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セプティモゲート―聖者の黙示録―  作者: 佐川クロム
第一部 黄泉門
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第1章 麗しき射手(6)

 しかし、晴也にはまだ不審な点があった。

 なぜ妖魔が攻撃をしてこないのか、ということと自らの特性を把握しているのならば、この様な行動をとらないのではないかということだ。

 自らの弱点を把握しているのならわざわざ敵である晴也にそれを晒す必要はないはずなのに、妖魔は弱点を晒しかねない行動をとった。

 そのことについて考えられる理由は2つ。ただ単にこの妖魔の知能が低いのか、それとも梓の言うように誰かの手で操られているのか。

 晴也としてはできれば前者であって欲しいのだが、後者である可能性も捨てきれない。

 妖魔の攻撃方法は主に体当たり的なものだ。それにしては警備員詰所内で倒れていた3人の警備員には目立った外傷はなかった。

 あれは倒れていたというより眠っていたという表現の方が正しいかもしれない、そう思うほどに。

 もし眠っていたとしたら、それはおそらく人為的なものだろう。だから眠らされていた、というのが真実となる。

 それをするための術――おそらくは催眠術のようなもの――を使用できる何者かがこの辺りにいるということも考慮しなければならなくなる。そしておそらく、その何者かは魔能者であることも。

 妖魔を操っている人物=警備員を眠らせた人物であるのならまだ勝てる可能性はあるが、もし複数の人物による組織的な行動だった場合は手に負えないだろう。

 だが、今はこんなことを考えている場合ではない。

 まずは目の前にいる妖魔を倒すことから考えなくては。


 このまま先ほどと同じ戦法を取り続ければ最終的には勝つことができるかもしれない。

 しかし、それまで晴也の体力が保つかどうか。

 もし妖魔を操っている者がいるなら、妖魔を倒したあとに姿を現す可能性がある。

 限界まですり減った体力で対峙できる保証がない。

 となると、短期決戦しか方法は残されていない。


 これまでの一連の流れから、妖魔の行動後に関節部分を狙えばダメージを与えられることは確認できている。


「神村さん、狙うなら関節部分だ。そこなら効果的にダメージを与えられる!」


 それを伝える為に、梓に声をかけたのだが、


「前言撤回。関節って……そんなピンポイントで狙えるわけないじゃない!」


 間髪入れずに梓から非難の声が上がった。

 私には、無理だ、と機嫌を悪くしてしまった。


「でも、さっきは当ててたよね? 僕がこんなこと言っても説得力のかけらもないと思うけど……もっと自分の腕に自信を持ったほうがいいよ」


 半分は頭の中で考えて捻り出された言葉、もう半分は自然とこぼれた言葉。

 晴也なりのフォローのつもりだったのだが、


「そんな……そんなに簡単に言わないでよ!! あなたにわたしの何がわかるって言うの!!」


 それを聞いて梓は更に機嫌を悪くするだけだった。

 これじゃ、まるで無意味ではないか。

 だからと言って、晴也としてもこのまま大人しく引き下がるわけにもいかない。


「そうだよ、確かに僕には君のことは何もわからないよ」


 それから一呼吸おいて、晴也は叫んだ。


「でも! 君だって頑張ってきたんじゃないのか? 君がなんの為に妖魔と戦っているかは知らないけど……でも、目の前にいるのは妖魔なんだぞ!?」


 梓の目を直視して訴えかける。

 それと同時に胸の傷への痛みが増したような気がする。


「何なのよ……」


 晴也の言葉が梓の心に重くのしかかった。

 そんなの……言われなくてもわかってるよ。

 なのに、どうして……どうして?

 わたしは、あの時からずっと妖魔と戦ってきたんだよ? 今までずっと。

 そうするしかなかったから。

 そうすることでしか、自分という存在を認められなかったから。

 わたしの役目は妖魔を倒すこと。

 そう、3年前に誓ったから。お父さんとお母さんのお墓の前で。

 復讐……それがわたしの生きる意味。今はそうなっていた。

 この男はそんなことを何も知らないで……知ったような口を利かないでよ!


