もうすぐ社運をかけたプロジェクトがある。でも、もうワシには答えが見えん。おまえが頼りなんだ、やってくれるな」ギロリとにらみつける。

 「やらせていただきます・・・」

 課長代理のポストに就いてからというもの何事もうまくいかず、さきの社長の話に共感していたが、ここまで追い詰められると逃げ道がない、それに死ぬわけではない。未来の走馬燈があれば自分も大出世だ。課長代理は覚悟を決めた。


 「方法は任せる。遺書もこちらで用意しておいた。まぁみる事もないがな、そろそろ公園だ。良ければワシが使ったロープと踏み台を持って行くが良い。頼んだぞ」胸ポケットに封筒をねじ込まれ、ひざの上にロープと踏み台を置かれた。用意の良いことだ。

 夕暮れの公園に一人残された課長代理は、あやつり人形のようにベンチへ向かった。冬の公園は寒くて寂しい。もう少し暗くなってからでいい、課長代理はそう思った。


 「未来の走馬燈か、我ながら面白くもばかばかしい話だった。そんな便利なものあるものか。これで収賄に使った金は課長代理の独断、責任を取るためあいつは自殺。せいぜい香典を包んでやるとしよう」

 今までの社史は取引の成功だけを選び出したもので、損失が出そうになったものは政治的圧力やら裏社会の力を借りてもみ消してきたのだ。帰りのリムジンの中でふてぶてしく笑う社長の横顔はネオンサインを浴びてひときわ深海魚のように見えた。


 だが、次の朝は同じ深海魚でも釣り上げられたそれだった。昨日はおびえたネズミだった課長代理がオーラをまとって出社してきたのだ。

 「社長、未来の走馬燈を見て参りました。まさに社長のおっしゃるとおりでした、色々と先が見えました。さっそく社長に申し上げないといけないことがあります」

 社長は口をぱくぱくさせるだけで言葉が出ない。

 「例のプロジェクトですが、関与すべきではありません。汚職政治家との関連が報道されますので。あと、地方検察に連絡を取っておきました。もうすぐ社長のお迎えに来られるはずです。」

 「お、おまえはこれからどうするつもりだ、もう我が社はおしまいなんだぞ」

 「ご心配下さるのはありがたいのですが、私、これからは宝くじを買ってのんびり過ごす予定ですので」


 

自殺は絶対にだめです。死なないでください。この物語はフィクションです。

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