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セプティモゲート―聖者の黙示録―  作者: 佐川クロム
第一部 黄泉門
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第1章 麗しき射手(10)

「神村梓、君は甘川と阿倍野晴也の戦いを見てどう思う?」


 晴也と甘川、2人の魔能者による戦いが一旦落ち着いたそのとき、傍観に徹していた般若面の者が同じく戦いを見守っていた神村梓にそう問いかけた。

 あまりにも苛烈なその争いに介入する余地はないと悟った2人は傍観を決め込むことにしていたのだ。

 2人の男による熾烈な戦いは経験・技量という点から圧倒的に甘川の方が優っているのは自明だ。


「認めたくはないけど……阿倍野君の方が明らかに不利よね。あなたもそれがわかっていてどうしてこんな質問を?」


 それを聞いて般若の顔を象った仮面の裏から僅かな笑いがこぼれ出る。

 しかし、それは侮蔑や嘲笑の意味ではない、と聞いていた梓は感じ取った。


「君だって、すでに気づいているのだろう? 阿倍野晴也から感じる違和感・・・に」


 般若面の者の言うとおりだった。梓もまた、晴也に違和感を感じていた。

 目の前にいる般若面の者との戦いのときとは晴也の動きが全く異なっていたからだ。

 躊躇いや戸惑いのようなものが一切感じられない動き。傷つくことを恐れていないかのような動き。

 そのうえ般若面の者との戦いとは打って変わり、強烈な一撃を受けても何食わぬ顔で戦いを続けている。


「確かに、あんな強烈な一撃を受けたのに平気そうでいるのは不自然……それにさっき一瞬だけ見えた人影みたいなのも気になる……」


 晴也と甘川の方に視線を向けながら般若面の者の言葉に答えた。


「やはり君も同意見か。今から話すのは単なる噂ではあるが……こんなことを聞いたことがある」


 晴也と甘川を一瞥してから般若面の者は言葉を続ける。


「俗に言うとの契約を結んだ魔能者がいる、とな。そして、神と契約を結んだ魔能者は本来の能力よりも強力な力を得ることができるらしい。無論、噂で聞いただけで直に見たというわけではないが……」


 般若面の者はあくまでもそれが噂であることを強調する。

 もしその裏に他意があったとしても般若の面が邪魔で表情から窺い知ることはできない。


「あなたは阿倍野君から感じる違和感の原因がそこにあると考えているの?」


 そう言いながら梓は般若面の者を怪訝な視線で睨みつける。

 敵対する者の言うことだ、どこまで信用できるかもわからない。それが面を着けたものの言葉なら尚更。

 そこから発せられる言葉にも、偽りという仮面を被っているかもしれないのだから。


「阿倍野晴也の様子や先ほど2人の背後に見えた人影のような物から推測した可能性の1つ、というだけのことだ」


 梓の心境を知ってか知らずか、般若面の者は問いに淡々と答える。


「あの2人が神と契約を結んだ魔能者という可能性もある、ということでしょ?」


 梓は更に問いを投げかける。般若面の者がどこまでそのことについて把握しているのか、それが知りたかったからだ。


「それは2人に聞いてみなければわからないな。ただ、一瞬だけ見えた人影に暫定的な答えを与えるとすれば、その可能性はなきにしもあらず、だがな」


 しかし、般若面の者は曖昧な回答をするだけに留まった。

 可能性、という言葉で言葉を濁した般若面の者に梓の非難の視線が注がれるが、般若面の者が言葉を続けることはなかった。



 梓と般若面の者の会話がフェードアウトしたのと同じ頃、晴也と甘川の方に動きがあった。


「まさかこれで終わり、なんてことはないよな!?」


 起き上がり体勢を整えた甘川は未だコンクリートの上に横たわる晴也に言葉を投げかける。

 コンクリートの無機質な冷たさが晴也の皮膚を直撃し、刺激を与える。

 やはり傷が即座に癒えるというだけで、痛覚そのものが遮断されているわけではないようだ。だが、刺激そのものも全てが脳に伝えられるかというと、そうではない。

 今はコンクリートに皮膚が接し続けているから刺激が断続的に伝えられているが、殴られるなどで与えられた刺激は一瞬痛みとして感じるだけですぐに消え去ってしまう。

 おそらく、伊舎名天の力による高速再生、その副作用が神経に影響を及ぼしているのだろう。

 甘川の言葉から少し経ち、立ち上がる気力を取り戻した晴也はコンクリートに手を付きながら身体を起き上がらせる。

 その視線の先には楽しそうな笑みを浮かばせた甘川の姿がある。

 そしてその右手には剣状に纏められた風が保持されていた。

 それを見て晴也も戦いを続行することを宣言する。

 