「何なのよ、あなた!! わたしが戦えばそれで満足なの? さっきまで逃げようとしてたくせに……偉そうに言わないでよ!!」


 図星だった。確かに先ほどまで逃げることしか考えてなかった。

 だから……反論の言葉が何も見つからなかった。

 反論など無意味。そう悟った晴也は素直に謝罪の言葉を述べた。


「ごめん……言い過ぎた」


 そう言って、晴也は矢を持つ力を強くした。

 不甲斐ない自分自身への怒りを込めて。


「そうだよね、君に頼ってちゃだめだ。僕が、自分でやる。いや、やってみせる!!」


 梓に軽く笑いかけると、晴也は妖魔に向かって歩き出した。

 またも、晴也と梓の目が合った。

 そして、胸の痛みも更に増していく。とはいってもそれは刃物で刺されたような痛みではなく、針が刺さった程度の痛みが断続的に続くようなものだ。

 そんなわずかな痛みであっても、それが積もり積もればかなりの痛みになるだろう。

 だが、2人はその痛みに顔をしかめることはなかった。

 2人とも、自分のことよりも目の前の妖魔を優先するべきとの認識であったからだ。

 妖魔に対するスタンスはそれぞれ異なってはいたが、目的は同じだった。

 ただ、初対面が最悪なカタチだったせいでお互いがお互いにどう接したらいいのかよくわからなかった。

 だから険悪な雰囲気になってしまっただけなのだ。

 もし、ここで初対面だったとしたら、もう少しマシな雰囲気だっただろう。

 だが、現実の世界にif.なんてものは存在しない。

 こうなってしまった以上、現実を受け入れなければならない。


 そしてこの後、2人は……『魔能』という現実を受け入れることとなる。

 戦いの運命を、命がけの戦いへと身を投じる運命を……


 晴也は助走をつけて妖魔へと飛びかかった。

 妖魔の懐へと忍び込み左肩の関節の部分へと銀の矢尻を深々と突き刺した。

 返り血が、晴也の服を紅く染め上げる。

 飛び散った鮮血が、赤い斑点の模様を晴也の全身の至る所を彩った。

 矢による攻撃を受けた妖魔は呻き声を上げる。

 耳をつんざく、言葉では言い表せないような声だ。


「ちっ……まだ倒せないのか!」


 舌打ち混じりに晴也が呟いた。

 妖魔にダメージを与えられる矢は今、妖魔の左肩へと刺さっていて晴也の手元にはない。

 文字通り妖魔に一矢は報いたものの、攻撃手段を失ってしまった。

 俯いてどうするかを思案をしていたところ、目の前にいる妖魔が更に大きな呻き声を上げ出した。

 何事かと思い、前方に目を向けると、右肩の関節に矢を受けた妖魔の姿があった。

 後ろを振り向くと、弓を構えている梓の姿が見えた。


「何よ……別にあなたの為にやったわけじゃないんだから。ただ、わたしがそうしたかっただけよ」


 離れていて、梓が俯いているので良くわからないが、心なしか顔が赤くなっている気がする。

 気がするだけなので、本当に赤くなっているかと言われると確信はないが、少なくとも晴也にはそう見えていた。


「わかってるよ。まだ妖魔は倒れてない。力を貸してくれるよね?」


 晴也がそう言うと、梓は顔を上げて晴也の目を見つめた。

 やはり……そうすることで胸の傷の痛みが増してくる。


「わたしは妖魔を倒す為に戦ってるんだから、当然じゃない」


 梓が先ほどまでよりも明るい口調でそう言った。

 

