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セプティモゲート―聖者の黙示録―  作者: 佐川クロム
第一部 黄泉門
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第1章 麗しき射手(3)

「とんだ災難だったな、あ・べ・の君!」


 茶化すようにそう言ったのは、阿倍野晴也の友人である風間疾風だ。にこやかな笑顔を浮かべて晴也の方を見ている。

 他のクラスメイトが水泳のテストを受けているのをプールサイドから見守りつつ、阿倍野晴也と風間疾風は話しをしていた。

 周りの男子が落ち込んでいるように感じられるのは、今日もまた女子がプールに入っていないからだ。

 出席番号1番の晴也は既にテストを終えている。あとは皆が泳ぐのを見ているだけだ。

 時折、泳いでいるクラスメイトのクロールの手の動きで発生した水飛沫が体を濡らしているが、大した問題ではない。夏だというのに、暖房の効いたここではすぐに乾いてしまうからだ。

 ここ雷同高校のプールは体育館の地下にあるので、温水プールとなっている。そのため、暖房設備が導入されているのだ。

 極端な話だと、真冬にプールに入ることも可能ということになる。無論、いくら生徒から鬼将軍と恐れられている鬼島でも真冬にプールに入るという過酷なことは要求しない。

 そのため冬場のプールはもっぱら水泳部の独擅場となっている。


「まったくだ。あんなところで女子とぶつかるなんて……」


 やれやれ、といった口調でそう言ったのは阿倍野晴也だ。

 風間の一言で集合に遅れずには済んだものの、その道中で隣のクラスの女子と激突するという災難に見舞われたのだった。

 風間が言う災難とは、つまりそのことである。


「でもさぁ、相手神村さんじゃん? なんつーか、羨ましいねぇ」


 相変わらずのにこやかな笑顔で晴也にそう言った。

 やはり先ほどと同じように、茶化すような調子だ。

 だから、風間としても本気で言っているわけではないのだろう。

 しかし、晴也は風間の羨ましいという言葉に疑問を持ったのだった。

 