「そんなわけ……ないだろ!」


 そう言いながら晴也は左の拳に気を纏わせる。

 今までよりも強く、限界まで左の拳に意識を集中。甘川が動き出すのを待つ。

 そして次の瞬間。


「そうだよなぁ、そうでなくっちゃなぁ!! もっとこのオレを楽しませてくれよ、阿倍野晴也ぁ!!」


 そう叫びながら甘川が動き出した。

 まずは間合いを詰めつつ風の剣で前方を一薙ぎ。辺りの空気を巻き込みつつ衝撃波が晴也に向けて放たれた。

 しかし、晴也は前方に壁をイメージし、左拳に溜めた気の一部から可視化寸前まで土の要素を増幅して作り出した見えざる壁で衝撃波を受け止める。

 晴也はそのまま続けて防御に利用した土の要素を不可視の弾丸として甘川に向けて放つ。

 しかし、極限まで増幅された要素というものはエクトプラズムによる干渉を強く受けている。そのため、ある程度の力を持った魔能者ならばエクトプラズムの流れを読み取ることも不可能ではない。

 甘川はその軌道を難なく見切ると、自らの風の刃にエクトプラズムを流し込むことで強度を増し、迫りくる弾丸を全て空中で破砕する。


「お前を楽しませる気はない!! ただ、僕にはこうしなければならない理由があるから……だから戦う!!」


 甘川が防御に走った一瞬の隙をつき、晴也は攻勢に出る。

 左拳をコンクリートの床に叩きつけた。痛みが全身に走るがすぐに消えてなくなるのでさしたる問題ではない。

 それから数瞬、見る見るうちに植物の根のようなものがコンクリートを打ち破り大量に姿を現した。

 それらは甘川目掛けて意思を持つかのように蛇行する。

 捕まるまいと甘川は風の剣で幾度もなくそれらを切り裂く。

 倒した、甘川がそう油断したと思われるその瞬間、それらは瞬く間に再生して再び甘川に襲いかかった。

 不意を突かれたであろう甘川は剣を持っている右腕を絡め取られて抵抗できなくなる。それに続けて左腕、両足も強力な力で掴まれて身動きが取れなくされた。

 それを確認すると、晴也は木の根に別の力を左拳から流し込む。すると、甘川を押さえつける木の根から煙を上がり始めた。晴也が流し込んだ力、火の要素が木の要素から作り出された木の根に作用して燃焼を始めたのだ。


 陰陽術というものは周辺に存在する木・火・土・金・水の五要素(五行)を増幅・半減させることを得意としている。陰陽術の特性上、要素を増幅させて実体化させることは不可能ではないが、専門外の術のため発動には多大なエクトプラズムを消費し、それに応じてエクトプラズム発光に移行する危険性も伴う。

 そこまでのリスクを冒してまで使用する必要もなく、それに特化した行操術を得意とする魔能者がいるため陰陽師が要素の実体化を行うことはほぼないと言っても過言ではない。

 しかし、それは魔能というものをよく理解した者に限っての話だ。今日初めて魔能に覚醒した晴也がそんなことを知る由もない。

 だが、だからこそこのような行動に出ることができ、その結果甘川を拘束することに成功したというのもまた事実だ。


「さあ、話してもらうぞ。お前たちが何者なのか。何が目的なのか」


 甘川を拘束することでアドバンテージを得た晴也は強気の口調でそう言う。

 しかし、甘川からの返答はない。

 ただ沈黙を続けたまま顔を俯かせて木の根による拘束を受け入れているだけだ。


「話さないつもりなのか? だったら……僕にも考えがある」


 そう言って晴也は木の根の一部を僅かに力の残る左手で掴む。

 これが晴也にできる最大の脅しだった。甘川に答える気がないというのなら左手から直接力を流し込んで木の根ごと燃やす、という意思表示だ。

 そこまでされてようやく観念したのか、甘川がその口を開いた。


「どうした、それで勝った気にでもなったのか?」


 だが、返ってきた答えは予想外のものだった。

 晴也の問いに答えるわけでもなく、むしろ晴也を挑発するような言葉を発した。普通なら負け惜しみと取られてもおかしくはないのだが、静かに上げられた甘川の顔に浮かぶ自信満々な形相が負け惜しみではないと、そう主張している。

 

「オレが何の考えもなしに無様にも捕らえられると思ったか?」

「どういう……ことだ?」


 動揺を隠しきれぬ晴也は声を震わせながらそう答える。

 その様子を見て甘川は時折笑いを挟みながら、晴也の言葉に続けた。


「つまり……こういうことだ!!」


 言い終わったその瞬間、甘川の肌の上を滑るようにして風の刃が無数に走った。

 それらは甘川の手足を拘束している木の根を悉く斬り刻んで視認できる限界の大きさへと変貌させていく。

 今の今まで甘川を拘束していた木の根はものの数秒のうちに無価値な木片へと成り果てたのだ。

 あまりに速いその動きは目で追うことが困難なほどだ。


「久しぶりに楽しませてくれた礼に教えてやるよ。今発動したのは≪祇園嵐装ぎおんらんそう≫という能力の一部だ。祇園精舎の護神、牛頭天王ごずてんのうとの契約でオレが得た力のな。この力は己の身体を風に変質することができる。さっきのもその応用に過ぎない」