「じゃあ……」


 晴也がそう言おうとしたときに、異変は起きた。

 晴也と梓、2人の左胸の辺りから緑色の光が溢れ出したのだ。

 若葉の様に鮮やかな光がそれぞれの身体を覆い尽くしてゆく。

 見る見るうちに2人の身体は光を纏い、鮮やかな輝きを放つようになっていった。

 このときの2人はまだ、エクトプラズム発光という現象の名前を知らなかったが、これはその現象に類似していた。

 だが、異なる点が存在していた。

 エクトプラズム発光という現象は魔能者に起きる現象であり、その原因としては魔能の力を酷使や感情の昂りなどがあげられる。

 しかし、2人は魔能者ではない。

 なのになぜ2人にそのような現象が起きたのか。


「何だ、この光は?」

「なによ……この光」


 2人はただただ呆然となっていた。

 今の状況がよくわからない、そのせいだろう。


 突然、2人の身体を覆っていた光がそれぞれの身体を離れ、宙を舞った。

 不規則に動くその軌道。

 光は旋回や回転を繰り返して、遂には1つとなった。

 1つになった光は一度球形に形を変えると、またすぐに2つに分裂した。

 そのうちの1つは、晴也の左腕に纏わり付き、もう1つは梓の右腕と右手に持った弓に纏わり付いた。

 弓に纏わり付いた光は、弓の形状を変貌させていった。

 質素な作りであった弓が、瞬く間に絢爛な弓になった。


「これは……まさか、魔能の力?」


 梓が誰に言うでもなく呟いた。

 そして晴也も。


「何か大きな力を感じる……これが魔能の力、なのか?」


 左手を開いたり閉じたりしながらそう呟いた。


「神村さん、今なら……今ならやれる気がする!!」


 唐突に晴也が大きな声でそう叫んだ。


「わたしも……そんな気がする」


 梓も晴也の言葉に同調した。

 

「行くぞ、妖魔!!」


 晴也はその場から左足を一歩前に踏み出して、左手を妖魔に向けた。

 左手の手のひらに全ての意識を集中させる。

 もし、魔能の力に覚醒したのだとしても、肝心な使い方がわからない。

 だから、晴也は全て自分の勘で行動を起こした。


「今だ、行け!!」


 左手に力の集まりを感じた晴也はそれを押し出すように手を前に突き出した。

 それと同時に、手から力の集まりが離れて行くのが感じられた。

 しばらくして、妖魔は突然その場でのたうちまわった。

 その様子を見て、晴也は梓に言う。


「もしかして……神村さん、今ならいけるかもしれない!!」

「わかった。仕方ないから……やってあげる!」


 そう言って梓は弓矢を構える。

 今までと違って装飾の施された美しい弓を構えるその姿は、梓自身の風貌も相まって『麗しき射手』そのものだった。

 

 深呼吸をして目標からずれないように呼吸を整える。

 梓自身の照準が標的を捉えたそのときに、弓を最大限に引き絞った。

 弦がいちばん強く張ったその瞬間に矢から手を離す。

 束縛から解かれた矢は風を、空気を切り裂きながら飛び出す。

 周りの空気の流れを押しのけるように矢は空中を突き進む。

 そして妖魔に達しようかというときに、3つの矢に分裂をした。

 1つは元からの矢、残り2つは光の矢に。

 それらは一斉に妖魔の身体を貫く。

 頭部、胸部、腹部の三カ所を装甲ごと同時に撃ち抜かれる。それも矢によって。

 妖魔の体内を蹂躙し尽くした矢は役目を終えて地面に落ちる。

 そこには光の矢はなく、元々の銀の矢のみが残されていた。


 妖魔はその場に倒れ伏した。

 動く様子は一切見られない。

 おそらく、先ほどの梓の攻撃で死に至ったのだろう。


「ふぅ……」


 妖魔が動かなくなったのを確認すると、晴也は一息ついた。

 しかし……あの力は何だったのだろう。

 左手に集まった力の塊をぶつけたら、妖魔が苦しみ出した。

 そのとき一瞬、装甲の裂け目から覗いた皮膚がその前までよりも酷くただれていたことから、おそらく火に関する何かだったのだろうと晴也は推測する。

 そしてあの苦しみよう、どう見ても内部から身体を焼かれているようにしか見えなかった。

 だからこそ、梓の攻撃が通用すると確信が持てたのだ。

 これで全て終わった。そう思っていたのだが、梓の口から衝撃的な事実が告げられる。


「まだ、終わりじゃないよ。妖魔は……校舎の中にもいるんだから」

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