「どういうことだよ、それ。まず、神村さんだっけ、それってさっきぶつかったあの女子のことか?」


 晴也は自分の中に浮かんだ疑問を解決するために、風間に質問をした。

 あくまで、疑問を解決するためだ。興味を持ったなんてことでは断じて無い。はずだ。


「神村さんのこと知らないなんて、もしかして阿倍野、そっち方面疎いのか?」


 すぐには期待していた答えは返ってこなかった。

 それどころか、またもや茶化すようなことを言っているではないか。


「ほっとけよ!」

「まあまあ、そう怒らずに。神村さんってのは、阿倍野の言う通り、さっきぶつかった人の名前だ。男子の中ではそれなりに人気なんだよね、神村さん」


 男子の中では、という言葉に何かひっかかる物があった。

 それではまるで、女子からは……


「男子の中では?」


 風間の言葉によって生み出された新たな疑問を解決すべく、二度目の質問をしたのだった。

 しかし、風間から返ってきた答えは晴也にとって見当違いの物であった。


「ああ。なんでもあの童顔フェイス、いやロリフェイスと言うべきか!? あれが男子を虜にしているらしいぞ」


 晴也が言葉の裏に秘めた意味を汲み取った答えではなく、言葉の表面上の意味だけを読み取った答えだったからだ。

 晴也が本当に聞きたかったのはこんなことではなかった。


「ロリフェイスって……お前はどこで人を判断してるんだよ」


 しかし、このまま会話を途切れさせては本当に聞きたかったことが聞けないと思い、仕方なく会話を続けるのだった。


「待て阿倍野。俺がロリフェイス好み、だなんて一言も言っていないぞ。逆に聞くがお前はどこで人を判断してるんだよ?」

「少なくともお前みたいに顔だけで判断したりはしないけどな。やっぱり……性格、とかかな」


 このような会話をする気はなかったのだが、当たり障りの無いように答えた。

 こんなことでわけの分からない根も葉もない噂を立てられるのは御免だ。


「なんだよ、純情ボーイでも気取ってんの?」

「純情ボーイって……。そうじゃなくて、僕が聞きたいのは男子の中ではってことはつまり……」


 流石にこのままでは埒が明かないと思い、今度は包み隠さずに質問をするのだった。


「ああ、そっちのことか。なんでも1年の頃に何かあったみたいでね」


 この何かというのを風間がわざとぼかして言っているのか、それとも本当に分からないのか、晴也はそれを判断することができなかった。


「何かってなんだよ」


 もし、風間が何かを隠しているのなら聞いておきたい。そう思ってその何かを聞いてみた。が、


「それがさぁ……よく分からないんだよね。他の男子も知らないって言うし……」


 どうやら、風間も何があったのかは知らないらしい。つまり、分かったのは男子から人気があるということだけだ。

 風間曰く、ロリフェイスが人気らしいが。


「お前でも知らないことあるんだな」


 女子のことを聞けば何でも答えると思っていた風間にも分からないことがあるとは意外だ。

 それほどまでに、神村梓という少女には秘密があるのだろうか。


「いや、別に俺は情報屋じゃねーし……。って、そろそろ俺の番だから行くわ」


 どうやら話をしている間に、風間が水泳のテストを受ける番が近づいていたようだ。風間は軽く手を振りながら晴也から離れていった。


「ああ、頑張れよー。って言わなくても風間は学年一の運動神経があるから問題ないか」


 離れて声も聞こえないような距離で、風間に聞こえないように晴也はそう呟いた。



「次、風間!!」

 鬼島の声がプールの中に響く。密閉されていると言っても過言では無い空間故にその声がよく響き渡る。

 鬼島に呼ばれた風間は飛び込み台へと歩いて行き、帽子とゴーグルをあたまに装着して準備をする。

 風間が準備を終えたことを確認すると、鬼島は飛び込み台に登る合図の笛を鳴らす。

 よくある普通の笛の音色だ。

 風間は飛び込み台の上で飛び込みの準備をする。あとは合図の笛が鳴るだけだ。

 軽く深呼吸をして、息を整える。

 そして、笛が鳴った――


 風間の泳ぎは見事なものであった。

 スピードと優雅さを兼ね揃えた美しいフォルムだ。

 不必要な水しぶきは上がらず、動きも滑らかだ。

 学年1の運動神経というのは伊達ではないということだろう。

 普段、女子のことばかりを話している風間ではあるが、このときの風間の姿は素直に尊敬に値するもののように感じられた。



 しばらくした後に、風間は泳ぎ終えて元いたプールサイドに帰ってきた。


「さすが、やっぱり学年1の運動神経と言われるだけはあるね」


 風間の泳ぎを見て、感動すら覚えた晴也は心からの労いの言葉をかけた。


「そんなことないって。父さんも運動が得意だったって言ってたから、ただの遺伝だよ、遺伝」


 偶然、運動が得意な親の元に生まれてきた。つまり、運が良かったと言いたいのだろう。


「遺伝だとしても凄いじゃないか」

「でもさぁ、遺伝ってことは自分の力で手に入れたってわけじゃないじゃん? だから、あんまり褒められるのは嫌なんだよね」


 晴也が思っていた以上に、風間疾風という男は、自分の力というものに拘るらしい。

 できる父親への反発心というのもあるのだろうか。


「でも、俺はいつか純粋な自分の力で1番を取りたいと思っている」

「でもお前、部活には入っていないんだろ?」


 こんなにも運動神経がいいというのに、風間はどこの部活にも所属していない。

 学年1の運動神経と謳われれば、嫌でも上級生の耳にも入って色々な部活からの勧誘もあったに違いない。

 それをすべて断っているということか。

 そうまでして、風間が手に入れたいと思う1番とは何なのか。それを晴也は知りたいと思ったが、敢えて今は聞かないでおこう、そう決めたのだった。


「何も部活だけが方法じゃないさ。きっと他にも何か方法はあると思う」

「そっか、頑張れ。風間にならいつかきっと見つけられと思うよ、その方法が」

「応援感謝するよ。楽しみに待っててくれよ? 俺がその方法を見つけるまでさ」


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