 あまりに突然の出来事で頭の中の整理ができずに呆然と立ち尽くしていると、甘川が一方的に語りかけてきた。


「まさか何を言ってるかわからない、なんて言わないだろうな。お前だって契約を果たした魔能者なんだろ?」


 晴也とて甘川が契約を果たした魔能者であるということは薄々感じ取っていた。

 だが、それでも面と向かってそうと言われるとやはり驚かずにはいられない。

 どう返答するべきか全く思いつかない。驚きの連続で脳が悲鳴を上げているせいだ。

 やっとの思い出頭の中に浮かんだ言葉をなんとか繋ぎ合わせて言葉を漏らす。


「だけど……それと捕らえられたことに何の関係が……」

「関係なら大いにある。エクトプラズムの流動パターンを読み取るためさ。お前の魔能は陰陽術だ。それが得意とするのは周辺に存在する五要素の増幅・半減。実体化は得意としていない」


 そこまで言うと、一旦言葉を止めた。

 ただ聞いているしかない晴也に向かって甘川は歩を進める。

 腕一つ分の距離に来た辺りで足を止めて言葉を続けた。


「得意としていない術の発動には多大なエクトプラズムが使用される。ならば必然的にあの木の根は強力なエクトプラズムを帯びているはずだ。そうなると、エクトプラズムはより強く感知することができる。そのうえ身体に直接触れるとなるとエクトプラズムの流動パターンを読み取るのは更に容易となる。そうして読み取ったエクトプラズムの流動パターンからその脆弱なポイントを突くようにして身体を変質させて風の刃を発生させれば厄介な木の根も容易く崩壊させられる、というわけだ」


 そこまで計算した上での行動。それは晴也の威勢を削ぐには十分な効果をもたらし、また晴也と甘川との実力差を顕著な物にした。

 晴也は思い知らされたのだ。伊舎那天との契約で少し力を得たからといって自分が有頂天になっていたことを。

 自分が異なる視点から物事を考えられていなかったことに。己の力不足に。


「オレにここまでさせたことは賞賛に値する。それは褒めてやろう。だがな、それはあくまでもお前の能力に対してだ。お前自身に対してではない、ということは言っておく」


 そう言い終わると、甘川は晴也の襟元に右手を延ばして思いきり掴み取る。抵抗する気力が今の晴也には残っていない。

 そのまま甘川の方へと腕一本の力で引き寄せられて持ち上げられる。

 その様はさながら歴戦の英雄に嬲り殺しにされる雑兵の如く。とはいえ、甘川が英雄たる器かというと疑問符が頭の上に浮かぶのは致し方ないことだ。


「さて、そろそろ終わりにしようか、阿倍野晴也。オレたちの目的は神村梓をオレたちの所属する組織、≪国津地祇くにつちぎ≫の仲間に引き入れることだ。お前をどうしようと関係はないのでね」


 空いている左手に爪状に纏められた風を発生させて晴也の首元に徐々に近づける。

 刻一刻と死の時が迫っている。晴也が伊舎那天との契約によって得た力を知らない甘川は少なくともそう思っただろう。

 だが、伊舎那天との契約がある以上――伊舎那天が裏切らなければ、晴也がこのまま死ぬということはない。


「どうだ、阿倍野晴也。死ぬのが怖いか? 怖いだろうなぁ! だがな、その感情こそが生というものを実感させてくれるんだよ!!」


 遂に、爪状の風が晴也の首元に触れた。

 それと同時に首の皮膚が小さく切り裂かるとどうじに血管も傷つけられて血がジワリと溢れ出てくる。


「やめて!! 阿倍野君にそれ以上手を出さないで!! わたしが……わたしがあなたたちの仲間になれば……それでいいんでしょ? だったら……」


 その様子を見かねた梓が涙交じりの声で甘川に懇願する。

 なんとか晴也だけでも助けたい、その一心で。

 元はといえば自分が妖魔退治を優先して学校に踏み込んだのが間違いだった、という自責の念に駆られて。

 あのとき晴也だけでも帰らせておけば、という後悔と共に。

 なんとしてでも晴也を殺させはしない。目の前で人が死ぬのは二度と見たくない。そのためなら自らの身を投げ打ってでも。


「話がわかるねぇ……だがな!! もう遅い。少し力を入れれば首をグサリ、だ」


 梓の言葉を聞いても甘川はその手を止めようとはしない。

 しかし、それは般若面の者の目から見てもやりすぎだと感じたのだろう。だが、般若面の者が甘川を制止しようと声をかけても甘川はそれを聞き入れようとはしない。


「恨むのなら……魔能者に覚醒した運命か、オレと出会った運命を恨むんだな!!」


 そして爪状の風が晴也の首を貫こうとしたそのとき、屋上へ新たな来訪者が爆音とともに現れた。


「そこまでにしておけ……それ以上俺の生徒に手を出すんじゃねぇ!!」

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